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16.サイレント・ナイト




「姫、最近ちゃんと寝てんのか?」


「え?」

副長室にお茶を持っていくと土方さんに唐突に質問されて間抜けな声が出た。土方さんは山積みになっている書類から目を離して休憩とばかりに筆を置いた。

「お前よく部屋の前で本開いたまま寝てるだろ。夜見回りしてる複数の奴らから報告受けてるぞ。『メスのカビゴンが廊下で寝ていて道を塞いでる』ってな」

「もう!わたしそんなに大きくないです!」

「勉強に熱心なのはいいことだが夜中に廊下で寝落ちするなんざ無防備なことはしないでくれ。何かあっても文句言えねぇぞ」


「…ごめんなさい。月が出ている日は外にいた方が調子がいいからつい……」

「月の光で身体が楽になるんだよな?俺も一度見かけたことがあるが…ありゃあまるで光合成だよなぁ、よーく見ると薄っすら光って………蛍みたいだよな」

「ふふ、停電になっても困りませんね」

「その時はお前を担いで屯所を走り回るとするか」

土方さんは冗談を言いながらお茶菓子を口に放り込んだ。巷では鬼の副長と呼ばれ恐れられていると聞いたことがあるけど、刀を下ろしているときは冗談も言うしこうして笑いながらお茶を飲んだりする。

「…これはプライベートの話だから答えなくてもいいが……アイツとは最近どうだ?その…なんつーか、上手くやってんのか?」

ことりと湯呑みを置いて土方さんが言った。
アイツとは十中八九、総悟くんのことである。

「はい、仲良しですよ。心配しなくてもお仕事サボってたら注意しますね」

「そうか。姫、アイツの寝顔見たことあるか?」

「寝顔?何度か見ていますけど……」

総悟くんの寝顔をなかなか見ることができないのは隊士達の中で有名な話だった。白昼堂々どこでも寝ている姿は見るけど屯所内外ではいつもあの赤いアイマスクを付けているからだ。
ただ、わたしや総悟くん本人の部屋ではアイマスクを付けずに寝ている。お妙ちゃんのバイト先であるキャバクラに行った次の日の朝に初めて間近でその綺麗な寝顔を見て以来、付き合ってからたまに一緒に寝ることもあってその度にドキドキと胸を鳴らしている。

わたしの言葉に土方さんは安心したようにまた「そうか」とだけ言った。


「そんなに気になりますか?総悟くんの寝顔………」

「いやそんなもん誰が気にするか見たくもねェわ。…アイツにはもう身内がいねぇからな。……仲の良い姉がいたんだが、…病で若くして逝っちまった。幼い頃から歳上の剣術バカたちに囲まれてあんな捻くれた性格になっちまったが…お前といると、どうやら年相応のただの男になるらしい」

「お姉さんが…………知りませんでした。総悟くんも、土方さんもみんな、自分のこと話してくれないから」

「男は過去のことを多く語らねぇもんさ。過去なんざ顧みず後ろよりも前を見据えて刀を握ってんだ。ただアイツにはひとりでいいから心を開ける相手がいればいいと思っていた。姫、総悟をよろしく頼む」

「はっ……はい!」


突然頭を下げられるもんだから正座をし直して背筋をピンと伸ばしてわたしも頭を下げた。
真剣に総悟くんのことをよろしくと言った土方さんは、いつも彼と喧嘩して騒いでいる人じゃないみたいだった。同じ出身で一緒に江戸に来てここまでやってきたのだから、家族以上の計り知れない特別な感情があるのだろう。

「…総悟くんにはわたしだけじゃありません。土方さんや近藤さんのことも同じくらい大切だと思います。真選組のことをいつも考えてくれている人です。刀を握る理由も、きっと土方さんと同じですよ」

「……アイツは女を見る目だけはあったようだな」


笑いながら流れるように煙草に火を付ける動作を目で追うと、バァンと部屋が開かれ同時にブシュウウウウウと低い音をたてて大量の粉のようなものが目の前に広がった。それは土方さんに直撃して部屋の中が真っ白になる。

「えっ!?」

「ゴホッゴホッゴホッオエッ!!!!!総悟!またテメーか!」

「困りやすぜ土方さん。姫に副流煙なんざ吸わせねぇでください。つーか同じ空気吸わないでくださいつーか死ね土方」

「ああ!?お前の消火器の方が健康被害あるだろーが!オイコラ待てどうすんだこれ!」

土方さんの言葉も聞かず総悟くんはわたしの手を取って立たせると部屋から出て廊下を歩き始めた。

「総悟くん、ちょっとやりすぎだよ…」

「アイツにはあのくらいが丁度いいでさァ。姫と2人きりで話した代金回収したようなモンだ。喉痛くねーか?」

「うん、大丈夫だけど……どこ行くの?」

「姫の部屋。今日はもう上がりだろ」

スタスタと歩みを進めて辿り着いたのは本当にわたしの部屋で、中に入ると昨日の晩はうたた寝してしまって結局使わずに朝しまったはずの布団がいつの間にか敷かれていた。

「お昼寝するの?まだお昼だよ」

「ああ。姫がな」

わたし?と返そうとすると布団に押し込まれる。総悟くんもちゃっかりと隣に入ってきて腕枕されている状態だ。本当に寝るつもりらしい。

「どういうこと?」

「睡眠時間削りすぎだ。夜起きてんならその分昼に寝てもバチは当たらねぇだろ」

掌で目を覆われて視界が暗くなると隠れていた眠気が急にやってくる。仕事中は忘れていたけど、すごく眠い。

「……一緒にサボれば怖くないってこと?」

「違ぇ。たまには一緒に寝かせろィ」

耳元で囁かれる心地よさに何も言い返せない。意識の遠くの方で、「ありがとな」と総悟くんの声が聞こえたような気がしたけれど、思考を全て手離して眠りに落ちた。








「予想よりすごくたくさんある………」

部屋が消火器の粉まみれになってしまった土方さんに謝りつつ倉庫の鍵を借りた。
重たい扉を押して足を踏み入れると古い事件の記録やそれに関する資料や書物がズラリと並べられている。

あれから総悟くんに促されるまま数時間ぐっすりと眠って目を覚ました頃に彼は仕事に行ってしまった。近藤さん、土方さんをはじめ一番隊や十番隊が出動していった。大きな事件なのだろうか。

「帰りは朝方になるかも知れねぇから先に休みな。今夜はくれぐれも部屋から出るなよ」

そう言って頭を撫でてくれた。
真選組が討伐や検挙に出る際、その内容についてはあまり詳しく教えてもらえない。どのくらいの規模でどのくらい危険な仕事なのかわたしにはわからない。
女中として真選組の中で働いてはいるけど一般人だし、守秘義務というものがあるだろう。心配させまいとしているのはわかっているからこちらから聞くようなことはしない。
いつもより静かになる屯所の中は、夏だというのに手足の先から冷えていくようだ。普段あまり使われない広い倉庫がそうさせるのだろうか。


「えーっと……これかな?」


書庫の奥の奥にそれらしい古い本を見つけて埃を手で軽く払うと『アレス族の繁栄と滅亡』と題された手書きのような字が目に入った。その下に『処分』と赤い判が押されている。近々捨てられるのかもしれない。


先日の高松さんの話がずっと気になっていた。
わたしと同じような能力を持ち消えた種族。能力を利用されて紛争の中で絶滅したと言っていた。その背景には何があったのか知りたかった。

ページを捲ると、長い間開かれなかったようで乾いた紙がパリッと音をたてた。


『ーーアレス族という天人は極めて珍しく少数しか確認されていないためその生まれも謎に包まれている。
特徴的なのは見る者を惑わせるほどの美しさと、再生能力である。ひとたび手を振れば瀕死の生き物をたちまち蘇らせ、領地開拓のため世界で戦争が始まると多くの兵士の命を再生し大いに貢献した。
その功績から「戦地の神」という意味でアレス族と呼ばれるようになり人々は彼らを手に入れるためにあらゆる手段を使い始める。


神の力で命を与える種族……その噂は瞬く間に広がり希少な彼らを巡って争いは勢いを増していった。


終わりは戦争終結に近づいた頃に訪れる。
幾度となく再生されてきた兵士たちの精神が壊れ始めたのだ。平凡に生きることも死ぬことも許されず繰り返し戦地に立たされ瀕死になればまた再生される……それを繰り返していく中で錯乱した兵士たちはアレス族に刃を向けた。

アレス族には欠点があった。自らや同じ種族を再生することはできないため、もともと少数であった彼らは絶滅した。こうして長きにわたった争いは終わりを迎えた。命を与えた者によって自らの命が奪われた悲しい種族である』



「そんな…………」




自分自身を治すことはできず、人に生を与えるために産まれた種族。その能力を多くの人が欲しがるあまり争いが起こり、最後には殺されてしまう。
そんな酷いことがあったんて。あまりに悲しい物語だ。


もしかしたらわたしは、アレス族の生まれ変わりと呼ばれるものなのだろうか。再生能力と書かれているが、治癒の力と共通点がある。
ここへ来たときに何らかの手が加わってアレス族の能力を引き継いだ?
月の力を受けるときにたまに聞こえるあの声の人と、何か関係があるのだろうか。彼らの能力を受け継いでいるとしたら、わたしも同じようになってしまうの?


徐に書庫を見渡して隅にある小さな机の引き出しを開くと、筆と紙、そしてハサミが目に入る。冷えた指先でそれを手に取り、ぐっと手首に押し当てて引いた。

「…っ!!」

痛みとともに血が数滴落ちる。
ハサミを置いた手で傷口を覆い、集中して「治って」と呟くも何も起こらない。怪我をした人に何度も使ってきたからこの能力の使い方はわかっている。傷痕も痛みも残らず消えるはず。けれど、痛みと血は止まらなかった。


「人々に命を与える一方で、自分には死しか与えられない……」 

それがアレス族の役目。
与え続けるだけではだめなんだ。
この能力は、諸刃の剣だ。使いようによっては、世界の秩序を壊してしまう。だから、彼らは消えてしまった。



『かつて神と呼ばれた存在は死を奪う者として恐れられ、死を与えられた』


最後のページの一文が、心臓に響いて痛いほどに全身を巡っていった。





どのくらいここにいたのだろう。
突然、ギイィと倉庫の扉が開いて誰かが入ってきた。見回りだろうか。そろそろ戻らないと。

「あ……斎藤さん」

入ってきたのは三番隊隊長の斎藤終さんだ。
シャイな性格でここ二年くらい声を聞いていない、と以前総悟くんが教えてくれたことがあった。

「お疲れさまです。見回りですか?」

声をかけると、ふるりと首を振る。
見回りではないらしい。資料を見に来たのだろうか。
傷つけた左手を隠しながら書物を返そうと奥の本棚の方に行くと、遠くの方でガチャンと金属音がした。
斎藤さん戻ったのかな?と思いながら書物を元あったところに入れると、斎藤さんはまだ倉庫にいて机の上の血を人先指で拭った。

「あ………」

鋭い眼差しが射抜くようにわたしを見据えた。
わたしのものだとわかっているのだろう。

すっと斎藤さんが近づいてきて、後ろに隠していた左手を掴んで傷を確認すると、自分の首巻きを破いてそれを強く縛ってくれた。

「斎藤さん、ありがとうございます。首巻き…新しい物をお返ししますね」

斎藤さんは、いいと言わんばかりに首を振って、扉を指さした。
不思議に思って近づくと、鍵が閉まっていて扉が動かない。もしかしてさっきの音は……施錠された!?

「土方さんからお借りした鍵、刺したままだった……!」


鍵を開けてそのまま倉庫に入ってしまったことに気付いた。鍵に気付いた見回りの人が施錠してしまったんだ。ここへ来たときは夕方だったけど日が長く明るかったから電気もつけていなかった。もう薄暗くなっているから中に人がいるとは思わなかったのだろう。
斎藤さんも資料を探している間に施錠されてしまったのだろう、言葉はないけど困っている感じがする。


「誰かいませんか…!?」

倉庫はとても頑丈にできている。声も外には届かないし、扉を壊すなんてもっての外だ。重要な書類がたくさんあるし、斎藤さんも刀を持っていない。
ただでさえ今夜は隊士が少ない上に総悟くんもいない。今夜は部屋から出るなと言われているし、わたしがいないことに気づいて探す人はいないだろう。


「……朝まで待ちましょう。きっと総悟くんが探しに来てくれます」

諦めて時間が過ぎるのを待とう。
なるべく明るいところにいようと小さな窓の下で腰を下ろすと、斎藤さんも隣に座った。

「ごめんなさい、わたしが鍵を外に刺していたから…」

謝ると、斎藤さんは安心させるように頭をぽんぽんと叩いてくれた。見た目は少し怖いけど、優しい人だ。

「そうだ!」

思い立ってテーブルの引き出しから紙と筆を取り出して、持っていく。

「良かったら、少しお話しませんか?」

言いながら筆に墨汁を含ませてさらさらと滑らせる。絵は少し苦手だ。思ったより不格好なアフロの人が出来上がった。

「斎藤さんです!似てますか?」

似顔絵を見せるとしばらく沈黙したあと、くつくつと肩を揺らした。口元は口布で見えないけど、笑ってくれてる!
斎藤さんも筆を取って文字を書いていく。やがてパラリと渡された紙を見て、涙が溢れた。

『姫さんが来てから真選組は明るくなったZ  ありがとう』



次の日の朝、見回りをしていた隊士から鍵を渡された土方さんが総悟くんを連れて倉庫を訪れると、絵や文字が書かれたたくさんの紙に囲まれて眠っているわたしと斎藤さんの姿があった。