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56.かけがえのないものが溢れる



「あーあ。せっかく記憶が戻ったのに姫ちゃんと沖田隊長部屋に篭りっきりですね。俺も話したいのになー」

「オイ山崎空気読めよお前彼女できねぇのそういうとこだぞ」

「そうだぞ、総悟がどれだけの思いでこの数年を過ごしたか知ってるだろう。もう誰にも、何にも邪魔されたくないんだろう。随分と遠くて長い遠距離恋愛だったんだ、積もる話もあるに違いない。飽きるまでさせてやろう」

副長と局長が口々に言う。わかっちゃいるけどあの二人の仲の良さを知っている身としては少し面白くない。

「あの二人が飽きるなんて絶対ないと思いますけどね」

朝、局長の部屋にあった張り紙。そこには『私事都合により今日は休みまーす』の文字。怒り狂った副長が沖田隊長の部屋に乗り込めば無人だった。屯所内を探し回って辿り着いたのは…今となってはあり得るはずのない、姫ちゃんの部屋。女中のおばちゃんに聞けば姫ちゃんも顔を見せていないらしく、失礼を承知でこっそりと部屋を覗いてみれば二人仲良く手を繋いですやすやと眠っていた。流石にそこで叩き起こす副長ではなかったが、目を覚ました姫ちゃんが『記憶が戻りました』と何とも嬉しい報告をしてくれた。

「それは本当かい姫ちゃん!」

「はい、昨夜。ご心配をおかけしました」

「そりゃあ良かったな。それならその状況も頷ける」

その状況…というのは目の前にあるもの凄いイチャイチャ加減である。沖田隊長も目は覚めているはずだが一向に姫ちゃんから離れることなくむしろ逆に彼女を抱き込んで二度寝モードに突入している。絶対にコイツを仕事の気にさせるなという無言の圧をヒシヒシと感じた。『す、すみませんこんな格好で…』と恥ずかしそうにしている姿に手を振って静かに部屋の戸を閉めたのだった。寝起きの姫ちゃんとんでもなく可愛かったな。

「あれから姫ちゃん見てませんよ。どんだけ独占するつもりですかねぇ」

俺たちだって突然消えてしまったあの子の無事を願ってずっと待ってたんだ。記憶を無くしていても姫ちゃんは相変わらず姫ちゃんだった。それでも、あの頃のようにもっと輝くような笑顔を見たかった。心の底から笑う表情を。それができるのは悔しいが沖田隊長の隣でだけなんだ。

「とにかくこれで全て丸く収まったってことだな」

「少しは落ち着くと良いんですけどね」

「よし今夜は酒でも飲むとしよう!」

「いーですね。久々に派手にやりましょう!そうと決まれば言ってきます!」

稽古場にいる連中に話せばわっと盛り上がった。中には泣いてる奴もいる。すぐに他の隊士にも伝わるだろう。俺たちだってずっと待っていたんだ。家族と呼べる一人の女の子の長い旅が終わるのを。





「…ねぇ総悟くん、そろそろ外に出ない?もう夕方だよ」

「まだ足りねー」

「お夕飯の準備しなきゃ」

「今日休みって言ってあるから大丈夫」

「信用できないなぁ…」

「それよりこっち」

「ぅん、…っ」

記憶が戻って夜が明けてからというもの、空白の時間を取り戻すかのように今日は一日中総悟くんの腕の中にいた。片時も離れることなく寄り添って、存在を確かめるように何度も触れる。

「も、唇ふやけちゃう…」

「ふにゃふにゃでうまそうでィ」

「もうどこにも行かないから大丈夫だよ?」

「お前はそう思ってても勝手に拐われたりすんだろーが。カミサマには隠されるし」

「う、それは………否定できないけど」

「全然安心できねェ」

そしてまた塞がれる唇。ずっとこんな風に少し会話をしては溺れそうなくらいキスされて脳が蕩けてしまいそう。

「んん、そうご、く」

「次は姫からキスな」

「……それはまだ恥ずかしいよ」

「何を今更恥ずかしがってんでィ。記憶がなかった時と同じような反応しやがって」

「だって総悟くん、急に大人になってるんだもん。いつの間にか年上だし前よりもっと格好良くて…もう、だめ」

「だめってなんでィ。お前はとっくに俺のモンだろ」

「そう、なんだけど…。おんなじだけど違う人みたいで、でも大好きな総悟くんのままで…なんかドキドキしてずっと見てると変になりそう」

「どこが?」

「心臓が」

「ここ?」

そう言ってふわりと包んだ手の先は心臓じゃなくて…。

「……そこは胸…」

「心臓ってどこだっけ」

「あ!ちょっと脱がさないで、」

とぼけた口調で話し、合わせ目に手を入れた。胸の形を確かめるように緩急つけてふわふわと撫でる手付きは完全にスイッチが入っている時の触り方。

「夕飯の前にもういっぺん運動しとくか」

囁く声にきゅうと心臓が悲鳴を上げる。返事できないでいると敏感な所を指先で擦り付けて刺激する。

「あっ、待って、まだ、っん」

「触っていいんならキス」

「…っ、しろってこと?」

「どーする?」

「…………」

キスも何もずっとしっぱなしだし、もう触ってるし。胸を愛撫する手はそのままに首筋を舐めてちゅ、と吸い上げる。あ、キスマーク付いちゃった。

「このまま全部脱がして裸ひたすら見ててもいいけどな」

「…優しく、してね」

観念してそう言うと着物を全て落とし背中に唇を落としながらくすりと笑われて、向かい合わせになると甘えるように顔を寄せて、ご褒美を貰う少年みたいな甘い顔でキスをねだった。その唇に素直に触れてしまうのは言わずもがなで、すぐに頭を固定されて酸欠で気が遠くなるくらい深く激しいキスが待っているというのに大人しく目を閉じた。どうしよう。これじゃもうずっとこの部屋から出られそうにない。

結局解放されたのは日が暮れる頃で、ずっと部屋に篭ってたのに…篭っていたからこそヘロヘロで倦怠感に苛まれながら宴に参加した。隊士さん達が口々に「良かったなぁ」と言いに来てくれて嬉しかったし、記憶がない間とても心配をかけていたのだと思い知った。総悟くんはというと山崎さんに何か文句を言われている横で涼しい顔してお酒を飲んでいた。その横顔を見ると本当に格好良くて思わず土方さんの影に隠れた。

「何やってんだ姫」

「…ちょっと…心の準備が」

「何のだ」

「総悟くんが格好良くて直視できなくて」

「は?」

コイツ何言ってんだと言わんばかりに見下ろされる。

「わたしの中の総悟くんの記憶は二年前までのものなんです。あの総悟くんがずっと見てきた総悟くんだったので、記憶が戻った今では一晩で突然急に成長したような感覚で…どうしてもまだ慣れなくて緊張して」

「別人みたいって事か」

「わかってはいるんですけど…」

もちろん、総悟くんの周りの人全員そうだ。土方さんも大人の色気がぐっと増したなぁって感じるし近藤さんも更に貫禄が出たように思う。鉄さんも逞しくて立派な隊士になっているし、山崎さんは全く変わらない…というのが彼の努力の結果だ。隊士さんたちも良く見れば顔触れもあの頃と少し変わった。わたしだけがあの頃のままでやっと時間が動き始めたばかりで気遅れしてしまうけど…今、こうして同じ時間を生きている。それが一番嬉しい。

「確かに外っ面は変わったのかも知れねぇが」

土方さんも総悟くんをチラリと見た。宴会場の中心では近藤さんが隊士のみんなにお妙ちゃんの魅力について熱弁している。

「中身は何も変わっちゃいねぇ。姫に惚れてるだけの男だ。勿論ここにいる奴らみんな根本はあの頃と同じだ。紛れもなく姫が知ってる奴らだよ」

「土方さん…」

「しかしアイツも姫のお陰で忍耐力が鍛えられて良かったんじゃねぇか。お手も待てもできねぇガキだったからな」

そこに総悟くんが酒瓶を持ってやってきて土方さんの向かいに座った。

「土方さん、今回はありがとうございやす。お陰でやっと落ち着けたでさァ」

「ああ。良かったな。これからは今まで以上に気合入れて仕事しろよ」

「わかってまさァ」

とても穏やかに話す二人に驚いた。こんな風に笑い合う土方さんと総悟くんを見たことがなかった。わたしが時の奥底で眠っている間に打ち解けたのかな、と感激している横で土方さんがお猪口の中身を流し込む。すると途端に激しく咳き込んだ。

「ゴホッゴボッゴボッガッっ辛ェェエぇぇェェ!!!なんだこれ!?」

「土方さん!?大丈夫ですか!」

「タバスコ入りの日本酒でさァ。最近は透明な物が出回ってるんで気をつけた方が良いですぜィ」

「………っテメエェそこ座れェェーーーー!!!ゴホッゴボッゴホッ!!!」

「ト、トシ大丈夫か!?落ち着け!山崎、水を!」

「もーちょっといい加減にして下さいよォ!せっかく姫ちゃんのお祝いの席なのに!」

…あれ?この光景は……わたしが見てたのと何も変わらない日常。

「あの、わたしお水持ってきます」

大騒ぎになった宴会場を出てパタパタと食堂に向かいお水を汲んで急いで戻ろうとすると、その手前で待ち構えていた人にコップを奪い取られその場で飲み干された。にっと口角を上げて見下ろす瞳は何も変わらない。それでも、近づいてくる顔に耐え切れず目を逸らした。

「昼間散々慣らしたのにまだダメとか言わねーよな?」

「っ、不意打ちはちょっと恥ずかしくて無理かも」

「いい加減慣れてくんねーと困る」

ぐっと顎を上げられて視線が絡まる。多分今、ものすごく情けない顔してる。ねぇだって、つい昨日まで片想いしていた人が本当は恋人で、むしろ何年も前から両想いでずっと一緒にいた人だったなんていう思い出が一度に蘇ってきて、胸がいっぱいで困ってるの。その一つひとつが目が合う度に万華鏡を覗いたみたいにキラキラと輝いて降り注いでくる。そして今、思い出の上に重なる唇から確かな愛情が与えられる。その感情は触れると痺れて、少しだけ痛くて、そしてどこまでも甘く溶けていく。

「…片想い、楽しかった?」

「自分の女が他の男の間をフラフラしてんの見て楽しんでいられるかよ」

「それって清次郎さんのこと?」

「アイツにはもう関わりたくねー」

「総悟くんって清次郎さんに対してはいつもみたいな余裕ないよね。どうして?」

「…お前好きだろ、ああいう真面目で博識な男」

嫌そうに言うのは自分と反対だと思っているからなのだろうか。

「お友達としてはとても好きだけど、付き合いたいのは総悟くんみたいな人だし、総悟くん以外の人のことは何とも思わないよ?」

拗ねてる様子が可愛くてくすくす笑うと頬っぺたを摘まれた。

「総悟くんこそ小春さんと親密そうに話してるからお似合いだなって思ってたんだよ。小春さんが羨ましかった」

「馬鹿だな」

うん。馬鹿だよね。本当はお互いのことを何より大切に思ってるのに、それを知らないっていうだけであんなにもすれ違って切なくなって。でもそれが、人を好きになるっていうことなんだね。届かない想いもあるし、通じ合う想いもある。だからこそ伝えなきゃ。例え届かなくていつか消えてしまうような恋でも、好きだと思う気持ちはその人の幸せを願うのと同じことだから。

「片想い、わたしは楽しかったよ。悲しかったり焼きもちやいたり苦しくなったりドキドキしたり……総悟くんを見てるだけで色んな気持ちになった」

「めでたく両想いになった今はどんな気持ちだ?」

「…ドキドキして、恥ずかしくて、でもすごく嬉しくて…幸せだなって思う」

頬っぺたを摘んでいた手はいつのまにか優しく頬を撫でていた。首筋に指が触れるとぴくりと反応してしまう。親指が唇の上でふにふにと遊ぶ。くすぐったいけどキスされそうで身体が無意識に硬くなった。触れてしまえばすぐに全身の力が抜けて総悟くんに身を委ねてしまうのに、何故か身構えてしまう。

「その挙動不審はしばらく続きそうだな」

ガヤガヤとすぐそこの部屋から騒ぎ声が聞こえる。『いいかみんな!総悟が姫ちゃんを連れて戻ってきたら、せーので一斉にお帰りって言うぞ!』よく通る近藤さんの声やみんなの声。『局長〜クラッカー足りねぇよ!』『あっヤバイ酒こぼした布巾どこだ!?』『オイ水まだかよ…死ぬ…総悟の奴……』『副長!自分の烏龍茶飲んで下さいっス!』『あの二人絶対すぐには戻って来ませんよ今頃その辺でイチャイチャしてますよあー羨ましい』…すごく楽しそう。聞いているだけで笑顔になれる。

「ふふ。そろそろ戻ろっか」

「姫、渡しとくモンがある」

「なに?」

ポケットから取り出して手に乗ったのは小さな携帯電話。そういえばこの世界では触ったことがなかった。

「わぁ、いいの?」

「もうどこか行かれたら堪んねー。今まで不便だったろ」

「嬉しい。ありがとう」

早速開いてみると既に連絡先が登録されていた。それもとんでもない量の。総悟くんはもちろん近藤さん土方さんから始まり隊士さん達の名前がずらりと並んでいる。松平さんのまで。

「あはは、こんなにたくさん大事な連絡先が乗ってたらうっかり落とせないね」

「お節介野郎ばかりだからな」

少し前に買った物らしく、その日たまたま来ていた松平さんと近藤さんに見つかって『姫ちゃんの携帯!?おじさんの番号入れていい!?』と言われ放っておいたら隊士さんに回って片っ端から連絡先をしていったとか。

「消してやろうかと思ったが情報は多い方がいいだろ?」

「そ、そうだね…?」

何かに利用しようとしている雰囲気を感じつつそれを大切にしまった。肌身離さないようにしよう。

「で、こっちがメインな」

次に取り出したのは二枚の写真だった。一枚は、子どもの頃の写真。お父さんとお母さんに挟まれて屈託なく笑っている小さなわたし。そしてもう一枚の中には最近の…と言っても二年前のお父さんと家政婦の立花さん、そして総悟くんがいた。

「これ……」

「お前の父親に提案されて、持たされた。こっちに戻って来るときに濡れちまったから少しシワになっちまったけど」

裏返すと新しい写真の方に『幸せになりなさい』と添えられていた。お父さんの字だった。さよならも何も言えなかった。立花さんとだってまたねって言って出てきた。でもちゃんとわかってくれていた。伝わっていた。その上で、送り出してくれた。いつも通りに。

「お父さんと総悟くんが並んでるなんて不思議…」

「俺はいいって言ったのに無理矢理入らされた。多分これあっちの家にも置いてあるぜ。旅に出る時は家族写真が必要だって」

「家族写真…」

お父さんは総悟くんのこと認めていたんだ。肩に手を置いて嬉しそうに笑っている。まるで息子と写真を撮ったみたいに。

「姫とは撮れなかったからこっちの家族と撮ってやってくれって。賑やかでうるせー家族と。だいぶ時間かかっちまったけどやっと約束が守れる」

「…うん、」

「寂しくねーだろ?」

「寂しくないね」

頬を撫でる手に甘えて目を閉じると当たり前のように唇が触れた。そっか、そうやって今まで過ごしてきたね、わたしたち。

「そろそろ行かなきゃ」

「その前にもう一回」

「ん、っ…ぁ、」

結局、その戸を開けるまでだいぶ長くみんなを待たせてしまった。お帰りと口々に言ってくれてまるで誕生日みたいにクラッカーが弾けた。そしてみんなで写真を撮った。ここでのわたしの、家族写真。三枚の写真は大切に部屋に飾っている。
 

title by まばたき