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13.あめのいろはなんのいろ

総悟が変装してまで来てくれた文化祭は、あのファッションショーに出たせいで意に反して目立ちまくってしまった。元々服飾科の生徒によるものだったのに一般の、しかも素性の分からないイケメン(と、ついでに普通科のわたし)が飛び入り参加したとあってかなりの注目を浴びた。更に観客が撮った写メがあちこちで出回ってショーを見ていなかった人達の目にも触れた結果、数日間は『謎の黒髪男子』の話題で持ちきりだった。そのせいであの人は一体誰なのかとかとか彼氏なのかどこの学校に通っているのかとか、他にもどんな食べ物が好きかとか美容院はどこに行ってるのかとかどうでも良いようなことまでとにかく多方面から質問攻めにあって大変だった。たまたま来ていた遠〜い親戚ということにしたけどこんなに沢山の生徒に注目さてしまうといつバレても不思議じゃない。

ただひとつ収穫があったとすれば貴重な黒髪姿の総悟の写真をたくさん手に入れられたことだ。数人の友達が送ってくれたその日のステージの写真はとても良く撮れていた。それはもう、とても良く。堂々としたウォーキング、わたしをエスコートするスマートさ、表情が分からないのにも関わらず瞬きひとつ許さないほどのオーラ。そして見つめ合って顔を近づける親密さ、腰に手を当てる自然さ。これを見れば誰だって、この人何者?って思うだろう。みんなが興味を持つのは当然だと思うしわたし達だって本当に嫌だったら本気で断れたはず。だからうんざりするような好奇の目に晒されていたとしても落ち着くまでは耐えるしかない。自業自得ってやつだ。だけどもう少し上手くやれたんじゃないかって思ってしまう。

「名前、風呂」

リビングのソファでスマホの写真を見ていると先にお風呂に入っていた総悟が頭を拭きながら出てきた。すっかりもとのミルクティ色に戻った前髪から雫が頬に落ちた。ああ今日も麗しいですね王子様。滴る水滴がとてもセクシーです。ていうかちゃんと拭いてきてよ撮影の演出じゃあるまいし。総悟はわたしの手の中の画面を覗き見て呆れたように目を細める。

「まだ怒ってんの?」

「あんなに派手な演出しなくて良いのに。目立ちたがりだよねほんと。何のために髪染めたかわかんないじゃん」

「やるからには誰だって良いステージにしたいって思うだろ。その衣装作った生徒も喜んでたらしいじゃん」

「そうだけど」

「何だよ」

「…………」

「本音は?」

「……文化祭終わった途端にみんな総悟のことばっかりでおもしろくない。出し物、みんなで協力して頑張ったのに」

「やきもちか拗ねてんのかはっきりしろ」

「そういうのじゃないもん」

「名前だけの俺だもんな?」

「そんなこと言ったら総悟仕事できないじゃん自意識過剰じゃない?」

「素直じゃねーなァ」

「素直だよ」

頭をわしわし撫でられて髪がボサボサになった。なんかニヤついててムカつく。わたしもお風呂に入ろうと立ち上がるとスマホの画面が切り替わって着信モードになった。流れるのは好きな映画のBGM。それが鳴ると気持ちがちょっと上がる。また週末にでもDVD見直そうかなと思いながら電話の相手を確認する前にスマホは手の中からすり抜けて総悟の手の中に収まった。すぐに着信音が途切れ、続けて我慢が真っ暗になる。なぜ。

「え、ちょっと!なんで切るのよ」

「充電切れた」

「絶対嘘じゃん!さっき充電したもん。90%はあったもん。電源落としたでしょ!電話誰だったの?」

「さぁ」

「さぁって」

悪びれることなくそれを黒のスウェットのポケットに突っ込んでキッチンに向かい、冷蔵庫から取り出したミネラルウォーターをごくごく飲んでいる総悟をできる限りの迫力で睨んだ。

「ちょっとそれどうするつもり?」

「機種変でもするかなー」

「いや自分のでやってよ。もー…まぁいいや、お風呂入ってくるね。スマホその辺に置いといてよね」

「へーい」

実際のところ、着信の相手は検討がついている。平日の夜にかけてきて、かつ総悟が不機嫌になる相手。尾美さんである。先日の食事&まさかの告白タイムでとても気まずい思いをしたが次の日電話をかけた。忙しいスケジュールの合間を縫って会ってくれたにも関わらず個人的な愚痴を溢し、あろうことか泣いてしまうという失態を犯しておいて流石に申し訳なく思ったからだ。電話に出なければ留守電にでも入れておこうと期待せずかけたら意外にもすぐに出た。撮影の休憩中だと明るく言い、ごちそうしてもらった食事のお礼と謝罪を軽く受け取った尾美さんは、

「もう少し話したいけど出番だからまたかけてもいいか」
「それと、告白の返事は急かさないからゆっくり考えて欲しい」

と、まるで帰りに豆腐買ってきてと言うのと同じような自然さで告白という単語を口にした。やっぱり都合の良い夢じゃなかったんだと固まるわたしの顔が見えているみたいにくすりと笑ってからじゃあ、と通話が切れた。それからたまに電話がかかってくるようになった。尾美さんの面白い話に相槌を打ったり、「今日は君の話が聞きたい」と促される日は流行りの物や学校のぱっとしない話を興味深そうに聞いてくれたりした。
通話はいつもきっかり15分で終わる。…正直、さすが大人というか、上手いなぁと思う。際限なくだらだらと話されると仕事の進捗や体調が心配になるけど、決まった時間なら今が空き時間だとわかるから会話に集中できる。それにわたしがぽろっと「あの映画面白かったです」と言うと未視聴なら次の電話で感想を言ってくれて、視聴済みならその内容を加味しつつわたしの好きそうな映画をおすすめしてくれたりする。暇潰しの相手にされているわけじゃなくてちゃんとわたしの話に興味を持ってくれてるんだってわかるから会話が楽しい。それに尾美さんの明るい声は聞いていて元気が出る。告白の返事は本当に待ってくれるみたいで、その話を蒸し返すことはなかった。
だから毎回「じゃあ、また」と締め括られる会話の最後に、「はい」と返してしまうのだ。

そんな生活がしばらく続いて、最近ふと思う。この関係はなんて言うんだろう。年上だから友達と言うには失礼だし、そもそも相手から好意を伝えられている以上、その一言で括ってはいけないとわかっている。だから総悟にも彼のことをなんて言っていいのかわからないでいる。わたしと尾美さんの奇妙な交友関係についてはっきりと話したことはない。ただ総悟の態度からして、電話の相手が尾美さんだと気付いている上で快く思っていないということだ。

一度、総悟の前で電話がかかってきたことがある。受話器から漏れる声に気づいて「男?」って聞かれて頷いた。地方出身の尾美さんは普段は綺麗な標準語だけどプライベートでは特徴的なイントネーションを使うことがある。だから相手が尾美さんだと察しがついたらしい。やましいことは何もないのに総悟の前で話すのを居心地悪く思ってしまうのは、さっきみたいにスマホを取り上げられたり機嫌が悪くなるからだ。その理由がいまいちわからない。それ以上に、告白にどう答えればいいかわからない。いくら待っていてくれるとは言え期待を持たせるようなことを続けていていいのだろうか。尾美さんと付き合うなんて、とてもじゃないけど想像できない。本当に素敵な人だと思うけどわたしにとってまだテレビの中の人だもん。でも画面の中にいる架空の人物みたいな存在である芸能人の皆さんだって、ひとたびカメラの前から離れれば一般人と何も変わらない生活を営んでいるということをわたしは知っている。家じゃごろごろしてソファから動かなかったり、休日になればウインドウショッピングを楽しんだりコーヒーチェーンの新作を飲んだりする。そしてたまには双子の妹とキスをした、り、する、……のかな?みんな。ああまた訳わかんなくなってきた。とにかくまだ尾美さんという人の内面を捉えきれていない。彼は完璧なまでに尾美一という俳優さんだった。本当に裏表がないように思える。だからこそ、誠意を持って接してくれている人に対して「釣り合わないから」なんて理由だけでは断れない。

「…あー…もうずっとこのままでも良いかなぁ…」

総悟と生活して、尾美さんともこんな感じで仲良くして。そんなこと無理だってわかっているのに答えが見つからない。

「――おい」

「っわ!!!なに!!?」

「いつまで入ってんの」

浴室の向こうから急に声が聞こえて、沈んでいた湯船から勢いよく身体を起こすと動揺がお湯に伝わってじゃぶんと跳ねてそれにもまたびっくりする。

「あ、ごめん寝てた、かも。びっくりしたぁ〜…」

「俺寝るけど。名前は今日そこで寝るつもりみたいだな」

「こんなとこで寝ないから!もう出るから先に寝室行ってて」

脱衣所のドアが閉じられた音を聞いてから浴室を出る。あのまま寝てたらふやけてぶよぶよになるか溺死するかのどっちかだ。スキンケアもそこそこに髪を乾かして寝室に向かい既に布団を掛けて横になっている総悟の隣に潜り込んだ。ふう、落ち着いた。湯当たりしたみたいでぼーっとする。眠気もあるんだろうな。ダウンライトのあたたかい光が総悟のご尊顔を照らしている。それに加えてスピーカーから届く雨の音が心地良くて溜息をついた。

「総悟の匂いって安心するー」

「同じじゃねーの」

「双子でもさすがに匂いまでは同じじゃなくない?」

「あー」

拒否されないのを良いことに肩におでこをぐりぐり擦り付けて温もりを堪能する。あったかい、気持ちいいと呟いているとこちらに顔を向けて首筋に顔を埋めてきた。わたしがしたようにぐりぐりと押し付けて呟く。

「安心する」

「でしょ?」

ふ、と息をついたのがくすぐったくて離れようとするとそれ以上の力で引き寄せてきて抱き枕状態になった。そして思い出したように「そうだ」と呟く。

「今週のドラマ観るなよ」

「総悟のやつ?悪いけどまだ全然観れてないから今度の連休にまとめて観ようかなって」

「だから今週分は観るなよ」

「え?なんで?」

「つっまんねーから。つーかテレビ自体しばらく観なくていい。ネット配信観てろ」

「へぇ?まぁ、良いけど…」

総悟の姿は家で見れるし雑誌あるし。一話くらい観なくても話の大筋はわかるはず。ていうか本当にそろそろ見なきゃ友達の話についていけなくなるなぁと思いながら相槌を打った。…その言葉の意味がわかるのは少し先のことだけど今まで自分が出ている番組を見るなと言った事がなかったということに気付くべきだったし、もっと真面目に捉えるべきだった。この日のわたしは眠くてそれを怠った。苦い顔をしてる片割れの表情に気付けなかった。

「……ハジメさんと電話すんの、楽しい?」

「…うん、すごく楽しいよ」

「ふーん」

「ねぇ、わたしが尾美さんと仲良いと、総悟はやだ?」

「邪魔したくなる」

表情はわからないけどなんだか寂しそうで胸がぎゅっとなった。総悟にとって尾美さんは事務所に入ってからよく面倒見てくれる良い先輩なんだろうな。この人が山崎くん以外で信頼してる大人ってなかなかいない。もしかしたら総悟は、寂しいのかもしれない。長年慕っていた先輩との貴重な時間をわたしが奪っているのかも。撮影の空き時間は俳優さん同士コミュニケーションを取ったりする時間でもあるのだと、以前山崎くんが言ってたような気がする。だからわたしのスマホを取り上げたんだ。うん、きっとそうだ。

「ごめんね」

「何が?」

「総悟だって尾美さんと話したりご飯したいのにわたしばっかり話して独り占めしてたね。気付かなくてごめん」

「……は?」

「今度総悟も一緒に行こうね、ごはん!電話も代わってあげる」

「行かねーし行かせねーし要らねーし」

何言ってんだと怒られてしまった。でもももう眠くて眠くて、腕に包まれている体温がポカポカで気持ち良過ぎる。目を閉じると雨の音の中に優しいリップ音と「ばーか」という失礼極まりない声が聞こえた気がするけど反論する前に夢の扉を開けてしまった。「ああ、もしも尾美さんとお付き合いをすることになったらもう総悟とキスできないんだなぁ」と思いながらその扉を潜った。



title by まばたき