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20.(おやすみ世界)







「わかったよ!姫姉ちゃん、これってそういう意味だったんだね!」

「そうそう、晴太くん覚えるの早いね」

「姫ちゃんは教えるのが上手いわね。勉強のことさっぱりわからないから助かったよ」

「いえ、晴太くんとっても理解が早いんです。これなら宿題もすぐ終わりますよ」

「すまんのう姫、折角遊びにきてくれたというのに。オイそこの天然パーマも謝れ。元はと言えば万事屋に晴太の夏休みの宿題を手伝うように頼んだんじゃぞ」

「手伝っただろーが。特に絵日記なんて量多すぎて大変だったんだぞ」

「それが寺子屋で酷い出来だと先生に怒られて追加の宿題を今やらされているんじゃろうが。全く…寺子屋に通っていたと聞いたから頼んだというに」

「俺が寺子屋で学んだのは勉強じゃないの。もっと使えるモンなの」

「銀ちゃん、もしかして寝てたの?」

「寝てませーんちょっと目を閉じて休んでたんですーそしたらいつも終わってたんですー」

「……聞いて呆れるな」

「姫姉、ここは?どうしてこうなの?」




『姫せんせー、ママがお迎え遅くなるって…待っ……い……?』


『満月にお願いごとしたら………う………な…』



「……………」

「姫姉?」

「んっ?ごめんね、どこ?」

「ここ!これがさー…」










「姫ちゃんに言おうか悩んだんだけど」

「高杉さんのこと?」

「…なに、知ってたの」

「知らないけど、もうすぐ会うかもって予感がするの」

「…ヅラから伝言。『奴は江戸に向かっている』ってさ」

「………やっぱり」


ひのやからの帰り道。

銀ちゃんが屯所まで送ってくれている。
原付の後ろは思ったよりも揺れて曲がるときに放り投げられそうになって怖い。
その度に銀ちゃんの広い背中にぎゅっとしがみついていると、ニヤニヤしながら振り返った。前見てください。

「姫ちゃん、そんなに抱きつかれると胸当たっちゃうんだけどわざと?わざと当ててんのそれ?このままちょっと休憩しちゃう?屯所じゃなくてガンダーラ・ブホテル目指しちゃう?」

「銀ちゃんてたまにすごくおじさんになるよね…ちょっと気持ち悪いです」

「オイ気持ち悪いってなんだよ。つーかほんとにアイツに会いに行くのかよ」

「…最後の日の記憶が戻り始めてるの。力のことも、あの人と話したら何かわかるような気がして……。万事屋さん、少しの間総悟くんと真選組のことお願いします」

「それ前の依頼とは別だよね?もうお食事券使い果たしてるからね?次会ったら報酬貰うよ?
……決めたなら止めねーけど…マジで気ィつけろよ。何かあったらアイツら抑えらんねぇぞ」

「うん、ありがとう。でも……わたしが自分から高杉さんのところに行ったなんて知れたらもう真選組にいられなくなっちゃうかな」

「男ってのは女の我儘聞いてナンボだからね。度量の広い男を選ばないとダメだよ姫ちゃん。……大丈夫。お前の決めたことなら受け入れる懐くらいアイツらだって持ってるよ。だから……そんな顔すんな。万が一真選組から追い出されたら万事屋で引き取ってやるよ」


「うん……」


「オーイそこの原付2ケツの天パ止まれーーー」

「ゲッ、噂をすれば」

パトカーが近づいてくる。土方さんだ。運転席には山崎さんもいる。見回りしていたのかな。
銀ちゃんは指示された通り原付を路肩に停めた。


「大人しくその後ろの女を引き渡せば今日のところは許してやる」

「いや誘拐したみたいになってっけど送ってきただけだからね!?感謝しろよ感謝」

原付から降りて銀ちゃんと改めて向かい合うと、くしゃくしゃと雑に頭を撫でられた。

「またな」

「ありがとう、銀ちゃん。神楽ちゃんと新八くんによろしくね」


次に会う時はどんな顔してるのかな、お互い。
笑って会えるといいな。
バイバイしてパトカーの後ろに乗り込んだ。


「万事屋と一緒だったのか」

「はい、子どもの勉強を一緒に見ていました」

「へぇ、万事屋の旦那が勉強をねぇ…碌に進まなかったんじゃない?」

「いいえ、とっても楽しかったです」



屯所に着くと総悟くん率いる一番隊が帰ってきたところだった。攘夷志士を五人逮捕したところだという。残っていた他の隊の隊士さんたちが労うようにワイワイと取り囲んで出迎えている。


「総悟くん!おかえりなさい」

「おう」

いつものように頭を撫でようとしたのだろうけど、その掌は血で汚れていたことに気付いて引っ込められたからわたしに触れることはなかった。

「総悟くん、怪我した人はいる?」

「重傷なやつはいねェ。あんな小物相手に間抜けにもかすり傷負ったのが二人いるが……放っとけ」

「そっか。じゃあ総悟くんはお風呂入ってきてね」

ぐいぐい背中を押してお風呂場まで連れて行って扉を閉めた。急いで総悟くんの部屋に着替えを取りに行き、浴室を見ないようにさっと脱衣所に置いて救護室へ向かった。


総悟くんがお風呂に入っている間に怪我をした隊士さんを呼んで手当てをした。高松さんの診療所に通ったお陰で、ひと通りの応急処置はできるようになった。最近では怪我をした隊士さんをここで手当てするのが通例になっていた。

包帯を巻いた上から指先ですっと撫でる。水を注ぐような感覚で、身体の中を巡っている力が隊士さんの傷に流れていくのがわかる。


「この薬、高松さんの秘伝の塗り薬ですっごくよく効くんですよ。良い治り方をすれば傷痕も残らないんですって」

「そうなのかい。なんだか痛みがなくなったような気がするよ!姫ちゃん、ありがとう」

「姫ちゃん、悪いけど俺にも塗ってくれるかい?」

「もちろん!」

高松さんが調合した薬は万能であらゆる傷に良く効く。それにわたしの力を少し加えているだけだ。包帯を取れば傷痕もなく綺麗に治っているだろう。

高松さんの診療所はまだお休み状態だ。
本人の体調が思わしくなく、遠方にいた息子さんを呼んで代わりに開業してもらっているらしい。心配だ。来なくていいと言われているけれど、お見舞いに行かないと。





「アンタは本当に言うこと聞かねーな」

二人目の隊士さんにも同じように薬を塗って包帯を巻いていると、お風呂から出た総悟くんが救護室の入り口からその様子を見ていた。チラリと顔を見ると完全に呆れている。

聞いていないフリをして、隊士さんの腕をすっと撫でた。総悟くんの圧に押された隊士さんたちはわたしにありがとうと言って、総悟くんにはお疲れ様です隊長!と叫んでそそくさと出て行った。救護室には私たちだけになる。


「そんなにバンバン力使って大丈夫か」

「それがね、軽い傷を治すくらいなら、もうわたしのところまで痛みは届かないの。力を使うたびに強くなってる気がする…傷を負ったときの記憶は見えちゃうけど…」

「そうかィ」

「このままいくとそのうちどんなものも治せちゃいそう」


そう、死んじゃった人とか。
そんな言葉が頭をよぎったけれど、口には出せなかった。


「怖ェか?」

「……怖いね」

どこまで大きくなっちゃうんだろう、この力は。
扱いきれなくなったらどうしよう。
でも、使い続けないといけない気がする。


「だったら使うのやめなせェ」

「ううん、この力を受け継いだのはわたし自身の意思だと思うから……。わたしがやるべきことがわかるまでは、逃げないことにしたの」

「俺としちゃあ大事はモンは常に手が届くところに置いて外に出したくねェんだが……姫は鳥みてェに手の内から飛びだして行っちまうな」

「鳥籠が狭いからじゃない?」

「俺の腕の中じゃ不満ってか」

「不満じゃないけど……たまには広い空を飛んで世界を見たい時もあるよ」

「我儘な小鳥だな」

「気が済んだらちゃんと巣に帰ってくるよ」

「ならその巣に名前でも書いとくこったな。知らない間にその辺の鳥に縄張りかっ攫われても知らねェぞ」

「それは巣が弱いんじゃないかな」

「言うじゃねーか。最近生意気になってきたな」

「総悟くんに似てきちゃった、やだな」

「やだじゃねェ。とりあえずその煩い口を閉じな」


総悟くんの皮肉に言い返せるようになってきた自分に良い意味で成長を感じる。
こういう言い合いも、お互いの気持ちをわかっているからこそできる。
でも、本当に全部伝わってるのかな。わたし、こんなに好きだよ。好きって言葉じゃ足りないくらいに好きだよ。総悟くんに出会ってからわたしは生まれ変わったみたいに自由になったよ。

重ねた唇からわたしの気持ちが全部流れて彼の中に溶けてしまえばいいのに。











「明日ね、お通ちゃんのライブに招待してもらってるの」

「前に一日局長やって人質になったアイドルか」

「うん。あれから仲良くなったんだよ。楽しみだなぁ」

一日の終わり。縁側でお茶を飲みながらぽつぽつとたわいもない話をする。こうしてここでゆっくり話すのもなんだか久しぶりだ。


「……高杉一派が江戸に向かって来てるらしい。気ィつけな」

「うん。総悟くんたちも忙しくなるね。怪我しないでね」

「奴には借りがある。きっちり返さねェと気が済まねぇ」

「なにか借りたの?」

「借りたっつーか貸したっつーか」

「仲良しだね」

「警察とテロリストが仲良しなわけねェだろィ」

「ふふ、冗談だよ」


夏の終わり、一緒にお墓参りに行って花火を見た夜からひと月近く経っていた。紅葉もちらほら見かけるようになったし、最近肌寒くなってきた。肩にかけたストールが風に揺れる。
季節が移り変わる。今年の夏は、本当に楽しかった。

縁側から降りて、風に乗って落ちてきた赤い葉の一枚を拾い上げる。綺麗な、燃えるような赤。総悟くんの瞳みたい。



「ねぇ、もしもわたしが元いたところに帰るって言ったらどうする?」

「……もしもの話は好きじゃねェが…そうだな、一生帰れねぇように姫のいた世界ごと粉々にしちまうかもな」

「ふふ、警察とは思えないセリフだね」

「俺は姫の前じゃあ一人の男だからな。惚れた女のためならテロリストにでもなってやらァ。まぁ実現しねぇことを祈っとけ」

「総悟くん、格好いい」

「本気で思ってんのかよ。故郷粉々にするって言われてんだぞ」

「思ってるよ。でも、大切な人がいるから……他の方法を探さなきゃね」

「確かに、姫の父親に挨拶しなきゃいけねぇしな」

「なんて?」

「娘さんを俺がいないとダメなくらいドMに調教してしまってすいやせん」

「それは………お父さんびっくりするよ」

「だからあっちに行くときは俺に許可取ってから行きなせェ。勝手にあちこちフラフラされると敵わねえ」


「うん。……ねぇ総悟くん、今夜から急に冷えるみたいだよ」

「へェ、そりゃあったかくして寝た方がいいな」

「一緒に寝たらあったかいと思うんだけど…どうかな?」

「…本当にそういう誘い文句はどこで覚えてくるんでィ」

「ふふ」

「その余裕な顔、早く解いてやりてェ」

「総悟くん、だいすきだよ」


「……あんまり煽ると後悔するぜ」


綺麗な顔が距離を詰めてくるから、力を抜いて受け入れると頭の中が総悟くんでいっぱいになる。
指と指が絡んで隙間なく繋がれると、積み上がった不安も恐怖もなにもかも、彼の前では崩れた砂の城のように形を無くす。今夜だけは彼から与えられる幸せの中に身を落としていたい。

傍らに置かれた真っ赤な紅葉が風に乗って舞い上がり、開け放ったわたしの部屋にスッと流れていった。
それを追うように、わたしを抱えた総悟くんも部屋に入り、襖を閉める。


おやすみなさい、わたしの世界。

しばらく、お別れだね。