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50.つかず離れずのはかなさ



「総悟様っ!」

「寄るな」

「お久しぶりでございます!総悟様に会えない間たくさん手紙を書いたのにお返事してくださらないんだもの、わたくしとっても寂しかったです」

その日のお客さんは綺麗な女性だった。上等な着物を着て可愛い髪飾りを付けて。立ち振る舞いも軽やかで…廊下を歩く沖田さんを追いかけている。

「わぁ、綺麗な人ですね。山崎さん、あの方は沖田さんのお友達ですか?」

「……あー……うーん……言いたくないんだけど……いや言っといた方がいいか…あー嫌だな……」

たっぷりと時間をかけて耳打ちされた。

「…花山院小春さん。沖田隊長の婚約者、だよ」

「えっ!婚約者…!」

知らなかった。沖田さん、もうすぐ結婚するんだ。全然そんな素振りなかったから驚いた。でもすごく絵になる二人だ。

「あ…だから昨日近付かないでって言われたんだ」

「沖田隊長に?」

「はい。わたしが近くにいたら婚約者の方に悪いですもんね。お夕飯まで裏庭で掃き掃除してますね!」

「いや、そうじゃないんだ。そーじゃないんだよ、姫ちゃん………」

「それは君があの子に狙われないため…」…なんて言いながら頭を抱えている。山崎さんは最近悩み事があるようでよくこのポーズをしている。監察のお仕事も大変なんだろうな。

「あの女は別に婚約者ってわけじゃねぇぞ」

「あ、土方さん。お疲れさまです」

「おう。茶淹れてくれ」

いつのまにか話に入ってきた土方さんと山崎さんとで誰もいない食堂に行き、お茶を淹れながら話の続きを聞いた。

「半年程前に松平のとっつあんから総悟に見合いの打診が来てな。アイツも成人したしこの子はどうだーって持ってきたのが花山院小春との結婚話だ。総悟は勿論断ったが……あちらさんが随分気に入っちまったらしくてな、今じゃ軽くストーカー紛いなもんだ」

「いいとこのお嬢さんだしとっつあんの知り合いの子だから沖田隊長も突き放せない……って訳じゃなくて、その逆。あの人あの性格でしょ?毎回めちゃくちゃ冷たくあしらってんのに全然めげないんだよあの子。恐ろしいよね盲目的な恋って……」

「へぇ……?」

土方さんと山崎さんにお茶をだして自分も向かいの席に腰を下ろした。

「でもどうして沖田さんはそんなに結婚を嫌がるんでしょう?とってもお似合いに見えましたけど…」

「う、それは…君が、」

「待て山崎、アイツのいないところで下手は打てねぇ。…いいか、姫。アイツは…………総悟はな、」

「なんですか?」

「……………………男色なんだ」

「ブフゥッッッッツッッ!!!!!!」

「きゃっ!」

土方さんの一言と同時に山崎さんがお茶を吹いた。ポタポタと顔からお茶が滴り落ちる。

「ギャアアアアアアア姫ちゃんんんんんんんん!!!!!ごめっごめんねぇぇぇ!!!!!副長が変なこと言うから!!」

「大丈夫です山崎さん、ここに布巾があるので」

「ちょっ姫ちゃんそれ台拭きだからァァ!やめてそんな美しい顔を台拭きなんかで拭かないでェェえぇええ!!!」

俺のハンカチあるから!!と山崎さんが顔を拭いてくれた。それより男色って…男の人が好きって意味…なのかな。

「しかも総悟が惚れてるのは曲者でな。誰彼構わず擦り寄っては猫のように自由気ままで男と女を取っ替え引っ換え……アイツの気も知らねぇでいい気なもんさ」

「そんな…酷いです」

「わかったな、姫。だから総悟は何と言われようとあの女と結婚できねぇんだ。このことは他言無用。俺と近藤さんとザキしか知らねェ真選組のトップシークレットだ」

「副長ォォ何真面目な顔してとんでもないこと言ってんですかぁ!!アレですか!?沖田隊長に対する日頃の怨みですか!? そんなこと姫ちゃんが信じるわけ……」

「…土方さん」

監察である山崎さんがこんなに取り乱すなんて、これは………とんでもないことを知ってしまった。濡れてべったりと張り付く前髪を掻きあげて、土方さんにずいっと迫った。

「わかりました!沖田さんのためにも、このことはお墓まで持っていきます!」

「わ、わかったからちょっと離れてくれ」

何故か慌てた土方さんは煙草に火をつけた。ここ、食堂なんだけどな…。

「とにかく姫はあの女のことは気にすんな。そのうち諦めるだろ」

「そうですね…そんな理由があるなら仕方ないですもんね」

「副長、アンタの下手な嘘、姫ちゃんめちゃくちゃ信じちゃってますよ。バレたら本気でヤバイですよ俺知りませんよ!」

「黙ってろ、アイツの名誉の為だ」

「その名誉をズタズタに傷つけてるんだっての!」

山崎さんが土方さんにこそこそ話している横でわたしは決心した。沖田さんは悲しい恋をしていたんだ。だからいつも難しい顔をして空を見ていたんだ。少しでも役に立てるように頑張ろう…!

「とにかくお前風呂入って来い。山崎の汚ねぇ汁が付いてちゃその顔が台無しだぜ」

「汚ねぇとか言うのやめて貰えます?いや実際汚ねぇモンかけちゃったんだけど…、姫ちゃん行っておいで。おばちゃんには言っておくから」

「はい、行ってきます」

二人の言葉に甘えて食堂を出た。部屋に戻って着替えを取りに行こうとすると渦中の人にばったりと鉢合わせてしまった。

「初めまして。わたくし、花山院小春と申します。どうぞよろしく」

「女中としてお世話になっている姫と申します。こちらこそよろしくお願いします」

すると花山院さんは驚いた表情をした。

「貴女が……」

「…え?」

「いいえ。あんまり綺麗なのでどなたかの奥方かと思いました」

「いえそんな、花山院様こそ。お名前の通りのお人だなと」

あ、わたしこんな濡れた格好で話して恥ずかしいな。花山院さんは見た目通り品の良いお嬢様だ。

「わたくしのことは小春と呼んでください。年の近い友人がいないから仲良くなれたら嬉しいわ」

「わたしも小春さんとお友達になりたいです」

「よろしくね。ところで姫さん、総悟様を見なかった?」

「いいえ。食堂の方から来ましたけどお会いしていません」

「そう…また改めて伺うわ。貴女ともゆっくり話したいし」

「はい、また」

今日はこれで、と小春さんがにこやかに帰っていくのを玄関で見送った。すると頭の上からひょいと顔を出したのは沖田さんだ。いったいどこに隠れていたんだろう。

「なんで濡れてんだ。なんか生臭ぇや」

「これはちょっと事故で山崎さんの汁を」

「はあ?」

「お茶のことです」

「風呂入れ風呂」

改めて着替えを取りに行こうとすると沖田さんが取ってきてくれるそうで、もうすぐ隊士さん順々に入浴する時間になりそうだったからお願いして先に湯船に浸からせてもらった。一番風呂だ。いつもは住み込みの女中用の離れに備え付けられたお風呂を借りているからこうして女中が真っ先に入るなんて申し訳ないけど大浴場で手足を思いっきり伸ばして入るのはとても気持ちいい。

「姫、置いとくぞ」

「わっ!はっ、はい!ありがとうございました」

扉を一枚隔てた向こう側に沖田さんがいると思うと無意識に身体を腕で隠した。

「……あの、沖田さんご結婚されるんです、ね」

「しねェよ」

「…好きな方がいるんですか?」

沈黙。やっぱり土方さんが言ったことは本当だったんだ。好きな人に片想いして辛い思いをしているのかな。そう思うと胸がちくりと痛んだ。

「何か辛いことがあったら言ってくださいね。まだ大人の恋愛とかはよく分からないのですが…少しでも力になりたいです」

…また沈黙。出て行っちゃったかな。

「俺が好きなのは……」

「あー今日もいい汗かいたなぁ!」

「っ!」

外から近藤さんの声がする。立ち上がったらしい沖田さんは脱衣所を出て行った。「ちょいと眠っててくだせェ」「えっちょっそそそ総悟君!?何するギャァアウゥッッ!!」バタバタガタン!!と大きな音がしたと思えばすぐに訪れる静寂。

「そろそろ出なせェ。外で見張っててやる」

「はい」

近藤さん、大丈夫かな。脱衣所に出て持って来てもらった着物を着ようとすると、ある物が目に入って硬直した。外にいるその人に声をかける。

「……沖田さん、もしかして…下着まで…」

「あ。つい普通に取って来ちまった」

「……!?」

ついってなに!?普通にってなに!?いつもしてることなの!?もしかして…

「下着泥棒の趣味が……!?」

「あーめんどくせェ」

「じゃあ女装の気が…?」

「ねェよ。お前の下着なんて見慣、……はー……、さっさと着ろ」

何故かわたしの方が呆れられ、浴室を出てから沖田さんも下着を付けるんですかと聞くと結構な力でデコピンされた。

「今日はわたしの知らない沖田さんばかりでした…」

「アンタが知ってる俺なんて小指の爪の先くらいだぜ」

「…もうちょっと知ってます」

「へー何を」

「それは………秘密です」

「へー」

どうでも良さそうにポケットに手を入れて歩く姿はいつも見る沖田さんの姿。特にこうして一緒に歩く時は毎回そう。

「…これだけ言っとく。俺はしばらく結婚なんざする気はねぇ」

「はい、頑張ってください!」

「…とんでもねェ鈍感女だってこと忘れてた」

「お腹空きましたね」

「夕飯何でィ」

「焼肉定食です」

「おー」

沖田さんのことを少しわかったような、ますますわからなくなったような、そんな一日だった。







「かーぐーらちゃん」

「はーあーいーー!ちょっと待つヨロシ!」

「こんにちは姫さん。すみませんが上がって待ってて下さい」

「新八くん、こんにちは。お邪魔します」

『万事屋銀ちゃん』の看板がかかるおうちに入ると、洗面所の方で神楽ちゃんがバタバタと髪を整えていた。

「せっかく姫と出かけるのに髪の毛の一本一本がアサダチして収集つかないネ」

「ちょっと神楽ちゃん姫さんの前でそう言う事いうのやめてくれる!?」

「神楽ちゃん、そっちに行っていい?」

のれんをくぐって神楽ちゃんの後ろに立つ。鏡越しにおはようと挨拶して、くしを手に取った。絡まった部分を丁寧に解いていく。

「綺麗な髪だね」

「マミー譲りヨ」

サーモンピンクの細い髪を結んでいると、何かデジャブを感じた。あれ…この光景どこかで…?でもこんなに特徴的な髪を持つ人を他に知らない。気のせいか。

「できた!今日のお団子カバー可愛いね」

「これは宝物ネ。サンタからのプレゼントって言ってたけど…あれ以来サンタ来ないアル」

「そうなんだぁ。今年は来るといいね」

サンタさんのこと信じてるのかな。可愛いなぁ。鏡を見て「姫は器用で羨ましいアル」とニコニコしてくれた。客間に戻ると新八くんがお茶を出してくれた。そういえば家主がいない。

「今日、坂田さんは?」

「昨夜飲みに行くって出て行ったっきり帰って来てませんよ。全く…依頼がないからって朝帰りも困ったもんですよ」

「どうせ二日酔いでその辺でくたばってるネ」

「じゃあ神楽ちゃんここで一人なの?夜とか寂しくない?」

「ぜーんぜん。イビキがなくて静かでいいアル」

さ、行くアル!と定春を従えて万事屋を出た。

「行ってきまーす!」

「気をつけてくださいね」

「ありがとう!」

今日は神楽ちゃんから『定春の散歩に行くネ』とお誘いを受けてかぶき町を案内してもらっている。よく行くスーパー、子どもたちの遊び場、公園、大きなお城に入る秘密の抜け道…色んな場所を教えてくれた。探検みたいで楽しかった。

「ちょっと休憩しよっか。定春くんお水飲む?」

「わうっ!」

見ればちょうどスーパーがある。

「わたしたちも甘くて冷たいもの食べたくない?」

両手をグーにしてくっつけて、パキッと割る動作を見せると神楽ちゃんの大きな青い瞳が宝石のように輝いた。

「「パピコ!!」」

手を繋いでスーパーでパピコとお水を買って、近くの河原の辺りで座って食べた。

「ポカポカで気持ち良いね」

「絶好の散歩と昼寝日和アルな」

「眠くなっちゃうね…」

たくさん歩いて心地良い疲労感と温かい陽気で眠くなってくる。水を飲んだ定春はもう丸くなってすやすや寝てしまった。ぽつぽつと雑談をしていたけど穏やかな呼吸につられて神楽ちゃんも船を漕ぎ出す。定春に寄り掛かって夢の中へ。わたしもちょっとならいいかな…とうとうとしていると、聞こえてきたのは坂田さんの声。そちらを見てみると男の人と肩を組んでフラフラと歩いていた。遠いから会話の内容までは聞こえないけど二人三脚でもしているかのような動きをしている。

「あ〜またスッちまったよぉ〜もう賭け事辞めた方がいーんじゃね?てか気持ち悪…オエッ」

「何言ってんだ銀さん、パチンコは俺たちの希望!一粒の玉で世界が変わるかも知れねーんだぞ!アイビリーブインフューチャーオエッ…二日酔いキツいわちょっと吐きそう」

二人はすぐそこの店の影に消えて、少しして出てきた。何してたんだろう。じゃあなーと手を挙げてサングラスのおじさんと別れ、少し歩けば今度は綺麗な女性が坂田さんに抱きついた。

「銀さーん!やだこんな所で会えるなんて運命じゃない!?運命よねこれ!」

遠目から見てもすごくイチャイチャしているように見える。彼女さんかな。その人とも少しすると離れこっちに向かって歩いてくる。……坂田さんってなんだか…意外とチャラい?見てはいけないようなものを見た気がして定春くんの影に隠れた。

「…あ?定春?…姫?」

「あ…こんにちは」

見つかった。定春はただでさえ大きくて目立つから意味がなかった。坂田さんはふらりと河原に降りてきて眠っている定春と神楽ちゃんを見ると「あったけーもんな」と呟いてわたしの隣に腰を下ろした。

「さ、坂田さんてスキンシップがこう、なんて言うか…アレなんですね。なんかドキドキしちゃいました」

「もしかして見てた?あ、言っとくけどあの眼鏡女は彼女でもなんでもねーから。とんでもねーストーカーだから」

「彼女さんじゃないんですか?あんなに抱き合ってくっついてたのに……」

そこでふと思い至ることがあった。この間の土方さんの言葉だ。沖田さんの好きな人の話。

『誰彼構わず擦り寄っては猫のように自由気ままで男と女を取っ替え引っ換え………』

…まさか沖田さんの好きな人って坂田さんなんじゃないだろうか。まさか、まさか。でもさっき男の人と肩組んで歩いてたし路地裏でコソコソして、次は女の人と抱き合って……坂田さんって自由で猫っぽいし。そうだ。きっとそうだ。

「姫ちゃん?あ、俺のこと坂田さんって呼び方やめて。銀ちゃんって呼んで。敬語も取っていーから。それと…」

「はい…あ、うん」

「そんでそんなソワソワしてんの」

「あの、こんなこと話すの失礼かも知れないけど…その、坂、銀ちゃんの思わせぶりな態度は良くないと思う」

「は?何のこと?」

「さっきのサングラスの男の人とか綺麗な女の人のこと…その気がないなら振り回さないで、」

「何それ。姫ちゃん俺のこと好きなの?」

「違います!そうじゃなくて」

「即答?てかなんで離れんの?警戒してんの?俺のこと」

「っ!」

手を掴まれて、というより握られてこれ以上離れられない。少しでも逃げれば坂田さんの腕の中に引きずり込まれそう。

「なぁこんなんで赤くなんの?前は押し倒してチューしようとしても顔色ひとつ変えなかったのに。まぁあれは事故だけど。記憶ひとつでこんな違うんだな。おっもしれー」

弄ばれてる。余裕そうな顔して反応を楽しんでる。

「何それ、銀ちゃ…」

「そんなに隙ばっかじゃ……取られちまうぞ」

これ以上近づいて欲しくなくて、反射的に空いた手でばちん!と頬を引っ叩いて力が緩んだ隙に振り解いて立ち上がった。

「坂田さんの…銀ちゃんのバカ!そんなんじゃみんなが可哀想!応援したかったのに…っ貴方に沖田さんは勿体ないです!」

「いってー…って、は?なんで総一郎くんが出てくんの。てか何言ってんのこの子」

「沖田さんがどんな気持ちで銀ちゃんを…っ」

「はあー?待て待て落ち着け。ぜんっぜん話が見えてこないんだけど。つーか超絶気持ち悪い勘違いしてない?誰に仕込まれたのそれ」

銀ちゃんも立ち上がって落ち着かせようと手を伸ばしてきたのを避けて「帰ります!」と走り出した。

「おい、姫」

「神楽ちゃんに先に帰るって伝えてください!」

最低だ。銀ちゃんて最低な大人だ。周りの人や沖田さんを誑かしていたんだ。なんだか悔しい。

「どうした」

しばらくして手を引いたのは沖田さんだ。夢中で走っていて気が付かなかった。

「っ、沖田さん」

「そんな走ってっと転ぶぜ。チャイナと出かけるんじゃなかったのか。喧嘩でもしたか」

「違います、銀ちゃんが……」

「旦那がまたなんかやらかしたか」

「っ、ちょっとお話が。こっち来てください」

沖田さんをぐいぐい引っ張って人目のつかない建物の陰に連れて行きビルの階段に腰を下ろした。

「こんな所まで連れ込んで何の話でィ」

「ごめんなさい、実はこの間沖田さんの好きな人のこと聞いてしまって」

そう言うとふいと視線を逸らした。知って欲しくなかったみたいで眉に皺が寄っている。

「……で?」

「沖田さんの好きな人のこと悪く言いたくないんですけど…やっぱりダメだと思うんです」

「何がダメなんでィ」

「銀ちゃんは確かに格好いいし良い人そうだけどみんなに言い寄ってるのに全然選ぶ気もなさそうだし弄んでるし、男性として不誠実です!沖田さんにはもっと優しくて、もっと笑顔にしてくれる人じゃなきゃいや、」

「ちょっと待て、なんでそこで旦那が出てくんだ」

「えっ…沖田さん銀ちゃんに片想いしてるんじゃ」

「………………」

「もしかして…銀ちゃんじゃなくて違うひと、?」

「誰がんなこと言った」

怒ってる。すごーく怒ってる。もしかしてわたし何か勘違いしてる、かも知れない。

「これは真選組のトップシークレットだと…」

「誰が」

「……ひ、土方さんが…沖田さんは…、」

「土方が何だって?」

「あの、その………でも、」

「そんなに喋りたくなけりゃあお望みどおりその口塞いでやろうか」

こ、殺される…!?思わず腰に下げた刀を見て後退りすると「そっちじゃねェ」と怒られた。

「こっち見ろ」

「え…」

近い距離で目が合う。あまりにも近くて心臓が誤作動を起こしたかのように早鐘を打つ。狭い階段の隙間で身を捩って離れようとするとビルの壁が背中にあって、沖田さんがそこに手をついた。そしてまたこっちを見ろと言う。顔を上げると真っ直ぐな瞳がそこにあった。まるで恋人たちの束の間の逢引のような雰囲気に頭が混乱する。

「逃げないってことはいいのかよ」

「違う、」

ただその瞳がずっと、何か伝えようとしてるから目が離せなくて。銀ちゃんが迫ってきた時はビンタまでして逃げたのに、沖田さんには逆らえないのはどうして?言葉の色や空気、何もかもが銀ちゃんとは違う。他の誰とも。
親指と人差し指で顎が掴まれる。身体が言うこと聞かない。目を逸らせない。1秒たりとも。…あ、触れ、る、

「っ、沖田さんは男の人が好きなんじゃないんですか!」

「………はぁ?」

「男の人が好きだって聞いて、だから銀ちゃんに片想いして振り回されてるんだと思って…支えになりたくて」

「もういい黙れ」

立ち上がり、わたしの腕を取って立たせるとそのまま屯所に向かって歩き出した。

「土方の野郎ぶっ殺す」

「もしかして……嘘?」

「嘘に決まってんだろ騙されてんじゃねェ単純女」

なんだ、良かった。……良かった?何が?沖田さんの好きな人がだらしない銀ちゃんじゃなかったから?それとも女の人が好きだってわかったから?

「沖田さん、ごめんなさい」

「いい加減その話し方止めろ」

「だって年上だし隊長さんだし命を助けてくれた人なのに」

「その『恩人』が言ってんだ」

「じゃあ…二人の時だけ」

「…それと…屯所に着くまでにその真っ赤な顔、どうにかしとけ」

「………うん、」

わたしたち、手を繋いでる。半ば引っ張られる形だけど、隣を歩いてる。今日はポケットに手を入れてない。それだけなのにこんなにも嬉しい。近づけば近づくほど、心の奥の奥が泣きそうに痛む。嬉しいのに痛い。その理由が、わかりそうでわからない。




title by まばたき