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38.溺れる光



「最近アンタの客で怪しい薬持ってる男は来たか」

「来てないけど、噂は聞いたことあるわ。『キャンディ』のことでしょ?トリップすると天にも登るほど気持ちいいんですって…わたしも試してみたいわぁ」

「そうかィ、邪魔したな」

「あらお兄さんもう帰っちゃうのぉ?せっかく来たんだもの楽しんでいってよ」

「生憎俺は普通の女じゃ満足できねェんで」

静止する女の声に振り向かず店を出る。くそ、また無駄足か。これだけ何も出てこないとなると、出所は歓楽街じゃねェのか。夜も遅いというのにごった返すこいつらは一体どこから湧いて出てくるんだ。さっさと帰って寝ろと唾を吐きかけてやりてェくらいには機嫌が悪い。

どこぞの天人の組織から持ち込まれ『キャンディ』と愛称の付けられたその薬物はかぶき町を中心にじわじわと広がりつつある。ただのキャンディなら良いものの本来天人向けに作られたそれは一度口に入れば人間には耐えがたい中毒症状を引き起こす。多量摂取により禁断症状を起こして錯乱、自ら命を経つ者が出たほどだ。このままでは中毒者が増え続ける。病院に運び込まれる被害者たちはとてもじゃないが話を聞けるような精神状態ではなかった。回復もいつになるかわからない。これだけ深刻な被害を出した今、一刻も早く出所を掴まなければならない。注意喚起のため明日にでも大々的にニュースで取り上げられるだろう。
薬物をばら撒く天人組織の目的は人間をターゲットにして依存者を増やし自らが取り仕切る風俗店の売り上げを伸ばすためと高額で薬物を売りつけることで多額の利益を得るためだろう。腐った化け物共だ。ここまでわかっているのに肝心な薬物の取引現場を押さえることができていない。製造工場どころか現物さえ出てこない。あと一歩のところなのに足止めを食らっていた。

「…姫」

呟きは夜の騒音に掻き消された。ここ数日かぶき町の聞き込みに回っているため姫との時間が取れていない。その上山崎が聞いてもない姫の様子をいちいち報告してくるもんだから俺の苛々はそろそろ限界値に達しようとしている。俺がいない間に土方コノヤローと二人で出かけてあの犬の餌食わされたとか聞いた日には奴を燃やしてやろうかと思ったがその前に今はこっちを先に片付けなければならない。土方の野郎も夜の聞き込みには出ているものの俺と同じく有力な情報は掴めていない。余程うまく薬をばら撒いているらしい。ここでの聞き込みは一旦締めた方が良さそうだと判断して屯所に戻ってきた。今夜は比較的早く帰ることができたが起きているだろうか。
彼女は毎夜女の匂いを漂わせて帰る俺に何も言わなかった。仕事とわかっているとはいえ不安なはずだ。だがこの薬物事件について姫に言わなかったのは『中毒になった人を治したい』とか言い出しそうだったからだ。お人好しのアイツのことだ、病院まで走っていきかねない。とにかく今は早くあの純粋無垢な笑顔を抱きしめて甘やかしてやりてェ。空き部屋に囲まれた部屋の襖を開けると、思い描いていた姫の姿はそこになかった。血の気が一気に引いていくのがわかった。

「姫!どうした!何があった」

彼女は部屋の入り口で倒れていた。なんとか這ってきたのだろう。うつ伏せで激しく肩が上下している。どう見ても普通じゃない。細い身体を抱き上げるとひどく汗をかいていた。

「姫、わかるか?」

「…そうごく……そ、うごくん」

弱々しく瞼を開けて俺を写した瞳から涙が溢れ落ちた。頬は赤く高熱があるかのような状態だ。どうしたと聞いても俺の名前以外の言葉を忘れたのかのように繰り返すだけ。
ふと、机の上に置かれたひとつの飴玉が目に入る。青い、飴。そして空の包みと床に落ちた半分溶けている赤い破片。まさか、これは……。
顎を持ち上げて無理矢理指を入れて口を開けさせる。奥に覗く舌を確認すると、苺味のかき氷でも食べたかのように真っ赤な色がついていた。『キャンディ』の中毒者の特徴だ。赤い舌、ないしは青い舌。青い舌の者は暴力的になり痛みを感じることなく体力が続くまで暴れ続ける。そして赤い舌の中毒者は……早い話が媚薬に侵されたようなもので人の肌を求めずにはいられなくなる。風俗店への客向けに作られているものだ。最悪だ、姫の口に例の薬物が入ってしまった。

「クソが、」

姫を抱いたまポケットから携帯を取り出して近藤さんに繋げる。確か見回りに出ているはずだ。事の次第を手短に伝えると電話口で息を飲むのがわかった。

「現物がここにありやす、だが今の姫の状態じゃどこで手に入れたかわかりやせん。薬が抜けるまで時間がかかりそうでさァ」

『わかった!ザキにブツを取りに行かせる、とにかく総悟は姫ちゃんについててくれ!』

すぐに山崎が部屋に来て青い薬と姫が吐き出した赤い薬を小さなビニール袋に入れて持ち去った。その間、俺の腕の中で苦しそうに呼吸をする姫の姿を目に入れることはなかった。山崎なりの配慮だろう。「姫ちゃんを頼みます」と言い残して出ていった。

「『キャンディ』とは言うが…まさか本当に飴だとはなァ」

なかなか見つからないはずだ。いくら『怪しい薬』を探したところで出てくるはずはない。飴玉なんて誰が持っていてもおかしくない物だ。よく考えたモンだ。そしてそれをほとんど一人になることがない姫が持っていたとすると、考えられるのは知り合いの誰かから貰ったか売人から直接受け取ったかのどちらかだ。後者であれば白昼堂々、無差別に配られているということ。足がつかないように少しずつ場所を変えているに違いない。

「はぁ、そうごくん、」

「どうした?」

「…おかえりなさい、」

半刻ほど浅い眠りに落ちていた姫が目を覚まし息も絶え絶えに何を言うかと思えばそんなどうでもいいことを、と口に出そうとしてやめた。毎晩遅い俺の帰りをいつだって笑顔で迎えてくれる姫は、きっと今夜もこの言葉を言うのを待っていたはずだ。

「…ただいま」

引き寄せられるように唇にキスを落とす。触れた瞬間、姫の身体はびくりと過剰に震えた。少しずつ意識がはっきりしてきているとはいえ、口腔粘膜から急速に吸収された薬の効果はすぐには消えない。今はそれが引くを待つしかない。神経が必要以上に過剰に反応する状態が続くのは辛いだろう。か細い声が総悟くん、と熱い息を吐く。

「あついの、どうしよう…なおる?」

「強い薬だが幸い姫が飲んだのは半分だ、その分回復も早ェとは思うが…こればっかりはわかんねェな。俺が留守にしてたせいだ」

「だいじょうぶ…舌が、びりびりして…熱くて…からだがへんなだけ」

「全然大丈夫じゃねェな」

頭を撫でるだけで耐えるように目を伏せた。眉根を寄せて快楽を我慢している様は情事を思い出させる。このままだと俺の方がやましい気持ちになりそうで手を下ろそうとすると甘えた声が引き留めた。

「やだ、触ってて…、」

「…姫、お前が飲んだその薬には媚薬の効果がある。あんま刺激したくねェんだ」

「…びや、く?だから熱いの…?」

「そうだ」

「だから…そうごくんのこと欲しいの?」

「待て、やめろ。こんな形でお前を抱きたくねェ」

「うそ、ほんとは…めちゃくちゃにしたいくせに」

「……待ってくれ、」

こんな誘い文句、応えてやりたくなるだろうが。舌ったらずな話し方が可愛くて、薬に侵されてこんな状態になっているだけだというのに普段こんな風にあからさまに誘ってくることのない姫からの積極的な誘惑に負けそうになる。

「ずっと待ってたのに…女のひとと会ってる総悟くんまつの…さみしかったんだよ…まだ待たなきゃ…いけないの?」

そんなことを涙ながらに言われたら突き放せない。薬で赤く染まった舌が俺の首元を舐めると、チクリと針を刺したような刺激があった。粘膜を通して多少移るのか。そのうちそこがじわりと痺れ熱を持つ。なるほど、こりゃあ中毒者が出るのも頷ける。姫の汗ばんだ身体はもう熱を逃したくて仕方ないと訴えていた。潤んだ瞳が期待を込めて俺を見上げる。惚れた女からのこれ以上ない懇願にぞわりと腹の中から這い上がってくるのは支配欲と征服欲。

「熱いの…たすけて……」

おねがい、と囁いて縋るように桃色の頬を寄せる姫の顎を人差し指で上げさせた。

「降参だ」

それが肯定の言葉だと理解すると心底嬉しそうに顔を綻ばせた。赤く染まった舌を差し出してきた姫に、自分のそれを絡ませる。人工的な嫌な甘さが唾液に混じり、ビリ、とした刺激とともに徐々に感覚が敏感になり姫の肌に触れるだけで鳥肌が立つ。少し舐めただけでこれか、恐ろしい薬だ。胸がバクバクと煩いのは薬のせいだけではないはずだが。当の本人はキスだけで意識がぶっ飛びそうなほど身体を震わせていた。

「ふっ、そうごく、…っ!」

「姫、誘ったこと後悔すんなよ」









「……ん、」

重い瞼を開けると部屋はもう明るくなっていた。随分と高くまで陽が登っているらしい。身体が重くて動かない。見れば隣で総悟くんが寝ていた。何も身につけてない。その色気に思わず目を逸らして起き上がろうとすると下腹部にじんと重い感覚があった。そしてわたしも裸。ぼんやりと昨夜のことを思い出す。赤い飴を食べて苦しくなって、それから…出てくるのは彼を誘ういやらしい自分ばかり。待ってあれ本当にわたし…!?

「うそ、わたし、なんてこと…」

「まだ寝てろ。薬完全に消えてねェだろ」

「そうごくん…昨日わたしなにかした……よね…」

「すげーことしてたなアレはマジで。まさかお前にあんな願望があったとはなァ。煽ってくるもんだからついやり過ぎちまった」

「お願い、忘れて…!」

恥ずかしくて死にそう、顔を手で覆って背を向けると指先で背中をつっと撫でられて変な声が出た。まだ身体が火照ってるし触れられただけでぞわぞわとなんとも言い難い感覚に襲われる。昨夜口に入れてしまったあの赤い飴のせいだ。本当に失敗だった。まさかあんな怪しい人から貰った飴をたべてしまうなんて。

「姫、こっち向け」

「…いや、無理…」

「ったく、昨日の姫は素直で可愛かったのになァ」

「…昨日のわたしの方が好き?」

「自分に嫉妬してんのか?」

…してない、と言いたいところだったけど冷静な判断ができず意思が保てない状態の自分のことを可愛いと言われていい気持ちはしない。布団を握りしめてゆっくり振り返ると穏やかな表情でわたしを見つめていた。

「薬だいぶ抜けて良かった、心配した」

「ごめんなさい…」

「姫、昨日何があったか話せるか?」

「うん」

抱き寄せられた腕の中で昨日あったことを思い出す。夕方のスーパーの出口にいた怪しい男の人、試供品だといって持っていたたくさんの飴。そして…

「『欲しくなったらおいで』って言ってた…。あの薬の香り、もしかしたら薬を飲んだ人にだけわかるものなのかも…」

「それで『客』を誘き寄せてんのか」

「きっとそう。桂さんも言ってたのにどうして食べちゃったんだろう」

「ちょっと待て。なんでそこで桂が出て来るんでィ」

「あ……」

「言えねェのか?もう一度抱いてやろうか?」

「…えっと…この間土方さんと町に行ったときに会ったの。桂さんたちもこの薬のこと調べてて、気を付けろって言ってくれて」

「てェことは今回の件は攘夷志士とは無関係の可能性が高いな」

「わたし行ってみる。もう一度薬を貰いに」

「だめだ。お前は安静にしてろ」

「でもこんな怖い薬、これ以上野放しにしてたらダメだよ。これ以上被害が広がらないように協力したいの。お願い、連れてって」

「………姫の『お願い』にはどうも弱ェらしい」

「ありがとう!」

ぎゅっと抱きつくとお互い裸だということを忘れて素肌が触れ合った。意識していないのに身体が跳ねた。離れようとするとがっちり腕で固定されて目の前いっぱいに猛々しい胸板が広がる。思わず悲鳴をあげた。

「きゃあ、離してっ」

「姫のお願い聞いたんだから俺のお願いも聞いてもらわねェとなァ」

「やだ…その顔、なにか企んでるでしょ」

「別に?昨日のお前も積極的で可愛かったが…これくらい微量の効果が丁度いいと思ってなァ」

腰の辺りを撫でられると痺れる感覚が背筋を駆け抜けた。

「もしかして総悟くんにも薬残ってる…?」

「さあな」

確かめてみるか?と囁かれただけでじくじくと身体の内側から熱が上がってくる。口の端からチラリと覗いた彼の舌先は少し人工的な赤みがあった。わたしたち、まだだめみたい。




その日の夜、わたしはある工場の前に立っていた。『おいで』と言われていた通り、あの飴の香りを求めるとそこはすぐに見つかった。表口は何重にも鍵がかけられていて、誘われるように裏口へ回る。扉に手をかけて中を覗くとそこは大きな機械がたくさん置かれていて、多くの人が作業していた。人間だ。フラフラと顔色が悪い。奥の方で錯乱したような悲鳴と叫び声が聞こえる。恐らくこうして集められた被害者だろう。その手で赤と青の飴が大量に作られている。間違いなくここが薬物の製造現場だ。着物に付けた小さなカメラをそこへ向ける。離れた場所で待機している近藤さん率いる真選組に見えるように。

「おや、また子ウサギが来てくれたようだね」

「あなたは昨日の…」

「ああお嬢さんのことは覚えているよ。とても綺麗な子だったからね。ここに来たということは…アレが欲しいのかな?」

「赤い飴、ちょうだい」

薬物が欲しくて来たという体を装って言うと、ニヤニヤと笑いながらその男はわたしに近づいてきた。肩に手が置かれ頬を撫でられる。気持ち悪さを堪えて大袈裟に反応を返すとその笑みを深くして嬉しそうに言った。

「君は素質があるようだ。俺たちの店で働かないか?その間薬は好きなだけあげよう」

「ほんと?」

「相手は天人の上客さん達だ。ちょうど今夜店に来るんだ。この飴を江戸に持ってきた組織でね、女の子がたくさん必要なんだよ。人間は感度がいいがすぐ壊れてしまうからね」

まさか、天人の相手を人間の何も知らない女の子たちにさせようとしている?なんて酷い…!この工場を押さえるだけではだめだ。天人の組織ごと潰さないと。
いいよ、と返して男の懐に手を添えた。指先に固いものが布越しに当たる。この男、銃を持っている。

「行く。お店連れてって。そしたら飴くれる?」

「ハハハッ、いいタイミングで上物が来てくれて嬉しいよ。さぁ行こう」

腰に手を回され工場から出され車に乗せられた。工場にいる人たちが気掛かりだけど真選組のみんなに任せるしかない。車は30分ほど走って船に乗り換えた。どうやらここがそのお店らしい。移動式の風俗店。空を飛んでしまえば捜査の目から逃れられる。近藤さん達、追って来れるだろうか。不安がよぎるけど、信じて待つしかない。
待機しろと言われた地下の部屋はむせ返るくらい甘ったるい、あの飴の香りが充満していた。長くいると口にせずとも薬に酔ってしまいそう。真ん中に置かれた籠の中には赤い飴が大量にあった。その部屋の中に何人かの女の子たちが横たわっている。空になった包みがいくつも転がっていた。

「大丈夫?助けに来たよ、しっかりして」

「…あ…ぁ……けて…たすけて…」

みんなガクガクと痙攣を起こしている。目の焦点も定まっていない。酷い中毒症状だ。手を伸ばそうとして、ある約束がそれを阻んだ。現場に行く許可を貰った時、近藤さんに『中毒者を治さない』ことを条件として挙げられていたのだ。一度わたしの身体に入った薬物の上に他の人のそれを貰ってしまえば今度はわたしが自身が中毒を起こす可能性があるという判断からだった。歯痒さに唇を噛む。あまりの光景に衝動的に片っ端から治してしまいたくなるが、着物につけたカメラがそれを見ている。ある意味監視されている状態なのだ。みんな過保護すぎる、本当に。代わりに女の子をぎゅっと抱きしめた。もうすぐ帰れるからね。

「さてそろそろ出て貰おうか」

「この子たちもう無理よ。わたしが行く」

「できれば君は長く使いたいんだがねぇ…まあいい、行こう」

通された部屋は薄暗く、奥にいやらしい笑みを浮かべるライオンのような風貌の天人がいた。薬物を江戸に持ち込んだ張本人だろう。ガッチリとした身体つきと指から生える鋭い爪が恐怖を煽る。

「おやこれは…素晴らしいな、こんなに美しい人間がいるとは…江戸を狙ったのは正解だったな」

「あなたがあの薬を江戸に持ってきたの?」

「ああそうだ。強力で…とてもイイだろう?人間に効果の高いようにできている。その代わり依存性も高いがな。無差別に薬をばら撒き中毒者が一定数出たところで高額で売る…皆大金を叩いて欲しがるだろうなァ。いいビジネスだろ?」

「…そうね」

舐め回すように全身を見られ、着物を脱げと指示される。ひとつ息をついて天人に近づいた。胡座をかいて座る身体に対面で座りゆっくりと焦らすように天人の着衣を緩める。

「責める方が好きなの。夜は長いんだもの…楽しみましょう」

ふう、と耳元で息を吹きかけると満足そうに笑い背中を撫でられる。爪が着物の繊維をぶつりと切る音がする。そのうちそれは胸元に伸びて合わせ目を開こうとした。するとそこにあるほんの小さな物体に気付いた。

「なんだこれは?カメラか!?」

「わたしのご主人様、いい趣味してるでしょ」

「お前まさか……!」

「御用改めである!真選組だァァァ!!!!」

バァン!と襖が破壊されて叫ぶ近藤さんを筆頭に真選組が突入してきた。良かった、間に合った…!突然のことで動揺する天人から素早く離れ部屋を出る。他の部屋からもあちこちで怒鳴り合う声が聞こえる。早く女の子たちを助けなきゃ…!地下に向かう廊下を走っていると後ろから腕を掴まれて床に叩きつけられた。わたしをここまで連れてきたあの男だ。

「お前ェェェ!!よくも俺たちを嵌めやがったな!」

目が血走り息が荒く全身が激しく震えている。青色の涎を垂らして叫ぶその男は咄嗟に薬を多量に内服し難を逃れようとしていた。首を絞められそうになり全身に力を入れて突き飛ばし、男が懐に手を入れるよりも早くそれを奪った。

「動かないで」

銃を突きつけても男は全くの無反応で襲いかかってきた。もはやこれが何かも分かっていない。わたしに危害を加えようとすること以外忘れてしまったらしい。手元を見ず真っ直ぐに男を捉えると躊躇わず撃った。

「ギャアアアアア!!」

「あの女の子たちのお返しよ」

足を抑えて蹲るがそれも一瞬だった。溢れる血を手に取って舐め、ニヤリと笑う。ああもうこの人は壊れてしまった。再び襲いかかってきた相手に二発目を撃とうとした時、後ろから斬られ男はバタリと倒れた。

「…驚いた。銃の扱いなんていつの間に覚えたんでィ」

「………秘密」

見られた、一番知られたくなかった人に。でも今は話している場合じゃない。総悟くんに女の子たちがいる部屋を伝え保護してもらった。工場の方は土方さんが指揮をとり関係者を逮捕、薬物も押収され被害者の人たちも病院に送られたそうだ。こうして江戸を騒がせた薬物事件は無事に解決を迎えた。









「それにしても姫のあの台詞には痺れたな、『責める方が好き』だったとは知らなかったぜ」

「…そんなところまで聞いてたの?」

「映像は船に乗り込む前までしか見れなかったが声はイヤホンでちゃんと聞いてたぜ」

「しょうがないじゃない、時間を稼ぐにはああ言うしかなかったの。それとも天人の前で着物脱げば良かったの?」

後日あの天人の組織と関連したいくつかの風俗店は真選組によって壊滅させられたと聞いた。船にいた女の子たちも時間はかかるけどゆっくりと回復に向かっているらしい。当初、近藤さんと土方さんにはかなり反対されたけど現場に出て良かった。そして今、総悟くんからとても楽しそうにからかわれている。必死だったんだからそんなに突っ込まないで欲しい。

「他の男…しかもよりによって天人にお前の肌を見せていいわけねェだろ」

「…総悟くんはいいの?毎晩女のひとと裸でくっついてたんでしょ?」

「はあ?」

「だって、帰ってくると香水の香りするし…首元に口紅付いてたから…」

言うはずじゃなかったのについムキになって口に出た。仕事だから仕方ないのに。呆れられるのを覚悟したけど返ってきたのは真剣に謝る総悟くんの声だった。

「信じられねェかも知れねェが女とは一度も何もしてない。キスも、俺から肌に触れることもしてねェ。ただあっちから絡みついてくるのは避けられなかった。不安にさせて悪かった」

あんな聞き込み次からは土方にやらせる、ときっぱり言って抱き寄せられた。まさかそんな風に謝ってくれるとは思わなくて動揺する。

「怒らないの?仕事だから仕方なかったんでしょ?」

「俺が姫の立場なら全員殺してる。それに…覚えてねェと思うが、あの晩お前泣きながら言ったんだよ。『寂しかった』って、何度も。何も言わない姫に甘えてたのは事実だ」

「…ううん、わたしもごめんね。不安になって」

「姫が思ってる以上に俺はお前のことしか頭にねェから安心しとけ」

「うん、安心した…」

「そういえば土方のヤローとデートしたんだってなァ?」

「土方さん、格好良かったよ」

「オイ姫……」

「でも総悟くんの次」

「次でも駄目だ、降格しろ。圏外に弾き出せ」

「ふふ、」

「お、出たなヘラヘラ顔」

からかうように言って笑った総悟くんに唇を寄せる。久しぶりに昼間から一緒にいられる今日は、一日中手を繋いでお喋りしようねって約束した。



title by 失青