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10.眠ったふりをしてよ

「名前ちゃん、大丈夫?」

「大丈夫…」

暑い……のに、なぜ、海。日焼けする……、それ以前にわたしはなんのためにここにいるんだっけ。

総悟の写真集の撮影が始まった。テーマは『プライベート旅行』。というわけで真夏に近い陽気の中、わたしたちは海に来ています。
カメラマンの長谷川さんはわたしを見るなり「あーこりゃあアレだね沖田くん!アレだね!」とよくわからないこと言っていた。呪文か。今日はビーチでの撮影。総悟が砂浜で爽やかな笑顔を振りまきまくってるのを遠目に見ながらわたしは山崎くんと喋ったりヘアメイクさんにメイクのコツを聞いたりしていた。

「沖田くんさ、名前ちゃんがいると途端に調子よくなるんだよね」

「え?そうなの?いつでも完璧に見えるけど」

「名前ちゃんが見に来てると表情が全然違う。俺はあの子が素人の時から見てるけど…」

もう少し聞きたかったけどカメラマンさんに呼ばれて行ってしまった。そういえば総悟がこの仕事をしてる理由、聞いたことなかった。始めた頃はスカウトされて気が向いたとか言ってたような気がする。でもそれだけじゃここまで続かない。単純にこの仕事が好きなんだと思ってたけどなにか決めたことがあるのかな。

「名前ちゃん、ちょっと沖田くんと手繋いで」

「えっ!?どうして」

「今回のテーマ、『プライベート旅行』でしょ。相手がいると想定して撮りたいんだって」

「へえ…、それくらいなら」

総悟の近くに行くと自然に手を出された。この間街を歩いた時みたい。その手を取って握る。わたしが撮られてるわけじゃないのに変に緊張する。自然に歩いてと言われて、手を引かれるようにゆっくりと砂浜を歩き出した。

「日焼け止め塗ったか?」

「うん、でも汗かいた。ドロドロかもしんない」

「こまめに塗り直せ。30分おきにな」

「3時間じゃなくて?めんど……」

「お前すぐ真っ赤になるから絶対やれよ。全身な」

「背中がうまく塗れないんだよねぇ」

「手伝ってやる。ていうかストレッチしろ」

多分、カメラのシャッターが気にならないように会話が途切れないように話しかけてくれてる。自分がメインなのにわたしのことまで気遣ってくれる。やっぱり総悟はすごい。目をしっかり合わせて会話する。時々、王子様じゃなくていつもの2人だけの時の総悟の表情になる。その顔を見るたびに誕生日を迎えた夜のキスが蘇った。いつだって総悟とのキスは一瞬だ。なのに過ぎたあとにこうして何度も、何度も思い出す。

「…今なに考えてるかわかるよ」

なにを、とは返せない。わかるのは双子だから?それともわたしがわかりやすいから?じゃあわたし今どんな顔してる?

「最高の誕生日だった」

家にいる時みたいに目を細めて笑う。わたしと似た笑顔。
本当に嬉しかったんだってわかった。でも、その奥の心にはまだ触れさせてもらえない。わたしでさえも。

「はいお疲れ様。やっぱり君は、いいね」

長谷川さんがカメラを持つ腕を下げると目が合った。君は、と言ったのはどちらに対してか。

ホテルや庭に場所を移して撮影は進む。何度も着替えて、髪型やメイクを直して、何度も笑って、時には真剣な顔で。プライベート感を出すために私服を何着か持ってきていた。わたしが選んだものだ。

「リングとピアスすごく似合ってるね」

「ありがとうございます」

「そのブランド好きなの?」

「プレゼントで…でも一番気に入ってるやつです」

「いいね。あ、そろそろドラマの撮影始まってるんだよね?沖田くんには新しい挑戦になるんじゃない?あの寺門通ちゃんとダブル主演でしょ。もうかなり話題になってるよね」

「……そうですね、上手くできるといいんですけど」

え、寺門通ちゃん?
寺門通ちゃんといえばめっちゃ可愛いアイドルだ。清楚で明るくて人気がある。総悟、その子とドラマで主演なんだ。全然知らなかった。山崎くんを見ると何故か慌ててわたしを呼んだ。

「名前ちゃん、疲れたよね。もうすぐ撮影終わりだし先にホテルに戻ろうか」

「あ…うん」

お先に失礼しますお邪魔しましたと周りの人に挨拶をして山崎くんと裏庭を歩いた。急にどうしたんだろう。夕陽が綺麗。良いところだなぁ。

「総悟、ドラマで主演するんだね。知らなかった。すごいね」

「そ、そうだね。名前ちゃんやっぱ知らなかったよね」

「だって総悟教えてくれないんだもん」

「そうだよね。この撮影が終わったらしばらくはドラマの方に集中するから沖田くん帰り遅くなると思う。現場にも呼んであげられないけど名前ちゃん大丈夫?」

「大丈夫だよ。この機会に家事の練習でもしようかな」

「そっか。今回名前ちゃんを呼んで本当に良かったよ」

「そう?見てただけだよ。買い出しとか荷物持ちとか雑用しかしてないし…」

「…さっきの話の続きだけど…沖田くんが現場に君を呼ぶ理由、知ってる?」

「え?自慢するためじゃないの?俺の格好良さを見ろ!的な。それかパシリ」

「『初心を思い出させてくれるから』……だよ」

「初心?」

総悟がモデルを始めたのはわたしがアメリカに行ってすぐのこと。だからその頃のことはよく分からない。それがわたしと何の関係があるんだろう。

「よく分からないよ」

「うん。君はそれで良いんだよ。夕飯まで時間あるから少し休んで」

「ありがとう。お疲れさまです」

ホテルの部屋まで送ってくれて一人部屋のそんなに大きくない窓を開けた。風が入ってきて気持ちいい。何もしてないのになんか疲れた。着替えもせずベッドに横になるとすぐに眠ってしまった。





「名前」

この名前を、その音色で呼ぶのはひとりだけ。誰よりも優しくて、声変わりして低くなったその声が耳に響くのがいつの間にかお気に入りになってた。
まだもう少し寝ていたくて目が開けられない。髪が撫でられて穴の開いた耳に指がかかる。ギシ、とベッドが軋む。総悟がそこにいる。撮影終わったんだ。夕飯の時間になって呼びに来てくれたのかな、あれわたし鍵かけるの忘れちゃったんだ。

「……名前」

呼んでるのかただ呟いただけなのかわからないほど小さな囁き。起きて欲しいの?欲しくないの?そんなんじゃまた寝ちゃうよ。だって触れる指も、声も、優しくて心地良くて…。

「…そ、…ご」

なんとか搾り出したけど言葉にならなかった。ほとんど寝言。眠たい。二人だけのこの空気にずっと漂っていたい。
ふと、唇が触れた。柔らかくて、いつだって優しい。例えるなら家族の、淀みのない深い愛情。あ、愛情っていうんだ。この気持ち。
やがて唇が離れていく気配がして、力の入らない腕を少しあげて引き寄せると総悟の身体はそれに従った。サラサラの髪を撫でて、頸、背中へ。薄着だからしっとりとした体温が手に馴染む。総悟のにおい、好きだなぁ。

「起きてんだろ」

「……うん…」

何度キスしたか覚えてない。触れてくっついて離れて。そのみっつの工程を繰り返して、やがて意識がはっきりとしてきたけど恥ずかしくてちょっと寝たふりしてた。そんなことはお見通しの総悟におでこをぺちんと叩かれる。そこでやっと目を開けた。

「ピアス開けた日、なんでキスしたかわかる?」

「わたしが痛いの怖がってたから、じゃないの?」

「違う。俺が…俺たちが、大人になってきてるから」

「……どういうこと?」

「夕飯、遅れるぞ」

最近、総悟は秘密が増えた。いつのまにわたしたちの間に秘密を持つようになったんだろう。山崎くんがさっき言ったことも、総悟のキスの理由も、分からない。それでいいと言った山崎くんの表情が、なんとなく心に引っかかっていた。





「名前さーなんか最近綺麗になったよね。もともとめっちゃ綺麗なんだけど無駄に光ってない?」

「え?そう?あ、そういえばメイクの勉強し始めたんだ。それでかも。今まで保湿とか適当すぎてやっとちゃんとやるようになったんだよ」

「保湿怠ると後々ヤバいらしいよ〜……あ、王子ドラマやるの!?寺門通と!?やば!」

放課後の教室。雑誌をめくっていた友達が見て!とページを指す。総悟と寺門通ちゃんが二人並んで写っていた。制服着てる。ブレザー似合うなぁ。

「寺門通ちゃん可愛い〜、飼いたい」

いいなぁアイドルになれる可愛さって。憧れるよ本当。王子様とお姫様ってこんな感じだよねぇ。

「ちょ、そこじゃないから。王子見てよ王子。…えっラブコメ!?うわー見たいけど見たくないやつ!」

「えー録画しよ。寺門通ちゃん見たいし」

「名前って本当王子に興味ないよね」

「あるよ。ある意味この世で一番興味ある」

「全然そんな感じしないけど?ツンデレ?」

いつもの王子様トークを終えて友達と別れ、向かうのは屋上。多分いると思うんだよなぁ、坂田くん。

「………あ、『花』サン」

「坂田くんさぁ、わたしの名前知らないでしょ」

「知ってるよ。沖田名前」

「いや沖田じゃないし」

「どうでも良くね?名字とか」

そう言った学校一の不良くんはこっちじゃなくてフェンスの向こうを見ていた。中等部の建物。部活のない子は楽しそうに話しながら帰っていく。

「ねぇ、中学の頃の総悟ってどんな感じだった?」

「あんな顔してクソ生意気で喧嘩売ってくるし剣道強くてムカつく奴」

「…仲悪い?」

「良くはねーけど、気が合うし性格は似てるかもな。あと好きな女のタイプも」

「好きなタイプ?へぇ…坂田くんはどんな子が好きなの?」

「すっげぇ可愛い子。てか俺のタイプ聞いてどうすんだよ。沖田のタイプ聞けよ、直接本人から」

「寺門通ちゃんみたいな感じの子じゃない?王子だし。王子にはお姫様でしょ」

「……アイツが苦労してる理由がわかるわ、」

全然こっちを見ない坂田くんの隣に立って視線を追うと可愛い女の子が一人で中等部から出てきたところだった。確かあの子、中等部の『花』って言われてる子じゃなかったっけ。名前も知らないけど、一度見かけて可愛いなって思ったことがある。わたしにはない、ちょっとか弱くて儚い感じの可愛らしさ。寺門通ちゃんタイプの、いかにも女の子らしい子。あの子絶対モテるだろうな。もしかして坂田くん、いつもあの子のこと見てるのかな。年下好きなんだー、へー、すっごく意外。

「話、それだけ?」

「あ、うん」

「帰るわ。用事あるから」

「ありがと。バイバイ」

「…アンタ、沖田のこと知りたいの?」

あれ、帰るんじゃなかったの。

「望めば手に入るよ。だいたいのものは」

「…何のこと?」

「双子だってお互いのことが全部わかるわけじゃねぇだろ」

「…そんなの言われなくてもわかってる……」

「お姫様は……」

バタンと閉められた音で掻き消された。え?なんて?聞こえなかった。わざとでしょアレ。不良の考えることはよくわからない。放課後なのにここで一人でいる理由も。最近、みんなの言うことがわからない。ちぐはぐで、どれも確信をつかない。わたし、何を求められているの?それとも何も求められてない?どうすればいいの。
重い扉の前で立ちすくむ。そのうち煩いバイクの音が聞こえて、中等部の前を通って坂田くんの背中が消えるまでフェンスの向こうを眺めていた。



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