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12.シンデレラフィット



「姫ちゃーん!卵!焦げるわよー!」

「わ!あっ、はい!」

はっとして手元を見直して、卵焼きをひっくり返す。ジューーーと良い音を立てて焼けている卵焼きの匂いが食堂に広がる。黄色いぽってりとした固まりがいつもより不恰好になってしまって、ため息が出る。

…………キス、しちゃった。
総悟くんに。

相手の気持ちも聞かずに、果てには自分の気持ちを言うこともなく、なんて思い切ったことを。少し前のわたしならとてもじゃないけど考えられない行動だ。
どうしよう。あんな恥ずかしいこと。嫌われちゃったかもしれない。一晩中布団の中で後悔した。
せめて眠れなかったことを隠すようにメイクをいつもよりしっかりとしたりして。無駄に気合いが入ってるとか思われるかも。ああ、もう何をしても悪い方にしか考えられない。

今朝は食堂の担当だったけれど、総悟くんは朝ごはんを食べに来なかった。それがまたわたしを不安にさせた。





「姫ちゃん、考え事?」

「山崎さん、おはようございます。あの…総悟くんは…」

「沖田隊長なら道場だよ。珍しく自主練してるからみんな稽古付けてもらいに並んじゃってさ」

「そうですか…」

「何かあったの?」

なにか、と聞かれて昨日の夜のことを思い出し息が詰まる。顔に熱が集まって、それと同時にとてつもない不安が襲う。百面相だ。

「総悟くんに嫌われちゃったかも……」

「ええ?まっさか〜そんなこと天地がひっくり返ってもないと思うけど…喧嘩でもしたの?」

「喧嘩、なんでしょうか……」

的を得ない答えに山崎さんは不思議そうにしてる。

「姫ちゃんさ、ひとりで考えすぎなんじゃない?もっと頼ったりわがまま言っていいんだよ。誰も迷惑だなんて思わないから」

「山崎さん……」

まるで昨日万事屋さんで話した依頼のこと知っているような口振りで少し動揺する。山崎さんは監査とか密偵のお仕事をしているから、もしかしたら全部知っているのかな…?そうだとしてもおかしくない。

「楽しかったことはもちろん不安なことも全部話していいんだよ。君を守るために俺たちはいるんだから」

それに、と山崎さんは続ける。

「沖田隊長が君を嫌うことなんてあるはずないよ。だってあんなに大切にしてるじゃない」

「それは友達だから…」

そう、友達だからあんなに親切にしてくれるんだ。
自分に言い聞かせるように口を出た言葉に山崎さんは眉を顰めた。少しだけ声が低くなる。

「姫ちゃん、本当にそう思ってるの?」

本当はわかってるんじゃないの?と続いた言葉には、はっきりと言われなくてもその意図が込められていた。

友達だから、
ーーそんなことない。

思い返せば友達になってって言ったのはわたしからだった。
初めてできた男の子の友達。命を助けてくれた。優しくて、いじわるで、穏やかに笑うひと。いつもそばにいて、大切に守ってくれるひと。守りたいと思ったひと。毎日顔を合わせて、なんでもない話をして、笑って。それだけで楽しくて、ずっとこうしていたいって。

でもそれだけじゃいずれ終わりが来る。

友達ならずっと一緒にいられるでしょ?
でも友達だからこそ、一緒にいられない。
わたしにとって彼は友達だと、今は胸を張って言えない。
失うのが怖いのは、『友達』?
それとも 『好きなひと』 ?

「…………っ…」

「わー!!ごっごめん!言い過ぎた!姫ちゃん!大丈夫!?」

堪えていたつもりだったけど我慢できずに涙が溢れた。
山崎さんがすごく慌てて謝ってくれるけど、悪いのは山崎さんじゃない。わたしだ。首を振って否定する。

「ごめんなさい…」
 
「何泣かしてんだ」

その声に、びく、と肩が揺れる。
顔が上げられない。

「おおおおお沖田隊長ぉぉぉ!これはですねっ!えーと痴話話がちょっとエキサイトしちゃってですね……スミマセン……」

総悟くんは何も言わずわたしの手を取って歩き出す。
涙で視界がぼやける。
すごく会いたかったし、会いたくなかった。
こんなボロボロの姿で、何を話せばいいの?
昨日のこと謝って、それで終わりにすればいい?

連れられたのは総悟くんの部屋。
促されて座るけど、彼の顔はまだ見れていない。

「ザキの野郎に何言われたんでィ」

声が少し低くて、緊張する。
答えられないでいると、膝の上でぎゅっと握りしめた拳を冷たい手がゆっくりと解いていく。

「アイツにはあとで謝らせまさァ。泣くな」

顎に手を当てて上を向かされて視線が交わる。
心配そうに涙を拭ってくれる手に、勇気を出して自分の手を重ねた。

「昨日はごめんなさい」

一瞬、なんのことかわからなかったけど合点がいったようで眉が寄って不満そうに言う。

「なんで謝るんでィ」

「だって………」

「後悔してんのか」

後悔は、してる。
だって、もう友達ではいられないから。
大切な友達だと思ってたはずだった。
いつからこんな気持ちになっていたんだろう。たぶん、もうずっと前から。

「友達なのに……」

「…なんでアンタはそんなに友達ってやつに拘るんでィ」

はあ、とため息をつかれて息が苦しい。

「じゃあ友達ごっこはもう終ェだ」

「え……」

「もう俺たちは友達でもなんでもない」


言われた意味が分からなくて、止まりそうだった涙がまた溢れる。友達でもなんでもない。なら、それはもう他人だ。

「総悟く……っ」

「閉じるな。姫、もう友達じゃない。だから今から俺と、どうなりたいか言いなせェ。……俺のことどう思ってる?」

強い口調なのに、諭すような、答えを導くように問う。総悟くんは、わたしが彼のことをどう思ってるかきっとわかってる。わかってて、でもわたしが口に出して言うまでは真実じゃないから、確かめるように慎重に答えを聞いている。

ここまでしてもらって、もしわたしが気持ちを押し込めてもうこれ以上は望まないと言ったら?
ーーきっとすごく傷つける。
わたしが彼に同じことを言われても、同じくらいに傷ついてボロボロになる。
総悟くんも、不安?
今、同じ気持ちだって思ってもいい?

「……好きです、総悟くん……もう友達じゃ嫌…」

「上等でィ」

わたしが零した言葉に、一呼吸置いてやっと笑ってくれた。
本当に嬉しそうな顔をした総悟くんの手がわたしの前髪を掻き分けて、ゆっくりと額にキスをした。
肩口に総悟くんの顔が乗る。 

「あーーーー疲れた。朝から稽古付けろって奴が多すぎて朝飯も食いっぱぐれるし」

そういえば朝練に出ていたと言っていた。
お疲れさまと労うけれど、話はこれで終わりでいいんだっけ?あれ?そういえばまだ…………。

「あの、総悟くん………」

「ん?」

「総悟くんはわたしのことどう思ってるの?」

このままだとはぐらかされそうで、聞いてみる。総悟くんは「…ったく人がせっかく我慢してやってんのに…」と呟いて、体を起こして真剣な目で真っ直ぐこっちを見据えて、

「姫、好きだ」

強く抱きしめられて囁く。

「俺のモンになれ」

「…はい」

返事をすると今度は唇が触れ合った。

「やっと、俺のモンだ」

後頭部を支えられて、もう一度キスされる。
確かめるように角度を変えて、何度も唇を落とされる。

「っ……ふ……」

うまく呼吸ができずに声が漏れると、後頭部を支える総悟くんの指に力が入った。慣れないキスに頭がくらくらしてされるがまま。キスって、こんなに溺れそうな感覚になるんだ。暖かくて、柔らかくて、じわりと胸が溶けていく。

「は…っ、総悟く…っ」

「姫、」

繰り返されるキスに、総悟くんにしがみついて唇を受け入れるのがやっと。だんだんと身体から力が抜けて、甘い痺れで動けなくなる。酸欠状態でぼーっとしてきた頃、やっと解放してくれた。総悟くんの胸の中に倒れ込む。

「悪りぃ、止めらんねェや。なんせずっとお預け食らってたからなァ」

「…っ、もう、びっくした……」

息を整えるまで背中をさすってくれる。

「赤くなっちまってこりゃ茹でダコだな。うまそーでィ」

からかいながらまた頬や額にキスが降ってくる。
くすぐったくて、やめてと顔を背ける。

「…綺麗だな」

ふと、総悟くんの指がピアスに触れる。

「みんなに褒めてもらったよ。ピアスかわいいって」

「それを付けてる姫が綺麗だって言ってんでさァ」

「…総悟くん、急に優しくなってる…心臓もたない………」

「大事なものにしか優しくしない主義なんでィ」

「…嬉しい」

えへへと笑うと「アホ面」って笑われた。
 
「それにしても昨日の姫からのキスは予想外だったな」

「う、わたしもそんなつもりじゃなかったのに……つい、」

「ファーストキス貰ったんだから大事にしねェとな」

「え!どうして初めてだって………」

「ぶっくく…………やっぱ初めてか」


「やっぱり優しくない!ほんとにいじわる…………!」


わたしと総悟くんの笑い声が部屋に響いた。









「山崎さーん…」

小さな声がして振り返ると、柱の影からこっちを伺っている姫ちゃんが目に入る。効果音が付きそうなくらいしゅんとして気まずそうだ。振り上げていたラケットを置いて、汗を拭きながら手招きする。

「姫ちゃん、こっちにおいで」

おそるおそる寄ってきて、隣に座る。

「さっきはごめんなさい」

「ううん、俺の言い方が悪かったんだ。俺の方こそごめんね」

沖田隊長と仲直りできた?と聞くと、少し顔を赤くして嬉しそうに頷いた。

「良かったね」

「山崎さんのお陰です。ありがとうございました。わたしもっとわがまま言います!」

「あはは、そうそう言っちゃえ」

「山崎さん、さっそくなんですが、わがまま聞いてください」

「え?」








「総悟くーん、お夕飯だよ」

「おー」

部屋から出てきた総悟くんは心なしか眠そうにぼーっとしてる。お昼寝でもしてたのかな?
部屋の襖を閉じると、すっと目を細めた総悟くんの手がわたしの頬に触れる。そのまま顔が近付いて触れるだけのキスが落される。
友達じゃなくなって恋人になった途端にスキンシップが増えた。慣れないし恥ずかしい。

「見られちゃうよ…!」

「見せてんでィ」

「恥ずかしいからだめだよ」

「へいへい」

食堂へ向かうまで、心臓がバクバクして総悟くんにバレてしまわないかそわそわしてしょうがない。今日はお天気良かったね!とかどうでも良い話ばっかりしてしまう。総悟くんはおーとかへーとか気の抜けた返事ばっかり。

食堂の扉を開ける前に、深呼吸。
せーの!


「「沖田隊長!誕生日おめでとうございます!」」

パンパンパン!とクラッカーがあちこちで弾け、隊士のみんなが揃って声をあげた。

「……なんでィこりゃあ」

さすがに総悟くんも驚いたみたいで、肩にかかったクラッカーの紐を珍しそうに摘んで持ち上げている。

「姫ちゃんが総悟の誕生日祝いをやりたいって希望で用意したんだ!みんなでお祝いするのもなかなかいいもんだな総悟!」

「これからは月に1度隊士の誕生日祝いにご馳走作ってくれんだと」

近藤さんと土方さんが説明してくれる。
実はあれから近藤さんにこの件の許可を得て、山崎さんと買い出しに行って急いで準備した。女中さんも、「あらいいじゃない!季節のメニューも入れましょうよ!こんなのどう?」と乗り気で協力してくれた。

「へぇ……そりゃあ…」

「楽しいよね」

いつも町を守ってくれる総悟くんやみんなへの、精一杯の恩返し。まだまだ足りないけど、できることを少しずつ探していこう。新しい日常のはじまりだ。