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31.月の輝きにも負けないの



「どうして知ってるの?」

「この間姐さんに聞いた。姫にどエロい格好させたお陰で売り上げ凄かったらしいぜィ。誕生日のことは『他には誰にも言ってない』って言ってたからって」

「ああ、それで……」

そうだ、確かにいつかお妙ちゃんのお家に泊まりに行ったときにそんなような話をした気がする。覚えたなんて。しかもそれをわざわざ総悟くんに伝えてくれていたんだ…。

「総悟くんのお誕生日の時に意地になっちゃって、それから言ってなかったもんね」

「直接聞いてやろうと思ったんだがサプライズは今年しかできねーからな」

「うん、すっごくびっくりしたよ」

首に巻かれた温かいストールは、薄いピンクとベージュがベースになっていてアイスブルーと白のチェック柄。柄付きだけどふんわりした色合いだから着物の柄を邪魔しないしとても好みのデザインだ。
繊維が細くてしっとりとした質感が肌に優しくてとてもつけ心地がいい。広げればショールにもなりそう。

「可愛い。あったかいし、嬉しい」

似合う?と聞くと満足そうに頷いてくれた。

「髪あげてると首元寒そうだったからな。アイツから手袋借りてきた日にゃ大量に手袋買ってやろうと思ったぜィ」

「…まだ清次郎さんのこと根に持ってるの?」

「持ってねーよ」

「ふうん?でも、総悟くんにお祝いしてもらえるなんて嬉しいな。こうしてお出かけできただけですごく嬉しいのに」

「俺の時はファーストキス貰っちまったからなァ、ちゃんとお返ししねーと」

「恥ずかしいから思い出さないで」

「積極的だったなァ、姫が俺の腕を掴んで……」

「もう、やめてってば」

楽しそうに言う総悟くんを制して、目の前の甘いココアのカップを両手で包んだ。


「わたしね、今日だけは『イヴ』って呼ばれてたの」

「…『クリスマス・イヴ』って意味か」

「そう、24日の夜に生まれたから。お母さんがね、星がとっても綺麗だったのよって。あなたは神様からの贈り物よって」

「愛されてんな」

「ふふ、嬉しかったなぁ。あ、そうだ」

手提げから小さな布袋を取り出す。総悟くんの大きな手のひらに乗せるとより一層小さく見える。

「ごめんね、総悟くんから貰ったものに比べたらすごくみすぼらしいんだけど…貰ってくれる?」

「守袋か」

「うん、邪魔にならないようにって思ったら小さくなっちゃった。……戦いには一緒に行けないから…守ってくれますように」

赤い布で作られたそれは少し不格好だけどひと針ひと針彼の無事と幸せを願って縫った。たくさん想いを込めた。この気持ちだけはどうか一番近くにいられますように。わたしからのクリスマスプレゼントだ。一日早いけど。

「大事にする」

「無くしても気がつかないかも」

「発信器つけとくか」

「何回でも作るもん。わたし結構執念深いの」

「知ってらァ」


店を出て、そろそろ帰るかと言われたけど本来の目的を思い出して足が止まる。

「あ、山崎さんのお使い……」

「大方済んだぜ」

「え?そうだっけ?」

楽しくお買い物をして美味しいものを食べただけのような気もするけど…。

「ちょっとだけ待って」

外に出る前に貰ったばかりのストールを首に巻き、輪っかを作ってリボン巻きにする。

「あったかい」

「器用だよなァ」

感心するように言って、でけェプレゼントみたいだなと笑いながらストールに挟まれた横髪を人差し指で出してくれた。

来た時と同じように総悟くんの羽織のポケットの中で手を繋いで歩いた。
足元に気を配りつつ話しながら歩いていたら辺りが暗くなり始めていた。山崎さんや鉄さんの言葉に甘えてゆっくりしすぎちゃったかな。
屯所に戻ると鉄さんが待ち構えていた。

「お帰りなさいっス!デートは如何でしたか!」

「野暮なこと聞くんじゃねェ」

「鉄さん、ただいま戻りました。遅くなってごめんなさい」

「いえいえ、ちょうど良かったです!こちらも今し方準備が整ったところで…おっと、ささ、こちらへ!」

何か言いかけた鉄さんに促されるまま廊下を歩く。
昼間、雪かきしてかまくらを作るって言っていたっけ。できたのかな?
総悟くんとのデート楽しかったな、誕生日にデートできるなんてラッキーだったなぁとのんびり考えながら庭に出てみると、隊士さんが集まっていた。その中心には……

「わぁ……!」

「せーの!
姫ちゃん、誕生日おめでとう!!!」

目の前に広がったのは大きな木にたくさんの装飾がついたクリスマスツリーだった。夕暮れの中で電球がピカピカと光っている。そして近藤さん土方さんをはじめ隊士のみんな、そして女中のおばちゃんたちがそれを囲み、ニコニコしながらわたしたちを迎えてくれた。

「すごい…………!」

デパートで見た豪華なツリーと比べると大きさも装飾もシンプルだけど、手作り感があるし何より温かみがあって何倍も感動した。
出かけていた間にこんなに素敵な物を作ってくれていたなんて想像もしていなかったから嬉しくて胸がじんと熱くなる。

ツリーにいくつもの紙が下げられていて何やら文字が書かれているみたいだった。近くまで行ってひとつを手に取ってみると、『いつも美味しいご飯をありがとう』と書かれていた。
他にも、『怪我の手当てをありがとう』『笑顔に癒されてるよ』『幸せにね』と、一人ひとりが書いてくれたであろうメッセージがたくさんあった。

「嬉しい……」

「なんでィこりゃあ。短冊じゃねーんだぞ」

総悟くんは呆れていたけどわたしは涙が出るくらい嬉しくて、でも湿っぽい空気にしたくないから泣いちゃだめだと堪えて…精一杯笑った。

「みなさん、ありがとうございます!とっても嬉しいです」

山崎さんがニコニコしながらバースデーケーキをわたしの前に差し出した。おばちゃんたちの手作りだとわかった。きっと誕生日のことをみんなに伝えてくれたのはこの人だ。お礼を言おうとするとウインクしてくれた。
蝋燭の火が揺れる。大きく息を吸って、ふうー、と吹き消すとパチパチパチと拍手に包まれた。恥ずかしくて、嬉しくて、背中がむず痒い。鉄さんがどうぞ、とジュースを手渡してくれる。近藤さんは満足そうに頷いて、準備していたであろうお酒を持った。

「さて、野郎ども。例年なら宴は明日の夜だが、今年は前夜祭からスタートだ!存分に飲んで食ってくれ!そして……姫ちゃん、真選組に来てくれて本当にありがとう!今夜の主役にかんぱーい!」

「乾杯!!」

その音頭を合図に屯所に笑い声が響く。
映画の中にいるような、夢みたいな光景だった。隣にいた総悟くんとジュースのコップをコツンと合わせて乾杯した。

「盛大な誕生パーティだな」

「うん、こんなの初めて」

「かまくらあるぜ」

手を引かれて端にいくつも作られたかまくらのひとつに入って腰を下ろす。先に誰かが使っていたみたいで床には段ボールが敷かれ蝋燭が灯っていた。意外に大きいし、寒くない。

「わぁ、もっと寒いと思ってた。かまくらってあったかいんだね」

「風が入りにくいからな」

「そういえば…結局お使い何だったんだろう」

総悟くんがポケットからクシャクシャにした山崎さんのメモを取り出した。受け取ってシワを伸ばして、もう一度見てみる。えーと、

「……『姫ちゃんの気に入った物』」

「口紅」

「『姫ちゃんの好きな食べ物』」

「ココア」

「『姫ちゃんのとびっきりの笑顔』」

「さっきツリー見てしてた」

「なにこれ、それじゃあ…」

「お使い、よくできました」

総悟くんは全てわかっていたようで、ニヤニヤしながら子どもにするように頭を撫でてくれる。山崎さん、もしかして、

「ただデートを楽しんでおいでって言いたかっただけ?」

「周りくどいだろ?これだから童貞は」

「童貞じゃねーよ!」

大きい声で言うから山崎さんに聞こえてしまった。遠くで本人が叫んでいる。

「優しいね、みんな……」

「他でもない姫にだからここまでやるんだ。意味、わかるな?……お前はもう俺たちの家族だ」

言い聞かせるように与えてくれる言葉は、雪のように胸にじわりと積もっていく。雪は溶けて温かな水になって、わたしの目元に溢れ出る。

「ここに来てくれてありがとな」

今度こそ涙が落ちた。
総悟くんの指がそれを掬い上げる。

「ありがとう……」

わたしが泣いているのを外から見えないようにだろうか、総悟くんは息をかけて蝋燭を消した。ピカピカ光る手作りのツリーは月夜よりも綺麗に目の前で輝いていて、総悟くんの指に落ちたわたしの涙にさえ光を反射させた。

生まれて初めて、自分の涙が綺麗だと思った。








次の日。

色画用紙と厚紙を切って作った長靴型のカードにメッセージを書いた。
昨日ツリーに飾られていたメッセージカードがとても嬉しくて、急いで作っていた。一つひとつに想いを込めて出来上がるたびに嬉しさが蓄積されていく。

総悟くんは『それ全員分やんのか?考えらんねェ』とゲテモノを見るような目でわたしを見下ろして見回りに出て行った。ツリーは庭でみんなを見守っている。
みんなのお仕事が今日も無事に終わりますように。

「あ、そろそろ行かなきゃ」

空いた時間に万事屋さんを訪ねてみると、生憎留守みたいで扉が開くことはなかった。電話すれば良かった、残念。
残った雪で滑りそうな階段を慎重に降りていると、ちょうど下の階にある居酒屋さんの店主であろう女性がお店から出てきたところだった。目が合ったのでこんにちはと挨拶する。

「おや、こんな日に依頼かい?アイツらなら仕事だよ。確かクリスマスケーキの販売とか」

「そうでしたか…。いえ、万事屋さんには日頃からお世話になっているのでプレゼントをと思ったんです。…申し訳ありませんが戻られたらお渡ししていただけませんか?」

「ああ、構わないけど…、珍しいねアイツらにプレゼントだなんて」

「とても良くして頂いてるんです。わたしは姫と申します。できれば神楽ちゃんには『サンタさんから』と伝えてください」

持っていた紙袋を渡すとその人は楽しそうに笑った。

「若いのによくできた子じゃないか。アタシはここの大家でスナックやってんだ。お登勢と呼んでくれ。それよりこの辺りで見ない顔だね」

「今年ここへ来たばかりで…真選組でお世話になっているんです」

「そうかい、アンタが…。銀時からたまにアンタのことを聞くよ。真選組には勿体ない良い子がいるって」

「えっ、銀ちゃんがそんな事を?…なんだか恥ずかしい」

「今度ゆっくり店に飲みにきておくれ」

「はい、是非!…あ、そうだ、お登勢さんにも」

多めに持っていたお菓子の包みをひとつ取ってどうぞを差し出すと驚いて…でも受け取ってくれた。

「おや、いいのかい?」

「今日お会いできたのもご縁ですから。では、良い夜を過ごしてくださいね」

「ありがとう。アンタもいい夜をね」

失礼しますと頭を下げて万事屋さんを後にした。お登勢さん、良い人だなぁ。またお店に来よう。

その日の夜、屯所では例年通りクリスマスパーティーが行われた。たくさん料理を作ったおかげで腕はパンパンだ。でも、おばちゃん達とワイワイしながら作る時間はいつにも増して楽しかった。
そして急いで作ったメッセージカードをみんなに渡して回った。当番で見回りに出ている隊士さんには部屋の襖に貼り付けておいた。喜んでくれるといいな。

来年のクリスマスはどこでどう過ごしているんだろう。できれば今日みたいにみんなで笑って過ごしていたい。それが叶わないなら、この思い出を持っていこう。思い出そう、新しい家族と過ごした素敵な夜を。何度でも。