46.さよなら僕の流れ星
『人に愛されるために生まれてきたような女の子』
短大でそう噂されているその人を見た瞬間、恋に落ちた。
バイトに向かう途中、公園で転んだ子どもの頭を撫でているのを見た。たったそれだけだ。どこが、何がとは言葉にし難いほど鮮烈な衝撃だった。優しく包まれるような微笑みを見て、その時初めて僕にもちゃんと心臓があったということを知った。これは、夢と現実の間にあった僕の存在が化物になるまでの物語。
あの人のことを目で追うようになってしばらくすると夢を見るようになった。趣味であるSFやヒーロー映画の影響だろうと然程気に留めなかったが姫さんが店に訪れる度に強くなっていった。それは時が経つほどにはっきりと僕の身体を喰い尽くすこととなる。
『あの女が欲しいか』
『私はあの女の中にあるものが欲しい』
『ならば協力しようじゃないか。入れ物くん』
僕の胸の内を全て知り尽くしているかのように『入れ物』と呼ぶ声が囁く言葉の意味はよくわからなかったが、例えるならとんでもなく恐ろしいものに寄生されている感覚が広がっていく。やがて宿主を喰い潰されそうな巨大な力を持つ何かが自分の身体の中にいるのを確信していった。
姫さんのことを考えると………心臓が高鳴る。その笑顔を正面から受け、汚れのない美しい瞳に映ってみたい。そう想えば想うほど心臓が痛くて痛くて…この手で壊して血も肉も全て食い尽くしてしまえばいいと誰かが言う。そうすれば永遠にひとつになれるのだと。…………そうか、それなら、こんな取り柄も自信のない僕でも簡単に彼女を手に入れられるんじゃないかと、ぼくは、そうおもうようになった。まいにち、みみもとで、あくまがあまいことばをささやく。それがどんどんここちよく、なっていく。なにもかんがえられなくなって、
「…久城くん?」
「あ、はい。なんかボーっとして…寝不足ですかね」
「映画好きだもんね。これ、借りたの返すね。面白かったよ」
今日も学習塾のバイト前に寄ってくれた姫さんから渡されたのは姫さんがここで話しかけてくれた日に貸したヒーロー映画。まさか友達になって目を合わせて会話する日が来るなんて今でも夢みたいだ。
「観てくれたんですね」
「主人公も格好良かったけど…悪役の人も嫌いじゃなかったよ。本当はいい人なのにね」
「通ですね」
「感情移入しやすいってよく言われる。悪い意味で」
「純粋ってことだと思います。良い意味で」
僕の言葉でくすくす笑う姫さんがどうしようもなく綺麗で視線が釘付けになる。こんなに素敵な人を自分のものにしたいなんて思ったりしないけど……映画の主人公のヒロインはどれも姫さんのような女の子だ。綺麗で優しくてとても魅力的で…主人公はその子を守るために戦う。小さな頃からそんなヒーローになりたかった。悲しいかな現実は取り柄もないただのひ弱な男。物語の導入で殺されるような立ち位置にいるだろう。誰でもなれるわけじゃない。だからヒーローは特別なんだ。
「じゃあそろそろバイトに行くね」
「はい。頑張ってください」
「久城くんもね。………またね」
何か言いかけて、でもそのまま店を出て行った彼女の背中を目で追った。次はいつ会えるだろうか。どんな話をしたら笑ってくれるだろうか。どんな風に『殺せばいい』だろうか。
「……え?」
…なんだ?今の。殺すって?誰を?僕の心なのになぜ違う言葉が頭に浮かんでくるんだ?
『殺せばいい。手に入れたいのなら。人間は何百年も昔からそうやって来たのだから』
「……だれ、だ、お前………」
『そろそろ入れ物にも仕事をして貰わないとな。今宵は満月…。月の力は強いがその分、欠片の力も強い。やはり次元を超えて甦るのはなかなかに不自由だ。早く手に入れなければ』
「姫さんに何する気だ…!」
『その身体、私が頂こう。有効に使わせて貰うよ』
「やめ、ろ」
身体が動かない。なのに勝手に僕の足は交互に地を蹴り家に向かう。
『欠片を取り出すのに肉を裂く刃物が要るな。どこにある?』
やめろ、そんな物はない!そう叫んでいるはずなのに声は出ない。家中を乱雑に引っ掻き回してソイツが見つけたのはバタフライナイフ。以前ハマった映画の中でヒーローの少女が使っていた物で、コレクションの一つだった。
『良い物があるじゃないか』
だめだ、そんなもの持ち出して何をする気だ。
『イヴ……早く君と一つになりたい。永遠に……』
意味が分からない。イヴって、誰のことだ、姫さん、姫さん、逃げて下さい、はやく、でないと僕、貴女を……………。
物が散乱した部屋を出る際、土足で踏みつけられたDVDのパッケージがバキ、と音を立てた。心臓が踏みにじられる音と同じだった。それが僕が聞いた最後の音だった。
*
「よし、今週はこれで終わりだね。よく頑張りました」
「姫せんせー、ママがお迎え遅くなるって……何時になるかわからないって……待ってていい?」
「アイちゃんのお母さん、どこで働いてるの?」
「大江戸病院だよ」
「そこまで遠くないね。じゃあ先生と一緒に行こっか。送って行くよ」
「ほんと!?やったー!」
ありがとう!と喜んで母親に電話しているうちに身支度を済ませて塾を出た。今夜は満月。あの夜がついに来た。
考えたのはまずアイちゃんをあの橋に近づけないこと。わたしと一緒にあそこに行かなければ巻き添えをくらうことはないはず。その為にまずは彼女を母親の元に送って行くことにした。幸い、病院まではあの橋を通ることはない。
「わあ!姫せんせー月がおっきいよ!」
「ほんとだね」
「満月にお願い事したら叶うかな!?」
「ふふ、どうかなぁ」
月の神様、見ていたら…お願い。アイちゃんを守れますように。
「姫せんせーがニコニコ笑顔になりますように!」
「やだ、もしかして今日暗かった?ごめんねちょっと考え事してて」
「ううん。昨日ね怖い夢見たの。せんせーとあたしが、殺されちゃう夢」
ドク、と心臓が跳ねた。
「……え?」
「すっごく怖い夢だったからびっくりして…だから今日せんせーがいてホッとした!せんせーがニコニコ笑顔だと嬉しいから…だから毎日笑っていられるようにお願いしたの!」
「…そっかぁ。嬉しいなぁ。ありがとう。じゃあわたしもお願いするね。アイちゃんがずーっとニコニコ笑顔でいられますように」
「あはは、これで大丈夫だね!」
「うん!」
アイちゃん、あなたって本当にすごい女の子だよ。何も知らないのにこんなにも元気付けてくれる。もうすぐ病院に着く。これでやっと、わたしの願いが叶う。
「……せんせ、あそこ、誰か立ってる」
「…!」
一瞬にして頭が冷えた。アイちゃんが指差したのは病院の少し手間の駐車場。外灯から少し離れているから姿は見えないけど確かに誰かいる。まさかここまで来たの?どうして?やっぱりダメなの?過去は変えられないの?
コツ、と一歩踏み出す音。弾かれたようにアイちゃんの手を取った。
「アイちゃん、行こう!」
「俺を置いてまで会いに来た子どもがどんなもんかと思えば…ただの生意気そうなガキじゃねーか」
走り出そうとした背中にかかってきた声に今度こそ心臓が止まりそうになった。
「………うそ」
「…せんせー…?知ってる人?」
なんで、どうして。だってここは、あなたの世界じゃない。なのに……。
「泣くなよ」
「っ無理、だよ」
この一週間、一滴も溢れなかった涙が堰を切ったように溢れ出す。この人の前だと弱くなる。どうしても。
「…総悟くん」
「何でィ。姫」
何度呼んだって返ってこなかった返事。それが今、わたしの名前を呼ぶ。抱き寄せる。存在を確かめるように。
「…もしかしてあたしおじゃま虫?」
「わかってんじゃねーかガキ。さっさと建物の中に入ってろ」
「何この人。ちょっとむかつく」
「あっアイちゃん、驚かせてごめんね!えっと、この人はその、」
「カレシでしょ?あたしもいるよ。4組の松田くん」
「…は、はやいね…すごいなぁ」
「マセガキ」
「姫せんせーこんな人が好きなの?ちょっとイメージと違うんだけど」
…この二人、相性良くなさそう。どうして総悟くんって歳下の子に意地悪なんだろう。
「姫、時間がねェ。さっさと行くぞ」
「うん」
病院の入り口までアイちゃんを送っていった。事務の人に連れられて建物に入ったアイちゃんは最後に振り返った。
「お兄ちゃん、姫せんせーのことちゃんと守ってよね!」
「わかってらァ」
「アイちゃん、ありがとう!」
「ばいばーい!」
しっしと手を振った総悟くんと来た道を戻る。向かうのはあの場所だ。
「姫、手」
「…ふふ、なんか久しぶりだね」
繋いだ手の暖かさが恐怖を溶かしていく。
「あれから四週間近く経ったからな」
「えっ?一週間じゃなくて?」
「…向こうで姫が流されてから三週間。俺がこっちに来て四日。カミサマが言った通り時間の流れが違うのかもな」
「そうなんだ…四日も前から来てたんだ。総悟くんも月の神様に送ってもらったの?」
「ああ。アイツ割と適当だな」
「でもお陰で会えたね」
「確かに数日前まで戻って来られたお陰で立花の飯を食べられたのは良かった。特に南瓜の煮物」
「美味しいよね!煮汁を少なくして蒸し煮にするのが立花さん流で……って、立花さん?あの…うちの立花さんのこと?」
「ただの喋り好きなおばちゃんかと思えば…家政婦立花、炊事洗濯掃除も完璧。侮れねェ」
「…そ、総悟くんまさか…うちにホームステイしてる海外から来た男の人って………」
「そういやお前の父ちゃんめちゃくちゃ酒よえーな。そこは父親似だな」
「きゃあああ…っ!待ってよ総悟くん!なんでそんな…!酷いよ!わたしの知らないうちに!」
「俺だって偶然会ったんだ、文句言うな」
「だって、だって……!」
「色々見せて貰ったぜ。ガキの頃のアルバムから何から全部。俺の一推しは5歳のピアノの発表会の……」
「ちょっと!本当に止めて…!」
顔から火が出そうなほど恥ずかしい。まさかこの数日間ずっと実家にいたなんて予想外だ。お父さんや立花さんとどんな話をしたのか気になるけど絶対聞けない、聞きたくない。余計なことを言っていないことをただただ祈る。
「刀や武器なんざ持ってる奴はいねぇ。どいつもこいつもお前みてぇな平和ボケした顔して歩いてやがる。だが…姫が暮らしていくのには悪かねェな、この世界も」
「……総悟くん」
「ま、何言われたって連れて帰るけどな」
「いいの?帰っても」
「その為に来た。ダメなら誰がこんなとこまで迎えに来るかよ」
「…ふふ、うん。そうだね。わたし…帰りたいな。真選組やみんながいるあの世界に」
「じゃあさっさと終わらせちまうとするか。胸糞悪ィ悲劇ってやつを」
うん、と返事をして真っ直ぐ前を見た。
「………こんばんは。久城くん」
赤い大きな橋。大江戸橋。それを渡り切った向こう側に立つ男の子は昼間カフェで話したばかりの人。でももう、雰囲気や顔立ちから彼ではない人格がその身体を操っている。彼であって彼ではない。
「…姫さん?誰だいその男は…?僕との約束に男を連れてくるなんて………殺していいかな」
ゆらり。久城くんが覚束ない足取りで一歩踏み出す。
「いいか、お前は下がってろ」
「でも、」
「一度殺されといて何言ってんだ。ここでまた姫が死んだら元も子もねェだろうが。どうやらあちらさんは俺にも用があるらしい」
「………っ、わかった。気を付けて。あの夜と同じなら久城くんはナイフを持ってる」
総悟くんは刀を持っていない。案の定久城くんの手の中でバチンと鋭い刃を露出させたバタフライナイフが鈍色に輝く。
「僕の姫さんに気安く話しかけないで貰える?お前はその人の何なんだ」
「さて、何だろうなァ。こんなとこまで追っかけて来たとすりゃあ……俺もテメーの中にいる不死身のストーカー野郎と大差ねェかもな」
『……ほう?私を知っている?私は君に覚えはないが…』
声色が変わる。これは紛れもなく残夢の声だ。
「残夢お前、かなり状態良くねぇな?その人間を乗っ取りきれてねェ。いくら不死身でも次元を超えるのは得意じゃ無いらしい。…その上今夜は満月。お前の闇の力も殆ど意味を為してねェ。そのヒョロい入れ物で殺せるのはせいぜいコイツと数人の一般人くらいなもんだ」
『お前…まさか月の神の子どもか?また奴が性懲りも無く作ったアレス族か……』
「さぁな?ほら、お月様がお前を見てる。だから今夜この場で姫の中にあった欠片を取り出さずに姫をイヴと生きた江戸の世界まで飛ばそうと考えた。そうだろィ?」
『何故だ!?何故知っている!?何者だ…!?』
「残念だがそれを知る前にお前は死ぬ」
振り上げた拳は久城くんの顔面を正確に捉えた。倒れ、起き上がった時にはその顔は血塗れだった。確かに残夢が中にいるけれど身体は久城くんのものだ。人間としての能力を比べれば彼は総悟くんに体格も力も敵うわけがない。ナイフを振り上げる腕が下される前に間合いを詰めて叩き落とす。重い音と共に久城くんの苦しそうな声が漏れた。総悟くんがナイフを拾おうとするのを見て思わず声を張り上げた。
「殺しちゃダメ…!その人は残夢だけど、久城くんでもあるの…!」
「コイツに何されたか忘れた訳じゃねェだろ。こんなんお前の痛みに比べたら針で突いたようなモンだぜ」
総悟くんはこれから殺される筈だったわたしを守ってくれているってことはちゃんとわかってる。あの時受けた痛みを残夢に返しているということも。わかってるけど……でも、
「っお願い……」
「…はー……わかった。でもどうすんだ。この男から残夢を引き剥がすには殺す以外に方法ねぇだろ」
「………胸を……ナイフで……刺してくださ、い」
「久城くん!」
転がった橋の上で薄らと目を開けた久城くんは少し本来の意識を取り戻したようだった。総悟くんが言ったように残夢の力はかなり弱まっているんだ。今しかない。
「早く…、アイツが……また意識を支配する、前に…。悪魔の魂が、ここに…ある」
駆け寄ると、カタカタと震える手でナイフをわたしに手渡した。
「姫さん……僕は、ヒーローになりたかった。君の隣にいる、その人のような……みんなを救うスーパーヒーローに……。だけどもう、いいんだ。そんなものになれなくなっていい。たった一人でいい……目の前にいる貴女を、守れたら」
「久城く、」
「姫、やれ。時間がねェ」
「でも…わたしもう、力がないの」
久城くんを刺しても傷を治すことができない。もし死んでしまったらどうすればいい?わたしが生きる未来の代わりにこの人が死んでしまったら?そんなことになったら、
「…優しい、ですね…本当に。だから貴女は……ヒロインなんだ…。だから…好きに、なった」
瞳の奥が色を失って暗く侵食されていく。残夢が暴れている。久城くんが意識の中で戦っている。無駄にしちゃダメ。もう傷付けさせたくない、誰も。
「…っ、久城くん。あなたの傷は、わたしが背負うから」
両手で握ったナイフを振り上げて、突き刺した。わたしが刺されたその場所。同じ物で、今度はあなたを。
「ぐぅ…っ!!」
『……っぐ、あ、あぁ…!!!!』
ナイフを引き抜き溢れる血の中から浮かび上がったのは真っ黒に汚れた残夢の魂。素早くわたしの手がナイフを取った総悟くんが今度はそれを真っ二つに斬った。ボロリと崩れ月の光に晒されると砂のように崩れてさらさらと塵になって……消えた。
「久城くん、久城くん…しっかり!」
傷口から血が溢れて止まらない。無理もない。だって胸を刺したんだから。
「大丈夫……。姫さん、ありがとう……僕と、友達になってくれて………」
「さっきの病院に運ぶぞ」
「うん……!」
出来る限りの止血をして、総悟くんが久城くんを背負って病院に駆け込んだ。血塗れの久城くんを見て院内は何事だと騒ついたけど久城くんは息も絶え絶えに『自分が彼女のストーカーをしていて襲いかかった』と説明した。現にわたしと総悟くんはアイちゃんを送りに一度ここへ来てスタッフさんにも会っているから変に怪しまれることもなく、処置を終えたお医者さんからも命に別状はないと言われた。
「アイちゃん、帰ってて良かった。こんなところ見られたらびっくりしちゃうもんね。久城くんも……無事で本当に良かった」
「……姫、お前アイツとはただの店員と客だって言ってた筈だろィ。なんでそんなに仲良くなってんだ」
「こっちに戻ってきてから友達になったの。映画の話したりして楽しかったよ」
「はぁ…自分を殺す男と友達になる奴がどこにいるんでィ」
「傷付けちゃったけど……これで良かったと思う。記憶の中の久城くんは怖いばかりだったけど…こうやって過去に戻ってきたことで残夢に操られて暴走してたってわかったし、何よりすごく優しい人だって気付いたから」
「とんでもねェお人好しだな」
「うん」
「バカ正直」
「…うん」
「単純」
「ふふ、」
「ヘラヘラ顔」
「はい」
「帰るぞ」
「そうだね」
久城くんの病室に入ると処置を終えて眠っていた。いくつもの管が繋げられたその手を取って、早く治るようにと祈った。もうわたしには何も力がないから。傷つけてごめんね。痛い思いをさせてごめんね。わたしが久城くんの近くにいたから、残夢に目をつけられた。でもね、もうこれ以上過去は変えない。変わらなくていい。
「ありがとう。久城くんはヒーローだよ」
病院を出て、二人で大江戸橋に向かう。総悟くんがあの場所に通り道があるのだと言った。
「帰り方、知ってるの?」
「『満月の揺らめきの中』」
「……?」
橋の下を覗き込むと水面に揺れる大きな満月が写っている。
「ここから飛び降りるの?二回目だ……」
一度目は落とされたけど。
「今度は一人じゃねぇから心配すんな」
見上げると総悟くんの手がそっと頬を包む。
「総悟くん、こんなところまで来てくれて本当にありがとう。向こうで駆けつけてくれた時も…すごく嬉しかった。だから最後まで頑張れたの」
「一人で戦わせるなんてさせねェよ。これからも」
「うん…。帰ったら少しゆっくりしたいね。お散歩したりお買い物とかして、それで…またミツバさんのところにも会いに行きたいな」
「そーだな。俺もこっちで姫の母親に挨拶できて良かった」
「………まさかお墓参りにも来てた、の?」
「昨日お前が来る前に父親と済ませた」
「…もう何言われても驚かないよ」
「ちゃんと墓の前で言ってきた。姫を遠いところに連れて行っちまうけど…離れてもちゃんと家族を大切にするって。寂しい思いさせねェように努力する。父親にも託された。これで堂々とお前を拐っていける」
人の命を背負う覚悟。言葉にすることで二人の約束になる。
「うん。わたしも総悟くんのこと寂しくさせないように頑張る」
「……そういう返しを期待したわけじゃねェ」
「ふふ。……総悟くん、大好きだよ」
欲しがっていた言葉を伝えるといつものように微笑んで、同じタイミングで唇を寄せた。ぐん、と引っ張られる感覚と浮遊感。これから先の未来のことがなにも怖くないのは総悟くんが抱きしめていてくれるから。
title by 月にユダ