24.今夜のことは内緒にしてね
船が空を飛んで一週間。
何度か停泊して鬼兵隊の用事を済ませながらあっという間に宇宙に辿り着いていた。
小さめの食堂で洗い物をしていると、万斉さんが訪れた。少し息が上がっている。
「姫殿、頼まれてくれぬか」
「はい、どうしました?」
タオルで手の水分を拭き取って付いていくと、処置室のような部屋に通される。ここは、普段使われることはない。……怪我人が出ない限りは。
簡易的なベッドに寝かされているのは、よく知った人だった。
「また子さん!」
駆け寄るとピンク色の着物の肩の下辺りが赤く濡れ、薄く開いた唇からはヒュウヒュウと細い呼吸が漏れている。
「敵の安い挑発に乗ってこの様でござる。当たりどころが思わしくなくてな」
血が止まらない傷口を手のひらで止血するように上から押さえて力を注いでそれを閉じると、一呼吸置いてまた子さんの苦しげな表情も和らぎ呼吸も落ち着いた。
「良かった……」
「此奴に代わって礼を言うでござる。何度見ても不思議な光景でござるな」
「わたしには有り余る力です」
「…お主は、目覚めてから寂しそうでござるな」
「……さみしいです、本当はどこにも行きたくない」
総悟くんの隣から離れたくない。
でも思い出してしまった。最後の夜のこと。
あの子の無事を確かめなきゃいけない。
元の世界に帰ったら、きっともうここには戻れない。
でも……行かなきゃ。
「大切なものが増えれば増える分だけ、抱えきれなくなって…一番大切なものが零れ落ちていってしまいそうで、こわいです」
万斉さんに何を言ってるんだろう……、恥ずかしくなって部屋を出ようとすると肩を掴まれた。
「一人で抱えているから落としてしまうのではないか」
「え…?」
「大切なものなら独り占めせず分け合えばいい。その細腕で抱えるよりもずっと楽になるでござるよ」
「ここにいる人たちはみんな本当にテロリストなんですか?なんだか、みんな……真選組にいる時と変わらないくらい優しいですね」
「テロリストと呼ばれたって人間、人の心くらい持っているでござる。正義の形が違うだけのこと。尤も…あの男は正義なんて感情で動いているわけではござらんが」
「…みんな、自分なりの方法で戦ったり守ったりしているんですね」
「姫殿の強さはその力だけではござらん。拙者には聞こえるでござるよ、内に秘めた強い音が。それは、治癒の力がなくても充分に響いている」
「…ありがとうございます万斉さん。わたしにできることをやってみます」
その日の夜、目を覚ましたまた子さんが部屋に来てくれた。お茶でも飲もうと提案して食堂でお湯を沸かしていると、後ろから声が掛かる。
「……礼を言うッス」
てっきり部屋で待っていると思ってた。
また子さんはボソッとわたしの背中にそれだけ言った。
いつも威勢のいいハキハキした話し方なのに、聞き逃してしまいそうなほど小さくぶっきらぼうなその一言に思わず笑ってしまう。
「あはは」
「ちょ、何笑ってんスか!人がせっかく感謝の気持ちを伝えてんのに!」
「また子さんのそういうところ、好き」
「はぁ!?好きとか嫌いとかの話じゃないッス!本当、アンタとは気が合わないッス!」
「そうかな?わたしはすっごく気が合うと思うけど」
沸かしたお湯を急須に煎れて、振り向いた。
「ねぇまた子さん、お願いがあるの」
内緒の話、聞いてくれる?
*
「姫、客だ」
宇宙に入った船が何度目かの停泊した日、高杉さんに呼ばれて広間のような部屋に通された。
お客さん?誰だろう、宇宙に知り合いなんていない。
「君がシンスケの言ってたオヒメサマ?」
「ひゃっ…!?」
誰もいないと思っていた部屋に、いつの間にいたんだろうと思うほど自然にピンク色の髪をした男の人が立っていて驚いて変な声を上げてしまった。
距離が、近い。上から下まで遠慮のない視線が向けられる。
「へー、本当に綺麗だね。噂通り『見るものを惑わせる美しさ』だね」
「え……」
「シンスケに呼ばれたんだ。君にアレス族について教えてやってって」
「何か知っているんですか?」
「まぁ座ろうよ。俺は宇宙海賊春雨、第七師団団長の神威。君の名前は?」
「姫です、神威さん」
海賊と名乗った神威さんはニコニコ笑って一見良い人そう、だけど…この人を取り巻く空気が、刺すように張り詰めている。きっとこの人も戦うのだ。
「で、アイツは副団長の阿伏兎」
「宜しくな、嬢ちゃん」
「!……よろしくお願いします」
振り返ると大柄の男性がいた。こんなに大きな人、どうして気付かなかったんだろう。もう他に人はいないかぐるりと部屋を見渡すと、高杉さんが窓辺に腰掛けて煙管を咥えていた。
座敷へ腰を下ろすと、さて、何から話して欲しい?
と神威さんが促す。この人が高杉さんの心当たりのある人だったんだ。
「ええと…、アレス族が滅ぼされた時のことを詳しく教えてください」
突然のことでぼんやりした質問をしてしまった。案の定、随分大雑把な質問だねと笑われてしまう。
「座って話すのは得意じゃないから手短に話すよ。アレス族については大まかに知ってるんだろ?
実際に彼等を殺したのは戦争に巻き込まれて精神を狂わされた兵士たちだけど……そう仕掛けたのは『残夢(ざんむ)』と呼ばれる男だよ。元々は坊さんだったらしいけど詳しいことは誰も知らない謎の多い男だ」
「『残夢』……という人は、彼らに恨みでもあったんでしょうか?」
「いや?むしろ好きな女がいたみたいだよ。その女の名は…なんて言ったっけな、とにかくその子が欲しかったけど、思いは届かず手に入らなかった。
だから彼女を殺して力を奪ったんだ。
アレス族の力の源は月の力が結晶になった物で『月の雫』と呼ばれていて、胸のあたりに核のように埋め込まれているらしい。
残夢はそれを奪い自分に埋め込むことで何百年も生き続けた。何度殺されても転生を繰り返す。それを数十年前に最後に殺したのが、鳳仙……俺たち夜兎族だ」
「………好きな人を殺してまで力が欲しかったんでしょうか……」
「好きな女が手に入らないならせめて力だけでもって考えたんだろ。不死身になった残夢は戦争を支配した。
そうなるとアレス族の再生能力はもう必要ない。他にも『月の雫』を奪って同じ事をする奴が現れても困るからね。兵士を仕向け、彼等の核である月の雫を次々と壊していった。そして現れては宇宙の星を破壊し続けている。
歴史上では兵士の反逆で絶滅したと言われているけど、そう仕向けた黒幕はアイツだよ」
「そう、ですか……、」
そんなことがあったなんて知らなかった。
神威さんから聞いた話はあの書物と全く異なるものだった。
そういえば、と神威さんは明るく言う。
「姫もアレス族でしょ?まさか生き残りがいたなんて思わなかったよ。月の国に隠れていたんだね」
「いいえ、わたしは違います。ここへ来た時に月の神様から傷を治す力を貰ったんです」
「…へぇ?じゃあなんでアレス族の特徴によく似ているの?月の国の人はみんなそんな綺麗な顔してる訳?」
「えっと、月の国というのは別名というか……言い換えるとここより先の未来、というか」
「ちょっと待ってくれ。これは憶測だが…もしかして嬢ちゃん、奴等の子孫とか末裔とかそういう感じの…生まれ変わりってヤツなんじゃねぇのか?」
話を聞いていた阿伏兎さんが割って入ってきた。
わたしが彼らの子孫?生まれ変わり?そんなの、
「………あり得ない………」
呟いて、思い出す。
眠っていた間に聞いた囁くようなあの話し声を。
『危ないところだったね』
『命を蘇らせてはいけないよ』
『彼女は月の雫を奪われてしまった』
『私たちは月が溢した一雫の涙』
『君はわたしたちが最後に残したもの』
『奴が探しているよ、気をつけて』
『私たちの遠い遠い星の子どもよ………』
あり得ない?本当に?
仮にわたしがアレス族の血を引いているとしたら、この力は最初からわたしのものだということになる。それがこの世界へ来たことで目覚めた……?
この世界に来たのは、わたしが刺され、死にたくないと、あの子を守りたいと望んだからで。
もしそれさえも力を覚醒させるためのきっかけに過ぎないとしたら……あり得ない話じゃ、ない。
『アレス族の容姿は見るものを惑わせる美しさ』
『奴が探しているよ』
……考えすぎかもしれないけれど…それじゃああの夜にわたしを刺したあの人は、ただのストーカーじゃなかったのかもしれない……?
いつも満月の夜に頭の中に響く声は、殺されたアレス族たちのものだという確信はある。
アレス族が『月が溢した一雫の涙』から生まれたのなら、殺された彼等はまた月の一部に戻ったのだろうか。そして別の世界にある遥か未来に生きていたわたしをここへ呼んだとすると、その目的は?
『君はわたしたちが最後に残した希望』
……彼を止めるためにはわたしが必要だということ?
「もし阿伏兎さんの言う通りわたしがアレス族の血を引いているとしたら、納得できる部分はあります…そんなこと、考えてもみませんでした」
「俺は一眼見た時から姫はアレス族だと思ったけど?その見た目もそうだけど君は死が何かを知っているみたいだね。
命を操る種族……生と死、両方の空気を感じるよ」
まあ直感だけど、と軽い口調で言う神威さんの青い瞳は誰かを思わせる。あれ?今更だけどこの人と初めて会った気がしない。
いや、初対面なのだけど…、何処かで会ったことがあるような気がした。
「彼は…残夢は、本当に何度殺しても死なないんですか」
「鳳仙は確かに奴を殺したけどね。万が一また転生して出てくるようなことがあればその時は俺が殺るよ」
「まぁその『月の雫』の力がどこまで続くのかわからねぇけどな。もう何百年も使われてんだ、今度こそ消えてなくなったかもしれねぇな」
「………彼はきっと…また来ます」
わたしがアレス族の血を引いていてこの世界に来たことに理由があるなら、きっと彼はまだ完全に消えていないはず。
……元の世界に戻る前にやらなければいけないことができたみたい。
「だったら楽しみにしてるよ。何百年も生き続けている奴を今度こそ殺すのなんて楽しそうだからね」
「あーあ。全く、団長の戦い好きには困ったもんだ」
「じゃあ帰るよ。こんなに長く座ってたら身体が鈍る」
「ありがとうございました、何かお礼を……」
「生憎夜兎族は回復が早いんだ。治してほしい傷もないし……あ、そうだ。
姫、俺の女にならない?夜兎とアレス族の君ならより能力値が高い子が生まれそうだ」
「えと……ごめんなさい」
「即答かぁ。まぁいいや、次に会うまでに考えといて。じゃあねシンスケ、面白いことがあったらまた連絡して」
「じゃあな嬢ちゃん。また会えたらいいな」
「はい、阿伏兎さん」
2人が出て行って広間には高杉さんとわたしが残された。
高杉さんは始終無言で窓の外を見ていてわたしたちの話をどこまで聞いていたのかわからなかった。
「高杉さん、約束守ってくれてありがとうございました。お陰で色々なことがわかりました」
「契約通りお前にはうちの者や来島のために力を使って貰ってるからな。…やるべきことは決まったか」
「……はい。思ったより大変そうですけど」
高杉さんはゆっくりと立ち上がった。
「ところで随分来島と仲良くなったらしいなァ。毎晩夜中までコソコソと。何を企んでいるんだか」
「また子さんのことは叱らないでください。わたしが無理にお願いしているんです」
「ただ守られているだけのお姫様じゃねぇってこった。気に入ったぜ」
「高杉さん、わたしお姫様でもなんでもないんです。できればみんなと対等でいたいです」
「それがお前の戦う理由か」
「もっと単純です。みんなが大好きなんです」
高杉さんはそうかと呟いて、背中を向けた。
「お前はこの船を降りろ。このまま置いておこうと思ったが……こうも平和ボケした女がいちゃあ隊の士気が下がる。お姫様には腑抜けた真選組がお似合いだ」
「ふふ、高杉さん、優しいですね」
「……言ってろ」
船は江戸に向けて動き出す。