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13.優しいだけの魔法





高杉さんに会ってからもうひと月半が経った。
鬼兵隊という名の武装勢力はもう江戸から離れて宇宙にいるようだと推測された。しばらくは江戸に来ることないだろうということで、最近は比較的自由にさせて貰っている。
外出もすぐ近くまでなら一人で行けるようになったし、ちょっとした買い出しも引き受けたりしている。土方さんに頼まれて、サボってる総悟くんを迎えに行くこともある。

総悟くんをはじめ近藤さんや土方さんには『天人と男には目を合わせるなナンパされたら股間を蹴り上げて踏み潰して再起不能にしろなんなら殺しても良し』と言われている。そんな恐ろしいことにならないようにできるだけ地味な装いで外に出ているけど、少しずつ対応もできるようになってきた。




今日は空いた時間に本屋さんへ。
屯所からあまり離れていない距離に古本屋さんを発見して以来、時間を見ては通っている。選ぶのは医学書や看護についての本。


治癒の力を持って、やりたいことができた。

激しい稽古や討伐の後、怪我をして帰ってくる隊士の人たち。酷い怪我の人には真選組担当のお医者さまを呼ぶけれど、かすり傷やそんなに酷くない怪我をしている人は「大丈夫大丈夫!すぐ治るから!」と、何でもないように笑ってそのまま放ってしまう。重傷の人と比べて怪我の程度が軽いから譲っているのかもしれない。
一日でも早く良くなって欲しいし、その怪我を抱えてまた戦いに出たりするのは心配だったし、何より見ていて辛く、手伝いがしたいと思ったのだ。


そんなわけで医学のことを勉強し始めた。
簡単な手当ての方法や体のつくり、知ることのなかった分野の勉強は新鮮で、意外にも楽しいと思えた。

そして週に何度か、ここにきた時にわたしの手当てを
してくれたお医者さんの診療所でお手伝いをさせて貰っている。高松さんというお爺さんで、物腰が柔らかくて素人のわたしの無理なお願いを快く受け入れてくれた。
「ちょうど手が足りなかったんだよ」と穏やかに笑って色々なことを教えてくれる。
『副業したい』と近藤さんに相談したときは『え!?ここの給料不満だった!?辞めちゃうの!?』ってとても焦っていたけど。
日中は女中のお仕事をしながら、夜は本を読んだり総悟くんと過ごしたりしている。


「あれぇ〜姫ちゃん一人?」

「あ、銀ちゃん、こんにちは」

本屋さんから出たところで会ったのはなんだか顔色の悪い銀ちゃん。太陽の日差しに完全に負けている。足元もフラフラとしておぼつかない。


「午後はお休みだから本屋さんに来たの。銀ちゃん、具合悪そうだけど…大丈夫?」

「いやあ〜〜、昨日長谷川さんと飲みすぎちゃってさー、完全二日酔いよ」

青白い顔でヘラリと笑う銀ちゃん。
わたしの手にある本に気付いて、指差した。

「勉強してんの?」

「うん。診療所でお手伝いも少しだけさせてもらってるの」

「へェ、その…力の方はどうよ。使ってんの」

「たまに使ってるよ。あんまり大きな怪我は知らない人にはびっくりさせちゃうから使えないけど…。だから、医学の勉強して役に立ちたいの」

「健気だねぇ〜。そんで総一郎くんとはどうなってんの?」

「総悟くんだよ銀ちゃん」

この間、総悟くんと二人で外出したら偶然銀ちゃんに会って速攻でバレてしまった。いつも通りのはずだったのに、どうしてわかったんだろう。銀ちゃん曰く、「空気でモロバレ」と言われた。空気ってどんな空気?大人な銀ちゃんにしか見えないものなのかな。


「あんま屯所の中でイチャイチャしてっと嫉妬に狂った他の隊士に刺されるぞ〜〜総一郎くんが」

「そんなにしてない…よ」


そんなに、うんそんなに。
たまに廊下でキスされるけど。
すごいくっついて歩かれるけど。
縁側で並んで座ってるとき手繋いじゃうけど。
膝枕しちゃうけど。
……少し、自重しようかな。


「今から屯所帰んの?送ってくぜ?」

「ううん、土方さんから見回りに行ってる総悟くんの様子見に行けって言われてるの。たぶんいつもの所で寝てるから」

「サボりかよ〜〜税金泥棒め……あー頭痛て、じゃあ気付けてな」

「はあい。あっ、銀ちゃんちょっと待って」

手提げの中をごそごそ漁って、カサリと小さな包みを
取り出す。

「飴?」

「いちご味だよ。神楽ちゃんや新八くんが心配するからあんまり飲みすぎないでね」


銀ちゃんの手を取って、飴を乗せる。
そのままたっぷり3秒手を握っていたわたしに銀ちゃんはちょっと動揺して「ああありがとな!」と言って飴を口に放り込んだ。

「またね」

それを見てから手を振って別れる。
早く総悟くんのところにいこう。
最近陽が高くなってじわじわと日差しが熱い。
蝉が鳴く声がどこかで聞こえる。
もう夏だ。











「総悟くん」

赤い橋を渡った先の大きな木の下。
見上げると総悟くんがアイマスクして昼寝している。
大通りからひとつ離れたここはあまり人通りもなくてお気に入りのサボりスポットなのだと言っていた。
そしてここは、わたしと総悟くんが出会った場所でもある。

「また土方のヤローに言われたのかィ」

アイマスクを上げて総悟くんが降りてくる。待ち望んでいたその胸に抱きついた。胸いっぱいに総悟くんの纏った空気を吸い込むと、ほっと安心する。総悟くんはわたしの背中に手を当てて、倒れないように支えてくれた。

「………外で積極的なのは嬉しいがどうしたんでィ、その死にそうな面は」

「銀ちゃんの二日酔い………もらってきちゃった」


頭がぐらぐら、重たい痛み。胃がムカムカと気持ち悪い。二日酔いってこんなにつらいんだね、知らなかった。うーん、これで歩いてる銀ちゃんすごい。


「アホみたいなことに力使うんじゃねェ。次から旦那のことは放っとけ。ただの自業自得でィ」

ひんやりとした手がおでこに触れて気持ちいい。

「すぐなくなるから大丈夫だよ」

「そういう問題じゃねぇや」

総悟くんがポケットから携帯を出して車を呼んで、「ザキが来るまで休んでろ」と座らせてくれる。山崎さんに悪いことしちゃったな。目を閉じると頭の遠くの方で昨日の銀ちゃんと長谷川さんの会話が聞こえる。またバイトクビになったとか奥さんがどうとか銀ちゃんの好きなアナウンサーの話とか。今度プールの監視員頼まれてるけど銀さんもどう?合法で水着の女の子見れるの?やるやる!なんて話して楽しそう。思わず笑っちゃう。


「ふふ、銀ちゃん楽しくて飲みすぎちゃったんだ」

「聞き流しなせェ。酒の席での会話なんて死ぬほどどうでもいいことしか話してねぇんだから」

風が気持ちよくてうとうと、眠くなってくる。
ここでお昼寝する総悟くんの気持ちがよくわかるなぁ。木の葉が風に揺れる音、蝉の声、子どもたちの遊んでいる声も聞こえてくる。
笑い声の中で、先生ー!と呼ぶ声。
寺子屋が近いのかな。


『姫せんせー!』

……そうだ、向こうでは塾の先生のバイトしてたんだっけ。もう忘れかけていた。先生と呼ばれていた時期があったことを思い出して懐かしくなる。
あれ?子どもたちの中で一際元気で明るい声でわたしを呼んでくれていたのは、誰だったっけ?

『せんせー、マルつけて!』

『ーーーちゃん、がんばったね!』




「……あれは……誰……?」


その子のことだけが、切り取ったように思い出せない。


「姫?」


今にも眠りに落ちそうだったのに突然起き上がったわたしに総悟くんが驚いている。

「…ううん、何でもないよ」


今となってはなんでもないことだ。それなのに、あの声が頭から離れなかった。










『姫!プール行くアル!万事屋で監視員やるのヨ!みんなでバカンスするネ!ごっさ可愛い水着持ってこいヨ!』

プール、と聞いて思い出したのはこの間聞いた銀ちゃんと長谷川さんとの会話。
「姫いるアルかー?」と屯所に堂々と電話をかけてきた神楽ちゃんが言うにはお妙ちゃんやみんなも来るらしく、なんだか夏休みみたいで楽しそう。ふたつ返事でOKした。
あ、水着がない。買いに行かなきゃいけないなぁ。



「総悟くん、水着欲しいな」


ぶっ!と縁側でお茶を飲んでいた総悟くんが勢いよく吹き出した。近くにいた近藤さんと土方さんも。
とりあえず台拭きで床を拭いていると、その手を総悟くんに奪われる。口からお茶が溢れてるよ。

「オイどうしたんでィやけに積極的じゃねぇか。そういうプレイでもすんのか?俺は別にいいぜ」

「ちょっとォォォォやめてこんなところでそんな破廉恥な話しないでェェェェェェ聞きたくない!聞きたくないからぁぁぁ!!!!!」

「姫………総悟と付き合っておかしくなったんじぇねぇか」


「えっ違うよ!今度の日曜神楽ちゃんやみんなでプールに行くことになって、水着持ってないから欲しくて…」


「あっそうだよねそういうことだよね!そういえばお妙さんも大江戸プールに行くって話してたなぁ!」

「それ絶対話してねぇだろ盗み聞きしてただけだろ」

「なんだつまんねェ」

総悟くんは本当につまらなそうに言ってそっぽを向いた。なにを期待していたんだろう。

「ん?日曜日?確か将軍様がお忍びで城の外に出るって言ってたような……」


「将軍がお忍びで外出ると絶対なんか起きるんだよなぁ…」

土方さんが遠い目をして急に汗をかきはじめる。
将軍様と言えば真選組が守る幕府の一番上に立つ人。ここへ来てまだお会いした事はない。どんな方なのかな。






その日のうちに早速水着を買いに行って屯所に戻ると、部屋で総悟くんがお昼寝していた。恋人になってからたまにわたしの部屋にふらりと来て勝手に寛いでいる。初めは突然総悟くんが寝そべっててびっくりしたけど、もう慣れっこだ。

「ただいま」

「おう」

部屋にいるのにアイマスクを付けている。
珍しいなと思ながら近づいて、顔を見たくてアイマスクを外そうとすると軽くいなされる。

「どうしたの?」

「水着、買ってきたんだろィ。着て見せなせェ」

「え!?恥ずかしいよ」

「どうせプールでも着るだろうが」

「プールだから恥ずかしくないんだよ…ここで1人で着るのとは違うもん」

「アイマスク付けてるうちに着替えな。早くしないと取るぜ」

「えー!?………もう………着るだけだよ?」


買ったばかりの水着のタグを取って、着物の帯に手を掛ける。見られていないとは言え、総悟くんの前で服を脱ぐのはとっても恥ずかしいし、ましてや下着と変わらない水着を着て見せることに躊躇いがあって思わず手が止まると、「そろそろ取ろうかねェ」と言ってアイマスクに手を伸ばすから、だめ!と叫んで思い切って着物を脱いで下着を外す。

「絶対見ちゃだめだよ?」

「へいへーい」

念押ししながら素早く水着を身につける。
買った水着はキャミソールのフリルビキニ。
胸の傷が完全ではないけれどほぼ隠れるくらいの布感で、背中も編み上げになっていて可愛くて即決した。下はショーパンだけど短いスカートに見える仕様でフリルもついている。
あとは背中の紐を結ぶだけ。
まだ慣れてなくて鏡台を背にして背中を見ながら結んでいると、いつの間にかアイマスクをはずした総悟くんと鏡越しに目が合って、驚いてわっ!と声をあげる。

「総悟くん!まだだめ…っ!」

「結んでやらぁ」

「もう…!」

冷たい手が背中に触れてびくりとする。素肌に総悟くんの息遣いを感じて無意識に身体が熱くなった。背中をまじまじと見られている気がする。

「あの………結べた?」

返事がない。代わりに、おろしている髪をかき分けられて片方に寄せられて、首元が露わになってスースーする。そこに彼の唇が触れる。

「……っ!」


徐々にうなじから首、背中に降りていくのを感じてぞくりと震える。大きな手が伸びて太ももに触れる。その度に反応してしまう。
抗議しようと顔を上げると、鏡に映る露出の高い自分と隊服で肌がほとんど見えない対称的な総悟くんが目に入る。ただでさえ恥ずかしいのに、何も言ってくれないから耳が音を拾おうと自然と澄まされる。そこに唇が寄せられて、くちゅ、と音を立てて舐められた。

「ん…っ!」

「可愛い」

熱い息がかかる。何度も身体にキスが落とされて、背中をつっと舐められるとぞわっとした甘い痺れが広がって立っていられない。足から力が抜けると同時に床に押し倒されてようやく総悟くんと向かい合った。無表情に見えるが余裕のなさそうな熱っぽい目が逃さないと言っている。


「それを旦那や他の男に見せんのか」


低い声に答えようとするけど、唇を塞がれて何も言えなくなる。いつもの優しいキスとは違って、少し乱暴に噛みつかれてドキドキする。
薄い唇を舌が割って入ってくるのと同時に総悟くんの手が水着越しに胸に触れて恥ずかしさにどうにかなってしまいそう。
舌が絡まって水音が響く。

「やっ…総悟く……っん…」

「やべ………」

感触を確かめるように指が動く。
もう無理、と顔を背けようとすると顎を掴まれてまた唇を捕らえられる。息継ぎもままならない。
総悟くんが熱い息と一緒に耳元で呟く。

「せっかくの水着が汚れちまうな」

誰のせい?と抗議するように顔を上げるといつものいじわるな表情はどこにもない。てっきりすごくいじわるな顔してる思ってたのに、愛おしそうに微笑んでくれる。その表情が好きで、何でも許してしまいたくなる。もう降参とばかりにしがみつくと、そのまま水着を脱がすために手が背中に回って……ピタリと止まった。

「……?」

はあー、と深いため息。えっ、どうしたの?と声を出そうとすると、足音が近づいてくることに気づいた。

「姫ちゃーん、寝てる?明日の当番のことで話したいから悪いけどあとで離れ来てくれない?」

コンコンと襖を叩く音。女中のおばちゃんだ!

「あっはっはい!すぐ行きます!」


勢い良く起き上がって返事すると総悟くんはもう涼しい顔をして寝っ転がっている。どうしてまたアイマスクしてるの。

「……総悟くん」

「これ以上見てると襲っちまう。早く脱ぎなせぇ」

「もう、着ろって言ったり脱げって言ったり!」

「姫だって今脱ぐ気満々だっただろィ」

「そっ…そんなことないもん!」

「とんだ邪魔が入っちまったな」

水着から着物に着替え直して寝ている総悟くんのアイマスクをおでこの方にすっとずらして、わたしから触れるだけのキスをすると満足そうに微笑んだ。

「残念だったね」

「本当にな」

「プール楽しみだなぁ」

「絶対上着持ってけ。脱ぐなよ」

「上着?買ってないよ水着しか」

そっか、寒かったりするから上着も必要だよね。
水着のことばっかり考えて忘れてた。

「後で俺の貸してやらァ」

「ありがとう!」

そのあと、女中さんの会議に出て総悟くんからパーカーを借りた。実は、学校の授業以外で初プール。わくわくで眠れない。まだ当日まで3日もあるのに遠足の前の日みたい。

「あ、そうだ」

お風呂と着替えを済ませてあとは寝るだけになった部屋から縁側に出て月の光を浴びる。
すると身体の疲れもなくなり治癒の力も強く満ちてくる感覚がする。
それを知ってから数日に一度はこうして回復に勤しんでいる。まるで命の泉みたい。眠るよりも効率的で便利だなぁと思いながら、月明かりの下で医学者を読み進める。


女中の仕事をしながら診療所のお手伝いと空いた時間に勉強。
一見かなりハードな生活だけど、睡眠を削ることで成り立っている。眠気は完全には消えないからいつの間にか縁側で眠ってしまうこともしばしば。そんなときはいつの間にか部屋の布団に戻っていたりする。総悟くんだ。「ここは女中の離れじゃねぇんだから寝巻きで縁側に寝っ転がるな」と怒られるけど、いつの間にか寝てしまうのだからしょうがない。あまり遅くなりすぎないように気をつけてはいる。


そしてたまに、ふと高杉さんのことを思い出す。
編み笠の下から覗く隻眼。包帯の下の瞳は、いつから光を写していないのだろう。あの時は腕の出血に驚いて、どんな人なのか疑問に思わずつい力を使ってしまった。危険な香りを漂わせて、わたしのことを欲しいと言った。この力を何に使いたいのかなんてわからないけど、嫌な予感がすることは確かだ。

でも、腕を治した時の記憶の片鱗が、チラつく。恨みを込めて振り上げられた刀を受け止めて、なんの迷いもなく切り返した。そこだけ見ればただ恐ろしいだけなのだが、なぜか映写機のように映し出された幼い頃の記憶のかけらが、あの人を完全な悪だと言わせなかった。どうしてあんな記憶を見たのだろう。月の力は、怪我を治すだけでないのかな。それは光を浴びるたびに強くなっていく気がするから、時々、自分が何者になってしまうのか恐ろしくなる。
寝よう。本を閉じて、布団に潜り込んだ。