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55.星月夜での再会を



沖田さんに告白すると決めた日は朝からそわそわと落ち着かなかった。女中の仕事をして気を紛らわせているとひとつ大切なことを忘れていたのに気が付いた。午後、高松さんの診療所に向かった。

「清次郎さん、お話があります」

「はい、どうぞ」

屯所から持って来た救急箱の補充を手伝ってくれる清次郎さんはいつになく機嫌が良さそうだった。こんな和やかな空気を壊してしまうのは忍びないけど…。包帯を詰める手を止め思い切って口を開いた。

「わたし、沖田さんのことが好きです。だからこの間のお話、お受けすることはできません」

「分かりました。ではお友達として今後とも宜しくお願いします」

「……え?そんな」

あっさり。しかも肩を震わせて笑っている。拍子抜けだ。

「いや、すみません。貴女がまるで本人に言ってるかのように真剣に言うものだから、可愛らしくて」

「まさか、ずっとからかっていたんですか?」

「違いますよ。姫さんのことは本当に、心から好きだと思っています。でも僕は…出会ったあの冬のように、大切な人を想いながら心の底から笑う貴女に会いたい」

「清次郎さん…」

「でも、僕のことを好きになってくれたのなら記憶喪失でも何でも離しませんけどね」

そんなこと本気じゃないのは見てわかる。沖田さんのことを想っているわたしを見たいと思ってくれるということは、もう清次郎さんの気持ちは届かないということだ。それをこんな風に笑って話す姿は小春さんの笑顔を彷彿とさせたし、二人はどこか似ていると思った。

「早く記憶が戻ればと多方面からアプローチしてみたのですが、やはり沖田さんでなければダメなようですね、色々と。それでこそ貴女だ」

くすくす笑い、もう一つの救急箱に包帯を詰めていく。わたしの手は止まったまま。

「思い出せるといいですね。全てを。でももう本当は…持っているのではないですか?最後の鍵を」

清次郎さんは…どうして人にここまで優しくできるのだろう。医者の立場であり言葉の上手い清次郎さんなら記憶のないわたしを強引に自分の物にする事だってできたはずなのに。なのに、翻弄されていると思っていたらいつの間にかここまで導いてくれていた。ずっと。自分の気持ちを隠さず、真っ直ぐに向き合ってくれていたからこそわたしも恋心に気付くことができた。

「…今夜、沖田さんとお月見の約束をしているんです」

「それはいい。今宵は満月だ。楽しんで。そして…誰よりも幸せに」

「…っは、い」

「困ったな。泣かせるつもりなんてなかったのに」

わたしも貴方の幸せを誰よりも願っています。そう言いたいのに喉につかえて言えなかった。こんなにもたくさんのことをして貰ったのに気持ちに応えられない申し訳なさと…感謝の思いでいっぱいになった。

「姫さん。貴女を好きになったことを誇りに思います。だからどうかこれからも笑って下さい」

差し出された綺麗な手。それを握り返すとなんだか懐かしい気持ちになった。これからも清次郎さんとずっと良い関係でいられるような確信があった。かけがえのない友達を手に入れたような気がして嬉しかった。




「姫ちゃぁぁ〜ん。まさかこんな所で掛け持ちしてたとはなぁ。どおりで会わない筈だ」

「ま、松平さん、」

屯所に戻ると待ってましたと出迎えてくれたのは松平さんだ。例の事件について近藤さん達と話しに来たそうだけどその席に何故かわたしも同席している。お茶を持っていってすぐに退室しようと思ったのに隣に座れと言われたから。

「そういう訳で小早川親子は実刑になるな。息子の方はシラを切ってたが親父に協力してたらしい。幕府も急いで代わりを見つけなきゃならねぇってんでバタバタしてやがる」

「そうか…長く勤めていた役職が変わるのは引き継ぎが大変だろう。仕方ないな」

「ところで今日わざわざこんな汗クセェ所に来たのには訳がある」

「な、なんだ?とっつあん」

近藤さんがごくりと唾を飲み込んだ。土方さんも見守っている。沖田さんは…呑気にお茶を飲んでいる。松平さんはお茶をズッと啜ってこっちを向いた。え、わたし?

「姫ちゃぁん、身寄りがなくてこんなとこに住み込んでるんだってェ?だったらおじさんの娘にならない?いつでも準備して待ってるよォ〜?なんなら今日にでも書類揃えて養女にしちゃおっかなァ〜」

「えーー!?そんな話するために来たのォォ!?」

「身構えて損したわ!!」

野次が飛び交う中、どう?と聞いてくる松平さんの目は全然冗談に見えなくて思わず背筋が伸びた。

「あの、松平さん。きっとすごく素敵な提案をして頂いているのだと思うのですが…今のわたしの家族は真選組の皆さんで、仕事も頂いて毎日賑やかで楽しくて、ここでの生活がとても気に入ってるんです。だから、できるならここにいたいです」

「姫ちゃん……!うっ、俺たちの事をそんな風にっ思ってくれてたなんてっ!!」

「オイ泣くなよ近藤さん」

「そうかぁ、そりゃあ残念だなァ。じゃあせめて良い縁談があるようにおじさんが手配して……」

「そういやとっつあん、まだきちんと言ってませんでしたが」

それまで成り行きを静かに見ていた沖田さんが口を挟む。

「見合いの件、そろそろ俺のことは諦めて貰えやせんか。ちゃんと心に決めた人がいるんで」

そう言うと、ぐいとわたしの肩を引き寄せた。

「姫っつーんですけどねィ」

「え…っ」

かっと顔が熱くなる。こんな人前で、しかも松平さんというお偉いさんの前で何を言い出すんだろう。

「…なぁ〜んだ、そういうことかァ〜。おじさんびっくりしちゃったよォ〜まぁ二人が良いなら文句は言わねぇよォ」

間延びした話し方の松平さんはニヤッと笑った。

「姫ちゃん、まだまだガキで手の掛かる奴だけど頼むよォ」

「あっ、は、はい。こちらこそ」

ぺこりとお辞儀すると松平さんは帰っていった。緊張した…。それにしても今のは何だったんだろう。

「沖田さん、今のって…」

お見合い話を阻止するために言ってくれたんだよね?…そう言う前にデコピンされた。痛い。今日はよくデコピンされる日だ。

「あんなんで顔赤くして動揺されると怪しまれんだろ。もっと堂々としてろィ」

やっぱりそうだったんだ。沖田さんは頭の回転が良くて驚かされる。さり気なくわたしをカバーした上に自分のお見合い話も断ったんだ。

「ありがとう沖田さん」

「俺もいい加減勝手に見合い組まれんの迷惑してるんでィ」

「そうですよね。あ、そうだ沖田さん。これからお団子買いに行くんですけど、みたらしと粒あんどっちがいいかな?この間通りかかった時には期間限定の苺大福もありましたよ」

「どっちも買っとけ。送ってく」

「やった!そう言えばこの間……」

団子屋のおじさんとおばちゃんの話で盛り上がりながらわたし達が部屋から出て行った後、その様子を見ていた二人が呟いた。

「………トシ、あの二人さぁ……」

「みなまで言うな近藤さん。あれがスタンダードだ」






「ああ……緊張する、」

お月見ってこんなに緊張するものじゃないのに。自分の部屋の前の縁側に腰掛けてその人が来るのを待っていた。約束の時間にはまだ早いのに落ち着かない。

「準備万端だな」

「わっ、こんばんは」

ふいに声をかけられて隣に座った沖田さんは着流しを着ていた。雰囲気が違ってどきりとする。

「一段とデケェ満月だな」

「お月見日和だね」

ポットに入れてきたお茶を手渡して輝く月を見た。こんな風に並んでいたのかな。沖田さんの思い出の中のわたしとちゃんと同じにできているかな。

「昼間おばちゃんが入れてくれた『おまけ』、あれなんだったんでィ」

「あ、そうそう。これ」

団子屋でお団子を買った時に、今夜はお月見をすると伝えると『ちょうど良かった!おまけ入れとくねー!』と何か入れてくれたんだった。包みを開けてみると白玉でできた男の子と女の子の顔。二人ともニコニコ笑って食紅か何かでほっぺたが赤くなってる。

「わぁ、可愛い」

「おばちゃん器用だな」

「これ、どことなくわたし達に似てませんか」

「……」

「ん」

無言になった後男の子の方をわたしの口に押しこんで、沖田さんは女の子の方をぱくっと食べた。

「自分食う気しねェ」

「沖田さん甘くて美味しいよ」

そう言うと口元を緩めて笑った。おばちゃんのお陰ですっかり穏やかな気持ちになった。

「花山院と和解できたようだな」

「和解って…喧嘩してたわけじゃないよ。ただお互いにやっと素直になれたの。会える回数は減っちゃうけど大切な友達だよ」

「良かったな」

「うん。夜更かしして友達と話すなんて久しぶりだったから楽しかった」

「…元の世界にもいたか」

「うん。仲良しの子がいたよ。ここに来た日のことは覚えてないけど、家のこととか学校のことは覚えてる」

「帰りてェと思うか?」

「はじめは帰りたいって思ってたよ。でも…」

続きはすぐには答えられなかった。色々な想いがあってうまく言葉にならなかった。昨夜、たくさん話した中で小春さんは言った。

『生まれる家や場所は選べないわ。達之助さんのように自分の生まれを幸せに思ったりそれを利用しようとする人もいるし、逆にそのせいで不自由で苦しい思いをする人もいる。だからこそこれからの選択が大事なの。自分自身の未来はきっと変えられるはずだから』

『…小春さんはこれからどうしたいですか?』

『いつか…自立したい。両親の元に生まれたことは幸せだったけれど、家柄同士の結婚が全てだと思わないわ。添い遂げる相手は自分の目で選びたい。いつか素敵な恋愛ができるようにできる事をしたいの。家を捨てる事になるかもしれないけれど…望まない選択をして後悔したくないわ』

その言葉と覚悟を決めた小春さんの表情が強く心に残っている。あれから考えていた。わたしのこれからの道について。

「…わたし…いつの間にか…元の世界に帰りたいって思わなくなっていたんです。薄情かな」

「いーんじゃねぇの。生まれた世界で生きなきゃいけねェなんて決まりはねーし。それに帰すつもりもねェ。許可は貰ってきた」

「許可?誰から?」

「お前の親父」

「ふふ、そうなの?」

「冗談だと思ってるだろ」

「うん」

お父さんと沖田さんが並んでいる姿なんて想像できないけど見てみたい気もする。どんな風に話すんだろう。沖田さんも大人しくなったりするのかな。

「たまにはさみしいと思うこともあると思うけど、二回もここへ来られたのは自分が選んだことだと思うから…ここにいたい。出会えた縁を大切にしたい。初めは怖かったけど、素敵な世界だね。わたし、ここが好き」

くしゃりと頭を撫でられた。その手が触れる時、泣きたくなる。安心する。もっと触れたくなる。わたしを見て欲しい、もっと。わたしだけを。沖田さん、恋をするって欲張りになることなんだね。

「…よく一人でこうしてたって聞いた…。何を考えてたか、聞いてもいい?」

お茶を飲んでいた手を置いて、沖田さんは上を見た。夜なのに明るい。沖田さんの長い睫毛も、風に揺れる髪も、よく見える。周りで輝く星たちもひとつひとつが命を持っているかのようだった。あたたかく、見守ってくれているような気がした。

「流れ星が落ちてこねぇかなって考えてた。…もう一度この手で抱き締めることができたなら……」

それはきっと、わたしのこと。

「…二年間も?ずっと?」

「他に考える事なんざねェよ」

「あの、確認なんだけどわたし達って別れては…」

「は?ねェよ」

「…そう、なんだ、そんな気もしてたけど…」

「まさか元彼とでも思ってたのかよ」

「ち、ちがうけど二年も前に付き合ってたって聞いたからそれだけ離れてたらてっきり………」

「バーカ。舐めんな」

「舐めてないけど…」

それって、今も好きってことだよね?それなら両想いだと思ってもいい?だったら…この気持ちを託してもいいかな。

「これ、ずっと渡せなかったの」

取り出したのは部屋で見つけた二つの手紙。

「忘れてしまう前のわたしが書いた、沖田さんへの手紙です」

実は部屋でもう一通の方は読んでいた。真選組の皆さんへとの書き出しから始まったそれは、これまでお世話になった感謝とかぶき町の人達に宜しく伝えて欲しいということ、そして身の回りの物の後始末をお願いする内容だった。経緯はわからないが危険な状況に置かれていたのだろう。いつ自分の身に何かあってもいいように残した物だと分かった。そしてもうひとつ。それは今、沖田さんの手の中にある。封筒から取り出した便箋に一瞬だけ目を落としすぐに顔を上げた。

「……?」

「お前はいつも肝心な事は言っていかねェんだ」

戻ってきた紙を見る。そこに置かれていたのは約束、とだけ。たった2文字の言葉。

「約束……」

ここに来て何度も聞いたそのフレーズが、今のわたしに必要な気がした。清次郎さんの微笑みが蘇る。最後の鍵。これがきっと、そうだ。

「沖田さん。手、出して」

片眉を上げて不思議そうな顔をした沖田さんのその小指に自分の小指を絡ませた。

「今のわたしでも良かったらあの日の約束…もう一度…してください。今度はもう忘れたりしないから」

お願い。記憶がないわたしでも約束したい。長い間仕舞い込んでいた貴方の気持ちをほんの少し分けて欲しい。冷えた指先に力が入った。沖田さんの瞳の中に、わたしがいる。す、と薄い唇が空気を吸う音すらも耳に届く。

「姫のこと、この先もずっと好きでいる」

そして繋がった手を持ち上げてわたしの小指に唇が落とされた。すると頭の中に誰かの声がした。

『長い間待たせて済まないね。ありがとう。…さようなら、姫』

今のは、誰の声?その瞬間、頭の中でぱちんと何か薄い膜が弾けた。その中身は…わたしの二回分の人生。それが、流れ星が落ちていくように全身を流れていった。

『……好きです……総悟くん…もう友達じゃ嫌…』
『これから先もずっと、総悟くんのこと好きでいていい?』
『お前はもう俺たちの家族だ』
『姫、好きだ。これからもずっと』
『これで堂々とお前を拐っていける』

この瞬間まで見えていた物全てにフィルターがかかっていて、それが取り除かれたように澄んだ世界が目の前にあった。何も変わってない。ふたつの心が溶けてひとつになる感覚と、はじめからここにあった変わらないものが目の前に、ある。全てがちゃんと存在している。理解すると同時に大粒の涙が頬を伝った。

「姫?」

「うん……」

「どうした」

その声が、聞きたかった。ずっと。今の今まで会話していたのに全部がすごく懐かしくて仕方なくて、無言で泣く背中を片手で撫でたその人は何も言わずに寄り添っていた。当たり前に隣にいる今が恐ろしいほど幸福で叫びたいくらい嬉しかった。ずっとずっと、ここにいたんだね。繋がった指先に力を込めると同じくらいの強さが返ってきた。おんなじ、温度。おんなじ、気持ち。

『ゆーび切った………』

持ち上げて、涙で濡れた唇を指先に落とした。約束、したね。離さない、離れない。ずっと好きでいるって。今、もう一度約束しよう。もう二度と落としたりしないように。

「………うん。わたしもずっと好きでいるよ。だからこれからも離さないでね。……総悟くん」

「…っ!」

「…ゆーび切った……」

指を解いて顔を上げると目の前にいるその人は目を見開いてわたしを見ていた。そして確かめるように引き寄せて腕の中に包まれる。息が詰まりそうなほど強く抱き締められて、でもまだ足りない。空白を埋めるのにはまだ足りない。だから確かめて、もっと。目に見えない心だけど、全てあげるから。

「…っ離したのはお前だろうが」

「離してないよ。時間に埋もれて見えなくなってたけど、ずっとずっと…ここにあったの。見つけてくれてありがとう。離さないでくれてありがとう。わたしを…待っていてくれて、ありがとう」

沖田さんの…総悟くんの手は、ほんの少し震えてた。わたしも気持ちが伝わるように精いっぱい抱きしめた。

「名前、もっと呼んでくれ」

「総悟くん」

「もっと」

「大好きだよ。総悟くん」

走った後みたいに息が上がって心臓も痛くて、胸がびりびり痺れてる。涙で全部ぐちゃぐちゃでお互いの服もまだらに濡れていく。そんなのどうでもいい。もうほんの少しだって離れたくない。貴方の心に触れていたい。一番近くにいたい。誰よりも、何よりも。

「二年も経っちゃったけど、まだ隣空いてる?」

「馬鹿だろ、お前。これがどう空いてなく見えんでィ」

「…背、伸びたね。身体もひと回り大きくなったね。危ない仕事もたくさんあったよね。…ごめんね、わたし、なんにも変わってないけど、」

「何を気にしてんのか知らねェが」

肩口に顔を埋めた総悟くんが囁く。髪を撫でる仕草が懐かしくてまた涙が溢れた。

「例え姫が五歳のガキになって帰ってきたとしても十年待って抱く自信があるぜ」

「…その例え、よくわからないしちょっと危ない気がするよ」

「要は、姫がいい。これから起こる事全て、姫と一緒に乗り越えていく。どんな姿でもまた記憶無くしたとしても、何度でも迎えに行くし好きだって伝える。一生かけて守ってく。だから」

「そばに居てってこと?」

「違ェ。愛し抜くから覚悟しろって事」

「ふふ、それ、すごく嬉しい」

「………好きだ」

「うん。わたしも好きです。ずっと前から」

頬に手を当てられて目を閉じるとゆっくりと唇が触れた。

「…久しぶりだね。キスするの」

「誰かさんが触るだけで顔真っ赤にしてたからなァ。あれは拷問だった」

「総悟くんに迫られたら誰だってそうなるよ」

「…やっと、やっと帰ってきた」

わたしのふたつめの故郷。貴方が生まれ、生きる世界。そして、これからわたしが生きる世界。

「ただいま」

「お帰り。待ってた」



title by 溺れる覚悟