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21.光の導くところまで







「おや、来てはいけないと言った筈だが…姫さん」

「貸していただいた本を返しに来ただけですよ、高松さん」


高松さんは診療所の奥に小さな屋敷があってそこに一人きりで住んでいる。今は体調が悪くて息子さんが戻ってきていると言っていた。
しんと静まり返った屋敷には、布団に横になっている高松さん以外の人がいるような気配はなかった。

暫く来ないうちに高松さんはぐんと痩せた。体重と一緒に体力も落ちて毎日うとうと眠ったり起きたりを繰り返していると笑った。


「長いこと仕事が忙しかったから今はのんびりしているよ。息子が来てくれて話し相手もいるし……ちょうど買い出しに出ているんだ。君が来るなら会わせたかったよ」

「息子さんに?」

「奴にいい嫁さんを探していてね。君ならぴったりだ」

「ふふ、以前近藤さんのことも言っていましたけど、高松さんは身の回りの男性のお嫁さんを探すのがお好きなんですね」

「いいや、好きなわけじゃないさ。ただ……所帯を持って守るべきものが増えることは幸せなことだ。私も妻がいて幸せだった」

「…わかる気がします」

「おや?君にはもう大切な人がいるような顔だね。野暮なことを言って済まないね。忘れておくれ」


「いえ……」


「……姫さん、せっかく来てもらっていたが、この診療所はもうすぐ閉めようと思う。息子もいつまでもここにいるわけにはいかないからね。だから…君に最後の宿題を出そう」

「宿題、ですか?」

「君はその胸の傷から……何を失って何を得た?
君が持つ特別な力を、使うべき人のために使いなさい。闇に飲み込まれてはいけないよ。そして……幸せになりなさい」


「高松さ……」

話疲れたようで高松さんは静かに眠りに落ちた。
しばらくして、そっと屋敷を後にした。

屯所に戻ってから土方さんにお願いしてもう一度だけ書庫の鍵を借りてアレス族について記されたあの本をこっそりと持ち帰り、部屋の鏡台の引き出しに大切に閉まった。
やはりあの棚にあった書物は処分になるとのことだった。この本は、彼らの悲しい歴史のことは、この世から無くしてはいけない。例え、誰も知らない物語だとしても。










「送ってくれてありがとう」

「終わる頃に迎えに来らァ」

「ううん、新八くんも来てるから一緒に帰る約束なの。総悟くんお仕事でしょ」

「…あんまり遅くなるなよ」

「はーい」

車でお通ちゃんのライブ会場まで送ってくれた総悟くんにお礼を言って、車から降りようとする。
ふと運転席を振り返ると大好きな人がわたしを見つめていた。
ミルクティ色の髪が夕陽に照らされてオレンジ色に輝いている。綺麗で息が止まりそう。

「引き留めないで。行きたくなくなっちゃう」

「なんにも言ってねェだろ」

「言ってる。目が行くなって言ってる」

「それは姫が思ってることだろィ」

「ほんとにいじわるだね、総悟くん」

「俺に付き合えるのなんて姫くらいなもんだな」

「そうだね」

わたしから総悟くんの唇に触れると少し驚いたようだったけど肩を抱いてキスを返してくれた。狭い車内で、身を寄せ合う。

「行ってきます」

ちゃんと帰ってくるから心配しないでね。






 



「姫殿でござるな」

後ろから耳元で響いた低く艶のある声。
初めて聞く声だった。
ライブ会場はお通ちゃんの歌で盛り上がっているのに、やけにはっきりと耳に届いた。

会場でチケットを受付の人に見せると、ライブが始まる前に控え室でお通ちゃんに会うことができた。
綺麗にライブ用のメイクをしたお通ちゃんにがんばってねと伝えると嬉しそうに笑っていた。きっと彼女は今回の件に何の関係もないのだろう。


すぐ後ろに人の気配がある。
周りから死角となっている関係者席にいるわたしたちに気付く人はいない。音楽が響く空間の中で、わたしと彼だけ切り取られたようだった。
…名前を知られている。振り向かず小さく頷くと、立つように促される。肩に手を回されて会場から連れ出された。


長い廊下を歩いて会場の裏口から外に繋がる扉の前でその人の足が止まった。ヘッドホンとサングラス。音楽関係者を思わせる出で立ちだ。表情がわからなくて、少し怖い。

「あなたがつんぽさんですか?」

「江戸ではそう呼ばれる時もある。拙者は河上万斉。お主を今から奴のところに連れていく」

「はい」

「随分と聞き分けがいいでござるな。手間が省けるが……。お主の音は、あの日のように静かで澄んでいるな。済まないが、少し眠ってくれ」

河上さんと名乗った人がサングラス越しにわたしの瞳を見た。と同時に首の後ろを叩かれたような重い衝撃が走り意識を失った。












「連れてきたでござる」

「追っ手は」

「いない。一人で来たようでござる。連れ去られるのがわかっていたかのように落ち着いていた」

腕の中に意識を失った女を抱えた万斉が船の甲板に上がると、高杉は煙管を手に出迎えた。
万斉の腕の中で眠る女を見る。間違いなくあの日自分の腕を治した少女だと確認する。

「幕府の犬がここを嗅ぎつけてやがる。今回は随分と仕事が早ェ。伝達に下ろしていた奴等が何人かやられた」

「足がつく前に江戸を離れた方が良いでござるな」

「こ……これは素晴らしい…!芸術作品のようですな。2、3年前の姿をぜひ見てみたかったです」

「武市先輩マジそういうのキモいッスよ。つーかなんすかこの女……人形みたいで怖いッスね。生きてんスか」

鬼兵隊の幹部達は物珍しげに姫を覗き込む。
『真選組が囲う月の国の姫君』と噂される少女は、息を呑むほどに美しかった。この世の人間ではないほどに。
高杉は指示を出して踵を返した。

「船を出せ。…来島、その女の面倒を見ろ」

「まじっスか」










目が覚めると、窓のない無機質な部屋にいた。
足は壁から伸びる鎖で繋がれている。身を起こすと、ジャラっと金属が擦れる音がした。
しばらく部屋の中をぼんやり眺めていると扉が空いて金髪の女の子が入ってきた。
派手なピンク色の着物は短く切られていて、気の強そうな彼女によく似合っていた。


「人形かと思ったら本当に生きてたんスね」

ツカツカと近づいてきてわたしの前に立つ。

「晋助様がどんな目的でアンタをここに呼んだか知らないッスけど、ここにいる間アンタの面倒は私が見る。この来島また子から逃げられると思わない方がいいッスよ」

「姫です。よろしくねまた子さん」

「馴れ合うつもりはないッス」

「女の子がいたなんて嬉しい」

「何呑気に話してんスか。調子が狂う女ッスね」

「呑気ってよく言われます」


また子さんは、はあー、とため息をついて壁にもたれかかった。

「ここはまた子さんたちの家?」

「家なわけないでしょ。船ッスよ船!これで宇宙まで行けるんスから!」

「船で宇宙に行けるの?すごい!」

「……アンタ顔に似合わずアホなんスね」











「どうでござるか、あの娘の様子は」

「どうもこうもただ顔が綺麗なだけの一般人じゃないッスか!ここが船だって言ったら宇宙に行けるとか喜んで平和ボケもいいところッスよ!聞けば真選組の女中だとか。人質にもならないあんな女連れてどうするつもりッスか」


「お前がそんなに捕虜と話すのは珍しいでござるな」

「……あの女、調子狂うっス」

「姫殿は月の国から来た姫君だと聞く。晋助は何かの交渉に使えると踏んだんだろう」

「まあ確かにそんな雰囲気はあるッスけど…なんでそんな人間が真選組で女中なんかやってんスか」

「さてな。…月の国から来たかぐや姫ならば、そのうち月へ帰るのだろう。それまでは自由に暮らしていてもバチは当たらん」

「いやまさに鬼兵隊が拐ってんスけど。自由奪ってるんスけど」

「彼女にも何か目的があるようにござる。暫くここで様子を見ればわかるのでないか」












次の日もまた子さんは部屋に来てくれた。
文句を言いながら食事や身の回りのお世話をしてくれる。
窓のない部屋は、時間の流れがわからない。
また子さんがいないと今が昼なのか夜なのかもわからなかった。


「また子さん、少しこの部屋から出られないかな?」

「出られるわけないっスよ。アンタ鎖で繋がれてるんスから」

「せめて外が見られたらなぁ……」

「アンタ、月の国のオヒメサマらしいじゃないッスか。月から離れると死ぬとか?まぁそんな柔な作りなわけ……」

「うん、月がないと死んじゃうの」

「な…………」

「ちょっと冗談。半分ほんと」

「なんなんスか本当!腹立つ!」

「ふふ」

「笑ってんじゃないッス!人質の自覚あるんスか!?」

「また子さん、いい人だね」

また子さんの怒ってる声を聞きながら笑っていると扉が開いて万斉さんが声をかけてくる。

「姫殿。晋助が呼んでるでござる」


万斉さんに連れてこられたのは地下にある倉庫のような広い部屋。無機質なライトが点々と薄暗い部屋を照らしている。その一番奥に、あの人がいた。

「よォ。どうだ、船の乗り心地は」

「また子さんが話し相手になってくれるから快適です。……お久しぶりです。高杉さん」

「もう来島を手懐けたのか……クク」

「どうしてわたしをこの船に呼んだんですか?」


「お前のその力の正体が知りてェ。真選組にいるんじゃあゆっくり話もできねェからなァ……。その力はどうやって得た?月の国のものか」


「これは絶滅したアレス族という種族の力を受け継いだものだと思います。それに月の力が加わっているのだと思いますが、わたしにもよくわかりません」

「……昔聞いたような名だな。どこまでの傷を治せる?」

「わかりません。わたしが今まで使ったのは切り傷や軽い病気だけです」

「面白ェ。その力…鬼兵隊のために使う気はねェか」

「ありません。わたしがここに来たのは、それが言いたかったからです。争いのために使いたくありません」

「断れば江戸が吹っ飛ぶとしてもか」

「……わたしが断らなくてもいずれそうするつもりなんですよね。江戸のことは真選組の皆さんにお任せします」

「…お姫様にしては威勢がいいじゃあねェか」


「ふふ、近くに捻くれてる人がいるんです。……わたしがこの船にいる間だけならこの力を使ってもいいですよ。
その代わり……条件があります」