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41.365日だけの蜜月



「晴れて良かったね。夜から雨なんて嘘みたい」

「しばらく二人で出かけ出なかったしな」

私服を着た総悟くんとこんな風にゆっくりと町を歩くのは久しぶりのことだ。買い出しや用事で外出するわたしに何かと理由を付けてついて来ることはよくあったけどそんな時彼は大抵見回り中だったり何かしらの仕事中だったから、昨日約束をしてから楽しみで仕方がなかった。山崎さんの言う通り雨が降るなら夕方までには帰らないといけない。限られた時間の中だけれどお互いに急ぐ様子は全くなくて、のんびりと散歩するように目的地へと向かった。

「あ、あそこに水仙が咲いてる。もうすぐ他の桜も咲く頃かな。春が来るね」

「春といえば姫が来たのもこの頃だったな」

「そうだね。もう一年経つんだね」

平凡な日々を送っていた去年の今頃、酷い目に遭って橋から落とされて訳もわからないまま流れ着いて真選組のみんなに出会った春。総悟くんと気持ちが通じてたくさんの友達ができた夏。鬼兵隊の人たちとほんのひと時だけ特別な時間を過ごした秋。そして、高松さんを始め大切な人とお別れした冬。楽しかったとただ一言で表せないほど多くの出来事があった。数えきれないほど濃密な日々を重ねてきた。この町で。

「すっかり馴染んだな」

「ね。わたしもびっくりしてる」

「…ここに来ると姫が来たときのことを思い出す。ボロ雑巾みたく倒れてて、死にそうな面して毎日不安そうで、俺の後をくっついて離れなかったな」

「そんな言い方、酷いよ」

「本当に強くなったな」

「…うん。ありがとう」

「姫、手」

大きな早咲き桜の枝に登った総悟くんに手を引かれて隣に引き上げられる。たくさんの花弁が目の前に咲いていてとても綺麗。まるで自分もその一部になったんじゃないかって思うくらいに神秘的な景色だった。

「綺麗だね」

「夏にはここで花火見たよな」

「うん。花火もすっごく綺麗だった。総悟くんてば全然花火見させてくれないんだもん」

「あれは姫が悪い」

たった一年の間に起きた事だなんて信じられないほどたくさんの思い出がある。そのひとつひとつを思い浮かべながら宝箱の蓋を開けるように語り合う。また今年も一緒に見れるだろうか。二度めの春、そして巡る季節を二人で迎えたい。

「ねぇ、前に約束してくれたよね。この世界にいる間はお互いのこと、離れない…離さないって。もうひとつ約束してもいい?」

「何をでィ」

「これから先もずっと、総悟くんのこと好きでいていい?」

一瞬、ぽかんとした表情を浮かべた総悟くんが子どもみたいで思わず吹き出すとすぐに呆れ顔になった彼に額をこづかれた。

「バーカ、今頃何言ってんだ。やっぱ他の男の所に行くとか言いだした日にゃあソイツもお前も叩っ斬ってやらァ」

「うん。もしわたしが約束破ったらいいよ」

「じゃあ俺のことも殺していいぜ。つーかこんな約束意味あんのかよ」

「たまには言葉に出してみようかなって」

指切りしよう、と小指を出すとすぐに武骨な指に絡めとられた。

「ゆーび切った………」

歌うように呟くと小指に唇が落とされた。春の風に揺れる前髪から覗く紅の瞳はいつだってわたしの心を掴んで離さない。

「姫、好きだ。これからもずっと」

「……外でこんな風に言ってもらうの、照れるね」

「お前が言葉に出してみようって言ったんだろ」

「そうだね。この場所だからこそ言葉にしたいと思ったの」

繋がった手を引き寄せて総悟くんの小指にキスを返した。お互いを想うどうしようもないくらいのこの気持ちがずっとずっと、わたしたちの胸の中にあって欲しい。目の前にいる人に愛情をひとつ残らず全部あげたい。もし胸の中の気持ちが全部なくなって空っぽになったとしても、際限なくまたきっと生まれる。死ぬまで溢れ出して止まらない。それくらい、貴方のことが好き。どうすれば伝えられるんだろう。ちゃんと全部伝えられているのかな。好きって言葉じゃもう足りない。

「なんだか不思議。いつの間にこんなに好きになったんだろう。総悟くんに会う前のわたしって存在したのかなって思うくらい当たり前になっちゃった。恋って怖いね」

「姫は単純だからな」

「総悟くんはわたしに会う前もそんな風だった?」

聞かれて少し考えた後、薄く笑った。

「……よく覚えてねェや」

お前と出会う前のことなんて、と言った表情に迷いはなくて清々しいほどだった。ふと、チチチと鳥のさえずりが近くで聞こえてそちらに目を向けると少し離れたところの枝に小鳥がとまっていた。

「可愛い。鳥もお花見してるのかな」

「休んでるだけだろィ」

てんてん、とリズミカルに木の枝の上を移動する小鳥が危なっかしくてハラハラと見守っていると自分がバランスを崩して木から落ちそうになる。体重をかけていた腕が滑った。

「わっ!」

「ったく、自分の心配してろ。空を飛べる鳥が足を滑らせたくらいで落ちるわけねーだろうが」

「あ、そうか…そうだった。ありがとう」

耳元で盛大なため息をつかれてしまう。ごもっともです。小鳥を心配するより自分の方が気をつけないといけない。慎重に枝に座り直すと、総悟くんの手の甲に小さな擦り傷があった。

「その傷、今のだよね?ごめんなさい」

「こんなん傷のうちにも入らねェ」

「貸して」

両手でしっかりとその手を包んでから人差し指を滑らせて傷を治してぎゅっと握る。少し低い体温が心地良い。

「…そういえば、総悟くんの怪我を治したのって初めてこの力を使った時以来だね。全然手当てさせてくれないから」

「俺の怪我のせいで姫に苦痛を与えたくねェ。だから怪我しねぇように気ィつけてた。お陰でこの一年で戦い方も随分変わっちまった」

「その方がわたしは嬉しいよ。総悟くんがわたしに思ってくれるのと同じくらい、痛みを感じて欲しくないから」

そう言うと少しの間の後に何か決心したように口を開いた。

「…姫が来る前は…正直悩んでた。何のためにとか正義は何だとか、下らねェことが頭に浮かんだこともある。けど今ならはっきり言える。大切なモンを守るために戦ってるって。それは真選組と…姫、お前だ」

「ありがとう。総悟くん、大好きだよ。ずっと…」

真っ直ぐに胸に届くその言葉がこれ以上ないほど嬉しい。桜が風に揺れる。好きだと、大切だと言い合ったこの愛おしい時間をわたしたちは忘れることはないだろう。







「本当に降ってきたね…」

屯所に戻ってから雲行きは瞬く間に怪しくなり、夜からと言っていた山崎さんの天気予報を前倒して夕方にはポツポツと降り出した雨が地面を濡らした。それは夜に近づくにつれて次第に強くなっていった。

「数日続くそうですよ。桜流しになりそうですね」

鉄さんと乾いた洗濯物を運んでいると変わり果てた空が目に入り気分が落ち込む。さっきまであんなに清々しくて穏やかな晴れだったのに。春の天気は気まぐれだ。

「総悟くんたち、大丈夫かなぁ…」

「雨の日でも見回りなんて心配ですね、姫さん」

「前に『雨は周りからの目も誤魔化しやすいから取引に好まれる』とか言っていたっけ……」

濡れて風邪を引いたりしないか心配だ。お風呂もしっかり沸かし直してタオルもたくさん用意しておこう。

「そういえば鉄さん、最近修行はどうですか?」

「はは、未だに副長に毎日しごかれてますよ。まだ真剣を持つ許可も降りていないくらいっスけど…焦らずがんばります」

「いつも朝早くから頑張ってますもんね。でも、努力を続けることって何より大切だと思います。いつもわたしたちのお手伝いしてくれていますけど…鉄さんは立派な隊士ですよ!応援しています!」

「姫さん…!自分、もっともっと頑張るッス!胸を張って真選組だって言えるように…!」

「はい!」

その時、一瞬目の前が光ったかと思った途端ビシャーン!と大きな音が鳴り響いた。ゴロゴロゴロ………と唸るような低い音に心臓がバクバク震える。

「うわ、雷だ。こりゃあ本格的に酷くなりそうっスね………姫さん?」

「…何でもないです、びっくりして…」

「大丈夫ッスか?デカい音でしたから。こっちの洗濯物は自分やっておくんで中に戻って下さい!縁側は響きますから」

「ありがとう…お風呂にタオルを置いたら戻ります」

鉄さんの提案に甘えて洗濯物をお願いしてお風呂場に急ぐ。雷は小さい頃から苦手だ。お腹の辺りがぐちゃぐちゃに掻き乱されるように響く攻撃的な音に無意識に拒否反応が出る。次の音が鳴る前に行かなきゃ。両手で耳を塞ぎたいけどタオルを抱えているから無理だ。

ゴロゴロゴロ……バーン!!

「きゃああ…っ!」

逃げるように浴室の扉を開けて転がり込んだ。タオルが床に散らばる。両手で耳を塞いで蹲った。

「あ?姫?」

「…………え」

いるはずのない人の声が聞こえて恐る恐る顔を上げると、聞き間違いではなくて本当に土方さんが脱衣所にいた。しかもこれから入浴するらしく上半身は裸。傍らに濡れたシャツが落ちている。おまけにズボンのベルトも外され後は脱ぐだけといった格好だった。

「えっ、え?ひじかさ、?どうして?」

「あまりに酷い雨で見回り切り上げてきたんだ。流石にこんな天気じゃなぁ。お前、雷怖いのか?」

土方さんは肌を見られても何も問題ないという態度で尻餅をついているわたしに近づこうと一歩前に出たが、こちらは初めて見る土方さんの裸に刺激が強くて直視できない。

「ごめんなさい…!」

「お、おい姫!」

弾かれるように浴室を飛び出した。雷に動揺して入り口の『使用中』の札を見ていなかったんだ。覗きみたいなことをしてしまった。タオルの補充をする時は隊士さんたちと鉢合わせないように普段から気をつけていたのに。もう大人しく部屋に戻ろう。走っているとまた空が威嚇するように低く唸る。怖いし恥ずかしいし、もう嫌になってくる。

「っ、総悟くん…!」

「どーしたんでィそんな慌てて」

偶然にも通りかかった総悟くんの胸めがけて飛びついた。隊服はぐっしょりと濡れている。彼もまた戻ったばかりなのだろう。こんな時はすぐにタオルを渡して着替えを用意しないと…と思っていたのに今頭の中を占めるのは別のことだ。

「土方さんと裸の雷が…タオルもぶち撒けちゃった……もういや……」

「はあ?」

とにかく濡れるから離れろと引き離されて総悟くんの部屋に入った。水を吸った隊服を脱いで身体を拭いている間にさっきのことを説明すると予想通り『アホだな』と言われてしまった。ビシャーン!と鳴り響く轟音にいちいち丸まって耳を塞いでいるとこっちを見ろと上を向かされる。上半身にはまだ何も着ていない総悟くんが目の前にいた。

「風邪引くから服着て…」

「土方のヤローの裸見たんだろ?さっさと忘れろ。俺の身体だけ覚えとけ」

「そんなことより雷………」

「へェ」

…あ、怒らせた。そう思った瞬間畳に転がされた。あまりに速い行動になす術もなくただ荒々しいキスを受け入れるしかなくなった。

「『そんなこと』、な」

「そういう意味じゃないけど…音が」

「雷なんざそのうち止む」

「んん、っ」

昼間の甘く穏やかな時間は一体どこに行ってしまったんだろう。雨と一緒に流されてしまったのだろうか。あの桜は大丈夫かな。ゴロゴロ…と遠くで聞こえはじめた音にまた耳を塞ぎたくなるのに、押さえられた腕は動かない。

「っ、やだ、怖い」

「そんなに怖けりゃ耳塞いでやろうか?」

「…ひゃあ!」

鼓膜に響いたのはあの恐ろしい音ではなくて、ぐち、と唾液を絡ませて入り込んだ総悟くんの舌先が耳を舐める音。こうされることは苦手だって知ってるくせにわざと聞こえるように浅く呼吸をしながらくちゅりと音を立てて舌を動かすものだから、雷の音は聞こえないかもしれないけど変な気持ちになってしまう。見透かしたように着物の端から入り込んだ手が太腿を撫でた。雨に降られて濡れた髪から落ちる水滴が頬にかかる。

「やっ、だぁ…!ん、!」

「野郎の裸忘れたか?」

「っ、しゃべらないで…っ!」

「忘れたか?」

「忘れたからぁっ……!」

ならいい、と解放されてホッとしたのも束の間、今度は抱き上げられてあろうことかそのまま部屋を出てしまう。スタスタと廊下を歩いて辿り着いたのはお風呂場。土方さんはもう上がったらしく誰もいない。札を使用中にして内側からガチャリと鍵をかけてからわたしを脱衣所に下ろした。……嫌な予感がする。

「…なに、する気?」

「何って雨に打たれて冷えたからあったまろうと思っただけだろィ。姫も離れの風呂に行っても戻ってくる間にまた濡れるだろ。一緒に入った方が効率良い」

「…それは、そうかもしれないけど…一緒じゃなくても良いんじゃないかな」

「俺が風呂入ってる間にピーピー泣かれちゃ困んだろ」

「雷は音が怖いだけだから泣かないよ」

「そうだなあとは…ここでの記憶を塗り替える。とんでもなく恥ずかしい記憶にな」

言っている言葉の意味を理解して後退りする。

「…ちょっと待って、ここじゃ流石にだめだよ。みんな使うんだよ?それに気付かれちゃうし、とにかくダメ、」

「ちょうど雷の音に掻き消されんだろ。今夜は俺が最後だし後始末もちゃんとしてやる。いいから脱げ」

「待って待って脱がさないで!昼間の優しい総悟くんはどこに行っちゃったの?」

「シフト制。夜はだいたいこっちの俺。知ってんだろ。あんな声聞かされて我慢できるか」

言いながらどんどん着物が剥がされていく。ジタバタして抵抗するも逆にするりと手が滑りこんで肌の感触を楽しむように動き回る。

「きゃあ!もう、バカ!」

「へーへー馬鹿でも何でもいいけど嫌ならその格好で部屋戻れ。それができなきゃ大人しく抱かれろ」

振り解こうとすればできるくらいの強さで腕が絡まる。本気で暴れれば逃げ出せるのにそうしないのは、外の雷が怖いからじゃない。嫌だと、待ってと言いながら結局は受け入れてしまう。愛しい人に求められて拒否なんてできるはずがない。一緒にいるうちにもうそういう風に出来上がってしまっている。目の前にいる人がいれば雷の音なんて聞こえないし怖くない。すっかり冷えてしまった背中に腕を回して目を閉じる瞬間、彼の口元がふわりと弧を描いた。







雨は一週間経っても止まずにしとしとと降り続けた。昼間は太陽が隠れてどんよりと暗いし、当然夜は月も見えない。気分が落ち込んでくる。早く晴れないかなぁ。
月の神様と最後に話したあの日から、少しずつ身体が重くなっていくのを感じている。何をしても回復しない。身体に残った月の力はあとどれくらいわたしを動かしてくれるだろう。

「行ってらっしゃい。気をつけてね」

「姫もさっさと寝ろよ。体調良くねェだろ」

「うん。帰り待ってるね」

「寝ろって言ってんだろ」

いつものやり取りをして夜の見回りに出る総悟くんを送り出す。遠ざかる背中に、今夜も無事に帰って来ますようにと願いを込める。

「……総悟くん」

普段は絶対に引き留めないのになぜか追いかけて隊服を掴んだ。自分でも驚くほど本能的な行動だった。なぜだろう、もう一度だけしっかりと顔を見たかった。

「姫?」

誤魔化すように腕を引っ張ってキスをしてから離れた。

「…ふふ、なんかキスしたくなっちゃった」

「帰ったら嫌ってほどしてやらァ」

少し屈んで総悟くんも自分から唇に触れた。抱きしめて髪を撫でる優しい指が離れ、今度こそ手を振って見送った。
いつものように本を読んだ後、言われた通り早く休もうと布団を敷こうとして、ざわりと空気が波打つ感じがした。風かな、なんて思おうとした。でも明らかにわたしに向けられた意識によって動かされている黒い殺気が近くにある。

おいで

呼ばれたのは誰かなんて想像しなくてもわかる。様子を伺ってもそれが動く気配はない。ゆっくり準備させてくれるようだ。着物に着替え布団を押し入れに戻す代わりに箪笥の奥から風呂敷に包まれた『お守り』を取り出して、緩く撫でる。定期的に手入れをしていたそれを大切に懐に入れてゆっくりと襖を開けた。

「…こんばんは」

縁側の向こうで暗闇の中に紛れて佇む『その人』は、雨に濡れていた。黒いコートから水滴が滴り落ちる。肩まで伸びた黒髪が頬に張り付いて表情は見えない。

「迎えに来たよ。私の……イヴ」

そう呼ばれたことに然程驚かなかったのは、わたしの中に『あの子』の雫の欠片があるからだろうか。その名前は母親が付けた幼い頃のあだ名。だけどこの人が思い描いているのはわたしではなくて『あの子』の姿。

「わたしはイヴじゃない。まさか名前も知らないのに会いに来たんですか?」

「相変わらずいつ見ても君は美しい。本当によく似ている。もっとも中身は似ても似つかないが」

口元を歪ませて笑った真っ黒な男は、ゆらりと近づいてわたしの前に立った。

「来るのがあんまり遅いから待ちくたびれて壊れるところでしたよ、わたしの身体」

「月の神を封じるのに時間がかかったんだ。あれがいると君の力は湧き続けてしまうからね。もう月は二度と出ない……さあ、どこで死にたい?」

「向こうの世界では選ばせてくれなかったのに、やっと人の話を聞けるようになったんですね」

「あの『入れ物』は私が動かしていたんじゃない。君への愛が強すぎて暴走したのさ。内側から少し声をかけただけなのに…君を追いかけるために次元を超えてまで生き返ったというのに人間は脆くていけない。だがお陰であちらの世界で無事に処刑されて戻って来られた」

言ってる意味がよく理解できない。元いた世界で処刑された?誰に?なぜ?

「…どういうこと?」

「そりゃあ何の罪もない少女を二人も殺したとなれば処刑されてもおかしくないだろう?私はね、他殺じゃなければ生き返れないんだよ。そうそう…あの時、正気を取り戻した『入れ物』が抵抗して自害しそうになって焦ったよ」

「………待って」

二人って…そう言った。確かに、二人って。そのうちの一人は確実にわたしのこと。もうひとり、それは誰のこと?

「………アイちゃんを…………殺したの?」

「子どもを殺すのは趣味でないが、私が死刑になるには何人か死んでもらわないといけないだろう?ああついでに通行人も何人か殺したかもしれない。イヴが知ったら悲しむかも知れないな。でもきっと分かってくれるはずだ。全ては…私達の為なんだから」

吐き気がする。ぐらぐら視界が揺れてお腹の辺りが締め付けられるように痛む。さっきから頭を殴られたかのような衝撃がずーっと走り続けてる。涙が出ないのは信じたくないから。本当に何もできなかったんだ。わたしのせいで。わたしがあの日アイちゃんと一緒にいたせいで。
サー…と流れるように降る雨の音が何も映さなくなったテレビの砂嵐のようで、絶望感で思考が止まってしまいそう。だめ、精神を持っていかれたら負ける。目を閉じて深く息を吐いた。

「貴方、今日死んだ方が良いですよ」

「私は誰にも殺せない。永遠を生きると約束したから」

骨と皮しかない指がわたしに触れた。腕を掴まれたと思った瞬間、物凄い力で意識が引っ張られる感覚がして目の前の景色が色を失っていく。ぼやける視界の先で笑う暗闇を、絶対に許さない。



title by 水星