02.正しさの手前でとまってる
「お前もう3年だろ。進路どうすんだ」
「できるだけ楽で楽しくてお給料がいい会社がいい」
「ねーよ。身を粉にして働け」
呆れたようにソファでコーヒーを飲むお兄ちゃんは心なしか顔色が良くないように見える。
「忙しそうだね」
「…あー、最近高校生のガキどもが夜中うっせー音立てて走り回ってんだわ」
「お兄ちゃん巡査部長になってから死にそうな顔してるよね。まあいつもだけど」
「…お前は一言多いんだよ」
警察という仕事の詳しい内容はわたしにはよくわからないけど、十四郎オニイチャンにとっては天職なんじゃないかと思う。昔から人一倍正義感が強くて、根気もあって努力もしっかりできて。特に自分より若い子たちが道を踏み外そうとするところを見れば放っておかない。ちゃんと寄り添って話を聞いてくれて、導いてくれるお手本のような人だ。妹目線から見てもこんなん好きになるでしょ絶対。
そういうわけで身も心もイケメンの塊が常に家にいる環境で育ったわたしは当然ながらめちゃくちゃ理想の高い女の子になってしまった。そりゃそうだ。お兄ちゃんより素敵な男の人、そうそういない。そんでお兄ちゃんよりカッコ悪い人と付き合いたくない。今まで何人かの人とお付き合いをしたことはあれどわたしの方が無理になってすぐにお別れしてしまった。うーん、拗らせちゃってるなぁ。
「就活終わったらどっか連れてってやる」
「え!ほんと?」
「どこがいい?」
「ナポリで死ぬほどピザ食べたい。あとカプリ島」
「…そんなに休み取れねぇぞ」
「じゃあ台湾でタピオカ飲みたい」
「原宿行け。せめて国内にしろ」
そういうのは彼氏と行け、と言う横顔から目を逸らした。
お兄ちゃんとだから行きたいんだよとは言えない。
彼氏ねぇ。夢中になれる彼氏がいたらいいのになぁ。テレビで爽やかな笑顔でこちらを向く沖田総悟くんと目が合った。確か高校生だっけこの子。年下はピンとこない。
「王子カッコいいなぁ〜」
「あれ絶対性格悪ぃぞ。俺にはわかる」
妹の気持ちも分からないくせに何がわかるっていうのよ。
むかつくなぁもう。
「お兄ちゃんはどこ行きたいの?」
無言。しばらく考えていたけど答えは出ないようだった。
「どこでもいい」
「行く気ないじゃん」
「名前と出かけるならどこでもいい」
「どういう意味よ」
本当にどういう意味?妹とならその辺でいいってこと?それとも……。
「じゃあ高級ホテルのビュッフェ連れてって」
「さっきから食いもんばっかじゃねーか」
「だってデートになっちゃうじゃん」
「………デートねぇ、」
う、意識してると思われちゃったかも。
お兄ちゃんがチラリとこっちを向いた。上から下までわたしを見て、視線をテレビに戻す。
「誰もカップルとは思わねぇだろ」
「ちょっと!どういう意味!?ほんとにむかつく!いいもんナポリは素敵な彼氏と行くもん」
ああ、素敵な彼氏と旅行なんていつになることやら。
「彼氏できたら報告しろよ」
「しないよお父さんじゃあるまいし」
「どんな奴か面接してやる」
「そういうことするから娘や妹に嫌われるんだよ世の中のパパや兄貴は」
なんか虚しくなってきた。部屋戻ろ。
コーヒーを飲み干してマグを洗ってリビングから出ようとすると、「名前」と引き留められた。
「おかわり」
「自分でいれてよー」
「お前のコーヒーが一番旨い」
「誰がいれても一緒だよ、バリスタのスイッチ押すだけでしょ」
文句を垂れながらマグをセットしてボタンを押した。
ウィィィンと重だるそうなバリスタくんの音が響く。
ぼけっとそれを見ていると、いつの間にか後ろにお兄ちゃんが立っていた。振り返ろうとすると低い声に身体が硬直する。
「お前に彼氏なんていらねェ」
大きな手がわたしの背中を横から越えてコーヒーが入ったマグをさらっていった。遅れて振り返るとその背中はもうソファに戻っていて新聞を読んでいた。
わたしは何の言葉も返せずに真っ直ぐ部屋に戻った。
title by 言祝