11.お気に入りは一つだけ
姫からの依頼の内容はざっくり言うとこうだ。
『高杉に自分のことは諦めて貰いたい、それを伝えるために彼が江戸にきたら会わせて欲しい』
「…なーんか危険な予感がビシバシするな」
「アイツと会うのは危険ヨ姫!とって食われるネ!」
「そうですよ姫さん!今回は無事だったから良かったものの次は何されるか…」
「ありがとう。でも、わたしのせいで真選組が狙われるのは嫌なの…。もう一度だけ、高杉さんに会ってちゃんと話したいの」
「『治癒の力』か………。遽に信じられぬが…奴にとっては最も利用したいものだろう」
「この力があれば、すぐに殺されるってことはないと思うんです。それにあの人…………」
「それに?」
姫ちゃんは答えず優しく笑った。
はぐらかされたのに全く不快ではない。むしろ目が合ってドキドキしちゃうわ俺。魔性の女になるよこれは。
「ところで姫殿、真選組はこの件何と言っているんだ?」
「言ってません」
ニコッと効果音が付きそうな笑顔だ。え?今なんて?
「今日は『みんなで枕投げ大会する』って言ってきました」
「えーーーー!?いやいやいや!アイツらに黙って高杉と接触しようとしてんの!?俺怒られるどころか殺されるってマジで!」
「だから依頼を………」
「うっそんな目で見ないで…!」
「姫殿、俺も協力しよう。奴とは腐れ縁でな、情報も銀時よりは早く手に入るかも知れん。そもそも俺が今日ここへ来たのも、月の国の姫君の噂について知りたかったからだ。まさかお目にかかれるとはな」
「桂さん…」
「案ずるな姫殿、何かあればこの桂小太郎が守ってやろう!」
「ありがとうございます!」
いつになく格好つけるヅラに姫ちゃんは素直に瞳を輝かせている。
「そうネ!わたしたちが姫を守るアル!これでも強いんだヨ!」
「僕も頑張ります!ね、銀さん!」
「あーもーしゃーねーな!でもなにかあればすぐ沖田くんに言うからな!」
「はいっ!あ、依頼料ですがまとまったお金があまりなくて…とりあえずこれでお願いします」
少ないですが…と言われて出てきたのは分厚い封筒。
「えっえっえっ!?姫さんちょっとこれはいくらなんでも多すぎませんか!?」
「ん!?いやこれは………」
「ヒャッホーーーーーーーーーー!!さっそく行くアル!」
*
ヅラと別れてやって来たのは街の喫茶店。
ファミレスよりひと回り小さいが食事のメニューも豊富でファミリー層にも人気がある。
姫ちゃんが差し出した封筒にぎっしり入っていたのはこの店の食事券。
「先日通りかかったら頂いたんです」
「美人は食い倒れることは一生なさそうだな…」
「これだけあればしばらく食事には困りませんね!姫さんありがとうございます!」
「うまいアルーー!」
おやつ時で賑わっているが神楽のおかげでこのテーブルはがっつりお食事モードだ。姫ちゃんはいちごパフェを珍しそうにつついている。
「美味しい!」
「なに姫ちゃんパフェ初めて?んなわけねェか」
「初めてです。父がこういうものはダメだと……嬉しい」
「げっマジで初めてなの?どんだけお嬢様なの!?パフェ食わないなんて人生損しちゃってるよぉ〜銀さんいつでも連れてきてあげからたくさん食べなさい」
「万事屋さん、ありがとうございます」
「いやもともと姫の食事券だヨ銀ちゃん」
「ていうかその万事屋さんって堅苦しいからもう辞めてくんない?敬語も抜き。銀さんか銀ちゃん、または旦那様って呼んで」
「どさくさに紛れて何言ってんですか」
「はいっ…銀ちゃん、ありがとう」
「やべっ鼻血出そう」
「姫ー!これ美味しいから食べてみるネ!あーん!」
「んー……わっ本当!おいしいー!」
先程まで万事屋で見せていた緊張した笑顔は消え、ニコニコ笑いながら神楽と恋人のようにデザートを『あーん』し合っている。混ざりてぇ………。
それにしても高杉が良からぬ事を考えていなければいいのだが…。色々な意味で彼女はあまりに特異な存在だ。彼女の決意が吉と出るか凶と出るか。
*
「枕投げは楽しかったかィ」
「総悟くん、ただいま」
夕方屯所に戻ると廊下で総悟くんの姿を見つけて小走りで駆け寄ると、ポンと頭に手が乗る。
「楽しかったよ!みんないい人だね」
「そりゃあ何より。で、枕投げなのに枕は持っていかなかったんで?」
「うっ…と、忘れて…万事屋さんのおうちにたくさんあったの」
ふーんと棒読みでわたしを見下ろす。
「確かあそこは旦那とクソチャイナしか寝泊まりしてなかった気がするがなァ」
「あ…し……新八くんが……持ってきてくれて……あと銀ちゃんのお友達の桂さんて方が……………」
「ほーーーー?いつの間に反幕府勢力の党首とお近づきになったんでィ」
「えっ!?反幕府…!?」
桂さんってそんなに危ないことをしている人だったの?ということは、真選組と桂さんは対立しているようなもの……。言っちゃまずかった、よね?
「随分と豪勢な枕投げ大会だねィ」
思わず後退りすると、総悟くんもジリジリと距離を詰めてくる。
「えと………えーと……その…」
トン、と背中が壁に当たる。同時に総悟くんの腕に囲まれてもう逃げ場はない。
「わざとかと思っちまうくらい嘘がヘタすぎんでィ。どうせ枕投げじゃなかったんだろィ。もう二度と嘘つかないように…お仕置きでもしといてやろうか?」
にやりと意地悪く笑う総悟くん。綺麗な顔が近づいてきて、その距離に耐えられなくてぎゅっと目を瞑る。もうだめ、これ以上ごまかせない…!
「ごめんなさい…!」
身を固くして精一杯謝る。お仕置きってどんな?痛いの?嫌われちゃった?頭の中がパニックになる。
そのまま少ししても何もなくて、その代わり耳元に手が当たる感触。金属音がカチッと鳴った。
「え……?」
目を開けると、もう片方の耳にも同じ金属音。
「それ、付けてなせェ」
目の前にあったのはさっきまでの意地悪な笑顔じゃなくて、わたしの好きな穏やかな笑顔。
手提げから手鏡を取り出して見ると、小さな石に控えめな薄紅色の花の飾りがついたピンクゴールドのシンプルなピアスがあった。
決して目立つような色ではないけれど、光に当たるとキラキラと反射してとても綺麗で見惚れてしまう。
「きれい………」
「よく似合ってるぜィ」
「これ、どうしたの?」
「帰りにブラブラしてたら見つけた」
「ありがとう……大切にするね」
これがお仕置き?まさか。
こんなのまるで恋人にするみたいな………。
とても満足そうに微笑んでくれる総悟くんを見ていると、じわっと熱い熱と痛みが胸に満ちていく。
指先で手に触れると、迷いもなくすっと握ってくれる。涙が出そう。
知ってしまった、この感情の名前を。
*
「昼間はどこでデートして来たの?」
夜、住み込みの女中さん用の離れにあるお風呂から出ると、ダイニングで寛いでいるおばちゃん2人に呼び止められる。週に何回かは集まってここでお茶を飲みながらおしゃべりしていて、わたしもタイミングが合えば仲間に入れてもらっている。
「で、デート…ですか?」
「姫ちゃんお洒落して出て行ったじゃない!?もーー話聞くのが楽しみでさ!年頃の子って本当良いわよねー!」
「どうだったの!?沖田さんとのデート!」
ぐいぐい来るおばちゃんの圧に押されそうになる。
「今日は総悟くんとはお出かけしてないんです。お友達と用事があって…」
「えー!?なんで!?てっきりデートだと思ってたのに!」
「沖田さん今日誕生日だったじゃない?姫ちゃん休みだから2人で出かけたと思ってたのよ〜」
なーんだと残念そうにする2人。
ちょっと待って、誰の、
「誕生日?」
そんなこと一言も……。
朝だって、お出かけすると伝えたら『仕事で送って行けねェから気つけな』っていつも通りだった。
「知らなかった…」
「あら本人から聞いてなかったの?まったく恥ずかしがっちゃってあの人は!」
出世しててもまだ子どもよねーと笑っているおばちゃんたちに早々におやすみなさいと挨拶して急いで総悟くんの部屋に走る。
「はぁっ…そっ…総悟くん…!」
上がった息も整えずに声をかける。すぐに部屋から出てきた総悟くんは驚いていた。それはそうだ、髪は濡れたままだし薄着で完全に今お風呂に入ってきましたってわかる身なりをしてる。
「そんなに慌ててどうしたんでィ」
部屋に通して貰うけど、早く話したくて背中に抱きつく。
「お誕生日…!なんで言ってくれなかったの!?」
「あー……………どこで聞いたんでィ」
「そういうんじゃなくて、ひどいよ…わたしだけ知らなかった。お祝いしたかったのに」
しかも、誕生日でもないわたしがピアスを貰ったりして。
総悟くんになにもあげられてない。
「わざわざ誕生日祝うような歳でもねェ。第一今日は仕事でさァ。それより風邪引く。こっち来い」
向き直って優しく言ってくれるけど、気分は晴れない。どうして今日出かけてしまったのか後悔した。
総悟くんがドライヤーを持ってきてくれて髪を乾かしてくれる。丁寧に髪に触れる指が、心地いい。
「そう拗ねんじゃねェ。姫が今俺と一緒にいることがお祝いってことでいいだろ」
「それじゃあいつもと一緒だよ……」
「いつも一緒にいることが何よりって意味でさァ。あの日、他でもなく俺の前に現れた時にもうプレゼントはもらってる」
「………、」
それ、どんな顔して言ってるの?
振り返って言いたい。
わたし、総悟くんのこと好きになってるって。
そうしたら総悟くんはなんて言ってくれるの?
でも、もしこれがただの思い上がりだったら、もうこんな風に2人で過ごせなくなるのかな。
大切にしてくれるのは、真選組だから?
『友達』だから?
胸が苦しくて、痛い。
「じゃあ、わたしの誕生日も教えてあげない」
「それとこれとは別だろィ」
ドライヤーが終わって、ありがとうと振り返る。
慈しむような、眩しいものを見るような顔。
どうしてそんなに優しい目をしてくれるの?
堪らなくなる。もっとって、言いたくなる。
気付いてしまえばどんどん欲しくなって、もうこのままでいられない。
「?どうしーーー」
何も言わずに見つめるわたしを不思議に思った総悟くんの腕をぐっと引っ張る。突然の行動にバランスを崩しそうになり下を向いた彼の顔に自分の唇を近づけて、触れた。
「お誕生日おめでとう」
すぐに離れて、そのまま顔を見ずに走って部屋を出た。
「やべ………腰抜けた」
総悟くんはしばらくそこから動けず、わたしも自分の部屋に戻って我に帰り、恥ずかしくて布団をかぶったまま眠れずに朝を迎えた。