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13.帰れなくなっちゃったね

「…クソ」

駄目だ、名前を目の前にするとどうしても冷静ではいられない。血の繋がりがないと聞かされた今では、どんな温度でアイツの頬に触れてきたのか分からなくなっている。
長い間妹という絶対的に近しいワードに甘えていたのは事実だし、その言葉のお陰で理性を保ってきた。名前が屈託のない笑顔でお兄ちゃんと笑いかけてくる度に気持ちを思い留まらせ抑えることができていた。だが『晋助』と名前で呼ぶようになってからはその壁をぶち破りたくて仕方がなかった。親父が他所で勝手に作った子どもなんて俺にとっては他人みたいなものだ。後ろをついて歩くだけのガキだったのが今や高校生。女子校に入れたのにいつの間にか男の友達なんて作って、許婚と逢瀬を重ねる年齢にもなった。
名前が俺のために10年もの間秘密にしてきた関係性。それを壊してしまえばお互いにありのままで、もっと純粋な気持ちで求め合えると思った。兄妹なんて括られたもんじゃなく、1人の人間として大切にできると。だが積み重ねた時間はあまりに長く、名前の心を蝕んでいた。高杉への恩と偽物の兄妹としての振る舞い、そして望まぬ結婚。心がついていかないのは当たり前だ。浅はかだった。舞い上がって、焦って、自分の気持ちを優先させた。名前は、真剣に伊東の次男と向き合っていたのに。

あのまま唇を合わせていれば、俺たちはどうなっていただろう。兄妹からいきなり恋人になんて、なれるかわからない。何より名前はまだ高杉という名に縛られている。解放してやらなくては。元々極道の家に生まれた自分とは違ってアイツには自由に生きる権利がある。…もう部屋に戻っただろうか。追いかけて、謝らなければ。そう思うがずっと隠し持っていた感情をあんな風にはっきりと拒絶されたせいか暫く動けなかった。やがてコンコン、と部屋のドアがノックされてようやく名前がいた場所から視線を上げた。

「何だ」

「若頭、外に怪しい車が。声をかけようとすると逃げました。それと……妙な血痕が」

「…今行く」

とにかく互いに頭を冷やす時間が必要だ。思考を切り替え裏庭の勝手口から外に出ようとすると、既に鍵が開いていた。これは内側からしか開かない。しかも開け方を知るのは高杉の中の人間だけ。スマホのライトを地面に当てると、小さな足が砂を蹴ったような跡があった。…嫌な予感がしてならない。

「万斉を呼び戻せ。直ぐに」

「はい」

踵を返して名前の部屋に走る。声もかけずに扉を開いても中は真っ暗で人のいる気配はまるでない。舌打ちする。こんな日に。いや、こんな日を狙って来ていたのだろう。

「…ま、まさかあの血……お嬢の…」

万斉に連絡を入れ後を追ってきた舎弟が部屋の様子を見て唸るように言った。

「何処だ」

真っ青な顔をした舎弟の案内で勝手口から外に出て車が停まっていたという場所に行くと確かに地面に微量の血痕があった。塀にも同様に、体の一部を打ち付けたように付着した赤があった。そこに垂れた血はまだ乾いていない。胸の下ほどの高さ。名前の身長と大差ない。

「…………」

煮えたぎるほど血が沸いているのに、腹の底は酷く冷えていた。認めざるを得ない。自分の過失で名前が拐われた。その上、怪我を負わされている。

「車を出せ。相手は分かってる」






起きろと、何度も声をかけられるけど意識を保っていられない。寒い。とても寒い。薄着で冷たい床に寝かされているからか、それとも血を失いすぎからなのか。
そこは室内ではあったけれど薄暗くて何処だか判断することは難しく、とにかくどこか広い地下のようだった。そしてわたしを取り囲むように10人は越えようかという人間の存在を感じる。

「おい、コイツ本当に高杉組の女なんだろうな?」

「ああ確かに屋敷から出てきたから間違いない。暴れるからちぃと手を出しちまったが」

「ハハ、やり過ぎだろこりゃ。可哀想に」

縛られている全身が痛い。なぜ、どうして。答えは明白。晋助や万斉さんの言いつけを破ったから。ひとりで外に出るな。外に出る時はスマホを手離すな、暗くなってから屋敷を出るな。外に出たい時は誰かに言うこと。その全てを破ったから。ごめんなさい。

「高杉組若頭の妹は病弱と聞いたが本当に今にも死にそうじゃねえか。これじゃ人質になるかどうか怪しいな」

「いやでもこりゃあ綺麗な顔してるぜ。伊東の許嫁らしいが…キズモノでも高く売れそうだ」

気持ち悪い。全部が。晋助の腕から逃げ出した自分が。晋助の唇を受け入れて結ばれたいと思った自分が。鴨太郎さんを簡単に裏切ろうとした自分が。訳の分からないことを話すこの人たちが。

「高杉組も大したことねぇな!こんな簡単に妹が手に入るとは。ここに来たら若頭は蜂の巣だ」

わたしをここに連れて来た男がにたりと笑い、ここへ来て何本目かの煙草に火を付けた。とにかく空気が悪い。呼吸する度に肺が朽ちていきそうな程。

「…来ないよ。高杉晋助は、…わたしと何の関係もないもの。わたしは妹じゃない。血なんて繋がってない」

「…何だと?」

「これを知るのは一部の幹部だけ。わたしはこういう時のために高杉組に引き取られたの。何もできない女ひとりのために高杉組は動かない。…残念ね」

「クソッ、ハズレかよ…!だから屋敷の周りをうろついてたのか、まんまとだまされたぜ」

口では大きなことを言えるけど、本当は嘘。お父さんがお父様のお友達だったから良くしてくれただけ。安い挑発を真に受けて男たちは苛立った。

「じゃあこの女好きにしていいってことだな?売る前にちょっと触らせて貰おうか…味見させてくれよ」

「オイそれより頭から血が出過ぎてねぇか?このまま高杉が来なければ死ぬんじゃねぇか…」

寒い。血が、止まらない。額の傷はもとの物より大きく開き、横たわった床に小さな水溜りを作っていた。寒くて全身が震えてくる。手足の感覚はもうとっくにない。
晋助はわたしがいなくなったことに気づいただろうか。言いつけを破ったから自業自得だと思われているだろうな。
このまま、死ぬかもしれない。それでも、不思議と心は落ち着いていた。…だって、晋助がわたしのこと好きっていってくれた。妹でなくなるのが怖くて拒否してしまったけど、心の底から嬉しかった。気持ちが繋がっていたって、わかったから。
血が繋がらない嘘の妹だったけど、大切に、大切にしてくれた。できれば、ここには来ないで欲しい。わたしのせいで怪我して欲しくないから。わたしはここで終わっても、後悔なんてない。

ーーーーギィィ、
重い扉が開く音がした。仲間だろうか。
もうそちらを見ようにも身体は動かない。視界は真っ白。雪でも降っているみたい。小さい頃、晋助と雪遊びしたことをぼんやりと思い出した。……きれいだったな。

コツ、コツ。革靴の音がやけに耳に響く。この歩き方知ってる。ずっと、誰より一番近くで聞いてきた。わたしの前を歩くとき、手を繋いで隣で歩くとき、わたしを抱いて歩くとき、

「小物の弱小組が舐めたことしてくれたな」

あ、晋助のこえ。
来てくれたのかな、それとも、もうゆめのなか?
姿が見えない。でも大丈夫。晋助の姿は、ぜんぶわたしのすべてが覚えてる。だいすきだよ、晋助。わたしのお兄ちゃんでいてくれて、ありがとう。どうか、争いの世界で生きているあなたが歩く道の先にしあわせがありますように。


title by さよならの惑星