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40.わたしたちもう時間がないよ



ーーこうして竹から生まれたかぐや姫は月の輝く十五夜に空へと飛び立っていきました。さようなら、さようなら………。

「『かぐや姫とは、月のように美しく、あわく揺らめくように輝く姫という意味です』だって!これ姫姉ちゃんのことだろ?ツキノクニのお姫様なんだもんね!?」

「違うよ晴太くん、お姫様じゃないんだよ。誰から聞いたの?そんなこと」

だって銀さんが…と答える晴太くんにああ、と納得する。銀ちゃんは本当にこの子に適当なことしか教えないんだから。だからわたしがこうしてひのやで晴太くんの勉強を度々見ることになっている。もともと頭の回転がいいから少しコツを教えればすぐに基礎は理解できる。賢い子だと思う。

「じゃあ姫姉は『命を長らえる不死の薬』は持ってないの?かぐや姫が別れ際にお礼だって渡したやつ」

「ふふ、もちろん持ってないよ」

「勿体ないよね、お爺さんも帝もせっかく貰った『不死の薬』を捨てちゃったんだって!おいらならすぐ使うよ」

「どうして捨てちゃったんだろうね」

「えーっと、『かぐや姫がいない世界で長生きしても仕方ないと言ってその薬を燃やしてしまいました』だってさ」

「そっかぁ…きっと寂しかったんだね」

晴太くんの手元にある本を覗き込む。かぐや姫ってあまりしっかり読んだことなかったけど不思議なお話だなぁ。月に帰ったらもう二度とお爺さんとお婆さんに会えないのかな?せっかく出会えたのにそんなの寂しいなぁ。…ほんの少しわたしに置かれた状況に似てる気がする。月の国、不死という言葉…思い当たる節がある。なら最後に辿り着くのは、別れ?…まさかね。こんな童話にさえ自分を重ねるなんてどうかしてる。

「あんた達そろそろお茶にしないかい?」

「日輪さん、ありがとうございます」

日輪さんが持ってきてくれたお茶とお菓子を受け取りながら和室に上がるのを手伝うと晴太くんが自慢げに本を見せた。

「母ちゃん!今感想文書いてんだよ!かぐや姫の!」

「かぐや姫?ああ、竹取物語のことかい。懐かしいねぇ。私もよく聞かされたもんさ。求婚者に無理難題を言いつけてバサバサと切り捨てる姿に痺れたね」

「みんなズルしたり嘘を言うからだよ。男はセイジツじゃないとね」

「おやアンタにしちゃあまともな事を言うようになったじゃないか。さては寺子屋に好きな子でもいるのかい」

「ばっ、!いっ…!いねーよそんな奴!それより姫姉がかぐや姫ならこの『帝』って沖田さんのことだよね〜」

「えっ?わたし?」

思春期だなぁと思いながら会話を聞いていると、晴太くんは好きな子の話題を誤魔化して矛先をわたしに向けニヒヒと無邪気に笑う。さっきまで焦って赤くなっていたのに瞬きひとつの間に悪戯っぽく笑ってたりする様は微笑ましくてかわいい。それにしてもどうして晴太くんが総悟くんとの関係を知っているんだろう。

「晴太くんいつの間にそんなこと……まさかまた銀ちゃんが変なこと言ったんでしょ?」

「別にぃー?おいらは姫姉と沖田さんが町で所構わずイチャイチャくっついてるとか言ってたのを聞いただけだよ?」

「もう!あの人は子どもになんてこと教えてるの!はぁ、晴太くん、銀ちゃんの言うことは半分冗談なんだからあんまり騙されちゃダメだよ」

「はあーい。でも姫姉にとって大事な人って沖田さんなんでしょ?それは違うの?」

「…、そう、だよ。総悟くんが一番大切な人だよ」

「はは、姫姉赤くなってる!」

「あんまりからかわないで」

「いいねぇ。そう言える相手がいるって素敵なことだよ。ああでもあんた達の噂はここまで届くね。二人とも絵に描いたような美男美女だからねぇ」

「吉原まで?そんなこと言われたら外に出られないです」

「はは、活気付いて良いじゃないか!未来ある若い子達が幸せな顔して歩ける町、それ以上に平和な町があるかい?」

「…そうですね」

「幸せは人に伝染するんだよ。分け与えてあげな」

「はい」









「綺麗……」

ひのやからの帰り道、一人になりたくてお迎えを断ってゆっくりと歩いて帰った。だんだんと暖かくなってきた陽気が心地良くて遠回りして歩いていると大きな桜の木を見つけた。遠くからでもわかるそれに引き寄せられていくうちにそこは、この世界に来たときにわたしが倒れていた木だと気づいた。

「桜の木だったんだ」

この時期、まだ他の桜は咲いていない。たった一本だけ一足先に満開の花を咲かせるこの木は早咲き桜だろう。少し濃いピンク色が優しい風に揺れる。総悟くんのお気に入りの場所。わたしの第二の人生はここから始まったのだ。
ふと、知った香りが届いたような気がした振り返ると、編笠を被った男性がこちらに向かって歩いて来ていた。周りに人がいないのを確認して、声をかける。

「お花見ですか?」

「あァ…ちぃと早かったが江戸には立派な早咲き桜があるからな」

「高杉さんも知っていたんですね、この桜」

ざり、と草履が地面を踏み締める音がした。編笠の下で鋭い瞳をギラギラと光らせながら桜を見上げるその横顔は素直に凄艶だと思う。

「今日はひとりなんですね」

「…万斉に会いたかったのか?」

「そういうわけじゃありません。元気かなって思っただけ」

「奴とやり合ったらしいじゃねェか。あの男が押し負けるなんざお前も相当肝が座ってるようだな…そうでなきゃ図々しく船にひと月もいねェか」

違うって言ってるのに、この人はどうもわたしの話を聞いてくれない。

「わたしはまた子さんに会いたいです。よろしく伝えてください。いつかお買い物とかしたいなぁ」

「叶うのはいつになるだろうな」

「高杉さん次第でしょう?わたしはいつだってここにいるんだから」

喉の奥で楽しそうに笑う。昼間にこうして江戸を歩いてまでこの桜を見にきたのだろうか。

「そろそろ迎えでも来るんじゃねぇか」

「…迎え?どうしてわかるんですか?」

「俺にはお前が透けて見えるぜ」

そう言われて胸の奥がヒュッと冷えて思わず手のひらを見た。透けてないじゃないですか、驚かせないでと言おうとしたのに言葉は声になる前に消えた。

「迎えってもしかして…」

「江戸にいるらしいな、お前が探している…不死身の『奴』が…かぐや姫を迎えに」

「大丈夫です。逃げる気もありません。…でもこっちからは行ってあげない」

「理由がありそうだな」

「罠にはまるよりかける方が楽しいじゃないですか」

「クク、てめぇのそういうところは気に入ってる」

ふと、高杉さんが桜から目を逸らしてわたしを見下ろした。桜の花びらがとてもよく似合う。

「残夢が近くにいるって知って教えに来てくれたんですか?」

「どうだかな」

「…綺麗ですね」

桜の花びらがひらりと舞う。風に乗ってふわりと空に舞い上がって、そしてゆっくりと地面に落ちる。

「桜は散る瞬間が一際美しい」

「………はい」

満たされていくような…それでいて何かを失ってしまいそうなこの切ない気持ちはなんだろう。落ちていく花びらのひとつひとつが無くしてはいけない大切なもののように見えてくる。地面に散って踏み潰されて終わっていく短い命が自分と重なった。だめだ、また下らないことを考え始めてる。胸が苦しい。重く広がる痛みはあの人が近くにいる証。

とぼとぼと帰り道を歩きもう少しで屯所に着くというところできっとわたしを探しに出てくれていたであろう総悟くんがいた。

「どこに行ってた?なかなか戻らねェから心配してた。お前、そろそろ一人で出歩くの止めろ」

「…ごめんなさい」

素直に謝ると片眉を上げてまじまじとこちらを見下ろした。そして何かに気がついて耳の辺りの髪をそっと摘んでそれを見せた。

「早咲き桜か」

髪についていたんだろう。ひとひらの桜の花びらが総悟くんの手のひらに乗っていた。

「桜が綺麗で遠回りしちゃったの」

「それにしちゃあ表情と言葉が一致しねェな。それに……俺の嫌いな匂いがすらァ。なんかされたか」

「されてないよ。一緒に桜を見ただけ」

「じゃあなんでそんな面してんだ」

「……せっかく咲いた綺麗な花が散るのが、さみしいと思ったの」

桜の花びらをわたしの手に乗せて握らせる。

「花は枯れる。でも命は木に宿ってる。必ずまた咲く」

「……そうだね」

踵を返して屯所に向かうその背中を、自分の足で追いかけた。

「総悟くんと見に行きたいな。早咲き桜」

「高杉と花見した後に俺を誘うのかよ」

「今日は下見」

「物は言いようだな」

「…手繋いでいい?」

「ダメって言ったことあったか?」

「気分じゃない時もあるかなって」

「姫は?」

「そんなこと思ったこともないよ」

「ならそれが答えだろィ」

花びらを包むようにして手を繋いだ。二人の手の間にある花びらの存在が、大丈夫だよって言ってくれた気がした。

その日の夜は暖かくなってきたから久しぶりに縁側で本を開いた。

「何読んでんだ?」

「かぐや姫の話だよ。帰りに本屋さんで買ったの」

「かぐや姫ねェ…」

本を見せるとはじめから読みはじめた。子ども向けだからそんなに時間もかからず読めるしイラスト付きで可愛い。昼間晴太くんの勉強を見て気になって買ったものだ。月明かりが隣に座った総悟くんの髪を輝かせる。綺麗だなぁ。思うままに触れてみるとお風呂に入ったばかりでまだ少し湿っていた。総悟くんが字を追っている間、キラキラ輝く髪を手で梳いていた。

「姫みてェだな」

「わたしも少しそう思ったんだ。別の国から来たってところとか」

「『月のように美しく輝く姫』」

「そこはどうかなぁ……、」

わたしが月のように輝いているなんて、そんなことない。見上げるとそれはまあるく光ってわたしたちを見下ろしていた。ほら、こんなに明るい。何度見上げてもそこにあるもの。例え雲に隠れても見えていないだけで変わることなく常にそこにある。暗闇を照らすひとつの希望のようで安心する。

「総悟くんて月みたいだね。いつも優しくてあったかくて、キラキラしてて…側にいてくれる」

「前は天使とか言ってたのに今度は月か。俺をそんな綺麗なモンに例えるのは姫くらいだぜ」

「いいの、わたしだけでも」

総悟くんはとても綺麗で、澄んでいる。これは本当に心からそう思う。

「わたし…星になりたいな。総悟くんが月ならわたしはその隣で輝く星になりたい。月の姫とか、治癒の力とか…そういうの全部無くなって、何にもないわたしになったとしても総悟くんの光が照らしてくれるって信じてる。たくさんある中のただのひとつの星でいい、ずっと総悟くんに寄り添っていたい」

「…姫?」

「わたしの全てはね、総悟くんが照らしてくれたの。総悟くんはわたしの光なの」

だから、本当は総悟くんが月であるべきなの。長い長い争いに憂いた月の神様が零したひとしずくの涙から生まれたアレス族。殺されて消えた遠い遠いご先祖様。一度殺されたわたしは、残夢が消えたらどうなるんだろう。

「…なんで泣くんでィ」

「なんでだろう、かぐや姫のお話が悲しかったからかな」

「お前、ここのところ不安定だな」

本を閉じて縁側に置いた総悟くんがわたしの名前を呼んで手を伸ばすのを見て同じようにする。ぎゅうぎゅうくっついて、ひとつになってもう離れなければいい。

「総悟くんがお月さまになれますように」

「オイ俺を勝手に殺すな」

「ずーっと輝いていますようにって意味」

「なら初めからそう言えばいいだろ」

「そしてわたしもお星さまになれますように」

「だから殺すなって」

「ずっと総悟くんの隣にいられますようにって意味」

「…わかったわかった」

呆れた声で頭を撫でてから、冷えるから部屋に入れと促され立ち上がると、『その声』が頭に響いた。

『久しぶりだね』

その瞬間、わたしの目の前には何にもなくなった。真っ白な空間にわたしひとりだけが立っている。いや、立っていないかもしれない。とにかくふわふわと揺れて漂っている感覚。

「ここは…?総悟くん?」

『長く一人にして済まなかったね。彼の闇の力に侵食されてしまったんだ。もう…力が少ない。君に語りかけることはできないかもしれない。よく聞くんだよ』

「あなたは……月の神様?」

実態はない。声だけが聞こえる。その声は包まれるように
優しく、脳に直接囁かれているかのよう。どこを見ても真っ白な部屋に響く『神様』の声。

『ここに存在する君の身体は、君の魂に私の力を吹き込んで形を作ったものだが…もう限界が近いみたいだ。君のいた世界で彼から受けたその傷を介して身体が闇の力に侵食され始めているのを感じているだろう?痛みに耐えているのを知っているよ』

もうずっと前から悪夢を見る。あの人の顔が浮かぶ。

「…わたしの身体、あまり時間がないんですね」

『彼の中にある『あの子』の雫を壊すには強い力が必要だ。…君自身の力を彼に注ぐんだ。器に対して大きすぎる力は衝突してやがて壊れるだろう。だが気をつけて……君の中にあるあの子の雫のかけらを取られれば彼は今度こそ……永遠の力を手に入れる』

「神様、残夢を殺したらわたしはどうなるの?それに『あの子』って誰?わたしは本当にその人の生まれ変わりなの?」

『あの子は…奴の……』

「姫!」

名前を強く呼ばれて気がつくと総悟くんが心配そうにわたしを見下ろしていた。あれ、神様……、もう終わっちゃったんだ。もっと聞きたいことがあったのに。

「月の神様がね、残夢のころしかたを…あれ?」

ふらりと足元が揺れて咄嗟に総悟くんが支えてくれた。力が入らない。月の神様との話はだいぶ体力を使うらしい。それとも、神様の力が離れたから?

「大丈夫か?突然ぼーっとして電池切れみたく動かなくなったぞ」

「電池……」

わたしの身体、月の神様の力でできた作りものだったんだ。そうだよね、だってわたし本当はもう死んでるんだもん。よくよく考えればそんなに驚くことではないのだ。
『命を蘇らせてはいけない』と言ったのはかつてアレス族だった月の光たちだ。それは月の神様でさえも覆せないはず。わたしは確かにここに存在しているけれど命そのものは蘇ってはいなかったんだ。あちらの世界から持ってきた魂に、入れ物を作ってもらって月の光で動かされているだけ。そんな当たり前のこと、どうして今まで気がつかなかったんだろう。でもそれが今、神様の力さえも陰りそうになっている。このまま神様の力が弱まればわたしの身体も朽ちていくのだろう。
たったひとつしかない命。残夢は何度も生まれ変わってまで、何を求めているんだろう。『あの子のは奴の……』そう言った神様の続きはもう聞けそうにない。

「姫、どうした?」

「…夜から……月が消えたらどうなると思う?」

「そりゃあ、真っ暗だろ。……曇ってきたな。幽霊でも出そうで怖いか?」

「ううん…」

オバケより幽霊より、あなたを好きでいられなくなることの方がよっぽど怖い。残夢に殺されるのが先か、わたしの身体が壊れるのが先か。どちらも選びたくないからもがき続けたい、最後の瞬間まで。










お使いで美味しいと評判のドーナツを買った。その後に寄ったスーパーでマヨネーズの特売があったからまとめ買いしてしまい両手いっぱいの大荷物になってしまった。仕方なくお迎えを呼んで公園のベンチで待っていると、いつの間にか女の子が隣に座っていて驚いた。空いているベンチはたくさんあるのにわざわざわたしの横に座ったその女の子は藍色の長い髪を風に靡かせて真っ白な服を身に纏っていた。その赤い瞳がじっと見つめているのは一点。わたしの膝の上に乗せられたドーナツの箱。

「……………」

「………あの…おひとついかがですか?」

沈黙に耐えられず声をかけてしまった。お使いの物なのに怒られちゃうかな。でも絶対に欲しがってる。なんにも言わないけど伝わるくらいにそれを凝視している。箱を開けて差し出すと無言でひとつ手に取って暫し見つめた後、ぱくりと齧り付いた。咀嚼する度に幸せそうに目が細められていく。喜んでいるみたい。

「もうすぐおやつの時間ですもんね。小腹空きますよね」

返事はない。言葉を口から出さない代わりにドーナツが入っていく。綺麗な子だなぁ。そして独特な服装だ。どことなく造りが真選組の隊服に似ているような気がする。彼らと関係があるのだろうと確信するのは、腰に下げられた二本の刀。

「守りたいものがあるんですか?それとも、壊すため?」

「理由がなければ刀を握ってはいけないの?」

初めて発した声は独り言のように小さく呟かれた。残ったドーナツのかけらを口に入れると立ち上がる。動きに合わせて刀が揺れる。

「貴女は理由がないと武器を持てないの?」

「ええと……」

「人を殺したことのない貴女に分かる話じゃない。興味本位で詮索しないで」

「ごめんなさい。ただ、…格好良いって、素敵だなって思ったんです。わたしも貴女のように刀が使えたら、良いなぁって。ただそれだけです。本当に…何も知らないのに気を悪くさせてごめんなさい」

「……変な子」

初対面でそう言われるのもいよいよ慣れてきた。どうしてこう考えなしに思ったことを言ってしまったのか後悔する。女の子が刀を下げて歩くなんて、何かあるに決まっているのに。
ドーナツ、お詫びにもう一つどうですかと言うと素直にまた隣に座ってくれた。

「一般人の貴女がどうして刀を使えたら、なんて思うの?」

「………待つのが、不安で…押し潰されそうな日があるから」

「敵と味方、どちらを待っているの」

「…どちらも、かもしれません」

「待つ側の気持ちなんて知らないけれど…貴女はそれで良いのよ。少なくとも…刀を持つ器じゃない」

「器、ですか…」

「何かを傷つけて平気な顔してドーナツを食べていられる女の子じゃないってこと」

冷たい目をこちらに向けて話すその女の子は、わたしにはないものを確かに持っている感じがして身震いした。

「なぜ貴女が『待たされて』いるのかよく考えることね」

携帯の着信音が響く。わたしは持っていない。この子のだ。さほど気にする様子はなくそれを無視すると立ち上がって今度こそ歩き出した女の子の背中は背筋が伸びて迷いがない。

「ドーナツのお礼にもし次に会うことがあったら一つだけ言うことを聞いてあげる」

「貴女の名前は?」

「今井信女」

「…信女さん」

遠ざかる背中は振り向かず消えた。


「おお、こりゃあよく買ってきたな!重かっただろ!」

「つい買いすぎちゃいました。山崎さんが来てくれなかったら帰れませんでした」

「はは、これでしばらくトシもマヨネーズに困らないな!」

「近藤さん、お使いのドーナツなんですけど…二つ減っちゃいました。ごめんなさい」

「ん?多めに頼んだから問題ないが…途中でお腹空いて食べちゃったのかな?」

「うーん…そんな感じです。ちょうどお腹空かせていた子がいて」

「それならちょうど良かったよ。気にしなくて良い」

近藤さんはいつも笑っていて話すと元気になる。お妙ちゃんのことを話題に出すと本当に嬉しそうにしてるのに、なかなか気持ちが伝わらないらしい。お似合いだと思うのになぁ。お妙ちゃん本人や神楽ちゃんには「有り得ない」と言われるけど。

「姫ちゃん、今日で良かったね。明日の夜から雨らしいよ」

「山崎さん運んでくれてありがとうございました!雨だと桜が散っちゃいそうですね」

「桜?もう咲いてたっけ?」

「赤い橋の近くの、早咲き桜です」

あそこか、と思い当たったようで山崎さんが手を打つ。

「毎年綺麗に咲くよねぇ。明日、雨が降る前に沖田隊長とお花見して来たら?確か昼までは晴れるはずだから」

「誘ってみます。もし行けたら行ってきます」

「あの人が姫ちゃんからの誘いを断る想像ができるのは君だけだよ」

「お仕事かもしれないじゃないですか」

「今更仕事を優先するような人じゃないって」

姫ちゃんからの誘いを断るわけないと断言して仕事に戻っていった。せっかくあんなに綺麗に咲いてるのに明日は雨なんだ。ちょうどお花見しようねって言ったところだし、確かに明日行くのが良さそうだ。そうと決まれば総悟くんはどこにいるんだろう。近藤さんや山崎さんに聞けば良かった。
広い屯所の中ももうどこに何があるか分かっているし隊士さんの部屋も覚えている。そして、彼がどこにいるかの検討もおおよそつく。外に出ていなければわたしの部屋か自分の部屋で寝転んでいるか、土方さんに悪戯をして追いかけ回されているか。

「てめぇェェェェ今日こそは許さねェェぞ!!」

「俺はアンタの体を心配してやってんでさァ。毎日毎日あんな犬の餌食ってたら早死にしますぜ。俺がとどめを刺すのに病死なんてされたら困りまさァ」

「だからってマヨのキャップにアロンアルファ付けるこたねーだろどうすんだこれェェェェェェ!!!!」

ドタドタドタと騒がしい足音が聞こえる。たくさん買ってきたマヨネーズは総悟くんのお陰で早くも消費されてしまいそうだ。マヨネーズが無駄になるようなことばっかりするのも困りものだ。

「総悟くーん!明日、お花見しませんか!」

土方さんに追いかけられて走っている総悟くんに声をかけるとわたしに気付いて進路を変えた。えっ、こっちに来なくてもいいのに。物凄いスピードでこちらに向かって走ってくる二人。わたし、走るべき?おたおたしていると速さを緩めずに突っ込んできた総悟くんがわたしの身体をひょいと横抱きにしてお姫様抱っこした。そのまま走るものだから急に世界が高速で流れていく。

「ちょ、っと、なんでわたしまで!」

「向こうから『お姫様抱っこして』って言ってただろ」

「そんなこと一言も言ってないんだけど…」

「花見するって?」

「そう、明日夜から雨なんだって。散っちゃうまえに、早咲き桜見に行こうって………聞こえてたんじゃない」

「昼間なら行ける」

「良かった」

「オイお前ら何デートの予定立ててんだとりあえず止まりやがれ!!」

「姫、これ押せ」

器用にポケットから出して渡されたそれにため息が出そう。普段二人の時は意地悪だけど落ち着いていてとっても格好良いのに土方さんが相手だとどうしてこうやんちゃなんだろう。これもギャップっていうのだろうか。そして言われたようにマヨネーズのボトルを力を込めて押してしまうわたしもまた、呆れながらもこの二人のやり取りを楽しんでしまっている。
ぶちゅううと廊下にぶち撒けられたマヨネーズはその滑りの良さで見事土方さんの足を床に絡めドターンと大きな音を立てて派手に転んだ。

「……姫、お前……」

「あとでちゃんと拭きますので…!」

尻餅を着いてヒクヒクと口元を震わせて怒りの頂点を迎えそうな土方さんを置いて部屋に着くとようやくお姫様抱っこから解放されて畳に足を着けた。

「あんまりイタズラしちゃダメだよ」

「お前も笑ってたの見られてたぜ」

「わたし、笑ってた?」

「すげェにこにこしてた」

「それは明日のお花見が楽しみだから」

「いーや、土方のヤローが盛大にずっこけるの見て笑ってた」

「……白状します。とっても楽しかった」

「ほら見ろ」

「ふふ、だって総悟くんがマヨネーズなんか渡してくるから」

「マヨネーズにはマヨネーズだろ」

「だって意味わからないし、土方さん怒ってるし、総悟くん毎回ほんと良くやるなって思ったらもう…あはは」

なんか変なツボに入って笑いが止まらなくなってしまった。楽しいなぁ、こんな風にくだらないことで…なんて言ったらまた土方さんに怒られそうだけど、こうして遊んで、笑って、楽しいねって話ができる今が、とても幸せだなって思う。
その後食堂で顔を合わせた土方さんにはお詫びとしてデザートを追加しておいた。もちろんそれにたくさんのマヨネーズをかけて食べているのを見て、いつもクールな土方さんがマヨネーズに足を滑らせた姿を思い出してまた笑いそうになってしまって、それを堪えるのに必死だった。




title by えいぷりる
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