07.『もったいないでしょ?ヒーローじゃ』
傷つく姿を見たくない。
強くなりたい。
守りたい。
自分を、大切なひとを……………。
そう思ったのは、どうしてだったっけ……。
朝。
目が覚めると、日常になりつつあるわたしの部屋の天井が目に入る。ただ一つだけいつもと違うのは、隣に総悟くんがいること。普段では考えられないくらい幼い寝顔に癒されつつ、傷ひとつない綺麗な顔を覗き込む。
昨夜のことは、なんだったんだろう…。
討ち入りから戻った総悟くんの額に痛々しい切り傷があった。「はやく治りますように」そう願いを込めて落とした唇が傷に触れた瞬間、チリッとした痛みがわたしの額に走った。すると同時に傷が綺麗に消えていた。はじめからなにもなかったかのように。
目の前で起こったことがとても信じられなくて、一気に自分が怖くなった。どうして?どうしてこんなことができる?
『守りたいと強く願ったからだよ』
どこかで聞いたことのある声がそう答えたような気がしたけれど、今となっては混乱していて記憶が定かではない。
総悟くんもとても驚いて、しばらくどちらもなにも言えずただ見つめあっていた。
「……もう、痛く…ない…?」
「ああ」
代わりに傷のないわたしの額がズキリと反応する。まるでそこにあったものが移ったかのようだった。例えるなら、シールを剥がして貼り直したように。
「大丈夫だから今日はもう寝ろィ」
「うん……」
お姫様抱っこになる形で総悟くんが布団まで運んでくれる。自分に何が起こっているのかわからない恐怖に飲まれてしまいそう。
「総悟くん、あの……」
「言われなくてもそうしまさァ」
もう少しここにいて、と続けるつもりだった言葉は総悟くんに伝わっていた。大丈夫だと言い聞かせるように頭を撫でてくれる。体温が、安心させてくれる。目を閉じると、まるで空から落とされるかのような感覚で眠りに落ちた。
「姫、体調は?」
ぼーっとしているといつのまにか総悟くんも目を覚ましていた。
「おはよう、元気だよ」
寝顔と、寝起きの総悟くんが見られるなんて貴重な朝だなあと呑気な事を考えてしまう。もしかして夢だった?
「夢だったのかな?」
「…まぁ2人で同じ夢を見ることもそうないと思いやすがね。とりあえず何もわからないうちは夢ってことにした方が都合のいいこともあらァ」
不思議な夢だったね。そう話して笑う。総悟くんも優しく笑ってくれた。心の奥では『違う、夢なんかじゃない』と思っていることにお互い気づいているのに。
*
「姫ちゃん、お待たせ」
「お妙ちゃん、わたしも今来たところ」
今日は女中のお仕事はお休み。新しくできた友達のお妙ちゃんと会う約束をしていた。屯所を出るときに山崎さんとすれ違い、すぐそこだから大丈夫と断ったけれど必死な形相で「一人で外出するところをそのまま送り出したなんて言ったら沖田隊長に殺されるから!!」とどうしても送りたいと申し出てくれたから近くまで送ってもらった。真選組の人たちはみんな優しいからつい甘えてしまう。
「姫ちゃん、初めて会ったときも思ったけどその着物とても似合ってるわ。その帯の柄も。センスがいいのね」
「ありがとう…!あまり詳しくなくて、総…友達が選んでくれたの。伝えておくね」
「あらやだそれってもしかして男の人?」
「うん、友達なの」
「またまたぁ〜!ね、あのお店見に行きましょ」
「うん!」
お妙ちゃんとの出会いは一週間に遡る。先輩女中さんに急な買い出しで卵を頼まれて近くのスーパーに買いにきた帰りだった。
急いでいたらお妙ちゃんとぶつかってしまい、お妙ちゃんとわたしの持っていた卵が割れてしまった。お互いにお詫びを……なんて話しているうちに、気が合ってそのままお友達になった。今度はゆっくりお話ししようねなんて話して、わたしのお休みに合わせてついに今日を迎えた。
驚いたのはお妙ちゃんとは同い年で、話してみるととても気合う。まるであの頃の日常みたいでとても楽しい。食事をした後、まだ話し足りないし良かったらお茶しない?ということでお妙ちゃんのお家にお邪魔することになった。
「姫ちゃんは真選組の女中さんなのよね。もう長いの?」
「ううん、先月江戸に来たばかりで困ってたところを助けていただいたの。それで女中のお仕事も紹介してくださって…みなさんとても良い方たちで毎日楽しいよ」
「あらそうだったの。何か困ったことがあったらいつでも言ってね。力になれると思うわ」
「お妙ちゃん、ありがとう」
「ねぇ、今度わたしのバイト先で今度大きなイベントがあるんだけど良かったら遊びに来て!彼氏さんや友達も大歓迎よ」
「えっ彼氏…?」
「その着物選んだ方、見てみたいわ。だって女性の着物を選ぶなんて、好きな子以外できないわよ」
「総悟くんは……彼氏とかじゃなくて恩人だと思ってるの」
「総悟くんって、もしかして一番隊隊長の沖田さんのこと?…なんだか意外だわ、あの人が女の子のこと大切にしてるなんて」
「?総悟くんはいつもすごく優しいよ?笑顔がかっこよくて、ちょっとドキドキしちゃう。最近、友達になってくれたの」
お妙ちゃんは一層驚いた顔をした。そう言えば神楽ちゃんもサド王子とかなんとか言ってたような………、わたし以外の人には総悟くんはどう見えているのかな?
「ねぇ姫ちゃん、一番隊の沖田総悟と言えば若くして真選組随一の剣の使い手といわれていて一目置かれているの。それだけでなくかなりのやんちゃしてるって有名よ。
何度か会ったことのある私も見る限り、他人…ましてや女の子に執着するような人じゃないと思うわ。姫ちゃんへの態度は姫ちゃんだけにしているものよきっと。あの人が人に優しくしているところなんて見たことがないもの」
ずいっと身を乗り出して力説してくれたけれど、お妙ちゃん、それ、総悟くんの悪口になってる気がする……。
「…あらごめんなさい熱くなっちゃって。とにかく姫ちゃんかなりアプローチされてるんじゃないかしら。もう少し彼のことしっかり見てみたら?恋愛に関して鈍いところがありそうだし」
「そう、なのかな?」
「わたしが今言ったことがそう思えないのなら、彼はあなたを特別だと思ってるはずよ。ねぇ、姫ちゃんはどう思ってるの?」
「わたしは……命を助けてくれた総悟くんのこと、恩人で、大切で、…いつも守ってくれるから、守りたいの。一緒にいる時間が好きなの」
「そう。あなたにとって彼はまだヒーローなのね。…でもね、それで終わりにしちゃもったいないわよ」
初めての恋なのね。応援するわ。
そう言ってニッコリ笑ってくれた。
「ただいま帰りましたー、姉上、お客さんデスカッ!?そその方はカカカカかカカカカか」
「邪魔するヨーー」
「あら新ちゃんお帰りなさい。神楽ちゃんもいらっしゃい」
そう言って入ってきたのは、この間の神楽ちゃんと新八くんだ…!
「この間の…!」
「あら知り合いだったの?新ちゃん何壊れたロボットみたいになっているの?姫ちゃん、お茶入れ直してくるわ。ゆっくりしてて」
「うん、ありがとう」
「姫ーーー!姉御と知り合いだったアルか?」
「そうなの。この間知り合ってね。神楽ちゃんは?」
「今日は姉御のとこにお泊まりネ!姫も今度一緒に枕投げするヨロシ!」
「わあ楽しそう!今度仲間に入れてね」
「……で、お前はいつまでそこで突っ立ってるつもりアルカ新八」
「ししししつれいいたしましゅ」
「噛んでんじゃねーヨ」
向かい合って座った新八くんはなんだか緊張してるみたい。あ、そうだ。さっきお妙ちゃんと話したことを思い出した。
「ね、新八くん、恋してる?」
「ええっ!?!!!!!」
「恋って、どんな感じ?楽しい?」
「えっと………」
新八くんは、そうですね、とちょっと困ったように考えて、答えてくれた。
「恋って楽しいもんじゃなくてめちゃくちゃしんどいです。でも好きな人が笑っているのを見ると、それだけで幸せな気持ちになります。もし僕と付き合うことはなくても、お通ちゃんがずっと笑っていてくれるなら僕はなんだってやってあげたいと思うんです。あっお通ちゃんていうのは今大人気のアイドルで……」
と、新八くんの好きな人のことをたくさん話してくれた。戻ってきたお妙ちゃんもニコニコして聞いている。神楽ちゃんは何度も聞いてるのか、『耳タコネ』と言って酢昆布をしゃぶっている。好きな人のことを話す新八くんの笑顔は、とっても素敵で心があったかくなった。
「姫ちゃんも、彼のこと話すときはあんな顔してるわよ」
「え…それって」
「さあ、どうかしら?」
お妙ちゃんはいたずらっぽい笑顔でとっても楽しそうに笑った。
「邪魔しまさァ。ここにうちの女中が世話になってやせんか」
「総悟くん!」
「あらお迎えが来たみたいね」
だるそうに入ってきたのは今まさに考えていた総悟くんだった。気がつけばもう夕方。帰るのが遅くなったわたしを迎えにきてくれたんだろう。
「見回りがてら寄っただけでさァ。迷子になられちゃ敵わねェ」
「ありがとう総悟くん」
「じゃあまたね姫ちゃん。イベント、待ってるわ」
「うん。楽しみにしてるね。今日はありがとう。新八くんも、またね」
「はい、また」
「姫ー!次は枕持って来いヨー!」
「はーい!」
「近藤さんも帰りやすぜ」
「おう」
「えっ」
軒下から何事もなかったかのように出てきた近藤さん、いつからいたの!?驚いているとお妙ちゃんと神楽ちゃんがアッパーを喰らわせていた。
「姫、見ない方がいいぜ」
総悟くんに連れられて早々に車に乗り込んだ。
「どうしてここにいるってわかったの?」
「ザキから町まで送ってったって聞いた。どうせ帰りは歩く気だったんだろィ」
「…うん」
「今度から外に出るときは俺に一言言いなせェ。…心配しまさァ」
「総悟くん、ありがとう」
「…楽しかったかィ」
「うん!総悟くんの話たくさんしたよ」
「はぁ?」
今日は本当に楽しかった。
総悟くんのこと、もっと知りたいと思う。
そしてわたしのことも、知って欲しい。