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08.君を連れ去る午前ニ時



『スナック すまいる』

わたしが今にらめっこしているのは先日お妙ちゃんと遊んだときに貰った名刺だ。イベントがあるから来てねとお誘いを受けたけど………まだ未成年だけど行って大丈夫かな?でもお妙ちゃんはここでバイトしてるんだよね……よし、せっかく誘ってもらったし、何事もチャレンジ!行ってみよう!

早速、お昼休みに総悟くんの部屋を訪ねることにする。

「総悟くん、いる?」

「入りな」

部屋に入ると、総悟くんは珍しく机に向かって仕事していた。忙しいかな?

「あのね、この間、出かけるときは言ってって…言ってたよね?」

「…どっか行く予定でもあるんで?」

「うん…今夜、お出かけしてもいいかな?」

「場所は?」

「お妙ちゃんのバイト先なんだけど…」

バイトというフレーズで手が止まる。
どんなお店か知ってるのかな?

「行ったことあるの?」

「……仕事でな」

なぜか気まずそうな声だった。

「行ってもいい?お妙ちゃんがぜひって」

「……………………」

こちらに背を向けたままたっぷり10秒は沈黙が続いた。そんなに渋るほどなにが問題なのだろうか。カタン、と筆が置かれる。

「俺も行く」

向き直った総悟くんは、なぜか険しい顔をしていた。



「姫、こんな時間から出かけんのか?」

「あ、土方さん。お仕事お疲れ様です」

その日の夜、そろそろ出ようという時に土方さんとすれ違った。そう言えば今日はまだ会っていなかった。外のお仕事だったのかな。なんとなく疲れた顔をしている。

「お友達のバイト先にお呼ばれしてるんです」

「怪しい店じゃねぇだろうな?気ィつけろよ。ひとりで行くのか?」

「総悟くんと一緒です」

「…あー…ならまあ安心か」

「あ!土方さん、ちょっと待っててください」

「あ、?」

ふと思い出して小走りで厨房に行き、冷蔵庫から『土方さん用』とメモして残しておいたプリンとスプーンを落とさないように持って戻る。土方さんは言った通りその場で待っててくれていた。

「これ、お昼に女中さんと作ったんです。良かったら食べてください。今日もお疲れ様でした」

「…ありがとな」

ぽん、と頭に大きな手が乗って、褒められて素直に嬉しい気持ちになる。今日はもうお仕事ないのかな。少しでも休めるといいな。

「何やってんでさァ姫の頭がマヨの油でテカっちまうだろ土方コノヤロー」

不機嫌気味にやってきた総悟くんの言葉にそんなわけないと思いつつ、ちょっと頭に手を置いて確認してしまう。うん大丈夫。当然だけど。

「ンなわけねーだろ!姫も確認すんな!」

「つい…」

「姫、車乗りなせェ」

「はい、土方さんいってきます」

「おうあんま遅くなるなよ。……で、結局どこ行くんだ?」

「…キャバクラでさァ」

「はあぁ?!」





夜の歌舞伎町はとても賑やかで明るくて思わず目を奪われてしまう。短大生をやっていた時も、夜遊びはしたことなかった。真面目に、お淑やかに、なんて言われて育てられてきた家庭では無縁のものだった。母が幼少期に病気で亡くなり、より厳しくなった父の影響か、短大生になって一人暮らしを始めてからも自由が許されないような心地だった。
だからかな。この世界に来てから、自分のしたいことや好きなことができる。今、とても楽しい。

「総悟くん、ありがとう」

「…何がでィ」

「本当はあんまり行って欲しくなかったでしょ?でも、連れてきてくれたから。ありがとう」

「アンタはこういう所じゃ悪目立ちするから連れ歩きたくねェんでさァ。特にあの場所は」

「わたし、夜にこうして出かけるの初めてなの。いけないことしてるみたいで、ドキドキする」

運転席の総悟くんを見ると、呆れたように笑ってわたしの頭をくしゃっと撫でた。胸が高鳴ったのは、夜のお出かけのドキドキのせい?

「お妙ちゃん!」

「姫ちゃん!来てくれたのね。いらっしゃい。さ、こっちに来て!」

賑やかなお店に着くや否やキャスト用の更衣室に押し込まれる。総悟くん大丈夫かな?

「さ、姫ちゃんこれを着て!今夜は制服コスプレイベントなの!」

これ、と見せられたのはセーラー服。

「わ、懐かしい」

去年まで着てたなぁとちょっと懐かしい。ここではこういうのって滅多に着ないんだよね。卒業して時間経つしわたしももうコスプレなんだ、とか思ってしまう。だけどどうしてわたしが?

「女の子全員対象のイベントなのよ。お店の子でもお客様でも女の子なら誰でも着れるの!姫ちゃんぜっったい似合うと思ってたのよ」

それに、と続ける。

「彼にも可愛い姫ちゃんのこと見せてあげたいじゃない?」

ちょっといたずらっぽく笑うから、なんだか楽しくなって頷いた。





姫は最近外に出ることが多くなった。
少しずつ交友関係を築き、この町に根を張り始めているのは大変喜ばしいことでもあるが…同時に、いつまでも自分だけを頼っていて欲しいという黒い感情が湧き出てくる。
あの見た目だ。一人で外に出るなんざ狙ってくださいと言っているのと同じだ。だから外に出る時は俺に一言言うように言付けている。仕事で同行できないときはザキか誰に行かせ一人にはさせないようにしているが、まったく美人ってやつはそれだけで犯罪を呼び寄せるから難儀なものだ。

ただ今夜の外出は想定外だった。まさか夜、よりにもよってキャバクラに行くことになるとは。ダメだと言ってもよかったのだが、姫の大切な『友達』との約束を破らせるわけにもいかない。なにが悲しくて惚れてる女連れてキャバクラなんかに来なきゃいけねェんだ。早々に姫はバックヤードに引っ張られていった。あー退屈でさァ。

「はーーい新規お一人様ご来店でーすいらっしゃいませー」

「……何やってんですか旦那」

「やだあーー銀子って呼んでよねーー(ばっかオメー仕事に決まってんだろ店盛り上げろって言われてんの)」

「お侍さぁーんパチ恵喉乾いちゃったぁ〜ドンペリ入れていい?」

「オロナミンCまだアルカ〜?」

「アンタら人として失っちゃいけないモン無くしてますぜ」

テーブルについてきたのは万事屋トリオ。まだこんなことやってんのか。将軍の一件で懲りてないのか。人の許可なしにどんちゃん騒ぎを始める3人に、いよいよここにいる意味が見出せなくなる。

「総一郎くん一人でこんなところに来るなんて珍しくなーい?夜遊びしてると姫ちゃんに言いつけちゃうわよぉ〜」

「その姫をここに連れてきただけでさァ。姐さんのバイト先に行きたいって頼まれて渋々ついてきただけなんで」

「えっ姫ちゃん来てんの?いやーこの間会ってからどうもあの儚げな顔が忘れられなくてよ〜もう一度お目にかかりたいと思ってんだよねえ」

「…その姿で会って幻滅されても知りませんぜ」

「うっ、」

「アイツ…思ってたよりも深刻なモン抱えてやがりまさァ。月の国の姫なんて可愛いもんじゃねェ。…いっそただのお姫様でいてくれた方がよっぽどマシでさァ」

「だからこの間俺を喫茶店に呼んだわけ?姫ちゃんが次元超えてやってきたなんて驚くような内容ではあったけどノロケ聞かされてなんの嫌がらせかと思ったわ」

「…旦那ァ、もし人の傷や病気を治す力を持つ人間がいたらどうなると思いやす?」

「ああ?そんなんおめー世界中で喉から手が出るくらい欲しがられんじゃーの。治癒の力ってやつだろ?ドラクエでもヒーラーは絶対パーティから外さねーもん俺」

真面目な顔を崩さない俺の顔を見て、旦那は何かに気づいたかのように息を飲んだ。

「おい、まさか…………………」

「姫ー!可愛いアルー!」

チャイナの声で辺りを見ると、人だかりの中に姫がいた。おい、なんで制服着てんだ。半袖のセーラー服に短いスカート。紺のハイソックス。髪を下ろし、ゆるく巻いていて化粧も変わって年頃の女のような雰囲気だ。…ていうか、

「生脚エッロ…………」

旦那の呟き思わず頷きそうになる。男女共にたくさんの人に声をかけられて戸惑っていた姫は、俺と目が合うとほっとした表情でこちらに来た。

「総悟くん!離れちゃってごめんね」

恥ずかしそうに隣に座ってきた姫のスカートから太ももがダイレクトに視界に入ってくる。ちょっと待て、こんなん見せてどうする気だ。

「パチ恵〜姫に飲み物持ってこいヨ」

「ハイイイイイイただいまあああああ!!!」

姫の生脚を間近に見てしまった眼鏡は鼻血を垂らしながら退席した。こりゃしばらく帰ってこねェな。

「姫ちゃんやっぱりすっごく似合ってるわよ!沖田さんどう?わたしの最高傑作の感想は?」

「これが目的だったんですねィ」

「なんのことかしらぁオホホホホ!はい姫ちゃんこれ飲んで。ゆっくり楽しんで行ってね!」

「ありがとうお妙ちゃん」

姫は貰ったジュースを飲んでいる。チラッと視線が合うと、サッと逸らされる。

「…似合ってまさァ」

本人にしか聞こえないであろう声量で伝えると、姫は本当に嬉しそうに笑った。

「総悟くん、ありがとう!」

「とは言えスカート短すぎんでィ。伸ばせ」

「伸ばせないよこれでも精一杯下げてるんだよー!」

ほら!と姫が上の服をぺろっとめくると、確かにスカートは折り返されておらずこれ以上は長くできなさそうだ。同時に目に入る白い肌とヘソ。もう少しで下着まで見えそうだ。いやいやいやいやいやそういう問題じゃねェ。

「めくってんじゃねェ」

ビシッと頭に手刀を落とす。えへへと少し赤い頬を緩ませて笑う姫。えらく上機嫌だ。隣で一部始終を見ていた旦那のHPはもうゼロだ。股間を押さえて蹲っている。

「ハァハァ…静まれーー静まるのよ銀子…どっちかっていうと銀さんの銀子……あんなモン見せられたら銀さんの銀さんが銀さんしちゃうよォまだ仕事中よ…アッやべ」

「きったねーもん見せんじゃねぇど変態が!!!」

チャイナと姐御にボコボコにされている旦那を横目に、姫の飲んでいる物を確認する。

「酒じゃねーか」

「え?リンゴジュースだよ?」

「りんごの酒でさァ」

「へえ、お酒って甘くて美味しいんだね。初めて飲んだ」

身体に力が入ってない。酒に弱いタイプか。普段ならあまり見ることのないヘラヘラした笑顔。いつも見るのは、穏やかな笑顔と、憂いを帯びた不安そうな顔。その表情が大人びて見せるが中身は鈍感天然女。まだ少女と言える年頃なのだ。

「…そうやってずっとヘラヘラ笑ってればいいんでさァ」

「…え?」

「帰りやすぜ。立てるかィ」

「う、?」

酔いが回ってきたのかフラフラだ。『セーラー服はまた今度返しに来てね。良い夜を〜〜』なんて送り出してくる辺り、確信犯だ。お姫様抱っこで抱えると、首にしっかりとしがみついてくる。車に乗せて、屯所へと向かった。






午前ニ時。寝静まった廊下を歩く一つの足音。
姫は腕の中で眠っている。無防備に曝け出された手足がやけに艶っぽく見える。

「沖田隊長?こんな時間にどうし……えええええええええええ!?」

「うっせぇな起こしたら殺すぞザキ」

腕の中の姫を見て顔を真っ赤にして悲鳴を上げる山崎。気持ちはわかるが今は黙ってろ。幸い少し身動ぎするくらいで目を覚ますことはなかった。むしろ俺の胸に頬を擦り付けてくる。くそ…酔っ払いが。

「ちょっとちょっとなんですかそれ……危ない仕事でもやってんですか姫ちゃん…」

「姐御の店でハメられただけだ。黙ってろィ」

「いやちょ……っ…よく平気でいられますね沖田隊長…!」

「平気なわけねーだろィ」

呟くように吐き捨てて姫の部屋に向かった。布団に下ろしても目を覚ます様子はなかった。

「おい姫、起きなせェ。じゃねェと脱がしちまうぜ」

「……んーー……」

「そんな薄着じゃ風邪引きまさァ。着替えてから寝なせェ」

「…総悟くんやって…………」

「…………………………言ったな?」

言ったな?言ったからいいよなァ?
制服のリボンをしゅるりと抜き取る。
上体を起こして自身に寄りかからせて上の服を脱がせるとさらりと綺麗な髪が流れる。同時に白い陶器のような肌が浮かび上がる。

「…………やべェ」

想像以上にやばい。止められるだろうか。あまり見ないようにしてはいるものの、素肌に触れている面積が多すぎて全身が熱くなる。
スカートに手を伸ばし、苦戦しながらもホックを外すとチラリと覗くレース。上とお揃いのそれは姫のために作られたかのような繊細なデザインで、それを見に纏う身体は芸術作品のような美しさだ。
コイツを俺のものにしたいという欲が溢れ出て止まらない。店でのあんな姿、誰にも見られたくなかった。平気なわけねぇだろ。本当は、誰よりも一番コイツをどうにかしてやりたいって思ってる。
下着のみで布団に横たわる姫を見てごくりと喉が鳴る。頭に手を伸ばし髪を掬い口付けると、甘い香りに目眩がしてどうしようもない。

「……っ」

もう、どうにでもなっちまえ。そのまま耳たぶ、うなじ、鎖骨、肩へと触れるだけのキスを落とす。全身が熱く燃えるような感覚に飲まれる。止まらない。自身の上着を脱いでワイシャツのボタンを緩める。
店で見たときから触れたくて堪らなかった太ももに手が伸びる。艶のある足をすっと撫でると、姫がくすぐったそうに身を捩った。

「ふふ……そ、ごくん…………」

姫の腕が伸びてギュッと抱き締められる。

「総悟くん……ありがとう…」

ゼロ距離で抱き締められて力が抜ける。安心しきった顔。コイツは、汚しちゃいけないモンだ。

「……はーーーーーー…………とんだ生殺しでィ…」

長いため息をついて、姫と布団に雪崩れ込む。薄い毛布に姫を包んで、その上から抱き込んだ。

「俺のモンになったら覚えてな」

姫の首筋に顔を埋めて、眠りについた。