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22.真実をまだ知らない君へ







姫が消えた。

昨日、寺門通のライブ会場まで送って行った。
帰りは万事屋の眼鏡と帰るから大丈夫だと言って別れた。
実際、高杉率いる鬼兵隊の船が江戸に来ているとの情報があり、真相を確かめるためにあの後はすぐに出なければなからなかった。
船は見つからなかったが情報収集のために降りていたであろう鬼兵隊隊員の攘夷浪士を何人か斬った。
夜中屯所に戻ると姫が帰った様子はなかった。部屋は不自然なほど綺麗に片付けられていて胸が騒めく。朝になっても部屋の主が戻ることはなかった。




心当たりの一つである万事屋に行くと、鼻に指を突っ込んだ旦那が出た。

「おー遅かったじゃねーか総一郎くん」

「どういうことですかィ旦那」

「とりあえず上がりな。新八ィー、茶ー」

「銀さん、お客さんですかー?あれ、沖田さん。珍しいですね、姫さんと一緒じゃないなんて」


何も知らない様子の眼鏡が顔を出す。
不思議そうに姫と一緒じゃないか聞いてきた。その質問をしたかったのは俺の方だ。約束していると言ったのは嘘だったのか。ならば、アイツは自分から出て行ったことになる。


「………そういうことですかィ」

「総一郎くんさー、姫ちゃんのこと怒らないでやってくんない?黙って行くことすっげぇ悩んでたからね」

「勝手にいなくなられて怒らねェほど優しくねーんで」

「えっ、姫さんいなくなったんですか!?」

「いなくなったんじゃねーよ。ホラたまには違う男のことも知りたい時ってあるだろ?いろいろ味見して最終的には最初の男に戻って来るって映画あったよね?アレだよアレ」

「手が滑って殺しちまいそうなんで黙ってもらえやすか」

眼鏡がテーブルに置いた湯呑みから湯気がゆらゆらと揺れている。姫がいつも淹れてくれる茶を思い出す。

「銀さん、姫さんもしかして例の依頼の……」

「俺たちは依頼を受けて情報を伝えただけだ。まぁ本人も高杉が近づいてきていることには気づいてたようだけどな。なんでも…自分のことを諦めて貰いに行くって言ったぜ」

「で、わざわざ真正面から敵地へ?阿呆だとは思ってやしたがまさかこんなにどうしようもねェド阿呆とは思ってなかったでさァ」

「あの子らしいよなァ。…あとは力のことが何かわかるかも知れないってさ。あの子なりに戦いに行ったんだ。帰る場所用意して待っててやんな」

「相手があの高杉じゃなけりゃあ待っててやれるんですがね」

「まあな。あの力がありゃ殺されるってことはねェけど…アイツ何しでかすかわかんねぇからな」

「遅くなるなって言付け破ったんでお仕置き用意して迎えに行ってやりまさァ。放置プレイはされるよりする方が好きなんで」

「怖っわ。姫ちゃん帰ってこない方がいいんじゃないの。あ、そうそうこれ。総一郎くんが来たら渡してくれって」

旦那が引き出しから封筒を差し出してきた。
開くと便箋が一枚。控えめで整った文字で書いてあるのは、たった一行だった。

「………あーあ、言うこと聞かねェわ隠し事するわ他の男の所行くわでとんでもねェ女引っ掛けちまった」

「いつでも万事屋で引き取るよ?つーか銀さんもらっていい?」

「俺の女ならそんくらいじゃねぇと釣り合わねェって意味です旦那。他当たってくだせェ」

「何それ。沖田くん実はドMなわけ?」

「言うこと聞かねェ姫をあの手この手使って服従させるのが最高に楽しんで」

「あーなるほどね。そりゃ燃えるわ」

「……黙って聞いてりゃなんの話ですか……アンタら外でやれよ」


「たっだいまヨーーーーーー」

「あっ、お帰り神楽ちゃん、定春」

「ま、頃合い見て俺も動くとするよ。二つ目の依頼もあるからな」

「……頼みまさァ」


「げっお前何しに来たアルか!!サッサと帰れヨ」

「うるせーな言われなくても帰りまさァここにいるならブタ箱に住んだ方がよっぽどマシでィ」

「ちょっ沖田くんんんんんん!?」














目の前に血塗れの浪士が倒れている。

意識はなく、動かない。呼吸も弱く虫の息だ。
ゆっくりと近づいて側に膝をつくと、血の匂いがぐっと強くなって吐き気がする。
腹部に深い刺し傷があるのを確認してその傷をなぞると、身体の中の血がそこに吸い込まれていくように身体が重くなる。

『うわあああ……!』

この浪士の記憶が傷口から逆流する。
鋭い刃が迷いなく腹部に突き刺さる感覚を追体験する。
熱い、恐ろしい。思わず開いている手でそこを押さえる。知らない間に息が止まっていたみたいで、ゆっくりと長い息を吐いた。
浪士の腹部には何も残っていない。確かに今まで傷があったことを示すのは、赤く濡れた着物だけだ。


「……なんなんスか……これ……」

「これが治癒の力でござるか…俄に信じがたい」

「アレス族の話は聞いたことがあります。数百年前にほんの数人だけ確認された最早御伽話に近い歴史上の種族。それが何故今になって…彼女は何者なんです?」


「……次だ」


この人たちはどこからくるのだろう。
高杉さんに条件を提示すると、まずはこの力がどれほどのものなのか見せろと言われ次々と重症の浪士が運び込まれてくる。真選組の比じゃない。それだけ敵や戦いが多いのだろうか。

傷の記憶を取り込む中で、総悟くんや土方さん、真選組の隊士さんの姿を見た。この人たちは真選組の敵だ、こんな形で彼らの仕事を見ることになるとは思わなかった。
彼らが正義のために振り下ろした刃をわたしがここで塞き止めている。これは裏切りに値するのだろうか。
でも、わたしはこの力のことが知りたい。
そのために、ここにいる間だけは………。




そのうち、また子さんや武市さんが外されてわたしと高杉さんと万斉さんだけになった。
一度にこんなにたくさんの力を使ったのは初めてだ。何人の傷を引き受けたのかもう覚えていない。窓のない船の地下には月の光も届かない。身体が重い。限界が近づいていた。



「最後です」


怪我人を運んできた浪士達が重たそうにドサリと落とした『その人』は、床にぶつかって首がゴキリと音を立てても指一本動かなかった。指どころか……………心臓さえも動いていない。死後硬直が始まっていた。


「晋助、これ以上は………壊れるでござる」

「ただの実験だ。見たくなければ出ていろ」


意識が遠のいていく。
息が上がり、自力では体を支えることができない。
目の前にある亡骸。ああ、この人は死んでしまったんだ。僅かに残ったこの力だけでは生き返らせることができるなんて到底思えない。
何より、この人はもう最期まで辿り着いてしまった。これ以上命の行く先をわたしが動かしては、だめだ。


高杉さんが背後からわたしの身体を支えて片手で視界を遮った。目の前が真っ暗になった途端、猛烈な眠気に襲われる。何も考えられない。高杉さんのもう一本の手が、力の入らないわたしの手を取った。

「………だ…め………」


何をするか気づいた時には、指先がそれに触れたときだった。


「ーーいやああああ……!!!」


『死』という感覚を味わったのは、二度目。


胸に刃物を深く突き刺された衝撃と、落ちていく浮遊感。
赤い橋から落ちていくわたしを見て笑い、自分にナイフを突き立てる男、その傍らに倒れる女の子。

そうだ、わたしが守りたかったのは………。


この世界でずっとわたしを呼んでいてくれてたのは、あなただったんだね。

アイちゃん…………。















鬼兵隊の船内には動揺が広がっていた。

捕虜として捕らえたはずの少女が、負傷した隊員の傷を次々に治していったからだ。治したというより、最初から無かったかのように消えたという方が正しいか。
もう助からないだろうと覚悟をしていた者まで復帰して、いつでも戦える状態までに回復していた。
そして口々にこういうのだ、『神の夢を見た』と。

「神様が死の淵から救ってくれたんだ」


隊員は少女に会いたがったが、その願いは叶わない。
渦中の少女は、深い眠りの中にいる。



「…このまま目を覚まさないなんてことないッスよね」

「どうだかな。アレス族の力については拙者もよくわからん。力を使い切って眠っているだけならいいが…脈が、弱まっている」


姫は捕虜用の部屋から窓のある個室へと移された。外傷はなくただ眠っているかのように表情も落ち着いている。
だが日を追うごとに体温が下がり、脈も弱くなっていく。このまま死んでしまうのではないかと鬼兵隊の幹部達は焦りを感じていた。

また子と万斉は布団で死んだように眠る姫の元は足を運んでいた。そこに珍しく高杉が訪れた。


「晋助様……」

高杉は姫を見下ろすと、おろされた髪を掬い取った。細い髪は流れるように重力に従って指からさらりと流れ落ちる。意味はない動作だったが、万斉にはそれが彼女の意思に反して亡骸に触れさせた謝罪のようにも見えた。


ーー結果として、最後の隊員は生き返らなかった。
限界を超えて更に力を使わせたからか、薄れゆく意識の中で姫本人がそれを拒否したのか……恐らくその両方だろう。

中途半端に『死』を奪われた隊員の肉片は、文字通り蚯蚓のように地を這い、やがて動かなくなった。悍ましい光景だった。人の生を操る力とは、なんと恐ろしいものなのか。万斉はアレス族という種族が絶えた意味を理解した気がした。

高杉が姫の視界を遮っていた手を解くと、既に気を失っていた。そのまま、もう三日目が終わろうとしている。

小さな窓から月明かりが差し込んでくる。
やけに部屋が明るい。
また子はぼうっと光る窓の外を見つめて、姫が連れてこられてすぐの会話を思い出した。彼女は柔らかく微笑みながら、本気か冗談か分からないことをよく言ってまた子をからかった。


『月がないと死んじゃうの』


「………あ!月!」

「なんだ」

「晋助様!月ッス!この女、ここに来た時に外に出たがったんス。月がないと死んじゃうって……。冗談だったと思ったんスけど、もしかして…」

「…可能性に賭けてみるか。外に運ぶでござる」

万斉が姫を抱え、また子もそれに続く。甲板に出ると、深い闇の中にただひとつ月が光輝いていた。

今夜は満月だ。