11.逃げ惑えよ初恋
総悟主演のドラマ撮影が本格的に始まってしばらくが経った。朝から夜遅くまで毎日本当に頑張っている。わたしも学校があるからすれ違いの日々。ちょっと寂しいけどちゃんとマンションには帰って来るし夜は同じベッドで寝てるからそんなに離れてる気はしないけど、本来のモデルの仕事も並行してやっているから当分休みもないんだろうなぁ。
そんなある日、山崎くんから書いて欲しい書類があるというので事務所に行くと、入口で知っている顔をしたイケメンにばったり出くわした。
「あ!尾美…さん…!」
『オビワン』なんてあだ名で人気の俳優、尾美一だ!心の中でめちゃくちゃ大きな歓声をあげる。わぁカッコいー!テレビより全然格好いい!総悟と同じ事務所だったんだ。
「最近入った子?悪いね、知らなくて」
「あ、違います。家族がここに所属してて今日は用事で……たまにお邪魔ささてもらってるだけなんです」
「えっ素人?君、誰の関係者?」
「ええと…沖田総悟の」
言っちゃった。いやでも言わない方が不自然だよね。同じ事務所ならいずれ知ることになるだろうし、いっか。
「総悟の?なるほど、だからそんなに美人なのか!いやーすごいな沖田家のDNA」
「あはは…総悟は特別で他は普通ですよ」
「いや君すごく綺麗だよ、モデルかと思った。本当に素人?ウチに入らないの?」
やだこの人めっちゃ褒めてくれる…!一般人なのに。すごく照れる。格好いいだけじゃなくて性格もいいの?わーますます好印象。
「初対面でこういうこと言うとチャラいと思うけど…飯誘っていい?」
「え、わたしとですか?」
「頼む!一回でいいから!もう少し話したいんだ」
押しに負けて連絡先を交換した。その後事務所での用事を終えて家に帰ると当たり前だけど総悟はまだ帰ってきてなかった。代わりにスマホに連絡が来てた。尾美さんから。本当にご飯のお誘いをされている。社交辞令じゃないんだ。うそ、どうすればいいのこれ。でも無視したら全国のファンに殺されるし本人に失礼だし……思い切ってOKしてみた。逆にこれ断る人いるの?
「…………一回、ならいっか」
でもどうしよう。こんなことってある?あのイケメン俳優、尾美一と一般素人の高校生がご飯?これ週刊誌に取られるやつじゃないの?大丈夫かな?
*
「名前ちゃん!遅れてホントごめん!」
「いえ、全然大丈夫です」
そして約束したご飯の日。撮影が押したらしく待ち合わせに遅れてきた尾美さんは息を切らして現れた。そんなに急がなくていいのに。先に入っていいと言われていたし、落ち着いた個室で先に飲み物をもらってたから全然暇してなかった。総悟とLINEしてたし。総悟もまだ撮影中で、待ち時間には眠いとか疲れたとかのスタンプが送られてくる。それに返信したりスタンプを返したり今日の出来事を書いて送ったりして時間を潰していた。
「いやいやこっちから誘って遅れるなんてマジでないから。男として最低だから。帰られてもおかしくねーよホント。いないかと思ったし」
「そんな!お忙しいのにご飯してくれるだけですごいことですよ。高校生なんて時間有り余ってるので」
「は!?高校生!?」
飲んでいたお冷やを豪快にむせてがはごほ言ってる尾美さんにおしぼりを手渡す。
「あはは、もしかして年上に見てくれてました?高2ですよ」
「…っ、マジかよ、同じくらいかと思ってたー……!」
今からでも親御さんに連絡をなんて言い出したから大慌ててで断った。今は兄妹2人暮らしだし。確か尾美さんは21歳くらいだったかな。そうか、成人に見られてたんだ。それは喜んでいいのかわかんないなぁ。老け顔だもんなわたし。
「メイクしてるから余計にそう見えるのかもしれません。最近練習してるんですけどなんかケバくなってたかも…特に今日は緊張しちゃって」
「いやいやフツーに大人っぽいし綺麗だしスタイルいーし…クールビューティーな感じしたから勝手にそう思ってただけ」
「そんなに褒められると本当か分かんなくなりますよー。総悟には喋ると残念って言われるし。こう見えてキャクラクターものとか可愛いもの好きだし」
「本当本当。総悟と仲良いんだな」
「そうなんですよ〜だって」
双子だから、言おうとして慌てて口を閉じた。あれ?どこまで話していいんだろう。総悟はこの人に家族のこと話してるのかな。最近すれ違ってたからちゃんと確認するの忘れてた。そもそも尾美さんとご飯に行くって言ってないや。さっきまでLINEしてたのに痛恨のミス。…とりあえず当たり障りなく従兄妹ということにした。
尾美さんの話はすごく面白い。この間公開した映画の監督の無茶振りとか、新人の頃アクションシーンの練習で怪我した事とか、映画やドラマ作りの裏話とか。しかも話に出てくる俳優さんの真似が絶妙に下手で、それがツボでめちゃくちゃ笑った。
料理に舌鼓を打ちながら会話していると話が途切れたタイミングでじっとこっちを見つめているのに気が付いた。うわ…本当にテレビのまんまだ。少し長めの金髪にゆるく無造作に上げた前髪がセクシーで大人の雰囲気を漂わせている。
「……もしかしてソース付いてます?」
いや、と笑ってグラスを傾ける動作さえも絵になる。
「君さ、なんか雑誌とか出たことある?初めて見た時からなんかどっかで……見たような気がすんだよな」
「いいえ、ないですけ、ど…………」
雑誌にちゃんと出たことないけどスナップとかは何度か撮られたことはある。でもそんなちっちゃいところなんてこの人が見てるとは思えない。…あ、まさか、
「…CM……は、一度だけ出ました。部分的に」
「…あー分かった!!!あの子か!!!」
パン!と手を合わせて半ば大袈裟に声を上げた尾美さんはスマホを操作して動画サイトを開いた。なるほど、最近はそうやって見たいものがすぐ見れるのか。ていうかあのCMが動画サイトに載ってるの!?再生回数凄くない?さすが総悟…!
「うっわ本当だ、パーツ毎によく見ると名前ちゃんじゃんこれ…マジか、なんか感動した」
「感動だなんて大袈裟ですよ」
「いや、君は知らないと思うけどこのCMって結構話題になってさ。『この子は誰だ』って事務所にも問い合わせが来たりしてたんだよ。俺も総悟に聞いたんだけどアイツ教えてくんなくてさー。そうか、身内で…しかも素人なら隠したいよな」
うんうんと納得しながら箸を動かす。話の飲み込みが良くて助かります。しかもすごく話しやすい。良い人だなぁ。
「あの…できればこの事は秘密にしてくれるとありがたいです。わたし本当にその辺の人間なので…」
「それは勿論。けどますます興味が沸くなぁー」
「尾美さんは、こんなわたしの事どうしてそんなに構ってくれるんですか?」
「『こんなわたし』?」
ちょっと馬鹿にしたように短く笑った尾美さんの色気に思わずおしぼりを握る。汗かきそう。いやかいてる絶対。
「君はもっと自分の価値を知った方が良い」
…自分の価値ってなんだろう。ねぇでも、この立場を考えてみて欲しい。総悟と尾美さん。人気モデルと俳優で芸能人でファンがたくさんいて仕事もバリバリこなしてて心から尊敬できる人達だ。そしてわたしは?毎日学校に行って芸能人の皆さんが出てる雑誌を見てあーだこーだ感想を述べて気ままに暮らしているただの学生。そんなわたしにどのくらいの価値が?
「わたしは尾美さんのように仕事ができるわけでもないし…総悟のように誰かが望む自分を演じることも出来ないから…」
「なんで誰かと比べようとするんだ?まるで同じ立場にいないと意味がないみたいに言うんだな」
同じ立場?そうだよ。それがいけないの?
わたしと総悟にとってそれは当たり前のことだった。ずっと、生まれた瞬間から双子は同じ場所にいると思ってた。同じ目線で同じ歩幅で歩いていくと思ってた。なのに、数年離れた間にこんなにも距離が空いてしまったの、わたしだって離れたくなかったのに、でも、だって、
「ごめん!!」
ハッとした時には尾美さんが向かいの席から移動して隣にいた。眉を下げてわたしを見下ろして、体格の良い身体を窮屈そうに捻ってティッシュで涙を拭いてくれた。
「傷付けるつもりじゃなかった。俺は昔から言葉が足りなくて、本意じゃないことまで伝えてしまうみたいなんだ。嫌な風に聞こえてしまったなら謝らせてくれ」
「あ…そんな、わたしこそごめんなさい!なんか最近色々考えちゃって。ただ総悟が自立して離れてくのが寂しいなって……、だから尾美さんのせいじゃないので!」
「でも泣かせた。ごめん」
「ごめんなさい…」
メイク崩れちゃったかな。ぽんぽんと優しく目元を拭いてくれてくしゃりとティッシュが手の中に丸め込まれた。なんか気まずくなっちゃった。あーあ、こんなんじゃ心配しなくても二度目はないだろう。
「名前ちゃん。俺は…君に興味がある」
「…えっ?」
「あのCMを見てからずっと気になってたんだ。こんな表情ができるのはどんな女の子なのかって。総悟にあんな顔させるのは…どんなに特別な存在なんだろうって考えてた」
「それは…周りの人や総悟が」
「そのうち思い知るさ。だけどそれまでは俺が独り占めしたい、その魅力を」
「あの、」
逃げ場がない。個室の狭い客席に二人並んで、出口は尾美さんに塞がれている。その尾美さんが真剣に、わたしだけを見て囁く。
「俺と付き合ってくれないか?」
……俳優さんってこういう時、演技できるから本心で言ってるかわからないなって思うのに尾美さんの言葉はすぐに本気だってわかった。その思いもがけない台詞は頭の中で処理できずにしばらく動けなかった。
「ごめん、ホント、がっつき過ぎて自分でも引く。でもいつまた二人で会えるかわからないから。その間に彼氏できたてたら奪いたくなるし」
グラスに残っていたウーロン茶を豪快に飲み干して帽子とサングラスを身に付けているのを見ながら言われたばかりの言葉の意味を探した。帰っちゃう。早く何か言わなきゃ。
「タクシー呼んどくから、帰り気を付けな。…また連絡していいか」
伝票を持って立ち上がった尾美さんにひとつだけ頷くとテレビと同じようににかっと笑って個室を出て行った。
*
「なにしてんの」
「………わかんない」
尾美さんが呼んでくれたタクシーに乗って総悟のマンションに帰って来たわたしはずっとさっきのことをぐるぐると考えていた。何にもする気になれずメイクも服もそのままでしんとしたリビングで一人丸くなっていると総悟が帰ってきた。
「出かけたのか」
「………ん」
わたしをスルーして寝室に消えてしばらくしてから戻ってきた総悟は部屋着に着替えて来たようだった。
「ほら」
起こされて前開きのワンピースのボタンを外されて頭からズボッと総悟のパーカーを被らされた。ここに来てから部屋着用に借りてるやつ。総悟の匂いに包まれて鼻の頭がつんとした。
「…泣いてんの」
「ううん、」
「メイクしてワンピースなんか着て、誰と会ってたんだよ」
疑問の言葉とともに怒った空気を吐いた総悟の頭を引き寄せる。ワンピース脱いでないしパーカーは頭だけ入れただけだし意味わかんない格好で。
「キスして」
ぎ、とソファが二人分の重さに悲鳴をあげる。この間坂田くんが言っていた意味わかんない一言を何故か思い出した。『望めば手に入る』。ならばわたしは何を望めば良いんだろう。何が正解?意味わかんない。本当に、意味わかんないよ。
title by 白桃