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「#エロ」のBL小説を読む
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51.くやしいね たりなくて



「へーそんな下らねェ経緯で俺が旦那のことを好きだと?」

「ちょ、待て総悟。俺は万事屋が好きだまで言った覚えはねぇ」

「そうです、わたしが銀ちゃんだと勘違いして…」

「へェ」

頭に包帯を巻いた土方とその隣に困り顔でちょこんと座る姫。そして……。

「そこのマヨ中毒のせいでまた姫ちゃんにビンタされちゃったんですけどォ〜この展開何度目だよさすがに慰謝料払って貰わねーとなぁ勿論真選組に」

薄ら赤くなった頬をいてーいてーと大袈裟にさすりながらニヤつく銀髪のニート侍。案の定姫が「ごめんなさい、大丈夫?」と申し訳なさそうに心配している。アンタに関しては自業自得だろうが。日頃の行いを改めろ。

「ちょっと冷やした方がいいかな…タオル持ってきます」

姫が出て行ったタイミングで目の前に座る土方が煙草に火を付けた。ボロボロで腕は小刻みに震えている。勿論俺が『お礼』をしてやったからだ。誰が男色だ、胸糞悪ィ。

「つーか沖田くん何?婚約者って。初めて聞いたんだけど。んなもんさっさと断れよ」

「断ってますよ。御両親には納得して頂けやしたが本人はアンタんとこのストーカー女並みに話が通じねェ。ありゃ生粋のドMですねィ」

「へーじゃあそのドM女と結婚すれば。姫さー、ちょっと手握ったら顔真っ赤にして動揺してんの。あの頃じゃ考えられねーよな?あんなんじゃすぐ…」

「おい万事屋。…その辺にしておけ」

『誰かに取られちまうぞ』……。聞かずとも旦那の言わんとすることはわかってる。もともとそこまで男に免疫のなかった姫だ。迫られればそういう反応をすることくらい俺も実証済みだ。

「それにしても本当お前らってとことん邪魔が入るよな。散々待たされたのに本人を目の前にしてよく我慢できるなー。沖田くんドSのつもりがドMになってね?」

「ベラベラと煩ぇ口ですねィ。どうやらここで死にてェらしい」

チャキ、と鈍色に光る刃を見せると冷や汗をかきながら「冗談だよ冗談」と苦笑した。

「しかしどうすんだ、花山院小春がお前の周りをうろちょろしてたらマジで姫が勘違いしちまうぞ。現に花山院のこと応援しようとしてたし」

「別にいーんじゃねーですか」

相変わらず土方ヤローは頭が固ぇ。隣の旦那はいつものように鼻クソを穿っている。

「あのさー、下手な嘘つくなら始めから姫と総一郎くんが付き合ってるって設定でその女諦めさせりゃあいい話じゃん。で、その後ゆっくりあの子を落としにかかれば?それで解決じゃね?」

「それはダメです、純粋な気持ちに嘘で応えるなんて」

「うおっ、姫!どこから聞いて…」

「今来たところです」

「あ、そ…」

はいどうぞ、と冷やしたタオルを万事屋の頬に当てる光景はあの頃となんら変わらない。屯所を忙しなく動き回って仕事をしている姿を見ると錯覚しそうになる。コイツが…姫が、俺のことを一番に考えてる女なんじゃねーかって。けど違う。姫は誰にでも平等に、ただただ優しい女だった。

「小春さん、いらしてますよ。今日はこれから一緒に料理をすることになりました」

「は?姫と?」

「花嫁修行、だそうです」

「……そりゃあ結構な…」

「なるべく甘いモンにして下せェよ」

「はーいっ」

ニコニコ楽しそうに部屋を出て行った姫の背中を視線で追っていると目の前の二人が立ち上がった。

「お二人さん、どこ行くんですか」

「どこってそりゃ見に行くに決まってんだろ、『花嫁修行』」

「はー…、女二人の時間を放っておいてやろうと思う気遣いはねーんですかィ」

仕方ないので立ち上がりついて行く。食堂の奥に続く厨房に立つ姫は楽しそうにあの女と談笑しながら料理をしていた。

「本人達は知らねーだろうけど彼女と婚約者が並んでんの見てどーよ。心中穏やかじゃねぇだろ」

ニヤつく旦那がこのこのーと肘で小突いてくるのが鬱陶しい。

「アンタ本当趣味悪ィですねィ」

「楽しんでんじゃねーよさっさと帰れ万年ニート」

「まーでも注意した方がいいぜ。昔馴染みの奴らならいいけどこの辺りじゃ姫のこと知らねぇ奴もいるし。前から天然ぽかったけど更に…危うい感じになったよなぁ」

「用心に越したことはねぇな」

「ウブな感じがまたそそりますがね」

「いやお前当事者って意識ある?なんでそんな呑気にしてんの?彼氏だろうが。得意の放置プレイ?」

「俺も疑問だ。総悟お前、何考えてんだ」

二人が言うのも無理はない。自分自身、何故こんなにも落ち着いていられるのか不思議だった。彼女が自分との関係を知ることもなくいつ他の誰かの元へ行ってしまうのか分からない様を側で見続けるのは並大抵のことではない。それでも今は必要以上に姫に何か伝える気になれなかった。それはきっと…姫があの頃のように笑っているからだ。

「焦りはしてますよ。早く俺の元に落ちてくれねーと強引に襲っちまいそうで抑えるのに必死で。でもそうなりゃもう振り向いちゃくれねーでしょう。それに俺ァもともと駆け引きはしねぇ主義なんで」

「まぁお前ら駆け引きなんざしてなかったがな。いやそれでも……」

「多少汚い手は使わせて貰いますがね。例えばアイツに言い寄る男の首を端から跳ねて飾るってのも楽しそうでさァ。そういえば旦那、姫の手握ったとか言ってやしたね」

「ヒィッ、いやあれはちょっと触っただけだからノーカウントだから!じゃ俺そろそろ帰るわ!またな!」

逃げるように走って行く足音に若い女二人が笑い合う声が重なった。

「あの女とは近々ちゃんと話しやす」

「そうしてくれ、本当見てらんねぇよ。ああそれと…高松の坊ちゃんがこっちで診療所を継いだのは知ってるだろ?どうやら姫と会ったらしい。そっちはマジで注意しとけよ」

余計なお世話かも知れねーけどな、と言い残して土方も食堂から離れていった。







「姫さん、お菓子なのはわかるけれどいったい何を作っているのかしら?ケーキ?」

「ふふ、これすっごく美味しいんですよ。小さい頃作ってもらってから大好きなんです」

出来上がる前から甘い香りがするからお菓子作りは好きだ。前に立花さんが教えてくれたのはザラメ入りのカステラ。ザラメの舌触りと甘さが癖になるんだよね。うろ覚えだったけどなんとか必要な工程を経て備え付けのオーブンに入れた。
小春さんは流石お嬢様でこれまで一切家事をしてこなかったそう。こうしてキッチンに立つのも初めてのことだと物珍しそうに道具や棚を見ていた。初めから包丁を持つのも緊張するかと思い今日はお菓子作りを提案した。話しながら一緒に手を動かすのは楽しい。

「小春さんは…お見合いで沖田さんと知り合ったと聞きましたがどこがお好きなんですか?」

「えっ……」

焼き上がるのを待っている間にお茶にしましょうと提案し食堂で一息つくことにした。お茶とお茶請けを目の前にしてふと思い立った疑問を小春さんに投げてみる。

「…ひと目見て、このお方なら教えてくださると思ったの。恋ってどんなものなのかって」

「それは…一目惚れというものでしょうか?」

「どうかしら。初めてお会いした日は本当に一瞬だったの。わざわざ屋敷に来て、この件は白紙にして欲しいと…。だから実際にはお見合いもしていないし正式な婚約者でもない。ただの片想いなの。偉そうなこと言えないわ」

「出会いの形が本来と違ったものであっても、それでも好きになったんですね。素敵です」

「今となってはしつこく迫っているだけだと自覚してるわ。でも、この他にどうしたらいいか分からないのよ。恋をしたことがないから。…姫さん、貴女は?どんな恋をしたの?」

「わたし、は……まだ、そんな恋は……」

人を好きになることの意味はまだよく分からなくて、言葉が出てこない。けれど胸はちくりと痛む。何かを伝えるように。

「ただ……好きになった人の幸せのためにできることがあるなら、なんでもしたいなって思います。それが誰なのかはわかりませんが」

「……そう。素敵ね、とても。ところで総悟様はこちらではどのようなご様子なのかしら?お仕事中のお姿のことも知りたいわ」

そう言われて心の中で首を捻る。そういえば、普段どんなことをしているんだろう。基本は見回り。事件があれば現場に行くけれどわたしはお見送りとお出迎えしかできない。
沖田さんは土方さんのように事務作業はしない。お部屋にお茶を持って行ったことはたった一度きり。机の上に大量の書類が積み上がっていたのを思い出す。屯所にいるはずなのにどこにも見当たらないことも多々あって、用事がある時はよく探し回らなければならないから大変だ。山崎さんからは影で『サボり魔』と言われている。

「そうですね…まだ日も浅いので詳しくはわかりませんが、昼間は見回りに出て何か事件があれば一夜戻らないこともあります。朝は食堂に来るのが一番遅くて…山崎さんと仲が良いのかな?あとは……よく、空を見ています」

沖田さんは縁側で空を見ていることが多い。寝っ転がってたりアイマスクを付けていたりする。それも、わたしの部屋の前で。あの通りは空き部屋ばかりで人気がないから落ち着くんだろうな。わたしもよくあそこで過ごしているけど、大抵そういう日に限って沖田さんは来ない。

「そう、何か探していらっしゃるのかしら」

「空の雲を何かに例える遊びは幼い頃にしたことがあります。あれはうさぎだーとか、鯨が泳いでるーとか」

「あら楽しそうね」

「小春さん、少し外に出てみませんか?風に当たりながらお茶をするのもなかなか心地良いんですよ」

「良いわね。そんなこと家ではできないからやってみたいわ」

「秘密にして下さいね。お付きの方に怒られちゃう」

くすくす笑いながら縁側に場所を移してお互いの話をしたり空を見上げて雲を指差して遊んだ。

「沖田さんも、楽しい気持ちで空を見ていたらいいですね」

「…そうね」

「あっ!カステラきっともう焼き上がってますよ」

厨房に戻ってオーブンから出したカステラはふわふわで焼き色も綺麗でよく出来ていた。

「わぁ美味しそう」

「本当は一晩置くんですけど…これは作った人の特権です」

一切れずつ切って味見。焼き立てをふぅふぅ息をふいて冷まして口に入れるの見て小春さんも同じようにする。

「とっても美味しいわ!こんなに美味しいお菓子、初めてよ」

「焼き立てはこの時しか食べられないので…一口目は格別ですよね」

「うちの料理人達、いつもこんなにいい思いをしていたのね」

子どもみたいに喜ぶ小春さんはとても可愛い。お上品だし恋には一生懸命だしこうやって新しいことにも挑戦したり……沖田さんとお似合いなのにな。断る算段を立てている姿を思い出して心苦しくなる…と同時にちくちくと胸に針が刺さる。

「残りは明日食べるのでぜひ来てくださいね。沖田さんにも渡しましょう」

「カステラのついでに明日沖田さんにお会いするための口実も作ってくださったの?」

「それは買いかぶり過ぎですよ。わたしがもっと小春さんと話したいだけです」

「姫さんが本当に良い方で驚いてるわ。どうしてここで女中を?貴女ならもっと別のことで活躍できるのに」

「成り行きでしたけど…今は満足しています。真選組の皆さんと過ごす時間が楽しいからです。色んな人にも出会えるし…小春さんともお会いできたし」

「姫さん、わたくし……貴女の思うような良い子じゃないわ。現にこうやって……」

何か言いかけて止め、ちょうどお迎えが来てまた明日と帰って行った。見送りをして厨房に戻り、ラップに包んだカステラを指先でつん、とつついてみた。何を言いかけたのかな。『良い子じゃない』って、そんなのみんなそうだ。わたしだって良い子じゃない。小春さんの友達として恋を応援してるのに、裏では沖田さんに好きな人がいるって知ってしまってる。それなのに小春さんを焚きつけて…。

「甘い匂いがすらァ」

「っきゃあ!」

ふいに背後からかかった声に飛び上がった。テーブルの影に隠れて伺うと、今日の話題の沖田さんだった。

「おおおきたさ、急にっ、気配を消して来ないでください」

「敬語やめんじゃなかったのかよ」

「…お、きたさん、来ないで」

「急に辛辣だな」

つんと指先が触れたのはカステラ。じっとそれを見てる。食べたいんだろうな。

「…姫」

「ダメです。明日小春さんから貰ってください」

「なんも言ってねーだろ」

「『食べたい』でしょ」

「真ん中から一切れ切ってくっつけちまえばバレねー」

「ダメです」

「こっちからも甘い匂いがするな…食べたな?」

「…作った人はいいんです。味見だから」

「へー」

「…っ沖田さん、来ないで。どうして迫ってくるの…」

「この俺が迫ってやってんでィ。他の男と同じように、正攻法で」

「せ…?」

「鈍感でド天然で人の気も知らねー女に駆け引きなんざ通用しねぇ。けど、俺にも我慢の限界ってもんがある」

手が口元に伸びてくる。長い指先が下唇を緩くなぞって、沖田さんの舌に触れた。

「ザラメ」

「…っ……、」

「だけじゃねぇな」

「っ沖田さんの変態…!」

両手で胸板を押し退ける。厨房を出て食堂を抜けて一目散に部屋へ。パタンと襖を閉めてやっと息を整えながらふと鏡台の布を取ると頬を真っ赤に染めた自分と目があった。前髪も乱れているし荒い呼吸は動揺の証。落ち着かない。この部屋からも逃げてしまいたい。でもどこへ?

「わたし、最低……」

小春さんは沖田さんのあんな瞳の色をもう知ってるのだろうか。わたし以外の女の人にもあんなことをしたりするのかな。ダメなのに、小春さんの好きな人なのにドキドキしてしまう。ごめんなさい、わたし、良い子じゃない。







「総悟様っ!昨日焼いたカステラです。どうぞお食べになって。姫さんと作りましたのよ。味は保証しますわ」

次の日、小春さんは沖田さんを追いかけていた。昨日一緒に作ったカステラを持って。仕事は休みだけど小春さんは沖田さんにべったりだから時間を持て余して…不動産屋に行くことにした。そろそろきちんとしたアパートを探さないといけない。真選組にお世話になって数ヶ月。仕事までは変えるつもりはないけれど、いつまでもここにいたら迷惑になる。それに…あの部屋の持ち主が帰ってくるかもしれない。使われていたまま残されていたのなら、きっと帰りを待っている。
小春さんにとっても、あの部屋の持ち主にとっても、わたしは邪魔者なのかもしれない。ああいやだな、せっかくのお休みなのに心がジメジメと曇っている。
ふと、廊下の向こうに歩いていく二人を見つけた。小春さんもこちらに気づいて、頑張って!と口パクで伝えるとありがとうと手を振った。どうしてか沖田さんの顔は見れなかった。

一人で外に出るのは初めてだった。山崎さんとは何度も買い物に出たりお使いに付き合っていたしなんやかんや誰かが送ってくれたりしていた。もうさすがに道も覚えたから大丈夫。それにアパートに暮らし始めたら一人なんて当たり前。屯所にいるとみんなまるで大事な人のように丁寧に扱ってくれる。でも実際にはただの何も知らない、数年前のことさえ覚えていないただの薄情な女。そのうち呆れられ、飽きられてしまうのかな。

「……だめだ、今日…」

マイナス思考ばっかり。せっかく晴れてるのに。気を取り直して不動産でいくつか部屋を探してもらった。

「条件は?」

「ええと…一人暮らし用でなるべく夜でも道が暗くなくて…真選組の屯所に近いと、ありがたいです」

「ああ、最近は物騒だからねぇ。それにしても貴女のような人が一人暮らしなんて…売る方がいうのも何だけどちょっと心配だなぁ」

「やっぱりある程度収入がないと貸してもらえませんか?まだ働き始めたばかりで」

「いやいや、そういう意味じゃないよ!とりあえず見に行こうか」

そう言って何件か見て周り、ここでいいかなと思った場所は不動産屋のおじさんに待ったをかけられた。

「悪いんだけど来週また来てくれないかい?それまでにもう少しいい部屋がないか探しておくから。やっぱり心配だ。俺にも娘がいてな、貴女のことがどうにも気にかかる」

「はい、急ぎではないので大丈夫です。でもそんなに心配していただかなくても…家事も一通りできますし、一人暮らしはしたことがあるので」

火事を起こしそうとか思われているのかな。そういえば短大の友達がアパートで天ぷらしようとしてボヤ騒ぎを起こして大騒ぎになったって聞いたなぁ。懐かしい。

「ほら、そういうところがもう…困ったな」

頭をかいて気まずそうにしたおじさんはとても良い人で色々と親身になってくれた。娘さんはわたしより年上でもう結婚して家を出てしまったらしい。なかなか会えなくてね、と寂しそうだった。

「色々見せていただいてありがとうございました」

「暗くなってきたから気を付けてな」

「はい」

世間話をしていたら思ったより遅くなってしまった。小春さん、帰っちゃっただろうな。今のところ女の子の友達はお妙ちゃんと神楽ちゃんと小春さんだけ。もし沖田さんのことを諦めたらもう来てくれなくなってしまうかな。

「……あれ?」

考え事をしながら歩いていると道が分からなくなっていることに気がついた。暗くて外灯も点々としかない。こんな道だったっけ?昼間にしか歩かないから様子が違って見えているだけかもしれない。もう少しこのまま歩いてみようとすると、向こう側から何人かの男の人がひそひそと話しながら歩いて来ていた。

「あの、すみません。道をお尋ねしたいのですが」

「あ?今忙しいんだ、…こりゃあ上玉だなぁオイ」

男の一人が口元を釣り上げた。まずい。話しかけてはいけない類の人だったらしい。暗くて人相をよく確認していなかったけど見るからに怪しい身なりで腰には刀を下げている。

「ちょうどいいや。荷物だけ頂こうと思ったが…ボスへの土産にするか」

「お前こっちに来い。大丈夫乱暴にはしねぇよ」

「いや、!」

走り出したもののあっという間に腕を掴まれ取り押さえられてしまう。無理に顔を上げられると男達から機嫌の良さそうな声があがった。

「この町にこんな別嬪な女いたか?ここ一年ひっそりと窃盗と強盗してたのによ…まぁボスが飽きたら吉原にでも連れて行けば高く売れるさ」

「はなしてっ!」

精一杯暴れて男達の腕から抜け出そうとするけどさすがに無理がある。どうしよう、このままじゃ…!

「暴れるとその綺麗な面に一生消えねぇ傷が付くぜ?俺はそれでもヤレるけどな」

「はは、お前も好きだよなぁ」

刀をちらつかされて恐怖で身体が震えてしまう。この世界は危険なことばかりだと教えてもらったのに。誰か助けて!誰か、誰か……!

「っおきたさん…!」

その瞬間、ザシュッと何かが裂ける音がした。

「グアああっ!」

男の恐怖に濡れた叫び声が耳元で鳴り響く。

「なっなんだお前は……!まさか!!」

「真選組でィ。神妙にお縄につきな」

目を開けた時にはもう全てが終わっていた。目の前に転がる男達は皆斬られた箇所を抑え呻いている。その中の一人、わたしを押さえつけていた男の胸に片足を乗せ刀の切っ先で腕をグリグリと押し付けているのは…沖田さんだ。

「てめェらの親玉はどこにいる?コソコソとつまんねぇ強盗繰り返しやがって……挙句に女を売るってか。どうせやるならもっとデケーことして見せな」

「ギャァアアア!言う!言うからもう勘弁してくれェェ!!」

「っ沖田さん!それ以上は…!」

思わず声をかけると冷えた目でこちらを見て近づいた。赤く濡れた刀を持った沖田さんが空いている手を座り込んでいるわたしに伸ばしてきた。

「怪我は…」

「っ!」

その時、びくりと身体が震えた。血が付いた刀を見て何か……恐ろしいものが頭の中をかけ巡ろうとした。刃物を向けられることが恐ろしかった。鈍色に光るそれが意味するものが怖かった。その反応を拒否と捉えた沖田さんは何か誤解したようでそれ以上近付かなかった。

「あ……」

「怪我ねェか」

「…はい、あの…」

「総悟!やったか!?…って、姫!?どうしてこんなところにいる!?」

パトカーが停まり駆け寄ってきたのは土方さんだ。まさかこんなところにいるとは思わなかったらしく目を丸くして立たせてくれた。

「迷子になって…」

「ザキが探してるところだったんだぞ。どこか行く時は誰かに言え。特に表通りから外れるとこの時間は危ねぇ」

「ごめんなさい…」

ザキが来るまで車にいろ、と促され大人しくパトカーに乗った。外では隊士さん達が後始末をしている。男達は捕らえられ連れて行かれた。血の水溜りができた地面が気になってその様子を眺めていた。血なんて元いた世界では見ることはないのに、切られて怪我をした男達の裂けた傷口に言いようのない何かを感じていた。ぴりっと指先が痛んで見てみてると何ともなかった。その代わりに手の甲を擦りむいたようで血が出ていた。

「貸せ」

「わっ」

後部座席のドアを開けて乗り込んできた沖田さんにぐいっと手を取られ、濡らしたハンカチで傷を丁寧に拭いてくれた。

「さっきはありがとう。…その、ごめんなさい。驚いて……」

「俺が怖いか」

「違います…!」

「…月の国には刀なんてねぇからな。仕方ねぇ」

「知ってるんですか?」

「まぁそれなりに。帰ったらザキから薬貰えよ」

「沖田さんは?」

「奴らの親玉の所に行く。…怖がらせたな。昨日のことも。もう触んねェから安心しろ」

一方的に落とされた言葉に、そんなことない、とかけた声は果たして届いたのだろうか。また離れていってしまう。少し近づいたと思ったら思いもよらない行動をされて胸が張り裂けそうになる。だからつい遠ざけてしまう。近づきたいと思えば今度は遠ざかる。冷たく濡れたハンカチが手の中でゆっくりと体温を奪っていった。



title by まばたき