×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -






14.与えられたお役目ならば





記録的な猛暑の中、屋内施設の大江戸プールは夏休みの子どもたちで賑わいを見せている。
数日前に神楽ちゃんから誘いを受けたわたしは今、浮き輪に捕まりながら流れるプールでゆらゆらと流れていた。
ここなら泳げなくても浮き輪に捕まって流れに身を任せていれば泳いでる気分になるしクラゲになった気分で楽しい。
周りを見渡すと、監視員の仕事をしている銀ちゃんと長谷川さんが子どもたちに休憩を促したりお妙ちゃんと先ほど知り合った九ちゃんが子ども用プールで泳ぎの練習をしている。
渋る子どもたちをプールサイドに上がらせて休憩を促すのも大変な仕事だなあと思って見ていると、死んだ目をした銀ちゃんがわたしの方まで歩いてきた。


「はーいそこの漂流物、プールから上りなさーい。大人でも10分上がって休まないと紫菌に侵されるぞー」

「はーい。よいしょっ……あれ?」

子どもに言うのと同じ話し方するところが銀ちゃんらしい。言われたようにプールサイドに上がろうとするけど水の流れに逆らって移動するのは結構大変だ。もたもたしているうちに銀ちゃんがいる所から離れてしまう。

するとみるに見かねた銀ちゃんが上着を脱いでザボンとプールに入り、浮き輪を掴んでわたしの身体を引き寄せると、その浮き輪を外してポイっとプールサイドに投げる。身ひとつになったわたしの身体を片腕で抱えて、強い力で引き上げた。

「わっ!銀ちゃん、ありがとう」

「こういう時の監視員よ。つーか来た時から思ってたけど姫ちゃんその水着やばくね?何そのビキニ。白のフリフリって。お前はプールを男どもの鼻血の色に染めるつもりですかコノヤロー」

「変かな?子どもっぽい?」

「変とかそういう話じゃねーの。世の青少年の性教育上よろしくないからプールサイドにいる時は上着着てなさい。監視員からの命令です」

「そんなバイ菌みたいに言わなくても……」

「まぁある意味ウイルスみたいなもんだな。紫菌ならぬ真っ赤な鼻血菌」

「ひど……もういいよーだ」

そうだ、総悟くんに借りたパーカー脱いでどこに置いたっけ?なくしたら怒られちゃう。
ちょうどいいから少し休もう。パーカーを探しに行こうと立ち上がると、銀ちゃんがじっとこっちを見ていることに気がついた。目線は胸元。傷跡のことだよね、あんなに密着したから見えてたよね。すると銀ちゃんは肩に手をポンと置いた。


「お前…細いのに胸は結構あるんだなぁ」

「……変態!銀ちゃんのムッツリスケベ!」

ばちん!と手を伸ばして銀ちゃんの頬を引っ叩く。
以前どこかでしたようなやり取りだなあと思いを巡らせると、好きな人がにやりと笑っている顔が頭に浮かぶ。ああ、総悟くんだ。男の人はみんなそんなことしか考えていないのだろうか。急に恥ずかしくなってきた。早くパーカー着たい。


「そうそう姫ちゃん、この間会った時二日酔い治してくれたろ?あんがとな」

振り返ると銀ちゃんがいつものように笑っていたからわたしも笑い返した。左頬が赤くなければ、とても決まっている顔だったのにな。





パーカーは大きなパラソルの下にあるイスにかかっていた。腕を通すと袖も丈もかなり余裕があってわたしが着るとお尻がほぼ隠れてミニワンピースのようだ。
男の人の身体って大きいんだなぁと実感する。袖口を顔に当てると、総悟くんの香りがして安心するのと同時にちょっとだけ寂しくなる。総悟くんも来れたらなぁ。真選組には夏休みも土日も関係ない。いつも忙しそうだ。その忙しい合間を縫って何かとわたしのところに顔を出す彼のことを思うと、微笑ましくて堪らない。

目を閉じると水着を買った日のことを思い出した。目の前で着替えさせられて、身体にたくさんキスを落とされた日。プールで水着姿を見られることに嫉妬してくれたのかなと思うとむず痒い気持ちとともに嬉しさがじわじわと広がった。唇の感触が鮮明に蘇って、頭を振る。ちょっと、こんなところで何考えてるの!


「姫ー!!こっちこっちー!滑り台やるネ!」

可愛い声に顔を上げると神楽ちゃんが大きな滑り台の上から手を振っていた。

「はーい!今いくねー!」

わたしも大きく手を振り返して滑り台に向かう途中、目の前でザッパーーンと水が割れる音とともに桂さんが大きな魚を持って現れた。

「獲ったどォォォォーーーー!エリザベス、火を起こせ!」

「かっ桂さん!びっくりした……」

「おお姫殿!どうだ?一緒に食べるか?スイカもあるぞ」

「いえ、お構いなく…」

見れば奥で火を起こしている白いペンギンみたいなのがいる。ずんぐりむっくりしたフォルムがなんともチャーミングな生き物だ。エリザベスと呼ばれていたけど、女の子なのかな。桂さんのペットだろうか。

挨拶もそこそこに神楽ちゃんのとこへ無事に着いて順番待ちの列に合流すると、神楽ちゃんと親しげに話す男の子と綺麗なお姉さんが一緒にいてこちらに気づいた。

「姫!紹介するネ。友達のツッキーと晴太ネ」

「月詠じゃ。お主、吉原で働く気はないか?その美貌ならすぐにナンバーワン太夫になれるぞ」

「(太夫……?)姫です、よろしくお願いします。生憎ですが今の仕事で手一杯で……」

突然のスカウトにたじろぐと、晴太くんがずいっと詰め寄ってきた。

「綺麗なお姉さん、さっき銀さんにビンタ食らわせてるの上から見てたよ!俺晴太!よろしく」

「晴太くん、よろしくね」

元気な子だなぁ、可愛い。
しゃがんで目線を合わせて挨拶すると、急に恥ずかしそうに月詠さんの後ろに隠れてしまった。お年頃だもんね。

「姫、気が向いたらいつでも吉原に遊びに来なんし。晴太も喜ぶ」

「はい、ぜひ!」

話していたらそろそろ滑り台の順番だ。

「ツッキーが吉原流の滑り方教えてくれたから姫もやってみるヨロシ!早速上着脱いでこれを被るネー!」

言うが早いから神楽ちゃんが洗面器いっぱいの冷たい液体をわたしにぶっかけた。ぬまぁぁと強い粘り気のある液体が身体中に絡みついて独特の甘い香りが広がる。

「きゃああ!神楽ちゃんなにこれ!ぬるぬるするよ!?」

もちろんパーカーは脱げきれないままだ。前のチャックを開けて腕を抜こうとした中途半端な状態で液体を被ってしまい、べっちゃりと液体がついて腕に絡んでいる。あとでよく洗わないといけない。
神楽ちゃんも自分に液体をぬまぁとかけて、言われるがままお風呂で使うような椅子に2人で座った。

「ちょっと待ってちょっと待って、これすっごく滑るんじゃ…!」


「あああああああああああ!!!!」

同じ準備をして一足先に滑り出した晴太くんと月詠さんが物凄いスピードで滑り台を滑走していく。スキージャンプを彷彿とさせるくらいの勢いだ。晴太くんの恐怖にまみれた悲鳴がこだまする。あれをわたしたちも!?

「神楽ちゃん神楽ちゃん待って待って待って!」

「姫!行っくアルよーーー!」


静止するわたしの声は耳に入らないくらい興奮気味に叫ぶ神楽ちゃんがぐっと足を踏み込んで、一気に滑り出した。全身ローションまみれのわたしたちは月詠さんと晴太くんに負けず劣らず、寧ろ先の2人の滑走で余計に滑りが良くなった傾斜を、滑り台を降りる速さとは思えないスピードで降りていく。シャアアアアと椅子と滑り台の摩擦音が耳に響く。お腹の中がふわっと浮いて気持ち悪い、こんな恐ろしい速さで着地は一体どうなってしまうのか。

「きゃあああああああああ!」

「ヒャッホーーーーーーー!」

恐怖から来る絹を裂くような悲鳴と笑い混じりの歓喜の悲鳴。振り落とされないように神楽ちゃんにしがみつくので精一杯だけど、ローションが邪魔をしてぬるつく身体では踏ん張れない。どんどん水面が近付いて来る。衝撃に備えてぎゅっと目を瞑った。


ドーンと大きな音と同時に身体が宙に放り投げられた。何かにぶつかったような強い衝撃。待っても痛みは来ず、温かいものに包まれている感触がする。そして、この落ち着く匂い。


「…ったく、なんでィこの地獄絵図は」

「…えっ…総悟くん!?」

滑り台の着地点を大幅に越えてプールサイドまで水面を滑ってきたわたしを受け止めてくれたのは、総悟くんだった。突然の登場に驚いていると、彼は思いっきり眉根を寄せてため息をついた。

「おい姫、なんでアンタはプールに来てヌルヌルになってんだ」

「こ、これは吉原流の滑り台の仕方をって……」

落ち着いてきた頭で状況を確認すると、一緒に滑った神楽ちゃんはとっくに着地していたみたいでわたしが無事なのを確認すると晴太くんと2回目を滑りに走っていった。ふと全身ヌルヌルのまま総悟くんにお姫様抱っこされていることに気づく。こんなところでお姫様抱っこなんて恥ずかしくて爆発しそうだ。いやヌルヌルなのも充分に恥ずかしいのだけど。大丈夫だから下ろして!と言って半ば無理矢理腕から逃げ出してローションが絡んだ足で一歩踏み出すと、案の定思いっきり滑って転んだ。

「きゃあ!」

「バカだろ。とりあえずソレを落としなせェ。甘ったるくていけねェや」

尻もちをつくわたしを見下ろして悪態を吐くと再び抱えられてシャワールームに連れて行かれ、そこでやっと下ろしてもらえた。個室に入ってシャワーの蛇口を捻るとすぐにお湯が出る。

「身体冷えてるからあっためな」

「ありがとう……総悟くん、どうしてここに?」

扉越しに声をかける。総悟くんはいつもの隊服だった。仕事がお休みになったから合流しに来たというわけではなさそうだ。

「松平のとっつあんがお忍びで将軍様を連れ回してんだ。将軍様が一度プールで泳いでみてェっつーんで俺と土方さんが急遽回されてここに来たってわけでィ」

「えっここに将軍様が!?」

「将軍のもっさりブリーフ姿はとてもじゃねェが女に見せられるもんじゃねェ。万事屋の旦那もいることだし適当にここで時間潰して帰りまさァ」

「ブリーフ…?」

プールでブリーフ姿なの?
それはそうとこのローション、なかなか落ちない。タオルで擦ってもヌルヌルと糸を引く。背中に手が届かなくて苦戦してしまう。

「総悟くん、背中のローション落としてもらえないかな?」

おずおずと扉を開けてみると、総悟くんはわたしを抱っこしたせいで汚れた隊服を脱いでいるところだった。スカーフを解きながら、個室に入ってきた。

「もっと熱い湯を出しな。擦るんじゃなくて叩くんでさァ」

言いながらシャワーの温度を高温にして背中に当てながらトントンと手でさすられているとぬめり気が落ちていくのがわかった。わたしが自分で落としきれなかった肩や腕の方まで落としてくれる。

「ほんとだ!すごいね」

「水着姿の可愛い彼女に会えるかと思って来てみればローション漬けで滑り台から落っこちてくるから驚いたぜ。…前向きな」

促されてくるりと前を向いて向かい合うと、形の良い唇が降りてくる。応えるように目を閉じてそれを受け入れた。唇が触れ合ったまま身体が壁に張り付けられて、わたしと総悟くんの頭上から全身に熱いお湯が降りかかる。片手で濡れた前髪をかきあげられた。

「……ん…」

まだぬるぬるしている胸元に手を伸ばされ背中のローションを落とした時のような手つきでさすられる。指の感覚が心地良くてローションを落としているのかただ触りたくて触っているのかもうわからないしどっちでもいいとさえ思えるくらいに総悟くんのキスに溺れていく。
角度を変えて何度も唇を吸われ、ざらりとした舌が入ってきて歯列をなぞるのと同時に手が脇腹までたどり着くと、くすぐったい感覚に思わず身を捩って抵抗する。

「ふっ…そこだめ!」

「ローション落としてやってんだろィ。ちゃんと落とさねーと肌荒れるぜィ」

目を開けると頭からお湯をかぶっている総悟くんの前髪がおでこに張りついてなんとも言えない色気を放っている。もう少しキスしていたくて、首に回した腕を引き寄せてわたしから口付けると、噛みつかれるように覆いかぶさってきてお返しとばかりに熱い舌が口腔内をなぞり、時に強く吸われて翻弄される。
結果、ローションを全て洗い流される頃にはぼーっとして身体に力が入らなくなってしまっていた。熱いお湯を浴びていたこともありのぼせてしまったらしい。

「さて帰りやすか。着替えてきな」

「……無理だよ…………」

「着替えも手伝ってやろうか?」

「自分でやるから待ってー……」

ぐったりしたわたしの身体をタオルでくるんで楽しそうに笑う総悟くんも全身びしょ濡れだ。

「休みじゃねぇが姫とプールに来れて楽しかったでさァ」

「わたしも、総悟くんと来たいなって思ってたから嬉しかったよ」

初めて一緒に過ごす夏の思い出がひとつ増えた。
友達もたくさんできたし、いい一日だったなぁとしみじみしていると、プールの方から「将軍かよォォォォ!」という銀ちゃんの叫び声が聞こえた。