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53.流れ星はかえってきますか



翌日、本格的に熱を出して寝込んでいると土方さんが部屋に訪れた。バツの悪そうな顔をして。

「本当に悪かった。一番不安なのは姫なのに先走って怖がらせちまった」

「いいんです。記憶喪失ならまだしも、『無かったこと』になったのだと考えていたのなら…皆さんも大変な思いをしていたんですね」

「……お前には月の神様って奴から授かった特別な力があった。それがなくなってただの人間として戻ってきたんだ。過去が変わって記憶がリセットされたと思うのが筋だった」

「月の神様……?」

「俺は会ったことねぇからどんな奴か知らねぇが…よく見上げてたよ。アイツと二人で」

土方さんはまるでその光景を見ているかのように遠い目をした。

「アイツって、沖田さんのことですよね」

「ああ。もう知ってると思うがお前達は恋仲だった。そりゃあお似合いだったよ。仲良くその辺歩いて面倒事に首突っ込みつつ守ったり守られたりして…ああ、時には喧嘩もしてたな。だからあの時間がなかったことになんてどうしてもしたく無かった。それで昨日は…」

「もう大丈夫です。沖田さんと話してわかりました。わたし、ただ忘れてるだけです。ここで過ごしたことは無くなってません。だからこそ早く記憶を戻したくなりました」

「…姫」

それに、土方さんはいつも心配してくれてたんだと気がついた。記憶のないわたしにかけてくれた言葉も、沖田さんの許嫁の件での嘘も…傷つかないように考えてくれていたんだと分かったから。きっとこの人が一番、わたしと沖田さんの二年前の姿を離れ難く思っている。

「…不動産から電話があった。帰りが遅くなった日、部屋を借りに行ったらしいな。オヤジさんが心配してた。『特別な理由がないならそちらで住居を保証してあげて欲しい』とさ」

「おじさん…」

きっと申し込みの時に真選組にお世話になっていると話したからだ。部屋を案内しながら心配だと何度も溢していた。本当に良い人だ。

「部屋借りようとすれば断られるわ夜道を歩けば襲われるわで美人すぎるのも考えモンだな。こりゃまだ暫くは一人暮らしなんざさせられねぇな」

茶化すように言う土方さんの表情は明るかった。

「なぁ、悪いことは言わねぇからここにいろよ、姫」

「…、………はい…」

昨日あんなに泣いたのに涙が出そうになって、慌てて抑えた。沖田さんの腕の中で、他の人の前で泣いてはいけないと言われたあの体温を思い出して指先が甘く痺れた。

「具合い悪ぃのに話しすぎたな。水でも持ってくるか…あ?」

土方さんが部屋の前にあったと差し出したのはとても綺麗な風呂敷包みだった。開けてみれば歪な形の焼き菓子…のようなもの。まだ温かい。明らかに手作りだ。

「そういやまた花山院が来てたな。姫は風邪だと言ってあったが」

ここにあるということは…話を、聞いていただろうか。どこからどこまで?どちらにしてももう誤魔化すことはできない。この気持ちを小春さんに伝えなきゃ…。

「失礼します。風邪と聞いて伺ったのですが」

「清次郎さん…」

一人になってしばらく休んでいると入ってきたのは清次郎さんだ。昨日手当てした隊士さん達の様子を見に来たのだろう。

「昨日は無理をさせてしまったと反省しています。あのような場を見てショックを受けたのではないかと心配していました」

「いいえ、お陰でほんの少しだけ思い出せました。高松さんの…お爺さんのお顔を」

「そうですか…!それは何よりです」

少し汗ばんだ額に触れたり扁桃腺の辺りを触診して貰っている間、ひやりとした温度を感じながら大人しく目を閉じていた。不思議だ、ついこの間までこんな風に近くに清次郎さんがいるだけで胸がドキドキしていたのに今はとても落ち着いている。

「喉が少し腫れていますね。ただの風邪でしょう。安静にしていればすぐ良くなりますよ」

「ありがとうございます。本当は隊士さんの様子を見に来て下さったのにお手数をおかけしました」

「熱を出した人を置いて帰る医者なんていませんよ。夜になってまた熱が上がるかもしれません。念のため解熱剤を出しておきましょう」

「はい。あの、清次郎さん…わたし、沖田さんへの気持ちが…っ、?」

「ちゃんとわかったんです」…そう言おうとすると読まれていたかのように人差し指を口元に当てられる。

「姫さん。最後に少し、悪足掻きをしても良いですか」

「え……?」

何か悪戯を考えた子どものような言い方に疑問が浮かぶ。

「体調が良くなったら僕の診療所で手伝いをしていただけませんか。以前祖父としていたように。祖父のことを思い出したのなら次も関連した記憶を思い出す引き金になるかもしれない」

「はい、それはもちろん…」

…違う、この人はこんな事が言いたいんじゃない。だってもうその表情はお医者さんの顔じゃない。

「そして貴女には僕の恋人になって欲しい。そのことも…考えておいて下さい」

心臓が止まってしまったかと思うほどに驚く言葉だった。どうしてそんなことを?この人はわたしが沖田さんのことを想ってるって、わたし以上に知っているはずなのに。

「清次郎さんは…わたしと沖田さんとの関係を知っていたんですか……?」

診察を終え立ち上がった清次郎さんに問い掛ける。振り返ったのはいつも通りの笑顔だった。

「ええ、勿論。ただ…今の貴女を手に入れたいと思うには支障のない話かと」

この場で断らなくてはいけないのに動けなかった。ではまた、と静かに閉じられた襖の向こうで誰かと話す小さな声が聞こえてきた。

「あたまいたい………」

ため息とともに漏れた独り言は不安と困惑を煮つめたかのような黒い色をしていた。






「そうか…!そうかぁ…!!記憶を無くしているだけだったのか!そりゃあ良かったなぁ!……な、なのになんでそんなに不服そうなんだ?」

近藤さんが不思議そうにしているのも無理はない。姫がこの世界で過ごした日々の記憶を持っていることが発覚したのは喜ぶべき一大ニュースだ。特に恋人である俺にとっては何よりも良い話であることに間違いない。それなのに今俺は頗る機嫌が悪い。その理由はあの『坊ちゃん』にある。

姫が熱を出した日、診察を終え部屋から出て来た高松清次郎と鉢合わせた。コイツは以前から姫に好意を寄せていると知っている。本音は顔も合わせたくなかったがいやにすっきりした表情で言った。

『僕は姫さんに想いを伝えました。それでもし僕を選んだら…いいですか?』

「いいですかって何でィ、いいですかって。ダメに決まってんだろ」

「そ、そそそ総悟くん?」

「すいやせんクソムカつく野郎のこと思い出しちまいました。続けてくだせェ」

そうかと冷や汗をかいてる近藤さんの視線が外に向く。人の気配が二つ。入ってきたのは土方コノヤローと山崎だ。

「あっ沖田隊長!さっきから花山院さんが探してますよ」

「放っときなせェ。姫が相手してるだろ」

「はぁ?仮にも元婚約者の相手を姫さんにさせるなんてアンタどんだけドSなんすか!?」

「お前…わざとあの二人を会わせたな」

煙草をふかす土方が呟く。流石にコイツは気付いたか。別に姫にあの女の相手を押し付けている訳ではないが、あの二人は出会い方がちゃんとしていれば友達になれる気がしていた。実際姫があの女に会ってから互いに『良い作用』を受けているようだった。

「いやですねェ土方さん。俺がそんな下衆なことすると思いやす?まぁ会えば仲良くなるだろうなとは予測してましたが」

「ちょっとちょっと意味分かんないんですけど。そうは言っても彼女と婚約者でしょ?」

「そう思ってんのは周りだけだ。そもそも見合いもしてねェしあの話はとっくに終わってんだ。それに…あの女は俺のことなんざ好いちゃいねェ」

「はぁ!?いやいやいやいや!あんなに毎日遠くから会いに来て隊長のこと追っかけ回しといて好きじゃないなら何なんですか!?」

「そんなこともわかんねーのかよこれだから童貞は」

「だーかーらー童貞じゃねぇってェェェ!!!このくだり何回やるんですか!怒りますよ流石に!!」

「んなことより例の件の話を進めやしょう」

ぎゃあぎゃあ煩い声を上げる山崎を尻目に土方の野郎をチラリと見れば神妙に頷いた。

「そうだな。山崎、調査報告を頼む」

「はー…アンタらの切り替えの速さが羨ましいですよ…。えーと、この一週間の調査で分かりましたが…松平のとっつあんから言われていた通り『真っ黒』でしたね。親子共に」

「そうか、クロか。残念だな」

近藤さんが低く呟いた。山崎からの調査報告を聞いている間、部屋の前を二人の若い女が通って行った。『今日のお茶請けは上手にできたから皆さん喜びますよ』『姫さんのお陰だわ』楽しそうに過ぎていく高い声と足音を耳で拾いながら、この手は抱きしめた感触を思い出していた。目が赤くなるまで泣いた顔が痛々しくて、早く何もかも思い出させてやりたいのにそれが出来ない歯痒さ。触れたいのにまだ足りない。恋人とはいえ易々と思い通りにできないもどかしさ。

「とりあえず叩っ斬ってやりやしょう」

「いや総悟くん話聞いてた?俺今慎重に進めようって言ったよね?」

「ま、決行は早い方が良い。動くとするか」

土方さんが終わりだと言うように立ち上がる。

「トシ、総悟、お前達何か考えがあるな?」

「使えるモンは使ってさっさと片付けやしょう。ちょうど餌に適任な女もいるし」

「隊長、まさか」

ニヤリと笑みを溢せば引き立った顔の近藤さんと山崎が冷や汗をかいていた。





小春さんはあれからいつも通りにこやかに接してくれて、熱を出した日の土方さんとの会話を聞いていたか話そうと思ったけど…どこか話題を避けているように見えた。だって今日は沖田さんのことも口にしない。いつもなら会口一番に『総悟様は?』って聞いてくるのに。話したくないのだと思い、こちらからも切り出すことができなかった。なんだか元気がないなと思いながら和やかに過ごした後、見送りに出た時に決心したようにわたしの手を握った。

「姫さん、もうすぐこんな風に頻繁に来られなくなるの。だから…あのお方に気持ちを伝えるわ」

「…そうですか。頑張って下さいね。きっと伝わります」

「ええ。ありがとう。そうしたら貴女にも伝えたい事があるの。聞いてくれるかしら」

「はい、勿論です」

やっと安心したように笑った小春さんに手を振って部屋に戻って掃除をしていると箪笥の上に何かあることに気が付いた。取り出してみると二通の封筒だった。表には宛名がある。ひとつは、『真選組の皆さんへ』。もうひとつは…『総悟くんへ』。紛れもなく、自分の字だった。勿論、書いた覚えはない。

「…そう、ここはわたしの部屋だったんだね」

どこかでそんな気がしてた。だって空き部屋はここだけじゃないのにわざわざ私物が残ったこの部屋を当然のようにあてがわれた。そしてこの部屋にある物のどれもがわたしの為の物のようで…当然のように物のありかがわかる。たくさん置かれた本も遠い昔に読んだ事があるみたいにどこか懐かしかった。宝箱の中身を見て心が暖かくなるし、鏡台の引き出しにひとつだけ他の物と分けてしまってあった口紅。これが大切な物だって、わかる。…でも何かが足りない。決定的な何かが。それは思い出だ。この部屋のどれもが自分の物とわかるのに、それに纏わる思い出が浮かんで来ない。
口紅を手に取り塗ってみる。自分ではあまり選ばないような鮮やかでみずみずしい赤。

「……貴女にとって…沖田さんってどんな人?」

結局二通の手紙は怖くて開くことができなかった。

その翌日、朝早くから小春さんが屯所に来ているのを見た。沖田さんと中庭で並んで何か話していた。内緒話をするように寄り添う後ろ姿にとてもではないけど声を掛けられなくて足早に外へ出た。告白、してるのかな。上手くいくといいなと応援したい反面、だめ…と叫び出したくなる自分がいた。そしたらもう何もかもが手遅れになってしまう。でもそれはまごついていた自分の責任だ。沖田さんとわたしが付き合っていたというのはもう昔の話で、その間に気持ちが変わってしまっても不思議じゃない。…そういえばいつ別れたとかそういう部分までは聞いていなかった。もしも恋仲のまま離れ離れになって、二年もの間一人でずっと待ち続けていたのだとしたら、それはなんて悲しくて、…愛おしいことだろうと思った。だから、

「思い出さなきゃ…早く…」

でないともう二度と手に入らないかもしれない。

予め電話して向かったのは『万事屋銀ちゃん』。呼び鈴を鳴らして新八くんに迎え入れて貰うと相変わらずだるそうにごろごろしている銀ちゃんがいた。

「いらっしゃーい。早速だけど姫ちゃん、依頼内容は?」

「依頼ってどんなことでも良いんですか?」

「あーまぁ内容によるけど。元の世界に帰りたいーとかは勘弁な。結局タイムマシンも作れなかったし」

「わたし、記憶を…取り戻したいです。知りたいんです。この町でどんな風に過ごしたか」

「ここでのお前の様子を聞かせてやることはできるけど、思い出すことは無いと思うぜ。姫の中では無かったことになってるから」

机に足を乗せて踏ん反り返る銀ちゃんとお茶を淹れてきてくれる新八くん、隣で嬉しそうに酢昆布を分けてくれる神楽ちゃん。この独特の気が抜ける空気感にやっと張り詰めた心がほぐれていく。

「それが、記憶はちゃんとあるみたいなんです。だからどうしても思い出したくて」

「えっマジ?」

「ヒャッホー!じゃあさっさと思い出すネ!」

バシバシと背中を叩かれる。神楽ちゃん、痛い、

「いやいや神楽ちゃん死んじゃうから!壊れたテレビじゃないんだからね!?」

新八くんが止めに入る。危なかった…。

「なーんだーじゃあ姫と沖田くんがくっつくかどうかってより思い出しちまった方が早いってことじゃん。あーあ、俺にもワンチャンあるかと思ったのに」

「ねーよ万年クソニートダメ天パ野郎に可能性なんて一ミリもねーよ。姫さんと沖田さんのラブラブっぷりを舐めんなよ」

「そんなにラブラブだった?わたしと沖田さん」

「そりゃーもう街中の人に見せびらかしてたよなぁ、特に総一郎くんが」

「いやいや姫も満更でもない顔してたヨ。恋する乙女の顔してたアルヨ」

「……ふふ、そうなんだぁ。恥ずかしいけどそれってすごく素敵だね」

「もう記憶がどーのこーのじゃなくて告白でも何でもして付き合っちゃえば?どうせ両思いなんだし」

「思い出してからじゃないとダメなんです、どうしても」

「何で?」

「…けじめというか、自分との戦いというか、」

「俺から見りゃあもう既にラブラブだと思うけどな。で、どういう時に思い出しそうな感じする?」

「…例えば、血とか刀とか…そう言うのを見ると何か怖いイメージが映像で流れる感じです。神楽ちゃんの髪を結ぶ時に前もしたような気がして…あとは高松さんの事と怪我の手当てをした時、」

指折り数えてひとつひとつ挙げていく。4つ目を言った時、残った小指を見て、あの形だと思う。ふたつの小指を絡ませた、指切りの形。

「?何?小指?耳クソでも付いてた?」

「付くわけないでしょアンタじゃないんだから」

「姫は指の形も綺麗アルな」

神楽ちゃんが覗き込む。くりくりのまんまるい眼がわたしを見る。

「約束………って何だろう」

「姫?姫ちゃーん?おーい戻ってこーい」

「とにかく外に出かけるネ!馴染みの場所を歩けば思い出すかも知れないヨ!パフェ食べるネ!」

「いいねーパフェ!じゃあそれ依頼料って事で!」

「いやいやそれは姫さんの依頼が終わってから貰うものでしょーが」

「楽しそう!行こう」

「いいんですか!?」

結局、お団子屋さんや喫茶店をはじめ馴染みのお店に行ってたくさん食べてたくさん話して笑って、陽が暮れたら屯所まで送ってくれて、じゃあねーばいばいと手を振って…あれ?

「結局遊んだだけ……だよね」

「そーゆー過ごし方してたんだよ、お前。穏やかだけど愛嬌あっていつも人に囲まれてニコニコ楽しそうにしてた。まぁ時にはテロリストや変態ストーカー野郎に拉致されたり追っかけ回されたりしたけど、こうやってまた戻ってきた。とりあえず躍起にならなくても今はそれでいいじゃねーの」

銀ちゃんの言う通りだ。思い出そうと思って直ぐに思い出せるような物じゃないとは分かってる。でも焦りが勝る。それはわたしがここで生きる目的が分からないから。

「…ずっと考えてたんです。そんな簡単に世界を行き来なんて出来るわけがないって……。でもわたしはもう一度ここに来た。ここで生きると決めたって…。どんな目的があったんだろうって」

「教えてやろうか?どうしてお前がまたここに来たのか」

そう銀ちゃんが言うと、神楽ちゃんや新八くんもニッと意地の悪い笑顔で笑った。知ってるの?と聞くと、当たり前だと言うように頷いた。

「幸せになるためだよ」

ヒラヒラ手を振って帰って行く。夕陽に照らされながら遠ざかるその三つの背中はまるで困っている人を助けた救世主みたいで、

「ヒーロー…」

ヒーローになりたいと言っていた友達がいた気がする。誰だっけ……。あ、頭痛い。

「デケェ銅像が立ってんなァ」

「…お帰りなさい」

「おー。奴等と一緒だったのか」

ガラ、と戸を開けて先に入って行く沖田さんはこめかみを軽く抑えたまま動かないわたしを振り返った。

「姫」

「…はい、?」

「思い出すのが怖ェか」

首を振る。怖くない。思い出したい。でも…

「……ほんの少しだけ」

「なら、」

来な、と伸ばされたのは黒い隊服を身に付けた左手。その手を取るのに、もう迷わなかった。

「何してた?」

「今日は万事屋のみんなと思い出の場所を回って来たよ。喫茶店でパフェ食べて、お団子屋さんでお団子食べて、駄菓子屋さんで酢昆布買って…吉原のひのやでお茶を」

「全部食べもんじゃねぇか。奴等にたかられてるだけだろィ」

「そうやって楽しく過ごしてたんだって」

「あんまり調子に乗らせない方がいいぜ」

繋がれた手に視線を落としつつ、もう一つを口にした。

「…沖田さんもいたらもっと楽しいのにって思ったよ。何度も」

「…そうかい」

沖田さんはサボったりもするけど基本的には多忙な人だ。沖田さんと話が出来るのはこんな風にばったり会った時や仕事の合間のほんのひと時しかない。
そんな人と『いつもくっついてた』ってことは、きっとこの人が何かと都合を付けて会いに来てくれていたんだろうと推測した。

「一つ言っておくことがある。花山院小春はもうここには来ねェ。……あの女の見合い話がまとまった。今度こそきちんとした婚約者と対面するだろうな。結婚が決まれば屋敷からも出て行く」

「……え?」

あまりに突然話の流れが変わり付いていけない。

「……だって…小春さんは…沖田さんのこと」

「見合いっつーのはそういうモンだ。好きでもねぇ男と結婚して一生を添い遂げる。それがどんなにクズな男だとしてもな」

「そんな、小春さんはあんなに…」

沖田さんのこと一途に追いかけてたのに。

「沖田さんはそれで良いの?」

「良いも何もあっちが勝手に来てたんだろ。そもそもあの女と付き合う気なんて」

「っ、わたしは、だったらせめて…好いてくれた人には幸せになって欲しいと思うよ…!」

「出たな、お得意のお人好しが」

手を離し、玄関には入らず踵を返すと「あの女の屋敷は遠い。着くの夜になるぞ」と冷静に声をかけられる。

「つーかお前はどの立場からそんなに怒ってんでィ」

「小春さんは友達だから、確かめたいの。小春さんが本当にそれで納得してるか。これが最後なんて思いたくない。だってわたしたちまだ本音で向き合って話してないの、だから」

「そうとくりゃあ、お前にも協力して貰うとするか」

「…何のこと?」
 
「決行は三日後だ」

そう言って初めからこうなる事がわかっていたかのように楽しそうにわたしの手を引き屯所の中へ入っていった。


title by まばたき