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30.誰も彼もが天使をさがす日



「イヴ、おめでとう」

そう言って頬に触れた手を、まだ覚えてる。





「わあ………!」

襖を開けると広がる銀世界。
キラキラと光を反射してとても眩しい。

「総悟くん、雪だよ!」

今日はお休みだけど早く起きてしまったから、まだ眠っている彼を起こさないように朝食のお手伝いに出ようとしていたのだけど…。
すっかり変わった景色を目の当たりにしてそんなことは忘れてつい総悟くんに話しかけてしまう。しかも、寝起きに抱きつくという迷惑な起こし方付きで。

「……なんでィ、ついに土方のヤローが殉職したか」

「違うよ、雪だよ!」

「落ち着け」

「わっ、」

はやく見て欲しくて急かすと身体を引かれて布団に押し倒された。開け放たれた襖から朝の冷たい冷気が入り込み積雪に反射された光が総悟くんの顔を照らす。いつにも増して綺麗だ。神聖なものを見ているかのような気持ちさえする。

「……眩し………」

寝起きの少し掠れた声。
起き抜けに騒がしくした上に、差し込む朝日が容赦なく彼を攻撃している。光に負けている総悟くんがなんだか可愛くて手を伸ばして頬に触れた。手に馴染む温度。いつもよりほんの少しだけ熱いのは、まだ眠たい証拠。

「総悟くんって天使みたいだね」

「…はあ?」

綺麗な顔を思いっきり顰めて何言ってんだと言いたげな表情だ。いいもん、わたしが思ってるだけだから。

「ルーベンスの絵画…ネロとパトラッシュをお迎えに来る天使がいるでしょ?あれに似てる」

「褒めてんのか?それ」

「すごく褒めてる」

「…頭回んねェうちにわけわかんねーこと言うんじゃねー」

「どっちかっつーと…あれだ、ネロに意地悪する父ちゃんだろ」と呟いた総悟くんはまた目を閉じて組み敷いたわたしの上に文字通り寝た。雪を見る気はないらしい。わたしの身体に全体重がかかる。

「う、おもい……」

「天使ってんならお前のことだろ」

「ふふ、まさか。わたしはアンドレかな」

「…誰だかわかんねぇ」

わたしの部屋の周りは空き部屋で人通りはほとんどないけれど、開け放たれた襖のお陰で外から部屋の中は丸見えだ。二人の人間がサンドイッチのように重なっている様は端からみればさぞかし滑稽だろう。

「そういえば、最近『お前』って呼ぶね」

「……不満か?」

「ううん、全然いいけど…『アンタ』より総悟くんのものっぽくて好き」

「お前…本当に俺のこと好きだなァ」

「うん。大好き」

頷くと総悟くんが起き上がってくれたお陰でのしかかっていた身体が離れ圧迫感がなくなった。危うく具が出るところだった。
ふう、と息をつく間もなく唇を塞がれる。二度寝を決めていたのにわたしが話しかけていたせいで目が覚めてしまったらしい。おはようのキスにしてはいつもより激しい。唇を吸われすぐに舌が入ってくる。それに反応する前に舌を掬い上げられてざらっとしたそれが重なると無意識に背中が甘く震えた。思わず首に腕を回す。

「ん、ふ……っ、」

「朝から可愛いこと言うじゃねーか」

「っ……、もう寝ないの?」

「起こしたのは姫だろ。耳元でピーピー言われたら寝たくても寝れやしねェ」

「だって雪……わっ」

「あとでいくらでも見れんだろ」

軽々と抱き抱えられ、襖の前まで歩いた彼の手がゆっくりとそれを閉めた。その間も視線はわたしに注がれている。本当に全く外の景色を見てくれなかった。起こした仕返しなのだろう。

「……意地悪」

たちまち銀世界が消えて明るかった部屋に影が落とされる。その変化に目がチカチカして瞬きを繰り返した。外界から切り取られ世界でたった二人きりになったような気分。布団に戻りわたしの着物を見せつけるようにゆっくりと剥いでいく総悟くんは楽しそうだ。

「俺のことまだ天使って言えるか?」

「うーん、悪魔かもしれない……」

「ハッ、だろ?」

でも、優しく、どこまでも優しく微笑むから。
その表情を目に焼き付けるようにじっと見つめて、やっぱり天使みたいだなぁと思ったのは秘密にしておこう。頭の中で朝食のお手伝いに行く予定をキャンセルした。ごめんなさい、天使さんからのご指名です。








庭で手に乗るくらいの小さな雪だるまを作った。
探してきた木の枝で手をつけて、細いリボンを首に巻いてボタンで目をつけてみた。

「可愛い」

縁側にちょこんと置いてみる。
風は冷たいけど天気がいいからすぐ溶けてしまいそうだ。向こうから隊士さんたちがジングルベールと歌う声が聞こえてくる。その声がとっても楽しそうでニコニコしてしまう。明日はクリスマス。夜にはパーティだ。美味しいものたくさん作ろう。楽しみだなぁ。

「姫ちゃん、寒くない?手真っ赤だよ」

「山崎さん」

「はいお湯。今あっちでみんな雪かきしてるんだ。一晩でかなり降ったから、かまくら作れそうだよ」

山崎さんがお湯が入ったタライを持ってきてくれた。手を入れると、温度差にびりびりと指先が痺れる。

「あったかーい………」

いつの間にか思ったより身体が冷えていたみたいだ。

「姫ちゃん、小さい子みたいだね」

「あ、はしゃいじゃってごめんなさい。朝、総悟くんにも落ち着けって言われちゃった」

「はは、すごく微笑ましいよ。色白なのもあるけど雪が似合うよね」

「ふふ、冬生まれだからかも」

「うわ確かに言われてみると超冬生まれっぽい。そういえば誕生日まだだっけ?」

「……えっと………今日、だったりして」

「えっ」

途端に山崎さんが青ざめる。
言わない方が良かったかも、なんてもう遅い。

「え、12月24日生まれなの?ていうかなんで教えてくれなかったの!?沖田隊長はそれ知ってんの!?」

「総悟くんには言ってないですよ。彼がお誕生日教えてくれなかったから、『わたしの誕生日も教えない』って言っちゃってそのまま忘れてました」

「なんだそれ!!アンタらアホだな!一大事だよ!」

「そうですか?雪降ったし楽しいからこれで満足です」

「いーや!女の子の誕生日はね、ちゃんとお祝いしないとダメなの!姫ちゃんだって毎月俺たちの誕生日会やってくれるじゃん!」

「うーん……どうせ明日はクリスマスパーティだし」

「全く…なんで君は自分のことになると後回しにするかな、」

温まった手をお湯からあげると呆れた顔をした山崎さんがタオルを差し出してくれる。有り難く受け取ろうとするとタオルで両手を包まれてポンポンと水滴を拭いてくれた。こうして手を拭いて貰うのは子どもの頃以来だなぁ。ふと向こうの世界を思い出した。

「誕生日ってあまり思い出になくて。クリスマスの方がわくわくして楽しかったからかな」

「姫ちゃんのクリスマスってどんな感じだったの?」

「うーん、朝起きてリビングにプレゼントがあって……あれ?……最近はそれだけだったかも」

もう何年も。
お父さんは海外に出張に行くことが多かった。クリスマスイブは長く勤めていた家政婦さんと二人で夕飯を一緒に作って小さなパーティをするのが通例になっていた。
お母さんがいたクリスマスは、朧気な記憶ながら幸せだった。お父さんとお母さんが抱きしめてくれて、
「わたしたちのところにきてくれてありがとう」と言ってくれた。あれは何歳の頃だったかな。

お母さんは誕生日の日だけわたしのことを『イヴ』と呼んだ。愛称みたいなものだった。その日だけいつものわたしとは違う特別な子になれた気がして気に入っていた。もう呼ばれることはないもうひとつの名前。
『あなたが産まれた夜はとても星が美しかったのよ。忘れられないわ』
その微笑みと優しい声が好きだった。
何を思ったのかしばらく考え込んでいたそぶりの山崎さんが、そうだ!と顔を上げた。

「姫ちゃん、沖田隊長と少し出てきたら?きっと外も雪が積もって景色が変わってるよ。見ておいでよ」

「でも雪かきが……」

「そんなの俺たちでできるよ。どうせ沖田隊長サボってるだけだし」

ついでにお使い頼まれてくれる?と言われて、それならと頷いた。








「沖田隊長、姫ちゃんを頼みましたよ!」

「なるべくゆっくりして来てくださいね〜!いってらっしゃいませ!」

と山崎さんと鉄さんに屯所を追い出されたわたしたちは、言われたとおりお使いに行くことにした。
総悟くんもちょうど用事があったようで紙袋を持っていた。届け物らしい。先にそれを済ませようと提案したけど、後でいいと断られたから山崎さんのお使いのメモを開く。急いで書いたようで走り書きだった。
じっと見つめて解読するように読み上げる。

「えーと、『姫ちゃんの気に入った物』、それと『姫ちゃんの好きな食べ物』?あと……」

「アイツは借り物競走でもやってんのか」

「さあ………きゃっ、」

メモを見ながら雪道を歩いていると、日陰で凍っていた部分を踏み込んでしまい思いきり滑ってしまった。あ、と思った瞬間に総悟くんの手に支えられてホッとする。それにしてもあまりに対応が早い。どうやらわたしより彼の方が早く氷に気がついていたらしい。

「よそ見すんじゃねェ。こんなん捨てちまえ」

「あ!」

支えてくれた手を離されてメモを奪い取られた。それはくしゃりと握り潰され総悟くんの羽織のポケットに消えてしまう。

「もう、まだ見てるのに」

そこに手を滑り込ませて取り返そうとすると、総悟くんの手に捕まって指が絡まる。繋がれたわたしたちの手のひらの間には、じんわりと温かいものが挟まっている。

「ほら見ろ。紙切れなんざ見てるから手が冷えてらァ」

「総悟くんずるい!ポッケにホッカイロ入れてる!」

「あったけェだろ」

ちなみに紙切れは反対のポケットだ、と笑われた。
いつの間にすり替えたんだろう。悪戯が成功したかのような顔。ポケットの中でぎゅっと握られた手から温かさが伝わって、なんだかほっぺまで熱くなってくる。

「……かっこいいなぁ、」

「惚れ直したかィ」

「うん。いつも朝起きると総悟くんの顔にびっくりする」

「俺は白目でも剥いて寝てんのか」

「違うよ、幸せでびっくりする」

「なんでィそりゃあ」

笑い声に白い息が溶けて消えていく。
何故だろう、今日は彼から目が離せない。言われた通り足元に気を付けながらいつもよりも大分ゆっくりと足を進める。

「わたし総悟くんの吐息になりたい」

「今日はいつにも増して訳わかんねーこと言うなァ」

「クリスマスが終わったら一週間で年が明けるでしょ?今年も終わっちゃうなって思うと、なんだか寂しい気持ちになるんだ。それでかも」

「なんで終わるのが寂しいんでィ。新しい年が始まるってことだろ。希望とか、ワクワクの方が勝つんじゃねェか、普通は」

「…あ………そっか、そうかも…」

「終わることばっかり考えてるからだろ」

言われてみればそうかもしれない。
今までは一人で過ごしていたクリスマスや年末年始。ううん、それ以外のなにもかも。
内気な自分が過ごしたその日々に、取り立てて楽しい思い出が作れなかった後悔がそうさせていたのかもしれない。ああ今年も何も成せずに終わってしまうって虚しい気持ちが。ピアノが弾けなくなって、やりたい事も見つけられなくて、でも父の言うとおりの人生で良いんだろうかって。
でも今年は、ここへ来てから過ごした時間は、短かったけれど本当に楽しかった。数えきれないほどたくさんの友達と思い出ができた。

大切な人とこうして季節を感じながら手を繋いで歩いて、笑い合うことができる。一日一日がキラキラと眩しくて、その全てをずっと大切にしまっておきたいくらい。
総悟くんが、真選組のみんなが、この町の人たちが、笑いかけてくれる。こんなに近くにいて支えてくれている。
それがどんなにわたしの心を救ってきただろう。

「今年はすっごく楽しかったね。来年はどんなに素敵な一年になるんだろう、楽しみだね」

「まだ早ェんじゃねーかそれは」  

「ううん、今がいいの」

「下向いてねぇで前見て歩け。隣にいてやるから」

それは、足元のことだろうか。それとも、この先の未来に向けてだろうか。なんだか泣きたいくらい心が暖かい。人の暖かさって、こんなに満たされるんだ。知らなかった。ずっと。
もったいないな、この気持ちにやっと気付くなんて。
もっと早くに知っていたら、向こうの世界で生きていたわたしも変われていたのかな。それもこれも全部、総悟くんがいたから。あの日、わたしを見つけてくれたから。

「総悟くん、わたしを見つけてくれてありがとう」

わたしも白い息をたくさん吐きながら笑った。

「…あー、キスしてェ」

「道の真ん中だよ、だめ」

「みんな転ばねーように足元に夢中だろ」

いつもなら顔を背けて拒否するけれど、実はわたしも今キスしたいって思ってしまっていた。
確かに道行く人たちは一様に白い絨毯を見つめて慎重に歩いている。でもさすがに恥ずかしいから……少し屈んだ彼に届くよう背伸びして、つん、と鼻と鼻を触れ合わせた。

「冷た!」

お互いの鼻は思ったよりずっと冷えていた。
ポケットの中で握った手との温度差に二人で驚いて、顔を見合わせて笑った。

 




辿り着いたのはデパートだった。
夏に水着を買いに来た以来だ。
総悟くん曰く『寒くねーし飯も買い物も済む』そうだ。確かに。結局、山崎さんのお使いは何を買えばいいのかな。

「わ、クリスマスツリー!」

1階の中心に大きなクリスマスツリーが立てられていた。ライトアップされていてチカチカと色んな色に変わっていく。飾りも豪華で可愛い。

「すごいね」

「片付け大変そうだな」

「そうかもしれないけど……風情がないね」

とりあえず少しウィンドウショッピングでもしようということでブラブラとデパートを歩いた。綺麗なものばかりで目移りしてしまう。

女性の小物や化粧品の店が並ぶ通りでふと目が止まる。あの口紅の色、可愛いな。

「見てくか?」

「えっ、うーん…」

「コレだろ」

総悟くんが手に取ったのは何種類も色が並ぶ中のひとつで、まさにわたしがいいなと思った色だった。

「たくさんあるのにどうしてわかったの?」

「姫に似合うと思って、俺も見てた」

「ふふ、付けてみようかな」

手の甲に乗せてみる。やっぱり可愛い。
強すぎないピンクと赤の中間のようなローズレッドは持ってる口紅の中でも少しだけ鮮やかな色だけど、果実のように内側からじゅわっと溶けて出たようなツヤがあってとても綺麗。

「可愛い」

「たまにはそういう色もつけてみなせェ」

「総悟くんって口紅の色とか見てるの?意外だね」

「見るだろ、キスするとき」

「なんだ、そういうことかぁ」

「お前の唇を誰よりも見てる自信があるぜ」

「それはわたしもそうかも」

ちょっと待ってろと言って彼は店内に入り、すぐに小さな紙袋を手にして出てきた。

「クリスマスプレゼント」

「ありがとう!」

枕元に置いた方が良かったか?と子どもに言うように聞かれたけど、全然そんなことはない。

「すごく嬉しい。使うのもったいないなぁ」

「安い女だな」

「値段じゃないの」

「飯にするか」

気づけばお昼のピークが過ぎていた。
目に入った喫茶店で軽く昼食を済ませて食後のココアを飲んでいると、コーヒーを飲む総悟くんの隣にちょこんと置かれている紙袋が目に入る。

「それ、いいの?届けなきゃいけないんだよね?」

「ああ、」

じゃあ届けるか、と言うので場所を聞こうとすると総悟くんは徐に紙袋を開けてガザガサと袋を破り、現れたそれをわたしの首に巻いた。

「誕生日おめでとう」

「え…………?」

紛れもなくわたしに言った。
今日が誕生日だって、伝えてないのに。