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03.「おやすみ」で繋がるオリオン

今日は両親が遅くなるから適当に夕飯食べてと言われていた日だった。お兄ちゃんに聞くと早く上がれるらしい。

「飯食いに行くか」

「行く! 」

外食のお誘いだ。二つ返事でオッケーした。
夜、お店の前で待ち合わせすることになった。

「お疲れ」

「お疲れさま」

大学の講義が終わって用事を済ませてから念入りにメイクを直してそわそわしながら来たことなんて十四郎お兄ちゃんは知らないだろう。対する彼はシンプルなシャツとジーパンに上着を手にしている。ラフな格好ながらすっごく大人の男性に見える。余裕っていうやつなのだろうか。あーやだやだ、自分だけ意識しちゃって。

「串カツ? 」

「気になってたけどなかなか行けなくてな。こういうの少人数向けだし」

串カツ屋にしては広めの店内で奥のテーブル席に向かい合わせに座るとテーブルの真ん中に油が入った鉄板のような物が置いてある。自分で揚げるスタイルなのね。メニューも色々あってちょっとわくわくしてきた。

「お酒飲める?」

「明日休み」

「やった」

オススメを見ながら色々頼んでビールとピーチウーロンをお願いする。先に来たお酒を手に取りグラスを合わせた。

「乾杯」

「かんぱーい」

お酒美味しいー。薄く衣がついた食材を油に突っ込んでいるとお兄ちゃんが感慨深そうにわたしを見ていた。

「お前と店で酒飲めるなんてなぁ」

「この間一緒に飲んだじゃん。不本意だけど」

「あれはカウントすんな。忘れろ」

「はいはい」

「デカくなったなぁ」

しみじみといった様子だ。まあ7つも歳が離れてるからそんな風に見えるんだろうな。

「あとは老いていくだけよ」

「何悟ってんだ、人生まだあと70年くらいあるんだぞ。ハタチで大人面してんならまだ若い証拠だな」

「お兄ちゃんなんてもうアラサーじゃん」

「男のモテ期は30代に来るらしいぜ」

「それはそれは、楽しみデスネ」

カラリと揚がった一本をお兄ちゃんに渡す。

「これ何だ」

「なんだろう。食べてみて」

「ささみと大葉だ。美味いな」

揚げたての衣はサク、と音を立てた。
わたしもソースをつけて一口食べてみる。

「揚げたて美味しいー!」

これは、お酒もすすむ。酔っちゃうかも。

「お前、こういうちょこちょこしたやつ好きだろ」

「ちょこちょこ?まぁ、たしかに好きかも」

デートにしてはちょっとおじさんくさいけどね。服だって油臭くなっちゃうかも。ま、いっか。

「お兄ちゃん、バームクーヘンだって」

「ありゃそのままが一番うめーんだよ。揚げてどうすんだ」

「確かに」

油の中に入浴中のチーズがいい感じになってきた。うわ、とろとろ。

「ん!めっちゃのびるーー」

「ピザかよ」

びよーんと伸びたチーズを見せるとお兄ちゃんが笑いながらわたしの口元に付いたそれを親指で拭いとった。その指はお兄ちゃんの口の中に消える。一連の動作があまりに自然でわたしの動きが止まった。

「チーズうめぇな。もう一本頼むか 」

「うん 」

家族間ならなんでもない動作だ。この間だって少しだけ迫られたような気がしたけどこの人にそんな気さらさらないのはわかってる。天然タラシめ。

串カツはとっても美味しくてお酒もすすんで割と酔っ払っていた。お兄ちゃんもよく飲んでいた。お店から出るともうすぐ終電が終わりそうなくらいの時間だった。さすがに少し冷えてくる。

「さむー、ちょうどいいや酔い冷まそう」

「いつも思うが、女はなんでそう薄着なんだ」

「好きな人に抱きしめて欲しいからじゃないかな」

「抱きしめて欲しいのか?」

「……いや、そういうんじゃなくて」

「お前意外とロマンチストだよなぁ」

「夢見るお年頃なの。若いからね」

うん、2人とも少し酔ってる気がする。
いつもより軽い口調で話すなぁと思った。お互いに。

「名前」

「なに、おにい…」

またこの間のように段差に躓きそうになってしまったのかと足元を見ても何もなかった。ならばどうしたのかと顔を上げるとバサリと何かが視界を覆った。目の前は真っ暗だ。その上から包まれてる感覚がする。あったかい。

抱きしめられてるって気づくのにかなり時間がかかった。
煙草とお兄ちゃんの匂い。

「…今度から薄着の女見たら抱き締めることにするわ」

「捕まっちゃえ、酔っ払いのド変態」

しばらくして身体を離された。冷静を装って家への道を歩く。今が夜で、本当に良かった。肩にお兄ちゃんの上着がかかっている。今さっきわたしの身体を包んだものだった。

「風邪引くなよ」

「うん」

そこから家に着いて部屋の前に立つまで会話はなかった。
お兄ちゃんとわたしの部屋は階段を挟んだすぐ隣。

「おやすみ」

「おやすみなさい」

たぶん、お互い何か言いたいことがあったはずだった。でも漂う男女の空気に耐えられなくて先に部屋の扉を閉めたのはどちらだっただろう。しばらくお兄ちゃんの顔は見れそうにない。返しそびれた上着からふわりと煙草の匂いが舞った。

「女じゃないよ、妹だよ、わたし」

呟いた声は届くことなく消えた。



title by 星食