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19.とろけて消えて星空へ





見回りから戻り、近藤さんから翌日の非番を言い渡されたのが夜のことだ。
そろそろ姉上の墓参りに行かなければならないと思っていた。ちょうど姫が来た時期から業務が忙しく、暫く顔を出せずにいた。それを汲んだのだろうか。

なぜなら明日は江戸一番の花火大会が行われる。
例年何かと問題が起こるこの日に真選組が暇なわけがない。現に今さっきまでいたのは花火会場で、不審な者はいないか、屋台の出店者に規則違反がいないかなどを見回ってきたところだ。非番など本来は取れる日ではない。


「帰りに姫ちゃんとゆっくり花火でも見て来い!あ、門限は21時だからな!」

「お気遣いありがとうごぜぇやす。でも一番隊隊長の俺が花火の見物で抜けるわけにゃいかんでしょう」

「この時期、家族のある者は郷に帰っている奴もいる。お前も暫くミツバ殿に顔を見せていないだろう。姫ちゃんのこともしっかり紹介しないとダメだぞ。いい機会だ、行ってきなさい」

強くはっきりと言われたらもう断れない。
近藤さんなりに気を回してくれたのだろう。
今回は堂々と仕事を休んで出歩くとするか。
そうと決まればすぐに女中のおばちゃんに交渉して姫の休みを貰った。肝心の彼女はどこにいるのか。

「姫」

部屋を尋ねると姫はもう眠っていた。
厳密に言うと机に伏していた。
本を読んでいて布団を敷く前に力尽きたのだろう。ブラックジャックと書かれた表紙の文庫本が大量に山積みになっている。

本を端へ追いやって布団を敷いて彼女をそこに横たわらせた。自分の帰りが遅いこともあるが最近見るのは寝顔ばかりだ。少し前までは眠くなるまで縁側に座りたわいもないことを話して過ごしていたのに。

「…あんまり放っとかれると、実力行使に出るぜ」

安心しきったように繰り返す一定の呼吸の上に唇を落とすと、甘いシャンプーの香りが鼻をくすぐる。

ふと耳のピアスがキラリと光を反射する。
自分の誕生日の日に買って姫に贈った物だ。
付けていろ、と言ったのは自分だが、あれ以来姫はずっとそれを身につけている。


ただの独占欲に過ぎなかった。
何も通していない綺麗なその穴を最初に見つけたのは自分だと示したかったからだ。
姫が望むなら、想いを伝えずいい友達を演じようと思っていた。

あの夜が、来るまでは。

初めてこの薄い桃色の唇が俺のものに触れたときの激情は忘れられない。
一瞬何が起きたか理解できなかった。
どちらかといえば控えめで、恋愛における惚れた腫れたに疎い鈍感な彼女がそこまでの行動に出るとは想像の範囲を軽く超えていた。
まさか、姫は俺のことを?いや、万事屋の旦那か誰かに唆されてふざけてやったんじゃないか。浮かれそうになる自分を必死で抑えた。

俺は姫が好きだ。だからこそ、彼女がそれをした意味を考えなければいけなかった。

暫く距離を取って冷静になろうとしていた時、廊下で山崎と話す姫が泣いているのを見た。衝動的に割って入り自室で話を聞こうとすると姫の口から出たのは俺にキスをしたことへの謝罪。
だが、その瞳は揺らいでいた。確信する。コイツも同じ気持ちを持っているんじゃないかと。


半ば強引に引き出す形になったが、『好き』という言葉がこんなにも胸に響く言葉だとは知らなかった。

恋仲になってから姫は今まで以上にニコニコと働くようになり二言目には総悟くん、と雛鳥のようにくっついてくるようになった。

正直なところ、めちゃくちゃに可愛い。顔には出さないが。息もつけなくなるほどに抱き締めて甘やかして可愛がってやりたいし、困って泣きながら俺に縋り付いてくるくらいに虐めてやりたい。
気がつけば仕事以外の時間は姫のことばかり考えるようになってしまった。そんなこと、想いが通じればなくなると思っていたのに。恋愛とは恐ろしいものだ。
姫が現れる前は剣のこと以外、何を考えて生きていたのか今となってはよく覚えていない。たったひとりの女に狂わされている。しかも相手は天然の鈍感女。末期だ。




そして今日、久しぶりに2人で町を歩いた。
団子屋の夫婦には姫と恋仲になったことを伝えると早く紹介しろと急かされていたため連れて行くと、案の定要らないことを言われた。
その足で姉上が眠る墓に向かう。
姫の反応が気になっていたが、杞憂だったようだ。墓の前に来るまでは沈んだ顔をしていたのに、挨拶を済ませ立ち上がるといつもの笑顔だった。その優しく全てを包み込んでくれる表情が、心の底から好きだと思う。

姉上、コイツが俺の生涯大切にすると決めた女です。アホで鈍感で、色んなモン背負っちまった女だが…何があっても守り通しやす。

激辛煎餅をバリバリ頬張っていると、ありがとうと、あの頃と同じ優しい声が囁いてくれたような気がした。
口の中の煎餅が辛くて涙が出てきて、姫に悟られないように必死だった。









「なんだか今日は賑やかだね」

「夜に花火大会があるの知らなかったのかィ」

「花火大会?だからみんな川の方に向かってるんだね」

墓参りを終え、手を繋いで寄り道をしながら帰路につく頃には夕方になっていた。人通りが急に増えてきた。今頃真選組も警備に当たっている頃だろう。


「……ねぇ総悟くん、もう少し帰り遅くなってもいいかな?」

「ハナからそのつもりでさァ。まぁ近藤さんには門限21時って言われたけどな」

「ありがとう!花火楽しみだなぁ」

夕日が姫の笑顔を明るく照らす。
チラチラと刺さるのはすれ違う男どもの不躾な視線。隊服だったなら今頃奴ら全員に手錠をかけているところだ。
見られていることに気付いていないのか気にしていないのか、姫はそういえば、と呑気に声を上げた。


「お団子屋さんでは意外だったなぁ。総悟くん、わたしのことで色々考えてくれていたんだね。いつもクールだから、意外だったよ」

「…俺のことがそう見えてんなら、まだ俺を知らねぇ証拠だ」

「え?」

「アンタのお陰で、どれだけここを揺さぶられているのか知りもしねぇだろうなァ」

ノックするように姫の着物の上から心臓の辺りを軽く叩いた。驚いたような表情に笑えてくる。

「今日もずっと心臓がうるさくて敵わねェ」

「そんなの、わたしもだよ」

姫はそう答えて恥ずかしそうに俺の胸に小さな握り拳をトンと置いた。
ほら、敵わねェ。
出店に寄ってりんご飴を買っていると見慣れた銀髪の男がやる気なさそうに客寄せをしていたが、この状況を見られるのは面倒なのでスルーすることにした。

いよいよ増えてきた人混みを避けるように辿り着いたのはあのサボりスポットもとい姫が倒れていた場所だ。姫を支えてやりながら手近な木の枝まで登り腰を下ろした。


「花火ね、小さい頃に家族みんなで見に来たことがあったの。両親が忙しくてお休みがなくて…一度だけ。楽しかったなぁ」

「母親はどんな人なんで?やっぱ姫に似てんのかィ」

「似てる…かなぁ?とっても優しくて綺麗な人でね、バイオリニストだったの。わたしもいつかお母さんのコンサートで一緒にステージに立ちたいと思ってピアノを習ってたんだよ」

「へぇ、いい夢持ってたんだな」

「うん、でもねお母さんが亡くなってからわたしがピアノ弾くとお父さんが悲しそうな顔するから、いつのまにか弾かなくなって辞めちゃったの」


姫が家族の話をするのは初めてだった。
ここへ来てから帰りたい、家族に会いたいと一度も言ったことはなかった。
姉上の墓参りをしたことで家族のことを…母親のことを思い出したのだろうか。

「姫の母親なら会ってみたかったな」

「わたしもミツバさんに会ってみたかったよ。きっとすごく気が合うと思うの。わたしたち総悟くんのことだいすきだから」


もういない家族のこと。
口に出すのは憚られる気がしていた。
思い出に足を絡めとられるのではないか、刀を握る上で足枷になるのではないかと。
だが目の前で家族の思い出を話す姫の表情は明るく、俺の姉上とこんな事を話してみたかったとか、あのお店に一緒に行けたら……なんて叶いもしない夢物語を楽しそうに言う。死んだからといって彼女の中で存在は変わらない。そこにずっといるんだ。ああ俺は……。


「姫のそういうところに惚れたんでさァ」

「どんなとこ?」

「アホ面ぶら下げてヘラヘラ笑ってるとこ」

「もの好きだね」

「お前もな」

「好きだよ」

「俺も」


笑い合ったとき、ちょうど花火が上がった。


「わあ…………!」

ドーンと大きな音をたてて咲いては消えていく花火を目の当たりにして姫は釘付けだ。会場からは少し離れているが、充分に迫力がある。

「綺麗………」

りんご飴を握りしめながら感嘆の言葉を溢す横顔に思わず見惚れる。俺もしばらく花火を見ていたがそのうちこっちを向いて欲しくなり、屈んでそれに歯を立てると、パリ、と水飴が割れて口の中に入ってきた。  

「あ!そこいちばん美味しいところ…!」

抗議しようとこちらを向いた姫は俺の顔が思ったよりもずっと近くにあって驚いただろう。これ以上ないくらいに距離を詰めて口づける。口の中で甘ったるい飴のかけらがチリチリと踊る。それを姫の舌に絡ませてやりながら蕩けそうな甘さを味わう。甘ェ。どこもかしこも。

花火の音が心臓から身体の節々に響いて消えていく。
2人で同じ鼓動を感じているような錯覚。ひとつの生き物になっている気さえした。

姫の指先から力が抜けていくのを確認すると、その手からりんご飴を奪い小さな口に齧らせる。
形のいい白い歯が控えめに飴を割る動作は想像以上に官能的だ。唇に張り付いた赤い飴を舌でなぞるように舐めて、再び口づける。もう無理と頭を振る小さな抵抗は見て見ぬ振りだ。

思う存分口腔内を堪能してやっと唇を離す頃には、姫は肩で息をして瞳は濡れ頬は桃色に染まっていた。この顔が堪らなくていつもついやり過ぎてしまう。身体の力が抜けた姫は俺にもたれ掛かった。


「続きは花火が終わるまで待ってやらァ」

近藤さんには悪いが、門限は守れそうにない。












「姫ちゃーん、郵便来てるよ」

「山崎さん、ありがとうございます」

珍しいね、と渡された厚みのある封筒の差し出し人を見て嬉しくなる。「お通ちゃんだ!」

ドキドキしながら部屋に戻って封を開けると、緩衝材に包まれたCDと手紙が入っていた。

『姫ちゃん、この間はどうもありがとうきびウンコ!来月新しいアルバムが出るから良かったら聴いてね!つんぽさんに姫ちゃんのこと話したらライブのチケット貰ったからぜひ来てネクロマンサー!』

封筒の一番下に、しっかりと包装されたチケットらしき紙があった。それを開けると、ふわりと香った紫煙。思い出されるのは、隻眼の………。

チケットに書かれた日付はニ週間後。
たった一枚のそれは片道切符のように見えた。
封筒に丁寧に戻して、箪笥の奥にそっと閉まった。