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25.プロムナードをご一緒に







江戸に帰る時間は、まるで散歩をするようにゆったりと過ぎていった。
昼間は船内の雑用が中心で、負傷した人がいれば力を使って手当てをする。時には万斉さんの気まぐれに付き合って音を合わせることもある。武市さんは博識で面白い話をたくさんしてくれる。

夜はまた子さんと秘密の女子会。
それが終わるとお茶を飲みながらガールズトーク。
また子さんは高杉さんのことを慕っているみたいで、こういうところに痺れるッス!と頬を染めながら話す様子はその辺にいる女の子と変わらない。

そして月が出ている夜は甲板に高杉さんがいる。
何かを話すわけでもないが、もう高杉さんに対する恐怖や不安はすっかり抜け落ちてしまった。

「明日江戸の上空に船を停める。王子様が首を長くして待ってるぜ」

「はい、ありがとうございました」

「…お前を降ろすのはちいと惜しいが………」

「高杉さんが降りろって言ったのに」


話しながら近くに来た高杉さんの指がわたしの髪に触れた。
身体のラインは細く見えるけれど近づけば目に入る厚い胸板に太く逞しい腕から、この人が戦いの中に身を置く男の人だとはっきりとわかる。


髪から滑り落ちた掌は頬に移り、上を向かされてしっかりと目が合う。隻眼の奥は澄んだ色をしているように見えるのに、光を反射した途端ギラギラと輝いている。また子さんが夢中になるのもわかる気がする。この人には不思議な魅力がある。

距離が近くなったことでまたキスマークを付けられるんじゃないかと後退りするように足を引くと、それより速く高杉さんの唇が頸に触れた。それは落とすように優しく触れただけですぐに離れた。

「…『人を惑わす美しさ』、か。容姿だけでもねェが…………」


「今度拐いに来る時は真選組の玄関から来てくださいね」

「たかがひとりの女の為に真正面から突っ込んでいくほど暇じゃねェぞ、俺たちは」

「ふふ、そうですね」

「船を降りたら敵だ。覚えておきな」

「わたしは真選組の人間と言ってもただの女中なので個人的にはもうみなさんとお友達だと思っていますけど」

「ククッ……攘夷志士とっ捕まえてお友達たァ酔狂なこった。お前といると世の中が馬鹿馬鹿しくならァ」


煙管の灰を落として高杉さんは船の中に入っていった。
わたしは紫煙の香りが秋の夜空に吸い込まれてゆっくりと消えていく様を眺めていた。









明くる日、高杉さんの言葉通り鬼兵隊の船は江戸の上空にあった。
眼下には真選組が乗った船がある。
船の先頭に取り付けられた大砲がこちらに向き、ピリピリとした空気が漂ってくる。臨戦態勢だ。


「真選組に告ぐ!この女を返して欲しければ武器を捨て降伏するッス!さもないとこの女を海のもずくにするッス!」

「また子さん『もくず』だよ。それにしても凄い茶番だね…」

「ちょ、声が大きいッス!アンタを大人しく帰すと何かと不都合があるんスから言われた通りにするッス!」

「きゃーー助けてーー」

「フハハハハ!この娘、鬼兵隊参謀武市変平太の思うまま、みだらであられもない格好にして差し上げましょう!まずはナース服に着せ替えましょうか!」

「それは本当にいやー!」


「ぐっ……畜生!姫ちゃん待っててくれ今助けるからな!」

遠くでこちらの様子を見ている近藤さんが悔しそうに唇を噛んでいる。
攻撃したくてもわたしがいるから迂闊に近づけないでいるようだ。どうやらわたしはちゃんと人質に見られているらしい。

「…晋助、どうする。いっその事この機会に奴等を潰しておくか」

「放っておけ。今は小物に構っている暇はねェ」


ドーーン!と大きな音と衝撃が船に広がる。
甲板から覗くと、大砲を放っているようだ。あれ?やっぱりわたし人質の意味なし?

「オイイイイ総悟おおおお!!」

近藤さんと土方さんの怒号が聞こえる。

「ちょっとちょっとちょっと!撃ってきましたよアイツ等!姫!アンタ本当に一番隊隊長の女なんスか!?」

「また子さん、大砲打ってるの、まさに彼……沖田総悟ですよ」

「総悟くんひどい……やりそうだけど…!」

このままだと本格的に戦いが起こりそうだ。
わたしひとりのために怪我人が出るのは避けたい。
いっそこのまま下に飛び降りようか。
縄で後ろに縛られた腕にぎゅっと力を込めると、高杉さんがわたしの身体を引き寄せて首元に抜身の刀を当てた。真選組のみんなが息を飲む。

「高杉ィ……お前にその女は勿体無ェ。大人しくそいつを引き渡しな」

総悟くんだ。久しぶりに声が聞けてなんだが涙が出てくる。

「その様子じゃ挨拶は気に入ってもらえたみてェだな」

頭の上で高杉さんが喉を鳴らして笑う。
あの挨拶とはいつぞやのキスマークのことだ。
あの事まだ許してませんよ、高杉さん。

「まぁな。そいつを船に乗せたところで百害あって一利なしだぜ。平和ボケに当てられて世の中ぶっ壊す気もなくなるぜィ」

「クク……確かに暫くここに置いていたが悪影響だったなァ」

「ちょっと、わたしの悪口の言い合いになっていませんか」


拘束されて刀が首元にあってもこんなに冷静でいられるのは、鬼兵隊で過ごした時間がわたしにとって実りあるものだったからだ。
殺されるかもしれないと覚悟を決めて乗った船でまさかこんな関係になるとは思わなかった。

ーー優しかった。例え反幕府のテロリストと呼ばれていてもその行動の全てに理由があることを知った。
人の命を奪うことは許せることではない。でもどうか、彼等が最後に行き着く先に光があって欲しい。
だから、今日は誰の血も見たくない。


「送ってくれてありがとうございました。高杉さん、みなさん。お元気で」

「飽きたら来い。拾ってやる」

「ふふ、その時はお願いします」

大きく一歩踏み出すと同時に、高杉さんはわかっていたように刀を下げてわたしの背中を押した。

重力に従い、冷たい風を切って下に落ちていく。

「姫!」

「姫ちゃん!!」

下から土方さんと近藤さんの声がする。
空を見ると高杉さんはもういなかった。代わりにまた子さんが心配そうに覗き込んでいる。それじゃあバレちゃうよ、また子さん。ニコッと笑うと、安心したようにその場を離れていった。またね。


ドサっと何かに包まれる衝撃。あったかい。
頭の上で溜息が聞こえる。

「……ただいま」

「ただいまじゃねーぞ、マジで」

声が低いのは機嫌が悪い証拠だ。
床に下ろされて、土方さんが腕の縄を切って解いてくれた。わたしを受け止めてくれた総悟くんは早々に船の中に引っ込んでしまった。

「局長、奴等を追いますか」

「いや、撤退だ。戦う意思はないらしい。奴らにしては随分簡単に退いていくな…」

見上げると鬼兵隊の船がどんどん遠ざかって小さくなっていく。……また会えるといいな。

「姫、怪我はねぇか」

「大丈夫です、土方さん。みなさんも来てくれてありがとうございます」

周りを見渡しても負傷した人はいなさそうだ。
良かった。

「本当に無事で良かった!まさかお通ちゃんのライブに出かけていった君が鬼兵隊に拐われるとは思ってもみなかったよ。姫ちゃんのことは攘夷志士の中でも噂になっていたらしい。…警戒が足りなかった。怖い思いをさせて済まなかった」

「近藤さん、わたしが勝手に行動したんです、謝らないでください。ご心配をおかけしてすみませんでした」

ポンと頭に大きな手が乗る。土方さんだ。煙草に火を付けて白い煙を吐き出している。

「奴等の動向を探っていたのは総悟だ。一度宇宙に出てから再び戻ってくるのをいち早く察知して俺たちも船を出して待機してた。…あんな態度だがお前のこと心配で荒れまくって大変だったんだぞ。行ってやれ」

「…はい」



船内に入り階段を降りて総悟くんを探していると、奥の小さな部屋に連れ込まれた。扉が閉まるのと同時にカチャリと鍵をかける音が聞こえる。
強く抱き締めるこの腕が誰のものかわかっているから、同じくらいぎゅっと抱き締め返す。

「ごめんなさい」

「絶対ェ許さねぇ」

わたしは総悟くんを怒らせたり呆れさせるのが得意みたいだ。何度かこんなやり取りをした覚えがある。今回ばかりは反省した方が良さそうだ。でもその前に…。

「総悟くん、キスしたい」

「もうアンタの言うことは聞かねェ」

「お願い、総悟くん。させて?」

背伸びしながらぎゅっと力を込めて引き寄せると、仕方ないと言わんばかりに思いっきり嫌そうな顔が降りてくる。
わたしから何度か触れるだけのキスをしても総悟くんは動かない。本当にわたしがするのを受け入れるだけらしい。

今はそれでもいい。ようやくこうして会えたから。
離れていた時間の分だけ触れていたいし、心配をかけてしまった分だけ愛情を示したかった。

少しだけ勇気を出して、唇を開いて舌を出して舐めるように彼の下唇を甘噛みする。何度か角度を変えて舌で隙間をなぞると力が入っていない唇が薄く開き、誘われるようにそこに浅く入り込んだ。

いつも総悟くんがしてくれることを思い出しながら舌を絡めると、それまでピクリともしなかった総悟くんが突然動き出した。
わたしを壁際まで追い詰めて身動きが取れなくしてから帯をほどき着物の合わせ目に手を伸ばす。冷たい手が首元に触れて肩が震える。まさかここで?

「そ、総悟くん」

「誘ったのは姫だぜィ」

「誰か来ちゃう…」

「さっきから全身奴の煙が臭くて仕方ねェ。消してやる」

「待って、」

「三週間も待たせてこれ以上待てって?……言ったろ。アンタの言うことは聞かねェ」

有無を言わせない強い口調で今度は総悟くんから熱い唇が落とされた。

「…心配させやがって」

吐き捨てるように言ったその一言で、もう逆らうことはできなかった。













「で?テロリストの船乗ってまで何してきたんでィ」

「宇宙旅行に行きたくなっちゃって、乗せてもらったの」

「へェ、それで何も言わずに三週間も?」

「……うん」

「じゃあ部屋にあったコレは捨てていってことだな?」

「あ!それ……」

屯所に戻ったわたしは早速、総悟くんの部屋で正座させられている。彼の手にあったのは書庫からこっそり持ち出したあの書物だ。

「全く関係ねぇなら燃やしちまっていいなよなァ?どういうわけで姫の部屋に置いてあったかは知らねーが、もともと処分するモンだし」

「あの…それは……その、」

「なら身体に聞くとするか。口より幾分か素直だしなァ?」

「その書物のアレス族について調べに行ってました!わたしはその血を引いてるかもしれなくて!……あ、今のなしで…」

「ちょっと待て。どういうことでィ」

「……はっきりするまでは言わないつもりだったんだけど………」


順を追って詳しく答えようとするけど、屯所に着いた時からもう眠くて仕方なくて、総悟くんの部屋の匂いに余計に安心して船を漕ぎ始めてしまう。

「………えっと…………」

いよいよ力が抜けて目を閉じると、総悟くんが抱き留めてくれた。

「…事情聴取は明日にするか」

その日、久しぶりに彼の体温に包まれて深い深い眠りに落ちた。