×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -

04.焼け爛れた未来だけ手に入れた

「えらく薬(ヤク)が流れてるな」

午前2時に差し掛かる頃、屋敷に戻る車内で晋助が呟いた。今夜は特に機嫌が悪い。この男は極道にして珍しく女遊びを好まない。だが職業柄足を運ぶ回数は多くなる。そして今夜は何軒かの店を周り情報を仕入れていた。

「量が普通じゃねぇ。大量に密輸されて来たか…或いはどこかに『工場』がありそうだ」

「違法栽培か?この街にそんな土地はない筈だ。一体何処から…」

それに大麻の栽培には莫大な資金と人手が要る。派手な動きをすればすぐにわかるはずだ。

「断定できねぇうちは動く気はねぇ。何にせよ注意しとけ。俺の方から平賀にも連絡を入れておく」

「そろそろ平賀とも情報共有しないとな。最近は酒の席も断られ続けてもう半年会ってない」

「麻取様はお忙しいのさ」

平賀三郎という男は麻取…麻薬取締官だ。互いの利益の為に情報共有をしている。高杉組は表向きには『健全な』組織の為、違法薬物に関してはご法度の決まりだ。己のシマの平穏を保つ為、極秘に警察と手を組む事もある。信号で止まったタイミングでこの話は終わりだと晋助の纏う空気が言う。それを受けて武市が場違いな明るい声で振り向いた。

「そう言えば万斉さん、次はいつあの店に向かうのですか。最後に行ってからかれこれひと月になりますが」

「野暮だぞ、武市。お前がそうやって焚き付けるからコイツが店に行けねぇんだろう」

晋助が口を挟む。この手の話に乗り気なのは何故だ。大方、お嬢との話のネタにするつもりだろう。

「…これだからプライベートの事を知られるのは嫌なんだ」

「そろそろお相手の方も待ちくたびれているのではないですか。天気と女性の気は変わりやすいですからねぇ」

「お前に女の何が分かる」

「アイツも何かとお前のことを話してくる。昨日は『万斉さんは結婚したら屋敷から出て行くのか』って聞いてきたぞ」

「夢物語だな。そもそもそんな関係じゃないと言っている」

「クク、アイツの直感は意外と当たるからな」

「お嬢もいよいよ女の勘を身につけたということですなぁ。喜ばしい事です」

「願望もあるんだろ。万斉によく懐いてるからな」

そもそも、なぜお嬢が俺にそこまで懐いてくれているかが一番の謎だった。歳だって晋助以上に離れている。ただオヤジから面倒を見ろと言われ成長を見守ってきただけだ。唯一『秘密』を知る者としてあの子の振る舞いを監視していただけとも言える。それなのに。あの子の純粋さが眩しくて仕方がない。それは名前の微笑みを見た時に感じたものに少しだけ似ているなと思った。

「余計な事を考える男だな」

「お前には言われたくない台詞だな、晋助」

さっさと物にしてしまえよ、と互いに視線を交えた。





『ご注文のお品物が出来上がりました』

その一言だけがスマホを通じて届けられた。余計なことは一切言わないそのさっぱりとした性格が清々しい。

「これから取りに行く」

たった10秒の通話。それなのに声を聞く前とは打って変わって心が軽くなった。スマホをスーツのポケットに戻し、眼下で男の顔面を蹴り上げた。

「がっ、あ、…あ」

間髪入れずに引き金を引く。数度跳ね、直ぐに動かなくなった亡骸のスマホを取り操作すると待ち受けには緑の葉の植物とハンドサインが描かれていた。人差し指と中指を交差させ親指を立てる、銃の形を思わせる趣味の悪いマークだった。

「良いんですか兄貴、情報吐かせずに殺しちまって」

「何も知らない末端の人間だ、支障はない。空洞の脳味噌よりこっちの方が余程使い物になる」

『やたら羽振りのいい男がいる。どうやら薬の売人をしているらしい』ーーそう情報が入り接触してみれば何のことはないただの駒使いだった。殺すつもりは無かったが接触前に薬をキメていたようで碌に会話にならず幻覚を見ながら襲い掛かってきたため眠って貰った。どちらにしても長くはない命だっただろう。
スマホのGPSを切り持ち主を一瞥して背を向けた。血溜まりに浮かぶ死体、あの女がこれを見たら失神どころかそのまま天国に行ってしまいそうだ。残った部下達に後の始末を頼みその店に向かった。


「遅かったわね」

「どこから向かうとは言ってないだろう。お前こそ随分と待たせたな」

オーダーしてからひと月半が経っていた。その間、ここには来ていない。連絡先を渡してはいたがこちらからは連絡手段がなかったしそもそも用事が無かったのだ。

「また定休日か、気楽なもんだな」

「河上さんが来るから午後から閉めたの。他のお客様が怖がるでしょ?」

「客なんて見た事ないが」

「いちいち煩いわね」

上がって、と言うので店を出てビルの階段を上がり彼女のアトリエ兼住居に足を踏み入れる。相変わらず作業台以外は綺麗に片付けられている。窓際の小さなテーブルには椅子が二脚置かれていた。

「座って」

腰を下ろせばとんとんとん、次々と目の前にシルバーの指輪が置かれる。

「待て、こんなに頼んだ覚えはない。幾つあるんだ」

「似合いそうだから色々作ってみたの。手、出して」

向かいの椅子に座った名前は俺の手を取り一つずつ指に嵌めていく。重工な存在感があるが見た目ほど重くない。どれも精密な作りなのは見てわかる。元から自分の物だったかのように馴染んだのはオーダーした日によく観察していたからか。

「久しぶりにこんなゴツい指輪作ったわ。楽しかった。すごく似合ってる」

「傷つけそうだ」

「味になっていいじゃない。大切にするばかりじゃ使えないわ」

「そういうものか」

「…なんだかすごく迫力が増したわ、より近付き難い印象になっちゃったかも」

「貧弱になるよりはいいだろう。代金は幾らだ?」

「いいの。助けてくれたお礼、やっと出来たから。だから…これで次からはちゃんとしたお客様と店主ね。私達」

満足そうな微笑みを受けて立ち上がり玄関に向かう。これで終わりだ。もう会う事もないだろう。これ以上回数を重ねれば足がつく。キィ、と扉を開けると外の風が髪を揺らした。

「…もう来るつもりはないのね」

「…名残惜しいか」

「そう思ってるのは貴方でしょ?」

寂しげな声だった。こういう時にかける言葉が思いつかない。適当にまた来ると言えば良いものを。しかしこの感情をどう表せればいいか全く見当がつかなかった。ただこれ以上この店に…彼女に深入りするのなら覚悟を決める必要がある。その理由がどんなに些細なことでも良いのなら、もう充分にその条件を満たしていた。

「これ以上会えば危険な目に合わせるかもしれないが、それでもお前はまた来いと言うのか」

「ええ」

「…意味を分かっているのか。俺達に関われば元の生活には戻れない」

「いいよ。河上さん」

風に押されて、否、自ら扉を閉めた。抱き締めた身体は驚くほど細く、折れてしまいそうだった。履いたばかりの革靴を脱ぎながら壁に押し付けて唇を奪った。薄く弾力を持つ名前の唇はしっとりと俺を受け入れた。

「っ、ん、ふ」

荒々しい口付けにきちんと応えしがみつく様に征服感を覚える。もう抑えられそうにない。

「っ、!」

「余所見するな」

横抱きにすると名前が突然の浮遊感に足元を見ようとしたが首の後ろを掴んで自分の方を向かせ呼吸を貰う。リビングの奥にある寝室に入れば一人分の広さのベッドが控えめに待っていた。真っ白なシーツの上に下ろして更に深くまで舌を侵入させる。濡れた唾液が絡まる音が小さな部屋に響く。サングラスが流石に邪魔だ。背中に回されていた名前の手がそれに触れた。

「外してもいい?」

「ああ」

だいぶ明るくなった視界の中心で名前が微笑んでいた。はっきりと映る明るい茶色の瞳が色素の薄さを感じさせる。

「綺麗」

それは俺の台詞だと言うかわりに舌を首筋に這わせる。

「…ん、」

「始めに言っておくが俺は女が望むように優しくは出来ないぞ」

「大丈夫、痛みには慣れてるから。好きにして」

「…馬鹿が」

「っあ、」

「これはどうした」

シャツを脱がせた時に目に入って来たのは横腹にある古い傷跡だった。特徴的な形のそれは大して珍しくもないものだ。だが女の身体に、しかも服で隠れるような場所にあることに違和感があった。

「煙草の火を押し付けられたの。随分昔の物だけど消えないものね」

誰が、とは言わなかったが直ぐに分かった。幼い頃に父親から受けたものだと。

「ひ弱な子どもにする事か」

「中毒者ってそういうものよ」

憤りで頭が揺れそうになるのを堪えてそこに唇を落とすと慈しむように髪を撫でられた。下着を払い落とし胸に愛撫しながら己もスーツを脱いでいく。シャツを脱ぐ事を躊躇わらなかったのは彼女なら受け入れると思ったからだ。

「すごく素敵。色が付いてないのが河上さんらしさを感じるわ」

右肩から腕にかけての刺青を怖がるでもなく見つめた。伝統的な和柄ではなく黒とグレーの濃淡で深みを出した鳳凰と桜は水墨画に似た表現ができる技法だ。

「桜が好きなの?」

「お嬢が来た季節の花だ。若頭とお嬢の為の命だという意味で」

元々オヤジに拾って貰ったが後継ぎの為に生きろと口癖のように言われて来た。実際もうオヤジは殆ど引退したようなもので実権は晋助にある。今の俺の命は若頭である晋助の為の物だ。

「そんなことよりもういいか」

「え?」

「早くお前を抱きたいんだが。引き留めておいて焦らすつもりか?」

「あ、河上さ…っ、」

「…名前」

素顔で、武器も服も身に付けず女を抱いたのはこの世界に入ってから初めてだった。欲を処理するための行為だと割り切っていたから口付けなんぞしたこともなかった。脂肪の少ない身体が押し寄せる快感に甘く濡れた声を溢し突き上げに震えながら揺れる。何かを握り締める仕草をした手を取り指を絡めると互いの指に収まっていた指輪がカチカチと音を立てた。

「っはぁっ、あ、あっ、…だめ、もう、んっ」

「名前、顔をよく見せろ」

綺麗な女だった。精神には過去のトラウマを抱え身体に虐待の跡を残していてもなお。それは外見だけではなく名前の心が何よりも澄んでいて、染まっていなかったから。触れる場所全てが心地良い。

「んぁ、あ、…っあぁ!」

汗ばんだ互いの身体をきつく抱き締め合う。何度口付けをしただろう。言いようのない感情が湧き上がりやはりこれ以上深入りするなと冷静な自分自身が警告を鳴らすが、涙を零す目元に唇を触れさせた時、もう遅いと答えた。


title by alkalism