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15.笑顔の裏の確かな物



「そういえば姫さんはどこの出なんだい?」

町医者である高松さんの小さな診療所でいつものようにお手伝いをしていると、ふと思い出したように問われて薬品を補充する手が止まった。
出身を聞かれている。なんて返そうか。

「……実は記憶が断片的で…幼い頃のことがわからないんです」

「ああ、そうかい…その身体の傷がついた時に落としちまったんだね」

残念そうに高松さんが言う。
この人はわたしがこの世界に来た時に治療をしてくれて、何度も往診に来てくれていた。事件前の記憶がないことも知っているから、咄嗟に記憶喪失ということにしてしまった。恩人に対して嘘をつくことに良心が痛むが、その他にいい返しが思いつかなかった。

「私は武州の出でねぇ…。農民ばかりの辺鄙な田舎の村さ。ああ、真選組の局長たちもそうだったね。彼らは若い頃から剣術の腕が立つと有名でね。私はそのうち江戸へ出てきたんだが、後から出て来た彼らの方が随分と立派になったね」

まるで自分の孫のことのように嬉しそうに話す高松さん。蓄えた白い髭が笑い声とともに震えている。そういえば、真選組のみんなの昔の話は聞いたことがなかった気がする。みんな揃って自分のことを多く語らないのだ。

「みなさん若い頃から武士の志を持っていたんですね」

「そうだねぇ、今は立派な幕府直属の武装警察だが、もとは剣しか脳のない浪士達の集まりだったのさ。血の気が多くて潰し合いも日常茶飯事。それをまとめ上げたのは近藤局長の手腕と人柄さね。皆幕府に仕えているというより近藤局長の人柄に惚れ込んでいるのさ」

「わかる気がします。近藤さんのおかげでわたしもこうして江戸で暮らしていられています」

近藤さんの優しい笑顔が浮かんでくる。
人望厚く、誰にでも手を差し伸べるような純粋さを持つ人。わたしがこうして住むところも困らず高松さんの元で勉強したりできるのも、近藤さんが見捨てなかったからだ。

「彼ももう三十路になるだろう。誰か良い人はおらんのかねぇ……」

「………いるとは思いますが近藤さんもお忙しい方なのでなかなか…」

お妙ちゃんのストーカーをしている時の近藤さんには真選組局長の威厳は全くない。オンオフの切り替えがとても上手だなあといつも感心してしまう。お妙ちゃんはその気はなさそうだけど…満更でもないんじゃないかと時々思うこともある。言ったら怒られそうだから言えないけど。

「老いぼれにはこの先の江戸がどうなるか見届けることはでないが、願わくば………ゴホッゴホッ…ぐうぅっ」

そう呟くと、高松さんは大きく咳き込んだ。
普通ではない様子だと瞬時にわかり駆け寄ると、苦しそうに身体を丸めて咳をしてやり過ごしている。

「高松さん!?しっかり!」

「大丈夫だよ……驚かせてすまないね。…数年前から肺をやっちまってね。年寄りだから進行は遅いと思っていたんだがそろそろガタがきたかね」

背中をさすってしばらくすると落ち着いたようだけど喉からはぜいぜいと苦しそうな呼吸が聞こえる。まさか、病気だったなんて。……生命が脅かされるほどの重い病………治せるだろうか、

「横になりましょう。いまお布団を……」

「いや、いいんだ。それより姫さん。君は、人を治す力を持っているね」

すっと細められた目に背筋が凍り付いて動けなくなった。どうして知っているんだろう。

「私はもう何十年と医者をやっとるんだ、お見通しさ。うちに来た患者の風邪や怪我を何度か治しているね?薬を塗っただけじゃ治りが早すぎるし、傷跡も一切残らない。………遠い昔にも、君のような力を持って生まれた種族がいたのさ」

「…わたしの他にも、いたんですか?」

「ああ。『アレス族』と言って再生能力に長けていた。まあ彼らはもうとっくに絶滅しちまったがね」

「どうして…………」

「『奪う者』になっちまったからさ」

「え…?」

「人間が生きているうちに受ける傷や病は、その人が受ける権利があるのさ。病や傷を治すということは、死から遠ざけること。痛みを知らず病を知らず、死ぬことを恐れなくなる。ただの腑抜けに成り下がる」

「その傷と病みがあるからこそ今の自分がいるのさ。それを無くすということは人生を奪うというのと同じ
。無闇に使えば君の力は命を与えるのではなく奪うものになってしまう。アレス族もその力を悪用しようとする奴らが現れ抗争に巻き込まれて皆殺しにされたのさ」

「…そんな」

「かの有名なブラックジャックはこう言った……『医者はひとの体は治せても歪んだ心までは治せない』。君の力はその歪んだ心さえもなかったことにしてしまう。これまでの、これからの人生や歴史を変える大きな力なんだよ。守る神となるか奪う神となるか……よくよく考えて使いなさい」

浅い呼吸の中で落ち着きを取り戻した高松さんは力の抜けたわたしの肩をグッと引き寄せて言った。
これが、つい今まで病魔の悪戯に苦しんでいた人と同じ人物なのかと思うほどの強い力だった。


「お茶を淹れよう」

何も言葉を返せないわたしを気遣ってか、高松さんは診察室を出て行った。遠ざかる足音を聞きながら、わたしはそこから動けずただ座り込んでいた。












「姫ちゃん、今日は一日よろしくねクロマンサー!」

「こちらこそ、大変なお仕事だけど無事に終わるようにサポートするね。お通ちゃん」

目の前で真選組の隊服を着たお通ちゃんはとびきりの笑顔をわたしに向けている。
今日は、真選組イメージアップのために今大人気のアイドル 寺門通ちゃんが一日局長を務めるイベントを行う日で、男性ばかりの真選組の中でお通ちゃんの身の回りのお世話をする人が必要ということでわたしに白羽の矢が立ったのだ。

お通ちゃんと言えば、新八くんの想いびとだ。
思わぬところでお知り合いになってしまった。真選組の隊服を着たお通ちゃんと近藤さんが宣伝カーに乗りテロ警戒を呼びかけているのを袖から見守っていると、一際大きな声でお通ちゃんに向けてお通語を返す新八くんの姿があった。確かに間近で見たらとっても可愛いし、歌も上手で、ユーモアもある。とても魅力的な女の子だ。

彼女が用意したというマスコットキャラクターの誠くんというロバの着ぐるみを来た人とその上に乗っている女の子を見て、瞬時に銀ちゃんと神楽ちゃんだと分かった。万事屋のお仕事は本当に多岐に渡って大変だなあと市内巡回の最後尾から見ていると、さっそく身元が割れてしまった彼らを真選組が取り囲んで逮捕にこぎつけようとしている。

その動乱の中、お通ちゃんの姿がふと消えた。
路地裏に男が数名いて焦るように走っていった。その中に黒い隊服がチラリと見えた。お通ちゃんだ。

「お通ちゃん!」

わたしは脇目も振らず走り出した。路地裏を抜けて男たちを追うも距離は縮まらない。すると待ち伏せていた1人の男に捕まりロープで縛り上げられる。

「離して…!お通ちゃんは無事なの!?」

「心配しなくても傷つけねェよ。ただし真選組が我々の条件を飲んでくれればな。お前にも人質になってもらおうか」

「姫ちゃん!ごめんね私が捕まったばっかりに……」

同じくロープに繋がれたお通ちゃんが男たちの中から現れた。怪我はないようでホッとするが、恐怖に震えている。わたしは身動きが取れないながらもお通ちゃんの手を指先でぎゅっと握った。

「お通ちゃん、大丈夫だよ。真選組のみんながきっとすぐに助けてくれるからね」

「姫ちゃん……ありがとう」





たくさんの若い女の子を人質に寺に立て篭もった攘夷浪士軍団『天狗党』の目的は、真選組に捕らえられた攘夷浪士の解放と真選組の解散だった。
そんなこと、すんなりと頷くわけがない。案の定真選組はこれを拒否しなんとか人質を解放しようとしてくれている。

わたしが捕われたこともわかったようで総悟くんがバズーカをぶっ放そうとするけどそれわたしもお通ちゃんも人質の女の子たちも巻き添え食らうけどいいの……?と冷や汗が出る。案の定土方さんに止められていた。
その横でお通ちゃんが党首の男に乱暴に扱われている姿が許せなくて抵抗しようとすると、後ろから「姫ちゃん」と囁かれた。よく知った声だ。でもどうして?

「山崎さん!?」

「しー!この姿の時は退子って呼んで!怪我はない?すぐに助けが来るからね」

安心させてくれる優しい声に張り詰めていた糸が切れて涙が出そうになるけど、まだだめだと堪える。
わたしにも、できることがあるはず。行動しなきゃ。
わたしは周りの子たちに安心するように声をかけながら、気付かれないようにこっそりと指示を伝えた。
下では『局長を斬れ』という指示を受けて真選組のみんなが刀を抜いて近藤さんを取り囲み今にも斬りかかるところだった。敵はそちらに夢中になっている。…今だ。

「せーのーーっ!!」

合図で一斉に党首や下っ端たちに体当たりする。
意表を突かれ驚いた党首は倒れ、その隙に山崎さんが縄を抜けてお通ちゃんを連れて逃げた。下から上がってきた銀ちゃんに女の子たちの誘導をお願いし、自分も続こうとしたところで党首に腕を掴まれた。

「やってくれたな小娘……!お前は高値で売り飛ばしてやろうと思ったが、多少傷モノになっても買い手はいくらでもつくだろう……!」

腕を振り解けないまま刀を振り上げられる。
この距離じゃ避けられない。ダメだ……!と覚悟すると、目の前でガキィンと刀がぶつかる音がした。

「俺の許可なしにコイツに触れるたぁいい度胸してやがる」

次の瞬間、総悟くんが目にも留まらぬ速さで党首を倒していた。すぐに抱き抱えられ寺から降ろされると、真選組が放ったバズーカで攘夷浪士達は寺もろとも吹っ飛んだ。

「総悟くんありがとう…」

「怖い思いさせちまってすまねェ」

「大丈夫だよ。山崎さんもいたから」

「震えてらァ」

総悟くんの手がわたしの手をぎゅっと握った。
わたしがお通ちゃんを安心させるように手を握ったのと同じような感じがして、ひどく安心した。

「もう大丈夫だよ」

「そうかい。姫のお陰で奴らに隙ができた。お手柄だったな」

「ううん、みんなと近藤さんがお互いを信じたからだよ」

刀を抜いて近藤さんに向かっていったとき、どんな気持ちだっただろう。信頼関係がないとあんなことはできない。この間、高松さんが言っていた通り、真選組における近藤さんの人望と信頼の厚さを見て圧倒された。


「姫ちゃん!本当にありがとう…。姫ちゃんが励ましてくれたお陰で怖くなかったよ」

「お通ちゃん、無事で良かった!」

正面から抱き合う。本当に無事で良かった。
そのとき、誰かにじっと見られているような気がしたけど、周りにたくさん人がいたから気に留めなかった。













「えらく遅い帰りじゃねェか。手前だけのためにわざわざ江戸に船を着けたんだぜ……万斉」

「…新曲を届けに行った帰り、久しぶりに良い音を聴いて曲のアイデアが止まらずつい長居したでござる」

「ほォ……珍しいな。どんな音だ?」

「例えるなら…か細い鈴の音。それひとつではとてもではないが多くの音に掻き消されてしまう。だが鳴るたびに凛とした芯を持ち聴く者の心に響き浸透していく。どこまで強い音になるか楽しみでござる」

「お前がそこまで言うなんざその音の持ち主に興味があるな。元より俺も、江戸には用事がある。……………次に来た時は、あの女を貰う」

喉の奥から出た笑い声が吐き出した紫煙とともに夜空に消えていった。