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05. マグカップで占う未来



「総悟くん!大丈夫!?」

「ってェな、邪魔すんじゃねぇやクソチャイナ」

倒れた総悟くんに駆け寄ると、大丈夫だと制される。知り合いのような口ぶりだけど……友達ではなさそうなピリッとした雰囲気。この女の子は誰?そして女の子の後ろにもおもしろそうにこちらを見ている銀色の髪をしたお兄さんと、心配そうにしている眼鏡をかけた男の子、そしてとっても大きな…………犬………?

「公衆の面前でナンパしてんじゃねーよ、その女嫌がってるネ。さっさと消えなクソサド王子!」

「ハッ誰が嫌がってるって?コイツは俺の………、」

「俺の?」

「俺のぉ?」

「わうん?」

「……………..、『友達』でさァ」

「ほう友達かぁなら問題ないなぁ母さんや」

「おやまぁ友達だなんて!あたしゃてっきりもう色々済ませた後かと思いましたわよお父さん!!ぶふふふふふ!!!!」

「……怒りますぜ旦那。チャイナは死ね」

「ちょっと銀さん神楽ちゃん定春!いくらなんでも女性と一緒にいるところを声かけちゃダメだって…!そっとしときましょうって言ったじゃないですか!すみません沖田さん!この人たちおもしろそうなもの見ると冷やかさずにいられないクズども………で…」

眼鏡の子が走ってきて総悟くんとわたしの前に立つ。すごい勢いで謝ってくれた彼は、顔を真っ赤にして後ずさりした。

「おっおっおっおっきたさんそのカカカカかたはただだどなたデショウカかかかか」

「『友達』でさァ今はな。何度も言わせんな眼鏡」

「ん?新八どうしたネこのごっつ美人なねーちゃんに一目惚れでもしたアルか」

「そういやこの辺で見ねぇ顔だな。こんだけ美人なら銀さん忘れるわけねぇんだけどなむしろナンパしちゃうよこりゃあ。総一郎くんと一緒にいるってことはどっかのお姫様?平民に紛れてお忍びでお買い物ですかぁ?」

ずいっと勢いよく2人に顔を覗き込まれて思わず総悟くんの後ろに隠れてしまう。失礼とはわかっていつつ、背中から「姫です、初めまして」と小さく自己紹介した。

「姫、この人たちのことは忘れな。お前の人生には一切必要ないもんでさァ」

「ちょっとちょっとそりゃないぜ総一郎くん」

「総悟です旦那」

そう言いつつも銀髪の人と話す総悟くんの雰囲気は、なんだか少し柔らかくて心を許しているような感じがする。賑やかでびっくりしたけど、いい人たちなのかもしれない。

「わたし神楽!歌舞伎町の女王ネ!女王様って呼んでもいいアルよ。そんでそっちがダメ男の銀ちゃん、あそこで文字通り棒になってるのが眼鏡が新八、あと定春ヨ」

ニコッと人懐っこい笑顔で話してくれる神楽ちゃん。登場は怖かったけどとても可愛い。

「神楽ちゃん、よろしくね」

「俺たち万事屋って何でも屋やってんだ。お姫様もなにかあれば声かけて。報酬はガッポリ頂きますから〜〜〜ハイ名刺」

「ありがとうございます…」

名刺を見ると、『万事屋銀ちゃん』の文字。
住所と電話番号が載っている。文字は、読める。わたしの知る現代文字だ。ほんの少しホッとして名刺を大切にしまった。

「ところで姫、こんなサディスティック星から来たサド王子と一緒にいて大丈夫アルか?何もされてない?」

「え……総悟くんってやっぱり王子様なの?あんまり格好良くて優しいから普通の人じゃないのかなって思ってたの。王子様だったんだぁ」

「………………」

「………………」

「…銀ちゃん、姫って……」

「みなまで言うな神楽…俺たちは今、国宝級のド天然記念物の前にいるんだ。そりゃあ苦労するな沖田くんよ」

「総悟くん?どうしたの?顔が……」

「行きやしょう、呉服屋閉まっちまう。じゃ、旦那また」

挨拶もそこそこに総悟くんに手を引かれ万事屋さんたちとお別れする。わん!と定春くんがこっちに向かって挨拶してくれた。もふもふ、気持ちよさそうだなぁ。神楽ちゃんも手を振ってくれてる。また会えたらいいな。

「姫」

「はい、あ……なあに?」

「俺は王子じゃねぇ」

「え…さっきのは」

「チャイナの冗談」

「そうなんだ………えっわたし、さっき恥ずかしいこと…」

「言ったなァ、恥ずかしいこと」

「…………!」


にやりと振り返る総悟くん。
今度は、わたしの顔が赤くなる番。









呉服屋さんで圧倒されるほどたくさんの生地を見せてもらい、ほとんど総悟くんに見立ててもらって数着の着物を作ってもらうことになった。それから、ストールと外出用の羽織と草履、手提げも。総悟くんはどんどん買っていく。見せてもらった物は全てとてもよくできていたし、綺麗な柄で気に入ったんだけど………。

「こんなに素敵な物たくさん、なんだかとても贅沢してるみたい」

「思う存分贅沢しなせェ。これは近藤さんからのプレゼントでさァ。例の事件、なかなか解決できないお詫びらしい」

「お詫びなんていいのに、」

これも似合うなと言って総悟くんは髪留めを手に取りわたしの髪に触れる。
事件が解決できないのは当然のことなのに。
たぶんあの夜のことはこの世界で起きたことではないから、いくら探してもこの世に犯人なんているわけがない。無いものを一生懸命に探してもらうのは、心が苦しい。帰ったら、近藤さんに伝えよう。もうあの夜のことは追わなくていいと。責任も、どこにもないと。

「髪は結べますかィ」

「あまりレパートリーはないけど少しなら。女中さんにも教えてもらうね」

「じゃあこれも買いだな」

髪留めを持ちながらわたしの髪に触れた手が、器用に髪を耳にかける。何かに気づいたように視線が一点に向けられた。

「…耳に穴開いてんの、意外でさァ」

「似合わないかな?」

「いや、痛みに弱そうだから」

「ふふ、とっても痛かったよ」

「なに笑ってんでィ」

「あはは」

なにもついていない耳たぶをぎゅっとつままれて、くすぐったくて思わず笑い声を上げると総悟くんも笑っていた。










呉服屋さんのあとは必要な日用品も買わせてもらって、お買い物は終わり。久しぶりにたくさん歩いて疲れてしまったわたしを見かねて目に入った喫茶店に入ろうと促してくれて休憩することにした。初めてのお店に少し緊張しながら入ると、居心地の良さそうな落ち着いた雰囲気で安心する。メニューを見ると、大好きな3文字を見つけた。

「ココア……ここにもあるんだ……」

総悟くんはコーヒーを注文してしばらくすると目の前に暖かく湯気を揺らしたココアが置かれる。甘くとろける香りがなんだかすごく懐かしい。一口飲むと、なぜか涙がぽろりと溢れた。

「外出てからずっと気張ってたろ。落ち着いたかィ」

「……うん…」

総悟くんはあまりわたしのことを聞いてこない。
例えば、どうやってここに来たのか、わたしがいたところはどんなところかとか、……なぜいまわたしが泣いているのかとか。警察という立場から知りたいことがたくさんあると思うのに。『別の世界から来たかもしれない』と意味のわからないことを言っている変な女だと思われても仕方ないのに、ずっと親切にしてくれている。

彼はなにも聞かずに、わたしから話すのを待ってくれる。言葉や笑顔、空気の一つ一つが、少しずつ、わたしの心を解してくれる。わたしの気持ちが揺れるとき、いつもただそばにいてくれる。責めたり、諭したりしない。欲しい言葉をくれるわけじゃない。でも…………それが、一番安心する。

「……総悟くんには、何にも言わなくても全部伝わってるみたい」

「バカ言え、そんなわけねェだろ」

「ふふ」

「…なんか思ってることがあるなら言え」

「わたし…………」

言い出したら、止まらないかもしれない。
本音を言って、受け入れてもらえなかったら?と思うと、言葉が出なくなる。でも、総悟くんだからきっと……….。

「元いたところで、もう死んでる気がするの。ここで、もし帰る方法が見つかっても、向こうに体がなければ今のわたしは消えてしまうかもって……」

「ここは姫にとって死後の世界ってやつかい」

「…そう、かも…でもみんな、総悟くんもみんな優しくて、そんな風には思えないけど」

「まぁ、あんなボロボロになって死んだんなら大人しく成仏できるはずもねぇな」

「わからないけど…あの日のことが、どうしても思い出せないの。まるで誰かから思い出すなって言われてるみたい」

「………あの夜…アンタを見つけた時、全身ずぶ濡れだった。けど周りには一滴も水は落ちてなかった。まるで、俺のところを狙ったみたいにそこにいた。月が運んでくれたのかもしれねェな」

「うん、月が綺麗だなって、思ったの覚えてる。だから…事件のことは、もう何もしてくれなくていいの。近藤さんにも、そう伝えようと思う」

「…その傷をつけた奴のことはどう思ってんでィ」

「…………怖い、けど、もうきっと会わないから」

強い、殺意。恨み。胸の傷は、ふとしたときにズキリと痛む。まるで呪い。忘れるなと言っているかのよう。なにも無かったことにはできそうにもない。でも、ここで笑っていたい。この傷を持つわたしがここに来たことに、何か意味があると思いたい。

「わたし、総悟くんに会いたくてここに来たのかな」

「そうかもな」

即答だった。なんだかおかしくて笑ってしまう。総悟くんが言うと冗談に聞こえない。本気で返すからまるで本当のことみたいに思わせてくれる。

「総悟くんがわたしを見つけてくれて本当に良かった。改めてお礼を言わせてね。ありがとう」

「…理由はどうあれ、せっかくここに来たなら楽しみなせェ。しけた面見るのもいい加減飽きた」

「うん。総悟くん、友達になってくれてありがとう。これからもよろしくね」

「………ま、せいぜい友達から頑張らせてもらいやす」

…この時、わたしの席の後ろにあの人がいたことを、わたしは知らなかった。総悟くんの優しさには、いつも後になって気づくんだ。