×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -

10.恋もけがれも知らない

「なんで休みの日にまでお前と会わなきゃいけねーんだよ」

「それはこっちの台詞なんですけど。俺は近藤さんの実家がやってる道場開けて貰ってるだけなんだけど。ていうか近藤さんがここの道場継ぐ前から通ってるんで」

「いや、お前そん時何歳だよ。…確か前は吉田さんがやってんだよな。どうせお前竹刀振り回して遊んでただけだろ」

「まーな」

警官の制服を脱いでも小言がうるさい土方。せっかく久しぶりに剣道するために来たのになんでアンタが来るんだよ。

「俺もたまに自主練してんだよ。身体動かさないと鈍るからな」

「じゃあダチが来るまで相手してよ、土方さん」

「そりゃちょうど良かった。日頃からお前のひん曲がった根性叩き直してやりてぇと思ってたんだわ」

防具を付けて睨み合う。外で犬がわんと鳴いたのを皮切りに竹刀を振り上げ前に出る。あー久しぶりだ、この感覚。ビリビリとした緊張感、集中力と瞬発力。踏み込むと床が振動する。小汚ぇ手しか使わない喧嘩じゃなくて正々堂々の試合。やっぱこういう方が楽しい。勝ちと負けを何度か繰り返して休憩することにした。オッサン、意外と強いな。

「今日妹はどうした」

「友達と図書館で勉強するってよ。つーかなに土方さん、アイツのこと気にしてんの」

「そりゃあ兄貴がこんなだから気になるだろ。……おい坂田、お前まさかヤクザと関係持ってねぇだろうな?この間高校の裏でその筋の男と話してるの見たってやつがいるんだが……そこまで足突っ込むと流石に俺たちも手出せなくなる」

「あー……」

「オイ今何考えた。言え」

「勝手に惚れてきた女にヤクザのオッサンが出てきて俺の女を唆すなーって言われて殴られた」

「おま…傷害じゃねぇか!さっさと通報しろよ」

「えー殴られて通報すんの?ダサくね」

「……お前はもっとしっかりしろよ。守りてぇモンも守れなくなるぞ」

「それ名前のこと言ってんの」

「それ意外にねーだろ」

寝っ転がってタオルを顔にかけた。名前が選んだ甘い柔軟剤の香りが心を掻き乱す。

「…俺さーたまに思うんだよね。近くにいねー方がいいんじゃないかってさ。名前はしっかりしてるしそのうち誰かいい男できて俺のとこからいなくなるわけじゃん。俺が近くにいたら毒なんじゃねーかって。なら遅いも早いも変わらないんじゃね?って」

「お前、本格的に締めといた方がいいみてぇだな。ホラ立て」

立たされてもうひと試合すると今度はコテンパンにやられた。あー集中力切れた、土方があんな話するから。

「兄貴以外に誰が守ってやれるんだよ。お前が未来の男に妹を渡す時はな、妹がもういいって言ってからだ。それまではうざがられたって離すんじゃねぇ。てめーが勝手に決めんな」

「……説教垂れんなよ警察のくせに」

「お前がちゃんとするまで俺が面倒見てやるって言ったんだよ。頭下げてよろしくお願いしますくらい言え」

「勝手に押し付けて礼言えって強要じゃね」

「ほんっとかわいくねーガキだなお前」

ガラ、と扉を開けて入って来たのは今をときめくイケメン王子。男の俺から見ても眩しいわ。また磨きかかってんな、ツヤツヤキラキラしてんだけど。何食ってんの。軽くムカつくわ。

「こんちは。先客ですか」

「おっせーよ沖田。オッサンの相手すんの飽きてたんだ早く準備しろよ」

「あ?誰がオッサンだ逮捕されてーのか……ってお前、沖田総悟か?」

「そうですけど」

「な、なんでこんなとこに」

土方が驚くのも無理はない。こんな町のちっちゃい道場にあの人気モデルの沖田総悟がひょいと現れたんだから。で、これから剣道をしようっていう場の空気との似合わなさ。確かに俺もこの整いまくった顔を見慣れるまでは目がチカチカして大変だった。

「中学ん時のクラスメイト。まぁ沖田も俺も碌に授業出てねーけど。あー沖田くん、この人警察の土方さん。いつもバイク乗ってると追っかけ回してくるストーカー」

「口を慎め。てめーが夜中に暴走行為してるからだろうが」

「どうも」

「あ、どうも」

沖田くんが頭を下げたのに対して土方がぺこりと会釈した。

「なにそれ、沖田くんには素直じゃん」

「いやさすがに緊張するだろあの沖田総悟だぞ。うちのヤツもよく家できゃあきゃあ言ってるし」

「え、結婚してんの」

「妹」

げ。土方さんも妹いんのかよ。この町兄妹多くね?

「あ〜もうあんま聞きたくないわそのキーワード」

「喧嘩でもしてるんですか」

胴着に着替えた沖田がストレッチを始める。なんかの撮影ですかってくらいキマってる。この光景、写真撮って売ったらめっちゃ金儲けできそう。

「してねーよ超仲良しだよめちゃくちゃ可愛いよ。だから毎日大変なんだよ」

「……ああ」

納得したように視線を絡ませる。沖田は、俺が名前を好きなことを知っている。そして俺は沖田が好きな女のことを知っている。その点で『気が合う』友達なのである。

「いや今の会話で何を納得したのか理解できないんだが…、2人は同い年なのになんで沖田くんは敬語なんだ?」

「中学ん時にガチで勝負して負けた方が敬語使うっていう罰ゲーム。勝ったの俺。そっからずっと敬語だよ」

「慣れたんで今更。不良は執念深くて怖いですからね」

「だれが不良だ。あ、そう言えばこの間『お姫様』に会ったけどなんか垢抜けてますます美人になったよなぁ、あの子芸能人にでもなんの?」

「当の本人の自覚とやる気がなさ過ぎてまだ先になりそうですがね。本当は裏方に興味持って欲しいんですが」

「裏方って顔じゃないだろアレ。さすがふた……いやなんでもねー」

双子、と口をついて出そうになった言葉を飲み込んだ。おっと危ない、土方がいるんだった。沖田総悟は双子の妹の存在を明らかにしていない。いつかは公表するのかもしれないけど。

「ま、お互いまだ時間かかりそうですね」

「だなぁ」

「なんでお前らそんなに話が合うんだよ…不良と王子のビジュアルのインパクト強すぎて引くわ」

「よし再開しようぜ」

竹刀を持って立ち上がった。





「へぇ、親戚のお兄さんが来てるんだぁ」

「そうアル。テコンドーの武者修行とか何とか言って叔母さんの家を出て行ったと思えば突然うちに来て、勝手にこっちの高校に編入したらしくて居候してるアル。ご飯の取り分は減るし何かと喧嘩売ってくるしで迷惑な話アル」

まぁ碌に家に帰ってこないけどーとぶーぶー文句を言う神楽ちゃんの口にお菓子を入れてあげるとすぐに笑顔になった。可愛い。

「確か名前んとこの兄貴と同い年だったような気がするネ。まあどーでもいいけど」

「そうなんだぁ」

今日は図書館で勉強会をしてる。少し休暇ってことでラウンジでおやつタイム。お兄ちゃんは久しぶりに剣道の道場に行っている。お友達が忙しくてなかなか集まれないらしい。また怪我しなければいいけど。

「名前、高等部どうするアルか」

「……んー……、まだ悩んでるの」

「外部受験の申請、そろそろ締め切りデショ」

「何校か取り寄せてはあるんだけどね」

「兄貴に相談してないアルか」

「うん……」

話そうとは思ってる。でも、なんか言い出せなくて。わたしがこうやって一人で何かを決めようとするのは初めてで、それはお兄ちゃんから離れるって意味なんじゃないかって気付いたから。いつも喧嘩して帰ってきてボロボロで、ぎゅってしてキスしてくるお兄ちゃん。あんな態度だからいつも周りに敵を作ってるけど、誰よりも寂しがりなのはわたしだけが知ってる。

「早めにちゃんと話した方がいいアルよ」

「そうだね」

「外部受験なんかやめて一緒に高等部行って欲しいけど…名前が決めることだからしっかり考えるといいアル」

「神楽ちゃん!今日も天使!ありがとう!」

「兄貴なんかに隣を譲らないアルよ」

「神楽ちゃんが友達で嬉しいなぁ」

「やったネ」

そろそろ行こうかと話して荷物を片付けていると、生徒手帳が無いことに気付いた。あれ、いつもここに入れてあったのになんでだろう。

「……あ、」

この間、夜中に外に出た時。
土方さんに見つかって驚いてバッグを落とした時に一緒に出ちゃったのかもしれない。そんなに困らないけど、たまーに出せって言われるんだよね。朝礼とかで。
帰りに近くを探してみたけど見つからなかった。こういうのって、警察の人に届けた方がいいのかな。

家に帰るとちょうどお兄ちゃんも着いたところみたいでバイクを停めてた。

「お兄ちゃん!」

「おーおかえり」

背中にタックルすると「汗くせーから」って引き剥がされた。

「これ土産」

「なあに?」

小さくて軽い紙袋。家に入ってから開けるとリップクリームが入ってた。可愛い、キラキラの宝石のようなパッケージ。あれ、これもしかして…

「沖田総悟くんが出てるCMのだ!」

「知ってんの」

「これすっごい人気なんだよ。中等部ではまだお化粧してる子少ないんだけど、リップは校則に引っかからないからって持ってきてる子見たことある」

それでも、リップ一つにしてもこのブランドは結構高くて中学生には手が出せない。だから実物がここにあってドキドキしてる。

「どうしたの?これ」

「友達が名前にって、くれた。仕事で手に入ったらしくていっぱいあるからって」

「すっごい嬉しい!ありがとう!…あ……お友達、女の人?」

「バカ、男だよ。お前知ったら腰抜かすかもなぁ」

なんだか機嫌の良いお兄ちゃん。頭をくしゃくしゃ撫でてにこにこしてる。久しぶりの剣道、楽しかったんだろうな。後で話してみようかな。高等部のこと。
早速鏡を引っ張り出して塗ってみた。わぁ、なんかすごく良いにおいがする。女の子の香り。するする唇の上を踊って、つやつやになった。

「すごいつやつや!いいにおいする!」

「あら可愛いじゃない」

どこかの美容家さんみたいな口調で覗き込んでくるからおもしろくて笑っちゃう。

「色ついてないからあんまり変わらないよ」

「じゃあ土台が良いのねぇ〜ほらよく見せて」

お兄ちゃんの方を向かされて顔が近づいてくる。
あ、キス、だ、

「だめ!せっかく塗ったのに、」

「そんなモンに阻止されてたまるか」

「ん、んっ」

がっしり顔を固定されて噛みつかれるみたいなキスされた。あ、落ちちゃう、もったいないよ、せっかく貰ったのに。そのうち力が入らなくなってきた手のひらからリップのケースがコトリと落ちて床に転がった。



title by is