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04. ティースプーン一杯分の願い事



数週間前から、真選組屯所に女の子が住んでいる。

なんでも沖田隊長が保護した子でとびきりの美人らしい。どこかの国のお姫様だとか沖田隊長の許嫁で花嫁修行をしに来たんじゃないかとかいろいろ噂が広がっている。あのガキ大将みたいな沖田隊長がそう簡単に結婚なんてするわけないだろと内心ツッコミを入れてやる。そんな浮かれたもんじゃない。

彼女がここに来た経緯は監察として大体聞いている。月夜の晩に何者かに襲われたと。ホシをあげるにも不可解な点が多く特定できずにいる。彼女もその時のショックで記憶がないと。ならば彼女の身辺に手がかりはないかと彼女自身について調べるも、何の情報も上がってこない。まるではじめからこの世にいない人間かのように………。
沖田隊長にそれを伝えるとどこか納得したような表情で『やっぱかぐや姫だったか』と呟いた。それ以上何も発しなかったが、きっとあの人は何か知っているんだろう。

ここに来てから治療のため部屋に篭っているのでその姿を見たものはいない。が、なんでもリハビリがてら女中の手伝いをするらしく昨日からこの屯所内を出入りしているらしいじゃないか!………そんなわけで女性に飢えた男どもたちは今日も朝から色めき立っている。さっきすれ違った原田なんて頬を染めながら内股でスキップしているのを目撃してしまい目眩と吐き気を覚える。オエッ。

ムカムカする胸を抑えながら角を曲がると、どん、と胸に小さな衝撃を受けた。同時に「きゃっ」と高い声。目線を下に向けると、山積みになったタオルから顔を覗かせた、女の子………………。

「うわあああああああああああああああああ」

「ごめんなさい!大丈夫ですか?」

思いがけずレアキャラに遭遇してしまいその美しさに思わず悲鳴をあげてしまった。恥ずかしいいいいでも許してェェェ!

「いやっおおおおお俺こそごめんね!タオル拾うから!」

「いえわたしがよそ見をしていたので…」 

困ったように少し眉を下げて、お人形が喋ってる………。2人で散乱したタオルを集めて畳み直す。チラチラと美女に目がいってしまうのは、男の性である。

「あの……」

「はいィ!」

「お名前は……なんとお呼びすればよろしいですか」

「はいっ!真選組監査、山崎退でありますっ!」

「山崎さん、姫です。少し前からここにお世話になっていて、お手伝いをさせて頂くことになりました。よろしくお願いします」

ふわりと、花が咲くような鮮やかな笑顔が目の前にあって、もう卒倒しそうだ。これが何処かの星から来た女スパイであっても甘んじて受け入れてしまいそうなほど心が乱されている。なんていう破壊力なんだ……。

「姫ちゃん、って呼んでいいかな?何かわからないことがあったら気軽に聞いてね」

「はいっありがとうございます」

嬉しそうに笑うもんだから、つられて俺も笑顔になる。美人だから緊張してしまうが、笑顔は少女のように少し幼くなる。身構えてしまったけど話してみると可愛らしい女の子じゃないか。

「廊下のど真ん中で何仲良くサボってんでさァ」

「ひぃっ沖田隊長…!」

見られたああああああああ一番見られたくない人に見られたあああああ!

「沖田さん!」

沖田隊長を見るや否や姫ちゃんはわかりやすく嬉しそうな笑顔を隊長に向けた。沖田隊長も隊長でその笑顔を真正面から受け止めた上で一瞬優しく微笑んだ。ん?微笑んだ?

「姫、出かけるぜ。準備しなせェ」

「お出かけ、ですか?」

「そろそろ着物やら入用だろ。いつまでもおばちゃんたちのお古じゃせっかくの女が台無しだ」

「わあ嬉しいです…!少し待っててくださいね」

そう言って姫ちゃんは畳んだタオルを積み直してよいしょと持ち上げようとしたところを沖田隊長に奪われそのまま俺の胸にバスっと収まる。

「じゃ、あとは頼んだぞザキ」

「ちょっと沖田隊長!どーすんですかこれー!」

「いつものタオル置き場に置いとけ。珍しいモンと話して鼻血垂らして喜んでたっつーのは黙っててやらァ」

「鼻血なんか垂らしてませんから!ったく……」

沖田隊長に手を引かれながら姫ちゃんはこちらを心配そうに振り向いたので、大丈夫だよと口を動かしながら笑って手を振った。それに安心したのか、ふわりと笑って沖田隊長について行った。沖田隊長は黙って遠くから見れば整った顔立ちをしているから、こうして美男美女が並んで歩く後ろ姿をみるとお似合いな気がしてくる。いや性格は難ありなので姫ちゃんにはオススメできないけど。

でもあの感じ、沖田隊長も満更でもなさそうだな…………と思いながら抱えたタオルを運んでいると、角を曲がったところで硬い何かにぶつかった。

「いてっ」

「…山崎…お前はいつから女中になったんだ」

「副長ぉぉぉぉぉォォォォ!!」











「山崎さんにお任せしちゃって大丈夫だったかなぁ…」

「アイツは頼まれたことはちゃんとやりまさァ」


車で町の近くまで送ってもらい、商店街を沖田さんと歩いている。
初めて屯所の外を歩くので、きょろきょろするなとか変な生き物を見て驚いても側から離れるなとかとにかく色んなことを注意された。
さらに混んでいるからと手を繋がれているもんだからもうドキドキして夢見心地な気分。男の人と手を繋いで歩くなんて初めてかもしれない。
ちらりと沖田さんを見上げるととっても余裕そうに前を見て歩いているから、女の子と歩くことに慣れているのかな…と思う。それはそうだよね、年頃の男の人で、こんなに格好いい人なら。すれ違う女の人も沖田さんに釘付けになっている。わたしも同じ気持ちです。

「着物買ってやる代わりに条件がある」

「条件、ですか?」

「今から俺に敬語禁止。沖田さん禁止」

「……それは…命の恩人に対して失礼になります」

「真面目なこって。じゃあ案内はここまでだ。呉服屋はこのまま真っ直ぐ行ったとこだから適当に見繕って貰いなせェ。帰りはひとりで歩いて帰ってきな。道は覚えてるな?」

「えっ」

じゃあなと繋いだ手が離れていく。
沖田さんが先に行ってしまいそうになって突然不安になる。沖田さん待って。えっと、下の名前、下の名前は………

「沖田さ……総悟、くん、待って……!」

「ぶはっ」

必死の顔が笑えたのだろうか、沖田さんは笑いながらすぐにわたしの手を取って歩く速度を合わせてくれた。あれ?もしかして冗談だった?……ひどい。

「いじわる……………だね」

「悪ィ、ちょいとやりすぎやした、置いてかねェから安心しなせェ。ぶふっ」

「そういうの、真に受けちゃいます」

空いた手で口元を抑えながら笑っている表情は、同年代の男の子のよう。その横顔を見ているとなんだからかわれただけかぁと肩の力が抜ける。
そうだ、沖田さんは最初からわたしのこと警戒したりしなかった。嫌なことばかり考えそうになると決まって現れてはたわいもない話をしてくれる。わたし、沖田さんのこともっと知りたい。

「わたしにとって命の恩人であることは変わらないけど、わたし沖田さんと友達になりたいです。………ね、総悟くんって呼んでもいい?」

すると沖田さんの足が止まり、向き合うように立つ。街の賑やかな音が遠くに聞こえる。

「俺は友達ってより………」

「オイコラァァァアアその女から離れろぉぉぉぉぉ!」

女の子の声が聞こえた瞬間、大きな音とともに沖田さんが目の前から消えた。