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54.もともと一つの恋だから





「小早川達之助と申します」

「…花山院小春と申します」

「おや?お嬢さんとは幼い頃に一度会っていますが雰囲気が変わられましたな。失礼ですがお写真とも違うような…?」

「ええと…その…」

「この子ったら本当に恥ずかしがり屋で、どうしても写真を撮りたくないというものだから従姉妹の『小町』の写真を勝手に送ってしまったんです本当困るわぁ!オホホホ!」

「すみませんねぇ〜我儘に育ったようで小早川さんの御子息に釣り合うかどうか」

「ああ、そういう事でしたか。年頃の女性なら当たり前の事です。写真なぞ品定めされているような物ですから。お写真とはまた違って美しいですなぁ!」

「………」

ああもう、居た堪れない!『実はわたしは花山院家とは全く関係ないただの真選組の女中です…!』と言いたいのをぐっと堪えた。そう、わたしは今、恐らく人生初のお見合いをしている。しかも小春さんのお見合い相手と。テーブルの下で握り締めた手の平から汗が止まらない。暑い…!至る所から変な汗が出てくる。

「あら小春、すごい汗。ホラちゃんとして」

隣の席からハンカチを差し出した叔母役の山崎さんはにこやかに微笑んだ。監察の仕事をしているだけあって変装は完璧で振る舞いも女性に見えてくるからすごい。

「達之助さんがイケメン過ぎて緊張してるんだろう。いや〜なんか僕も汗かいて来たなぁおい拭いてくれ」

「ご自分でどうぞ」

「冷たいなぁハッハッハッ」

その奥の、こちらはボロが出そうで少し危うい感じの叔父役の銀ちゃん。山崎さん以外の隊士さんは顔が割れているらしいので銀ちゃんが呼ばれたのだ。小春さんのご両親と小早川さんも面識があるらしく、体調不良で急遽叔父と叔母が参加した……という形になっているけれどなかなか無理のある設定だ。向かいには小早川一郎さんとホストのように派手に着飾った青年…小早川達之助さん。この人小春さんの旦那様になる人。

事の始まりは三日前。沖田さんから小春さんのお見合いの話を聞いて居ても立ってもいられなくなった時。

『花山院に会わせてやらァ。その代わり条件がある』

『なに?』

『姫、お前があの女になって見合いに出ろ』

『えっ?……?…どういう、こと?』

詳細は守秘義務がどうのと言って教えて貰えなかった。意味がわからない。小春さんと会って話をしたいだけなのに何故わたしが代わりにお見合いに出なくちゃいけないの?しかも肝心の小春さんはこの料亭にいない。この日を迎えるまでの三日間、どういうことなのか沖田さんに何度も聞いた。でも上手くはぐらかされた。ならばと近藤さんに聞くと『うーん教えてあげたいところだけど知らない方が自然なんじゃないかなぁ〜』との曖昧な返事。土方さんも山崎さんもそう。でも小春さんの所在が分からない以上断るという選択肢はなかった。
というわけでどういうことか全く分からないまま迎えたお見合いの場。綺麗で華やかな着物を着て髪もメイクもどこからか来た人達が全部やってくれたお陰で見た目だけはその辺のお嬢様に見えているはずだけど…いつバレるか気が気じゃない。

「いやあそれにしても本当にお美しい!こんなに可憐な方が我が小早川家に嫁いでくれるなんてなぁ!ささ、あとは若い二人でゆっくり仲を深めなさい!」

小早川さんのお父さんが豪快に笑いながら席を立つ。それを皮切りに山崎さんと銀ちゃんも立ち上がる。えっ、行っちゃうの!?

「じゃあ私達もこれで」

「小春、恥ずかしがらないで達之助さんとしっかり話しなさい」

そんな無理だよ、山崎さん銀ちゃん!縋るように首を振ると山崎さんがごめんねと気の毒そうに部屋を出る先で銀ちゃんがいつものニヤッとした顔で鼻に指を突っ込んだ。もう!あの人本当に!

「小春さん、本当に美しい。是非僕の奥さんになって欲しい」

「…あ、はい」

「僕の家が何をしているか知ってる?」

「…えと、いいえ…」

「代々幕府の経理を担当しているんだ。名誉ある仕事だ。信頼が無ければ任されることじゃない」

「それは素晴らしいお仕事ですね。では達之助さんも?」

「まあね」

達之助さんは自慢げにそう言うけど経理なんて細かな仕事をしているところを想像できない。外見や身に付ける物全てが派手で…そう、夜の街が似合う。

「あっ、すみません」

いたたまれなくて飲み物を取ろうとした手が向かいから伸びてきた男性の手に触れた。すごくゆったりとした手つきで手の甲を撫でられる。スキンシップが激しい人らしい。小春さんだったら驚くだろうな。それにしても触り方が…いやらしいというかなんというか。

「この手も、顔も、身体も…何もかも僕のものなのか。ああ小春さん、僕は最高についてる。この家に生まれたことは本当にラッキーだ」

「……、」

失礼だけど些か気持ち悪さを感じてしまい思わず手を引っ込めたくなった。

「た、達之助さん、お庭に出ませんか?少し一緒に歩きたいです」

「そうだね。そうしよう」

ようやく手を離し二人で外に出た。ああ良かった。二人だけの空気に耐えられなくなるところだった。あのまま行けばもっと触れられていたかも。でも今日のわたしの役目はこの男の人を『骨抜き』にする事だったりする。息子の注意を引きつけろと言われていたから好意を抱いて貰っていることは都合が良いことだ。それよりもちゃんと小春さんに会えるのだろうか。まさか沖田さんの嘘だったりして…。

「小春さん?どうかした?」

「あ、いえ…」

いつまで続ければ良いんだろう。お見合いって何時までとか決まっているのかな、もっとちゃんとみんなから話を聞いておくんだった。早く終わって欲しい…。延々と続く達之助さんの家の自慢話を聞きながら立派な庭園の池を眺めていると腰が引き寄せられた。さわさわと腰とお尻の間のラインを撫でている。外でもお触りは関係ないらしい。流石にこんな場所ではやめて欲しいと抗議しようとすると強引に手を引かれた。すぐそこの空き部屋に上がれば嫌な予感。

「達之助さん、そういうことはまだ早いです。会って間もないのに…」

「どうせすぐ夫婦になるんだからこれくらいいいだろ?親父も仲を深めろと言っていたしね。今日は着物でわからないがなかなかスタイルがいいみたいだね。早く全部見たいなぁ」

「きゃ、お待ちください!」

「君を見てると我慢出来ないよ、」

着物に手がかかり帯を外されそうになる。これは、まずい。

「誰か……」

「な、何だお前達は!!?」

叫ぼうとした声を掻き消したのは外からの野太い男性の声だ。

「親父…!?」

確かに、さっき顔を合わせた小早川さんの声だ。慌てて出て行く達之助さんを追いかけると、小早川さんは庭にいた。そこには近藤さんと土方さんもいる。何か話し込んでいるようだ。

「残念ですよ、小早川さん。まさか長年幕府の会計係をして来た貴方が…横領だなんて」

「えっ…!?」

思わず声が出た。横領?まさか、今日はそのためにここに来たの?

「いや違う!私は何もしていない!帳簿も全部調べてくれたって構わん!これは何かの陰謀だ!!」

「ほう、ではこれは何ですか?」

近藤さんの合図で土方さんが取り出したのは…二つの帳簿。

「こっちはアンタが幕府に出していた偽の帳簿だ。そしてこっちが本物。ご丁寧に取っておいた帳尻合わせのメモも一緒に出て来たぜ?」

「そんな…そんなモンは知らん!」

声を震わせて真っ赤になって反論する。

「息子さんの方も見習いをさせているそうですがそれにしては見かけないと聞きましたよ。噂では毎晩夜の町で豪遊三昧だとか。知り合いのそれは綺麗なキャバ嬢が教えてくれましたよ。『金ならいくらでもある』と言ってたそうで」

近藤さんの言葉に達之助さんは声を荒げた。

「おっ…俺は知らねーよ!親父に小遣いだって貰ってただけだ!何の金かなんて聞いちゃいない!」

明らかに取り乱し話し方も変わった達之助さんは酷く動揺していた。見るからに何か知っているかのようだ。

「今回の見合いも財閥である花山院家と繋がりを作ることで更なる資金を得ようとでも考えたんだろう。そちらの資産、幕府の経理にお任せ下さい〜ってな」

「そんな…酷い」

このお見合いにそんな目論みがあったなんて。人を騙して密かにお金を盗むなんて酷すぎる。

「違う、小春さん、違うんだ!」

「さ、とにかくお話は落ち着いて聞きましょう。こちらへ」

「違う!話を聞いてくれ!」

山崎さんが小早川さんを取り押さえ、次に近藤さんが前に出ると追い詰められた達之助さんは隣にいたわたしを乱暴に掴んだ。そしてどこからか取り出した短刀を首元にひたりと当てた。

「来るな!それ以上近づいたらこの女の血を見せてやる!」

「見合いに短刀とは随分な用意だな」

「うるさい!!護身用だ!!」

土方さんは全く動揺していない。近藤さんも一歩離れたところで見ている銀ちゃんも、この場の誰も。その光景を見て馬鹿にされたと思ったらしい達之助さんは更に憤った。

「ふざんけな!俺はっ!選ばれた男なんだっ!お前らみたいな生まれながらのゴミとは違う!!金がありゃあ何だって手に入る!!地位も名誉も女もなぁ!!!」

「っ!」

振り上げられた手に思わず身を縮こませた。ギラつく短刀に目を伏せる。

「誰を人質に取ってんのかわかってねェようだが」

「がぁっ!!!?」

「汚ねぇ手で俺の女に触んじゃねェ」

沖田さんの声。同時に少しの衝撃。気付けば達之助さんは地面に倒れわたしは沖田さんの腕の中にいた。

「うわー今の聞いた?俺の女だって、俺の女。ドラマの見過ぎじゃない?ちょっとクサすぎない?さっきも姫が部屋に連れ込まれた時イライラしまくってたよねぇプククク」

「うるせぇぞ万事屋。野次馬こいてねぇで手伝え」

土方さんが気絶した達之助さんを運ぼうとする横で銀ちゃんがにやにやと茶化している。

「…旦那ァ、そういや最近コイツに色々と奢らせてるらしいじゃねーですか。今までの分請求してやってもいいんですぜ?」

「すみません冗談です」

沖田さんが怪我はないかと聞いてくれて大丈夫だと頷いた。

「任務完了。あとは自由時間だ」

「ありがとう、沖田さん。小春さんは?」

「ここに向かってる。わざと別の会場伝えて足止めしたからな。松平のとっつぁんから話は聞いてるはずだ」

「姫さん…!」

遠くから小春さんの声がする。見ればこちらに向かって走ってきていた。ほらなと言われて背中をぽんと押された。

「姫」

振り返るとほんの少し眩しそうにしてわたしを見下ろしていた。

「それ、似合ってら」

「……、」

「マジで照れんなよ」

は、と軽く笑った沖田さんを見るのが恥ずかしくて、ありがとうと呟いて小春さんのところに行くと見慣れないサングラスのおじさんが一緒にいた。真選組の隊服に似たような服を着ている。

「…おっ!?おお!?もしかして姫ちゃんかぁ!?あの伝説のキャバ嬢のことはおじさん忘れたことないよォォ!?」

「キャバ…?いえ、人違いです」

「いやその天使のような美人は姫ちゃんだろ!あれ以来会えなかったから心配してたんだよォ〜相変わらず別嬪だなぁオイ」

ずいずい顔を覗き込んでくるおじさんの迫力に圧倒されていると小春さんが隣に立って腕を取った。

「松平のおじ様、こちらわたくしの友人なんです。会う約束をしていたのでちょっといいかしら?」

「ああいいとも。ゆっくり話してくるといい。いや〜それにしても美人が二人並ぶと華があるなぁ〜」

「し、失礼します」

ヒラヒラと手を振って近藤さん達の方に向かって行く松平さんを横目に、小春さんは広い庭園の中の人気のない場所までわたしを連れて行った。

「姫さん、また会えて良かったわ。でもまさかこんなことになってるなんて」

「わたし、お見合いを台無しにしてしまいました。小春さんと偽って…」

「そんなこといいのよ。松平のおじ様から全て聞いたわ」

小春さんの話では、今回のお見合いは小早川家の方から半ば強引に押されて決まったらしく、花山院家は乗り気ではなかったらしい。もともと小早川家には悪評がありもしかしたら何か黒いことをしているのではないかという噂があったほどだった。警察庁長官である松平さんの命によって真選組が調査することになり、調べた結果十数年に渡る横領が発覚した。一族で長いこと会計係を務めてきた小早川家の裏切りだった。初めはほんの一握りの小銭程度だったのが回数を重ねるごとに金額は増えていき、近年では見過ごせないほどの額がひっそりと消えていたのだという。
幕府の金ばかりではやがて足がつく…もっと多方面から金を得ようと考えた小早川家は古くから付き合いがあった花山院家の金に手を付けようとしたのだ。更に何かあれば横領の件も花山院家に罪をなすり付けようと目論んでいた。ちょうど両家には年頃子どもたちがいた。これ幸いと縁談が進められたのだ。

「幼い頃から知っている小早川さんのことは本当に残念だわ。でも花山院家の名誉が守られて良かった。ありがとう」

「いいえ、わたしは何もしていません。でも小春さんが刃物を向けられなくて良かったです」

「あの長男の…達之助さんはね、昔から女性を軽視した振る舞いで良い噂はひとつもなかった。とてもじゃないけど結婚なんて出来ないと思っていたの。今までもそう。会う殿方はいつも家のことばかり気にして…わたくし自身のことなんて二の次だった。この家に生まれた事を後悔したこともあった」

でもね、と顔を上げて優しく微笑んだ。

「総悟様に会って変わったの。家のことも気にしないで接して下さった方。……ここからは、次に会った時に話そうと思っていたことなの。聞いてくれるかしら」

「…はい」

「本当は…お見合いを断りに来て下さった時に言われていたの。『ひとりの女をずっと待ってる』って。その人は月から来たお姫様で、星のように輝いて、いつも寄り添ってくれる存在なんですって。あまりに現実味がないものだから、わたくしを諦めさせる為の虚言かと思っていたわ。でも……あの日貴女を見た瞬間わかったの。貴女が、総悟様のお姫様なんだって。彼は『本当の恋』をしている人なんだって」

あの日、初めて会った時。小春さんは少し驚いたような顔をしたことを思い出した。

「この家に生まれたら恋なんて知らずに好きでもない人と結婚する定。総悟様は想い合っている方をあんなにも一途に待たれていて……羨ましかった。あのお方は絶対に手に入らないと分かっていたわ。だって貴女が現れるまであんなに空を見上げてたんだもの」

そのうち、恋がどんな物なのか教えて欲しくて真選組に通うようになったのだと笑った。

「でも冷たくされるものだからムキになって、振り向いてもらうことだけが目的になっていたの。子どもの遊びでしょ?」

「…そんなことありません。小春さんは真剣に向き合っていたんだ思います」

「もっと早く身を引くべきだったわ。でもお陰で、貴女に会えて友達になれた」

さわ、と風に吹かれて花が揺れた。小春さんは初めから分かっていたんだ。沖田さんを好きになっても届かないということを。

「ごめんなさい。この間、土方さんとの会話を聞いて…記憶喪失だと聞いてしまったの。だから総悟様との関係が曖昧だったのね。でも姫さん、今はあのお方のことをどう思っているの?」

沖田さんのこと、沖田さんへの気持ち。今ならはっきりと言える。

「…人の心は物じゃないから思い通りにしたくても出来なくて、だからこそ同じ時間を過ごしたり、気持ちが通じ合えることが奇跡のように素晴らしいことだと思うんです。
小春さんの沖田さんに対する気持ちはとても純粋で一生懸命で、応援したいとずっと思ってきました。でも少しずつそれが辛くなってしまって、今は………」

「好きなの?総悟様のこと」

「…好き、です。でも今のわたしがそれを伝えたら…何かが変わってしまいそうで怖いです」

「馬鹿ね。変えたいと思うからこそ、恋なのよ。貴女はあの方と何を望むの?」

「笑って、欲しいです。隣で…一緒に」

どうしてだろう。涙が溢れた。記憶がなければ好きって言葉にしてはいけない気がしていたのに、一度口に出してしまえばもう胸から溢れ出して止まらない。

「小春さん、わたし、言わなきゃ。沖田さんに」

「ふふ、今すぐにでも会いたいって顔してる。でもだめよ。今日は…今日だけは、恋敵としてあなたと一緒にいさせて。好きな人の話をしましょう。あなたの好きな人のこと、もっと教えて」





屯所に戻ったのは次の日の朝。今回のお礼にと小春さんのお屋敷に招かれてご飯をご馳走になったり広いベッドでたくさん話をした。話題は夜更けまで尽きることはなく笑いながら眠りについた。屯所まで送って貰っていつも通り仕事をしていると沖田さんがやってきて指でこつん、と頭を弾いた。

「いた」

「自由時間とは言ったがまさか朝帰りとはとんだ不良娘だな」

「反抗期かも」

「誰に対して反抗してんでィ」

「もちろん沖田さん、かな」

「いつの間にか言うようになったじゃねェか」

「沖田さん。今夜、お月見しませんか」

いつもの場所で、と言ったけれどわたしの記憶の中では沖田さんとお月見したことはない。でも沖田さんが月を見上げているところ、それがきっといつもの場所だと思う。

「…わかった」

「お茶菓子は何がいいかな」

「団子だろ」

ヒラヒラと手を振って廊下を歩いていく後ろ姿があるだけで胸がきゅうと痛くなる。好きって言おう。今夜。記憶があってもなくても、わたしはわたしだ。ちゃんとここにいる。沖田さんが何よりも大切で、好きだと気持ちは何にも変わっていないと思うから。


title by 誰花