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26.もう少し、あと少しの苦悩







「ざっと話を整理すると…

数百年前に再生能力を持つアレス族という種族が残夢という男によって絶滅に追いやられた。
そいつはあるアレス族の女の子から力の源である『月の雫』を奪い、最近まで転生を繰り返していた。それが数十年前に夜兎族によって今度こそ殺された……。
姫ちゃんは彼等の血筋で月の神によってここへ呼ばれてきた」


「血筋とか生まれ変わりっていう部分は憶測ですが……。たまに声が聞こえるんです。
アレス族は、もともと月の一部だったと。わたしは彼等が最後に残したもので、『奴が探している』と………」

「…それを聞くと、残夢って奴はまだ完全に死んでねぇと考えていいだろうな」

「彼等の力を持ったわたしを探しているなら、いつか現れるかもしれません」

「ま、そうなったら俺たちでたたっ斬ればいい話でさァ」

姫は、そしてもう一つと呟いて目の前の近藤さんを見据えた。強い意志を持った目だ。彼女は鬼兵隊の船でただ人質として囚われていただけではないらしい。


「……元の世界に帰る手立てを探します」

「姫ちゃん……」

「あの夜のこと、全て思い出しました。大切な人を傷つけてしまったままここへ来てしまったんです。…今となっては救えるかわからないけど、無事を確かめたいし謝りたいんです。それがわたしのやるべきことだとわかりました」

「………そうか…君が決めた事なら我々も全力で力になろう」







姫が近藤さんの部屋を出てから残された俺たち三人の間には重い空気が漂っている。

「…どう思う、総悟」

「残夢って男が姫を狙ってんなら近いうちに現れてもおかしくありやせん。転生にかかる期間はわからねぇが、姫が来てからもうすぐ半年になる。時間の問題でしょう」

「今まで何度殺しても蘇ってきたということは…奴が持つ『月の雫』ってヤツを破壊するしかないんじゃないか?」

「だがどうやって…」

「どうもこうも斬りゃあいい話でしょう」

「そりゃあそうだが…オイ総悟。いいのか、姫を元の世界に帰しちまって」

「そもそも姫がいたのはそっちの世界でしょう。帰りたいと言うならこれを止めることは誰にもできやせん。
それに…アイツは決めたことはやり遂げる。俺が何言ったって言うこと聞かねェのはもう身に染みてまさァ」

「総悟………」


近藤さんと土方さんの視線を受けながら何でもないように返すが、姫の言葉を聞いたときにはさすがに少なからず動揺があった。
同時に、ああやっぱり、と納得もした。


正直に言うと記憶を失った夜のことは思い出して欲しくなかった。あの傷を見れば誰かに殺意を向けられていたことは明白で、真実を知ればそこに自ら突っ込んでいきそうな危うさを感じていたからだ。

過去はなかったことにして、この世界で俺の隣で笑って生きてくれることを望んでいた。


わかっている。
姫が元の世界に戻るということは、もうこちらへは来られないかもしれないということだ。それを承知で彼女は覚悟を決めたのだ。

一生帰れないように姫の故郷を粉々にするかなんてホラを吹いたことを思い出す。あの馬鹿げた例え話を実現する日が来たのかもなと冗談めかして、実際にはそんなことできるわけがないと一人心の中で自嘲する。


女の覚悟を蹴散らし一生を奪ってこの腕に閉じ込めておけるほど物分かりが悪いわけじゃないし、姫自身も大人しく折れるわけがない。
第一、俺自身いつ死ぬかもわからない身だ。
俺の命に姫の一生を縛れるほどの拘束力と保証はない。
平和主義で誰よりも優しく心が綺麗な姫だからこそ、元の世界に帰らなければならないと決断したんだろう。


今回の件だってそうだ。
自分の目的のために危険を承知で乗り込んでいくことを決め、何も持たず一人で向かっていった。

万事屋の旦那に預けた手紙にはたった一言、
『怪我しないでね』とだけ書かれていた。

最悪の場合死ぬかも知れない敵地に行くって言うのにさよならとか好きだとかそういう感情的なものは表に出さず、相手を気遣う言葉だけを残して消えていく。


自分の力に怯えやっとの思いで立っていたあの頃の姫はもうどこにもいない。

守っているつもりだったが、いつの間にか自分の力で一人前の女になっていた。そんなアイツを心底愛おしく思う。離したくない。けれど、俺が好きになった女だからこそ送り出さなければならない。

姫が自分自身でできることをしようとしている。ならば俺は、姫のためにできることをする。

それでいい。
感情は後から付いてくる。……だから迷うな。
俺も、お前も。


「俺にできるのは残夢を殺して姫を送り出すことでさァ」

















「ねぇ貴女、いったいあの人の何なの?」

「えっ?」

女中のお仕事に復帰した日。
買い出しにスーパーに出かけた帰りに突然声をかけられた。
見た事のない女性だ。動きやすそうな特徴的な服を身につけていて、泣きぼくろに赤い眼鏡がよく似合う綺麗な人だと思った。

「貴女、よくあの人と一緒にいるところを見るのよ。ちょっと前なんて原付の後ろに乗ってキャーキャー言ってたじゃない。あれ何?何なの?貴女もしかしてあの人とやましい関係なんじゃないでしょうね!?」

「あの、人……?」

話が見えないままヒステリック気味に捲し立てられる。原付の後ろに乗ったことがあるのは、銀ちゃんだけだ。

「もしかして銀ちゃんの………」

「銀ちゃん!?銀ちゃんってそんな馴れ馴れしく呼ぶ関係なわけ!?やっぱり貴女……!」

「彼女さんですか?」

ぴたりとその人の動きが止まり途端に頬が赤く染まる。やっぱり。銀ちゃんの彼女さんなんだ。
銀ちゃんたらこんなに綺麗な人と付き合ってるんだ。女性関係に関してはかなりフラフラしてるかと思ったら意外としっかりしてるんだなぁ。

「やっだー彼女なんて!わかっちゃったぁ?もしかしてオーラ的なものが出ちゃってた?もー困っちゃうー!あ、わたしのことはさっちゃんって呼んでね!貴女名前は?」

「姫です。まさか銀ちゃんの彼女さんに会えるなんて」

「キャーーーー!!とんでもなく綺麗な子だから色仕掛けで銀さんに迫ってるのかと思ってつい声かけちゃったけど貴女とっても良い子じゃなーい!疑っちゃってごめんなさいね!姫、宜しくね!」

ぶんぶんと手を握られて振られたお陰で買い物袋がガサガサと音を立てている。中身はマヨネーズだから問題ないのだけど。

お詫びの印に!と言ってさっちゃんがくれたのは変装用に使っているという眼鏡。薄いピンクの細いフレームがシンプルでかわいい。
眼鏡ってかけたことないなぁ。早速かけてみると度が入っていないみたいで視界は変わらないけれどさっちゃんが似合うわよ!と褒めてくれるから嬉しくなる。

「ありがとうございます」

「もう、堅苦しいのはやめてね!貴女とはもうお友達なんだから!あっそろそろ行かなきゃ!またゆっくり会いましょうね!」

「うん、さっちゃん。またね」

手を振ると目の前から突然消えた。
忍者みたい。すごいなぁ。
さて、わたしも屯所に戻らなきゃ。
眼鏡を大切に閉まって歩き出そうとすると、後ろから声がかかる。

「姫ちゃん?」

振り返ると、今さっきまで話題の中心だった銀色の彼がいた。

「帰って来たんだな。元気そうじゃねぇか」

「銀………ちゃん」

「いやー参ったぜ。姫ちゃんがいない間真選組にはアイツの情報掴むために働かされるわ神楽と沖田くんは喧嘩ばっかりで器物破損しまくるわでさー」

そのヘラリとした顔を見て涙がポロリと溢れたのは高杉さんの左目の記憶の中にいた彼の、唯一の涙を見てしまったからだ。ふわりと揺れる銀髪が記憶と重なってフラッシュバックする。

「え、ちょっとなんで泣くの。どーしたの。高杉のヤローになんかされた?」

突然泣き出したわたしに困った様子で駆け寄ってくる銀ちゃん。言葉が出ない。それ以前にこんなこと、軽々しく言える内容でもない。精一杯の気持ちを込めて正面から抱きついた。

「ええええ姫ちゃんマジでどーした!?そんなにギュってされると変な気持ちになっちゃうんですけどォォォォ!!なにこれ、俺腕回しちゃっていいの!?回すよ!?回しちゃうよ!?」


「ダメに決まってんでしょーが旦那。両手上げな。未成年淫行条例違反の罪で現行犯逮捕する」

「いやいやいやいや俺は何もしてねぇって!お宅の姫ちゃんが突っ込んできただけだからね!?いや突っ込みたいのは俺なんだけどあ痛ただだだたた!!ちょっ沖田くん刃が当たってる!!当たってるから!」


「オイ姫。いつまで旦那にくっついてんだ。俺はそっちじゃねーぞ」

総悟くんの手によってべりっと音がするくらい強制的に銀ちゃんから剥がされると、銀ちゃんが頭から血を流しながら心配そうに覗き込んでくる。
そこに触れて傷を塞ぐと、ふわふわの髪が手をくすぐった。

「銀ちゃん、もしかして高杉さんは本当は銀ちゃんのために……」

「無事に帰ってこられて良かったな」

わたしの言葉を遮って雑に頭を撫でて、銀ちゃんは優しく笑った。
言いたいことが伝わったのかわからないけど、これ以上はいうなと訴えているような雰囲気だった。

「銀ちゃん……」

「帰る場所がちゃんとあって良かったな。真選組追い出されたらいつでも万事屋に来いよー。あとあんま人前で泣くんじゃねーぞ。銀さんムラムラし…痛っ!」

最後の一言で総悟くんが投げた石が銀ちゃんの頭にガンッと音を立てて当たったせいでまた血が出てしまった。せっかく治したのに。
銀ちゃんはそのままヒラヒラと手を振って行ってしまう。

「銀ちゃん、さっき彼女さんに会ったよ。綺麗な人だね。大切にね!」

その後ろ姿に声をかけると、銀ちゃんは何もないところで派手にすっ転んだ。

「いや誰だよ」

「へー、旦那いつの間に女ができたんですか」

「出来てねーわ!未だに姫ちゃん狙ってるわ!」

「そりゃ残念。一生独身ですねィ」

「チッ、クソったれ」


銀ちゃんが見えなくなってから総悟くんは地面に落としてしまったマヨネーズの袋を拾い上げてわたしの手を取った。

「帰るぜィ」

「迎えに来てくれたの?」

「いつ残夢だかザンザスだかが襲ってくるかわかんねーからな。取り込み中だったようで、」

「あ…あれは……ごめんなさい。ちょっと思い出しちゃって……」

「帰ったら滅茶苦茶にしてやらァ」

「な……なにを?」

「言っていいのか?」

ニヤリと笑った総悟くんはわたしの耳元で悪魔の言葉を囁いた。












「オィィイイイイイィ誰だ俺のマヨネーズにタバスコ混ぜたのはァァァ!!!水…!なんだこの水ぅぅぅゴホッゴホッゴホッオェッ!!!」

「恨むなら姫を恨んでくだせぇ土方さん。全ては姫が撒いた種なんで」

「土方さんごめんなさい…!わたしが銀ちゃんに抱きついたばっかりに……」

「意味わかんないんだけどォォォォ!俺全く関係ないよね!?」

「ちょっと副長、静かにしてもらえませんか?夕飯ゆっくり食べたいんですけど……あれ姫ちゃん、今日眼鏡なの?珍しいね…っていうかめっちゃエ…」

「それ以上言ったら殺すぞザキ」

「ヒィィィィぃなんも言ってないです!」

「これ、銀ちゃんの彼女さんに貰ったんです!伊達眼鏡なんですけど今日は記念にかけてみました」

「えっ旦那の彼女?いたっけ?」

「ゴホッゴホッ……あの万年ニート野郎に彼女なんかいるわけねーだろ。見間違いだろ、姫」

「え?でも確かに彼女って……忍者みたいな身のこなしでとっても綺麗な人でしたよ」

「あー、そりゃ近藤さんの女版みたいなもんだ」

「近藤さんの……?じゃあとっても素敵な人なんですね」

「あ〜〜コレコレ、このド天然な返し……やっと姫ちゃんが帰ってきたって感じですね〜。姫ちゃんがいない間なんてもう毎日葬式みたいなもんで沖田隊長なんて…うぐっ!!!」

「次喋ったら殺すって言ったよなァ?」

「言ってない言ってない!!そんなこと一言も言ってなアーーーッッ!!」

山崎さんが総悟くんにいじられてボコボコにされている風景は、見慣れた…と言っては失礼だけどいつもの真選組だ。ああ、帰ってこれたんだなぁ。

「あはは」

「ちょっと、姫ちゃんまで笑わないでよ…」


皆さん、もうしばらくお世話になります。