01. 秒殺ナイト
「げっ」
思わず変な声が出てしまった。お互いに。
心中お察しします、わたしたち。
楽しい大学生活。
程よく遊んで程よく勉強する一番楽しい時期。
わたしの楽しい時間を壊すのはいつだってこの人だ。
十四郎オニイチャン。(27)
成人を迎えてお酒の味を覚えてからは輪をかけて口煩くなった。早く帰ってこいだの露出はするなだの濃いメイクをするななど。などなどなど。小言をわたしの背中に吐くのが趣味かと思うくらい。
今日はちょっとだけ楽しみにしていた合コンだった。
なんでも友達が歳上かつ高キャリアの男性を誘うのに成功したとかで、どちらかというと歳上がタイプのわたしはすぐに食いついたのだ。どれどれ、どんなに素敵な男性なのでしょうかと。
それがまさかうちの兄だとは。お疲れさまでした。はい終わり。完。ジ・エンド。
「えー名前まさか知り合い?超カッコいいじゃん!」
「そう?わたしもっと優しい目元の男性がタイプなんだけど。モデルの総悟くんは例外だけど。彼になら睨まれてもいい」
「アンタ何言ってんの?っていうか、お名前なんて言うんですかぁ〜?ご職業は?」
「……土方十四郎、公務員だ」
「へぇ〜すごーい!」
「………」
「そりゃあ合コンでは言えないよね、『警察官です』とは」
「うるせぇな。大学時代のダチにどうしてもって頼まれて渋々了承したんだよ。お前こそなんだその服。スカート破れたのか」
「破れてませんミニなだけですー!っていうか全然ミニじゃないし!」
楽しみにしていたはずの合コンはほぼ記憶にない。まさか合コンに来た男女が兄妹だとバレたら恥ずかしすぎる。名字が同じなのは果てしなく遠〜〜い親戚ということにして難を逃れた。
冷や汗をかきながらひたすらにお酒を飲んでいただけで終わってしまった。半分はやけ酒である。
だってだって、やっと彼氏ができると思ったのに!よりによってお兄ちゃんが目の前にいたんじゃ男の人にアプローチなんてできるわけがないでしょう。何人か話しかけてくれたけど当たり障りのない言葉を返すだけだった。つまんない女だと思われただろう。
店から出て最寄駅を言うと同じ方向なら送ってもらいなよー!と友達に背中を押されて送り出されたわたしたち。こういうシチュエーションでラブが生まれるのかもしれないけれど生憎帰り道が同じなだけです。店から部屋の前まで。ただ単に並んで歩いているだけです。年頃の男女が歩く夜道、いい雰囲気になると思うでしょ?いえいえなんの風情もありません。なぜなら兄妹だから。
「そういえばお兄ちゃん彼女いないんだ?」
「……お前はどうなんだ」
「いないから合コンに行ったんでしょうが。喧嘩売らないで」
「売ったのはお前だろうが」
はぁ、疲れる。
「お兄ちゃんは真面目すぎるんだよ」
「名前がフラフラしてるからだろ。あんま心配させんな。酒もあんなに飲むな」
足元フラついてるぞ、と夜道で見えにくいところにあったコンクリートの段差の前でわたしの腰を引き寄せてそれに突っかからないように避けてくれた。どき、胸がほんの少しだけ反応した。触れられたのは久しぶりだった。
「…もう子どもじゃないよ」
「子どもじゃねぇから言ってんだろうが。わかれよ」
初恋だった。お兄ちゃん。
もうきっぱり忘れたと思ったのにな。
たまにこうして女の子扱いされると勘違いしてしまいそう。
真面目で優しくて、わたしの、ただ1人のお兄ちゃん。
コツコツとヒールの音が響く。背伸びして大人の女を気取るわたしを笑っているみたい。
お兄ちゃんは隣で煙草に火を付けた。
「くさ、」
「息止めろ」
「…バカ」
大人になったよ。成人した。お酒も飲める。煙草も吸える。
大人になれば欲しいもの全部手に入ると思ってた。
でもやっぱりダメみたい。
この人は絶対に手に入らないのだ。
title by 失青