01.かわいい遺伝子
「かっこいいよねぇ、沖田総悟」
「…顔はね」
「絶対性格もイメケンでしょー、めっちゃ爽やかじゃん。見てよ今月のメンスト!特集されてるよ」
友達が指差すファッション雑誌をちらりと見るとこれまた爽やかに笑う沖田総悟の顔が目に入る。うん、文句なしに格好いい。それは分かってる。インタビューに答える彼の横顔の写真には『モデル・俳優の枠を越えてさまざまな自分に挑戦したい』と見出しが書かれている。うん、格好いい。雑誌やテレビを見ている分には。
「落ち着いた雰囲気あるし同い年とは思えないよねぇ。絶対彼女いるんだろうなー、モデルの超美人な彼女」
「そうかなぁ」
「そういえば名前もニコニコ笑ってたらなんとなく沖田総悟の雰囲気あるよ?美人だしちょうど今の髪の色似てるし」
「ニコニコするの疲れる〜」
「あはは何それ!もったいな!」
スマホが鳴る。
見てみると『18時に現場に来い』と一言。
既読無視していると5分後には『おい』と再びメッセージが来る。そしてそれは最終的に鬼電に変わるのを知っている。お気に入りのクマのスタンプだけ送って返した。めちゃくちゃ怒ってるやつ。
「はぁ、用事できちゃったから今日は帰るね」
「なに?彼氏〜?」
「だといいのにねぇ。家のお使い。パシリですよー」
「がんば〜またね名前」
友達とバイバイして学校を出て言われた通り現場に向かう。コンビニに寄って彼のお気に入りのガムと飲み物を買うのを忘れない。何度か来たことのあるスタジオに入り顔馴染みのスタッフさんに挨拶しつつマネージャーの隣に立った。
「山崎くん、お疲れ様です」
「ああ名前ちゃん、また呼び出されたの?お疲れ様」
うん、と頷いてカメラを見て笑う沖田総悟を見る。
『王子』というあだ名がついたのはいつの頃だったろう。
小学生の頃にスカウトされて初めて総悟はカメラの前に立った。雑誌のモデルになって、たちまちそれが人気になってそのうちドラマにも出るようになって、いまいちばん勢いのある若手俳優として雑誌には特集が組まれた。
実はその間の数年間のことは詳しく知らない。わたしはちょうどその頃離れて暮らしていたから。総悟とは名字が違う。でも、わたしと総悟には切っても切れない繋がりがある。
「名前」
「総悟、どうしたの」
休憩に入ったようで総悟はわたしのところへ歩いてきた。バタバタと次の撮影の準備をするスタッフさんを横目にパイプ椅子に腰掛けた。
「ガム噛む?」
飲み物とガムを渡すと嬉しそうに笑う。
流れるようにガムの包みを開けて、わたしの口に押し込んだ。
「んむ」
「アホの顔拝んでやろうと思っただけ」
「なにそれー、」
にやにや笑うのは雑誌に載っていた爽やかな笑顔でもCMで見る熱い眼差しでもない。詐欺だ、こんなの。
「名前ちゃんさ、本当にモデルやる気ない?沖田くんとペア組んだらすっごく良いと思うんだけど」
「ないですよこんなちんちくりん。無理無理〜」
「寝言は寝て言えザキ。どう見てもカメラ映えする顔じゃねーだろ」
「ひど、傷つく。だいたい同じ作りのくせに」
「男なら良かったのになァ」
総悟は双子の兄。二卵性双生児のわたしたちは、ぱっと見あまり似ていないという自覚がある。並べばまぁそこそこ。似てるのは色素の薄さくらい。兄妹って言われないとわからないだろうな。
「そう?俺からしたら名前ちゃんめちゃくちゃ美人顔だと思うけどな。ちょっとミステリアスな感じで。人気出そう」
「山崎くん、わたしニコニコ笑うの無理だよ」
「気が向いたら今度撮らせてよ。ちょうど写真集の撮影あるし」
「えっ、総悟写真集出すの?なんかイヤ…一家に一冊総悟の写真集が置かれるんでしょ、そのうち鍋敷きになるんだよああいうの」
「俺の顔を鍋敷きだと?殺すぞ」
「いたたたた!もう!ほっぺつねらないで!」
「お兄様と呼べ」
「なによたった15分早く生まれただけでしょー!」
「その15分でお前の人生変わっちまったな」
「もーーむかつく!」
兄は芸能人、わたしは一般の高校生。
土俵が違うのに一緒にいられるのは、血のつながりがあるから。
title by 失青