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49.触れたいけど理由がない



「お妙ちゃん、お待たせ!」

「わたしも今来たところよ。お花見日和ね」

今日はお妙ちゃんとお花見に来ていた。というのも沖田さんがお妙ちゃんを紹介してくれてお友達になることができた。もともと仲良しだったみたいですぐに意気投合した。それで、ゆっくり話しましょうということになりお弁当を持ち寄ってお花見を開くことになった。

「この辺りかしら」

「わあ、たくさん桜が咲いてすごく綺麗!」

腰を下ろして早速お弁当を広げる。おにぎりや小さなサンドイッチにおかずは唐揚げに卵焼き。とっても楽しみで早起きして作ってきた。

「あら美味しそう!卵焼き、被っちゃったわね。デザートも持ってきたのよ」

お妙ちゃんがパカっとお重を開けて出てきたのは真っ黒な………塊?ぷすぷすと音を立てている。どれが卵焼きでどれがデザートだろう。

「…わ、焼きたて、だね」

いただきますと手を合わせて風に揺れてひらひらと落ちてくる桜を見た。

「この辺りは自然が豊かだね。朝もね、目覚ましがなくても鳥が鳴く声で目が覚めるの。外の空気や周りの人の音で時間が分かって…いつも誰かがいるから全然寂しくない。ここは素敵なところだね」

「そう感じられる姫ちゃんだからこそ、この町が素敵だと思うのよ。当たり前にあるものだと思っていればそんな風に自然の良さに気付かないもの」

優しい言葉に笑いながら何かを口に入れた。ガリ、と砂を噛んだような食感と炭のような味。慌ててお茶で流し込んだ。見た目と同じ味だった。料理が苦手なのに作ってきてもらって悪かったなぁと反省した。

「姫ちゃんのおかずとっても美味しいわ!料理上手ね」

「そんな、家でよく教えてくれる人がいたの。同じように作ってもなかなかそうはならないけど」

…家政婦の立花さん、お父さんも元気かな。突然こうなって驚いてるかもしれない。学校や友達は大丈夫かな?バイト先の子たちも………。

「姫ちゃん?大丈夫?」

「うん、大丈夫」

「ねぇ姫ちゃん、真選組はどう?男の人ばかりだから不自由してるんじゃない?心配だわ」

「そんなことないよ。みんなとっても親切で…、なんだか気を遣って貰ってるみたい。早く思い出さなきゃね。お妙ちゃんのことも」

「そんなこといいのよ。記憶なんてあってもなくても何も変わらないわ。昔のことなんてね、思い出したところで思い出なのよ。それはわたし達がちゃんと大切に持ってるから…だから大丈夫よ。無理しないで」

「…お妙ちゃん…ありがとう……」

お妙ちゃんはとても落ち着いていて優しく微笑んでくれる人。心の奥で不安に思っていることを自然と救ってくれる。

「さて、お花見といえばコレよね!姫ちゃんも一杯いかが?店から貸借して来た一級品よ!」

じゃーん!とどこからか取り出した大きな一升瓶を豪快に開けてお猪口を二つ出した。

「……少しだけ頂こうかな」

「あら嬉しい!」

「土方さんが力抜けって。もっと…楽しんでみようかな。せっかく縁があってここに来たんだから。お妙ちゃんともお友達になれたし」

「そうね。その方が何倍も楽しいわ」

カチ、とお猪口を合わせるとひらりと花びらが二つの水面に踊った。

「わあ…!」

「わたしたちの友情に、乾杯」

「ふふ、乾杯」

くいっとお酒を流し込むと身体が温かくなって、あちこちからお花見を楽しむ歌や笑い声が聞こえてきて…とても楽しい気分になった。そのうちお妙ちゃんは他の団体さんに乱入してお酒の飲み比べをしたり、お手製の卵焼きを食べさせて回ったりして大騒ぎになった。わたしもお喋りに混ぜて貰ってたくさん笑った。

「姫」

「おきたさん」

「満足したか」

「はい、とっても楽しかったです」

いつの間にか迎えに来てくれたのは沖田さんだった。どうやらわたしのお目付役をしてくれているみたいで何かとお世話になっている。ここへ来たときに初めに見つけてくれたからだと思う。忙しそうなのに申し訳ない気もするけど、それもまた巡り合わせだと思うことにした。お妙ちゃんの方は新八くんが迎えに来ていて、目が合うと苦笑しながらぺこりと頭を下げた。またねと手を振り合って帰り道を歩き出す。

「わっ、ありがとうございます」

ふらついた足元を当たり前に支え足幅を調節して隣を歩いてくれる姿を見て、外見もそうだけど女の人にとても人気があるんだろうなと思った。

「沖田さん、寄り道しても良いですか?」

「何処に?」

「あそこ」

指さしたのはわたしたちが初めて会った大きな一本の桜の木。少し早くから咲いていたみたいでもうほとんど散ってしまっているけど、終わってしまう前にもう一度見たかった。

「一緒に見たいです」

答えずに方向を変えた。両手はポケットの中。腰に刺した刀が揺れる。何を考えているのか全然わからないけど、何故か隣が心地良い。

「散ったな」

まばらになった桜の花びらが今にも風で落ちそうになっている。この、根本にわたしは倒れていたのだと教えられた。月が綺麗だったのをぼんやり覚えてる。花屑がピンク色の絨毯みたい。

「あっ、あれ」

風に押されてだいぶ高い上の方の枝からひらひらと舞ってくるひとつの花びら。両手で水を掬う形を作って受け止めようと下で右往左往していると、頭の上で沖田さんがそれを握って手の上にひらりと落とした。

「…桜の花びらが地面に着く前に受け止めると願いごとが叶うんですって」

「へぇ」

「…わたし…覚えていないけど、でも…。皆さんと一緒にいていいですか?忘れたままでも…」

問いかけには少し、沈黙があった。見上げると手の中のピンク色に目を落としていた。

「姫、手」

「手?」

言われた通り右手を前に出すと、沖田さんの小指がわたしの小指を攫った。

「お前が言ったんだろうが。約束、破ってんじゃねェ」

「約束………?」

それは、『あの頃』のわたしに宛てた言葉だと思った。小指が繋がる指切りの形。わたしと貴方は、どんな約束をしたの…?

「これで、終いにする。しょうもねぇことをアンタに当たってたのは事実だ。忘れてるわけじゃねェのに、悪かったな」

「…沖田、さん?」

「笑っててくれ、姫」

触れていた指が、手が、離れていく。わたしたちの距離も。歩き出した背中はいつもすぐそこにあって手が届きそうなのに触れるなと言われているようで………遠い。








「姫さん…!お久しぶりです!良かった…またお会いすることができて」

知らない人が当然のように名前を呼び笑いかけるのにもだいぶ慣れた。買い出しに付いてきてくれた山崎さんと町を歩いていると真面目そうな青年が声を掛けて来た。

「あ、貴方は高松さんの…!武州から戻ってこられたんですね、清次郎さん」

山崎さんとも面識があるようでお久しぶりです、お元気そうでと世間話をした後、何か耳打ちをする。そんな時わたしはだいたいにこにこしてかしこまっている。

「姫ちゃん、こちら真選組がお世話になっている町医者の高松さん。以前はお爺さんに世話になっていたんだよ」

「こんにちは」

「この度、祖父の診療所を継ぐことになりました。また真選組の方々にもお世話になります。あの…もし宜しければ今度診させていただけませんか。事故で記憶喪失とお聞きして、心配で」

「ありがとうございます。では今度お願いします」

若くて誠実そうなお医者さんだなぁと思いながら挨拶をして別れた。隣で話を聞いていた山崎さんはなんとも言えない微妙な顔でわたしたちを見ていた。

「姫ちゃん。清次郎さん、どんな感じだった?」

「とても良い人そうに見えましたけど…」

「だよねぇ」

「お使いも終わったしそろそろ戻りますか?」

「また不安要素が増えた…いっそ悪い奴ならいいのに…」

山崎さんには聞こえていないようで何か呟きながら頭を抱えている。なんの話だろう。

「あっ、そうだ姫ちゃん。少し寄り道して行こう。君のことを心配していた夫婦がいるんだ」

そう言われて連れて来られたのは昔ながらのお団子屋さん。店主と思しき女の人は目をまん丸にして驚いた。

「まぁまぁまぁ!姫ちゃん!戻ってきたんだね!おいアンタ!姫ちゃんだよ!」

またこれだ。でも…この人は心底心配していたみたいで目には涙を溜めてわたしの肩を両手でしっかりと掴んだ。ここにいることを確かめるみたいに。

「ご心配をおかけしました…」

「姫ちゃん、良かった!無事で…!本当に……」

奥から出てきた年配のおじさんも同じように縋り付いてきた。この人達はどうしてこんなに喜んでいるんだろう。

「貴女のことを勝手に娘や孫のように思っていたんだ。大変な時に何も力になれなくて悪かったね。これからは何でも言ってくれ」

「また沖田さんと二人でおいで。いつでも待ってるよ」

「…はい、ありがとうございます」

沖田さんと?隣にいる山崎さんじゃなくて?山崎さんを見るとボロボロ涙を流して袖で顔を拭いていた。お土産にたくさんお団子を貰って帰り道を歩いた。あともう少しで屯所に着く。

「荷物多くなっちゃったね。大丈夫?」

「はい。ほとんど山崎さんが持ってくれているので…。本当に助かりました。ありがとうございます」

「買い出しでも散歩でも、いつでも頼ってよ。最近はこの町も平和で暇してるんだ。特に監察の俺はね」

「警察が暇なのは一番良いことですね」

「はは、そうだね」

「……桜、散っちゃいましたね」

この間、手の中に落ちた桜の花びらも大切にしていたけど時間が経つにつれ変色してくたびれてしまった。部屋でこっそりと『沖田さんの笑顔が見れますように』って願いごとをしたけど叶わないのかな…。あれ?いつの間にか沖田さんのことばかり考えてる。

「花は桜だけじゃないよ。この町で同じ季節を暮らしていけば、色んな花が咲く。…また見たいんでしょ?沖田隊長と」

…ああそうか、わたしは沖田さんとお花見がしたいんじゃないんだ。他の人に言われて自分の気持ちに気がつくなんて。山崎さんの人を見る目が優れているのかそれとも自分が分かり易すぎる上に自分自身のことは見えていないのか。

「…花のことはあまり詳しくありません。綺麗だけど、すごく好きかと言われたら他の人と同じくらいで…本当は何だっていいんです。ただ笑った顔をまた見たいなって、思って…」

「良かった。それを聞いて少し安心したよ。あの人は、自分を守る言葉は使わない。だから君に誤解されてないか心配だったんだ」

「誤解、ですか?」

「ああ見えて本当は君のことめちゃくちゃ好きだからさ」

「…す、き?」

「もっとしつこいくらいでいいと思うよ」

悪戯っぽく笑う山崎さんはわたしの反応を楽しんでるみたいだった。

「あ、これ言ったの内緒ね」

「聞こえてるけどな」

「え」

「えっ?」

振り返ると土方さんと沖田さんがいた。見回りが終わって戻ってきたところだったらしい。

「おおおおおおおおおおおおおおきた隊長、」

「へェ?誰が誰を好きだって?」

「いや……そういう好きじゃなくてですね、いや、そういう好きでもあるかなーなんてハハハ………」

「何でもいいがとりあえず死ね」

「ギャアアアアアアアアアアアアア!!!!!」

山崎さんがコテンパンにやられている横で土方さんが落ちた買い物袋を拾った。

「…やれやれやっと戻ってきやがったな。あの煩さが」

「賑やかでなんだか楽しいですね」

「そうだろ」

「なんだ騒がしいな…おお、姫ちゃん、おかえり」

「近藤さん、ただいま帰りました」

近藤さんは沖田さんと山崎さんを見てケンカするなと怒るのかと思ったら嬉しそうに笑った。

「姫ちゃんがいるといいなぁ!みんな楽しそうで!」

ハッハッハッと豪快に笑う近藤さんにはこの光景がどう見えているんだろう。四の地固めで締められている山崎さんが苦しそうな声を出しているのに、土方さんも近藤さんも穏やかに笑っている。それにつられたのかわたしもふふ、と声を上げてしまった。

「お!姫ちゃんもわかるかい、この絶妙なツボが」

「分からないけど…みなさんが楽しそうだからわたしも楽しいです」

「真選組ではそれが一番大事なんだよ」

「…あの、お夕飯前だけどみんなでお団子食べませんか?お店のご夫婦に頂いたんです」

「ちょうど小腹が空いてたんだ!いただこう!」

「山崎、茶淹れろ」

「なんで俺なんですかぁ!こんなボロボロなのに!」

「団子屋は『おじさん』『おばちゃん』って呼んでやると喜ぶぜ」

ぞろぞろと玄関を上がっていくのについて行くと、わたしにだけ聞こえるように落ちてきた言葉があった。見上げると口元が緩んでる。…願いごと、叶ったみたい。






「…特に異常はないみたいですね」

「そうですか。ありがとうございました」

「日常生活に必要なことはしっかり覚えているし…何かきっかけがあれば思い出せるかもしれませんね。はっきりと断言できなくて申し訳ないのですが」

高松さんの診療所で頭部の検査を受けた。まだあまり設備が整っていないから精密な検査ではないけれど、所見は問題ないとのことだった。ここで過ごした記憶だけがすっぽりと抜け落ちている、断面的なものだからいつも通り生活していればそのうち戻るかもしれないということだった。

「今のところ不自由していないので大丈夫です。高松さんのこと覚えていなくてすみません」

「それこそ、気になさらないでください。僕は貴女のお陰でこうして一人前の医者になれた。今目の前にいる僕が貴女と過ごした時間の証明です」

「…そんなこと言われると…」

……恥ずかしい。真っ直ぐな目で言われて背中がかゆくなる。白衣を着た高松さんはこの間町で会った時よりも大人っぽく見えて少し緊張した。

「できれば名前を呼んで下さい。あの頃のように」

「…ち、近い…です、…清次郎さん」

少し前に出て顔を覗きこんでくる清次郎さんの眼差しに耐えきれず視線を逸らして俯いた。

「ああ失礼しました。あの冬に別れてから二年と半年…、貴女は変わらず美しいですね。しかも記憶を落としているからかあの頃より初心なようだ。可愛くてついからかいたくなってしまいます」

「あ、遊ばないでください」

「…ということは、沖田さんとは今は?」

「え?今日は一日見回りだと…聞いていますけど…?」

「……そうですか。僕にもまだチャンスがあるということか」

嬉しそうに含み笑いをする。みんなどうして沖田さんとわたしを一緒にしたがるのだろう。

「あの、わたしと沖田さんって仲が良かったんですか?」

「ええ。仲良しでしたよ。とても」

「やっぱり」

「また定期的に来てください。何か思い出す手がかりになるかもしれませんから」

「はい。よろしくお願いします」




屯所に戻ると綺麗なミルクティ色の髪をした男の人が廊下を歩いていた。沖田さん、とその後ろを追いかける。

「見回りお疲れさまです」

「おー」

「お茶淹れますか?」

「いらね」

「おやつ食べますか?」

「いい」

「肩揉みますか?」

「…………じゃあ頼まァ」

診療所で清次郎さんから『わたしと沖田さんは仲が良かった』と聞いて少し話したくて色々と提案すると意外にも肩揉みの許可が下りた。縁側に座って貰い肩に手を置いてみると見た目通りしっかりした体つきだった。力を入れてみるけど全然揉めている気がしない。

「っすごく凝ってますね…!」

「馬鹿。全然力入ってねぇだけだろ」

「おかしいなっ、これでも小さい頃、よくお父さんの肩揉みしてたのに、」

「…今頃心配してるかもな。姫がいなくなって」

「そうでもないと思います。お父さんはわたしのやりたいこと全部応援してくれるから、きっと分かってくれているはずです」

「…そこも、変えたのかもな。俺たちが」

「なんですか?」

「いや。……にしてもいつまで触ってる気でィ。撫でてるだけだろ、それ」

「違います!ちゃんと解してるのにとっても硬くて…!これ、筋肉ですか?筋肉が邪魔です、沖田さん」

「ちゃんと力入れなせェよ」

「やってる、のに!」

どんなに力を込めてもびくともしない。鍛え上げられた筋肉質の身体はどこもかしこもがっちりしていてとても女の手の平では無理だ。諦めてもいいかなぁ。

「降参です、交代してください」

「なんで俺がアンタの肩揉まなきゃなんねーんだ」

「肩揉みは交代するまでがワンセットです」

「聞いたことねェ」

苦笑しつつ縁側に座ったわたしの後ろに回ると、両端から足が降りてきてぎょっとした。沖田さんの足の間に座ってるような形になって、その上で両肩に手が置かれる。

「わ、なにこれ…」

「肩揉みだろ」

「恥ずかしいです、お父さんとちがう、」

「あの親父と一緒にすんな」

「え…いたたっ!いた、いたいです、取れちゃう」

肩の肉がつねり上げられているみたいに痛くて飛び上がった。

「脂肪だけだな。筋肉付けろ」

「いた、い、もっとやさしくしてくださいっ」

「どのくらい優しくして欲しいんでィ」

「すっごく優しくして、」

「こうか?」

「もっと」

「こんくらいか」

「もうちょっと…」

「ほぼ力入ってねぇぞ」

「…あ、気持ちいい…」

「…………」

「…沖田さん?」

「こっち見んな」

「いた、」

手が止まったのを不思議に思い振り返ろうとするとデコピンされておでこを押さえている間に隣に移動した沖田さんは太陽が傾く空を見ていた。

「…空を見るのが好きなんですか?よく見てますよね」

「癖みたいなモンでィ 」

「わたしも寝る前とかによくぼーっと見てます。今度、一緒にお月見しませんか?」

「…考えとく」

「ふふ、おやつ準備しておきますね」

「姫」

「はい」

「…明日、出かける予定はあるか」

「え?仕事ですけど…」

「そうか」

何か言いにくそうにしているのは知られたくないことがあるからだろうか。

「明日だけは…なるべく俺に近付くな」

え、どうしてですか、と問いかけたけど答えはなかった。その理由はすぐにわかることになる。



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