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14.わたしの上に重ねていく

「……ど、して……?」
目が覚めた。
もう覚めないと思って眠ったはずだったのに。あんなにも冷えて感覚を無くしていた手足は、温かな布団に包まれているおかげで体温を取り戻している。真っ先に視界に入って来たのは白い天井と、透明な輸液パックが吊られた点滴スタンド。花の香りが漂うお屋敷とは違う、薬品や消毒液の匂いに混じる独特の生温い空気に、ここは病院だと理解する。どうして…と声にならない問いがもう一度浮かんで消えた。あれから、どうなったのだろう。記憶が断片的で何も考えられない。それに全身がとても痛い。生きている証拠だ。自覚すればジリジリと刺すような痛みが脈打つように広がっていく。動くことができず、しばらくぼうっと天井を眺めていると病室の扉が開く音がした。コツリと、革靴が重く鳴る。

「名前…っ!気がついたか…良かった…、」

「…万斉さん…」

もの凄い勢いでベッドに近づき顔を覗き込んできた万斉さん。サングラスに遮られているとは言えこの距離で急に迫られるとびっくりしてしまう。肩が跳ねたことを目敏く気付き、「驚かせたな」とすぐに離れベッドの横に置かれた椅子に腰掛けた。そして、心の底から安心したように長く息をついた。こんなに取り乱した万斉さんを見たのは久しぶりだった。

「心配かけてごめんなさい」

「ああ、本当にな。お前が夜中に屋敷を飛び出したというだけでも一大事だが、その上に血痕を残して連れ去られたと聞いて俺は何度心臓が止まりそうになったか分からん」

「万斉さんが助けてくれたの?」

「覚えていないのか。あれだけの怪我をしていたのなら無理もない。あの倉庫にいち早く乗り込み名前を助けたのは晋助だ。俺や他の奴等が駆けつけたときには全て終わっていたさ」

全てな、と言ったサングラスの奥は冷えていた。倉庫にいたあの男の人たちはみんな死んだんだろうなと直感的に思った。そういう世界なのだ。だから、わたしがこうしてまた目を開けることができたのは奇跡のようなものだ。今でもまだ戸惑っているくらいに。

「余計なことを考えるなよ。女を人質に取るような姑息な手を使う奴等如きの命にお嬢が感情を揺らす必要はない」

「大丈夫だよ。わたし、高杉組の人間だもん」

「…そうだな」

張り詰めていた場の空気が少し和らぐのを感じる。いつものように頭を撫でようと手を上げた万斉さんだったけれど、大きなガーゼと包帯に阻まれているせいでその手は触れることなく降りた。

「頭の傷、今度こそ縫ったぞ。出血も酷くて本当に危ないところだったんだ。輸血までして…身体も傷だらけだ。しばらくは大人しく入院していろ」

「…怒らないの?ひとりで外に出たこと」

「今更怒ったところでその傷が消えるか?」

「……そうだね。ごめんなさい」

「いや、謝るのは俺の方だ。そもそも晋助に名前とのことを言ったのは俺だ。約束を破った。…済まない」

言うが早いか深く頭を下げた。この人の潔さをとても好ましく思う。

「いいの。自分ではどうしても言えなかった事だから」

腕を少しだけ上げると意図を汲んでくれて、そっとわたしの手を拾い上げた。彼はわたしが引き取られるずっと前から晋助の側にいた。きっと、近くに居たからこそ何もかも話してしまいたくなった時だってあっただろう。でもここまで大切に持っていてくれた。

「万斉さん、長い間わたしと晋助の関係を守ってくれてありがとう」

「…ありがとう、名前。…そろそろ戻って組の者達にこのことを伝えないといけないな。泣いて喜ぶぞ」

「ねぇ万斉さん、その…晋助はどうしてる?やっぱり怒ってるかな…」

「実は、晋助もこの病院にいる。明日退院だ。動けるようになったら会いに行くといい。どうせ奴からは来ないだろうからな。お前をみすみす誘拐されてその上酷い怪我をさせてしまったことを悔いているのさ」

「っ、怪我したの?」

「いや、流れ弾に当たっただけだ。丁度良いから組ごと潰したんたが小物の寄せ集めとは言え数が多くてな。お前は気に病むなよ。遅かれ早かれこうなっていた」

言い聞かせるようにはっきりと言った。そう、と小さく返す。晋助の怪我、早く治るといいな。

「それと、伊東の次男にもこの件は伝えてあるが…しばらく来るなと言ってある」

「鴨太郎さん?どうして?」

「今、組もゴタゴタしてるんだ。それにお嬢と晋助のことを先に片付けないとな」

その代わり、といって万斉さんは窓際を指差した。その先を見ると綺麗な花があった。

「目を覚ますまでの3日、毎日届いてる。退院する頃には花畑になるだろうな」

呆れたように笑う万斉さんに釣られて、わたしも笑った。ビリ、と頭に痛みが刺した。生きてるんだ、わたし。また晋助に会える。…会って、何を話そう。どんな顔をしてあの人の瞳に写ればいいんだろう。今までどんな話をしていたんだっけ。

「名前、彼奴は何も変わっていないさ。ずっと前からお前のことだけを見ていたんだから」

「…夢かな」

「夢かどうかは会って確かめろ」

万斉さんが帰ってからわたしは高杉組に来てからの日々を思い出していた。本当にあっという間だった。毎日楽しかった。組のみんなも優しくて、あたたかくて、幸せだった。それは晋助がわたしに、みんなに与えてくれた愛情だった。







聞こえたかどうかも怪しいほど小さなノックをしてから個室のドアを引いた。点滴を外してもらってからこっそり抜け出してきたのだ。本当は起き上がるのも辛かったけどどうしても今日会いたくて。同じ階なのに廊下が果てしなく長く感じた。何度も休憩しながらやっとの思いで万斉さんが教えてくれた部屋にたどり着いた。
そろりと部屋の中に入ると、そろそろ日が暮れる頃だというのに電気はついておらず薄暗かった。本当に人がいるのかな、なんて思うほど。一つしかないベッドに近づくと、その人は眠っていた。寝顔なんて何度見たかわからない。でも今は、震えるくらい綺麗だと思った。

「ありがとう」

傷ついた腕には包帯が巻かれていた。そっと触れると、心臓の辺りから全身にかけて痺れるような感覚がした。もう何も考えずに触れていた頃とは違う。

「痛ぇ」

「……そんなに強く触ってないよ」

目を開けた晋助はわたしを真っ直ぐ見ていた。…男の人だ。完全に。わたしの知ってる兄の顔をしたその人と、知らない男の人の顔をした晋助がいる。どちらも、幼い頃から一緒に過ごしてきた晋助だ。形のある関係にこだわって、本当の兄妹になれない事実を伝えるのを恐れて片方しか見ようとしなかったのは、わたしの我儘。

「勝手に外に出てごめんなさい。みんなの手を煩わせてごめんなさい」

「…奴らは俺を狙ってきたんだ。お前のせいじゃない」

以前から高杉組に恨みのあった魔死呂威組という対抗勢力が屋敷の周りをうろついているという情報が上がり晋助は最近外出を控えていたのだという。そんな中、ちょうどあの男たちが屋敷を伺っていたときにわたしを見つけたのだと。

「それでも…言いつけを破ったから」

「そうだな。まさかお前が屋敷から出るとは思わなかった。そんなに俺から離れたかったか」

「……うん」

そうかと呟いて晋助はわたしから目を逸らした。

「悪かった。自分勝手なことをした。万斉にもキツく言われた」

「わたしこそ、ずっと黙っていてごめんなさい」

兄妹だと思って過ごしてきた時間は終わった。もう戻らない。ならばわたしたちはこれから何になれるだろう。

「名前、座れ。目が覚めたばかりだろう」

「うん。ありがとう」

促されて椅子に座ると、晋助が起き上がる。距離がぐっと近くなった。

「晋助…あのね、わたし、言わなきゃいけないことが…あって」

そこまで口にしておいて次の言葉が出てこない。だってずっと、何年もわたしひとりだけの物だったこの気持ちを今更この人に言っていいのだろうか。また何かが終わってしまうんじゃないか、今後こそもう何もかも無くなってしまうんじゃないかと、胸の奥のモヤモヤが大きくなる。

「…………あのね……」

何度も言葉を詰まらせている間、晋助は待っていた。動かず、一言も聞き逃さないというようにただじっとそこにいた。目を閉じると、坂田さんの穏やかな顔が思い浮かんだ。きっと欲しい言葉をくれるぜ、と言った。お兄ちゃんの顔をした、坂田さん。

「晋助、ずっと貴方が好きだった。思い出せないくらい、前から」




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