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09.魔法かもしれない

「そーご、シャツ貸して」

「んー」

寝室の奥にあるウォークインクローゼットには服がいっぱい入っている。雑誌の撮影で身につけて気に入った物を買い取ったり古着屋さんで可愛いものを見つけてくる。わたしはそれを借りて着るのが好き。女の子らしくてフリフリしたデザインの服もすっごく可愛いしそれを着てる女の子に憧れるけど似合うのはこういうカジュアルでキレイめのデザインの服なんだよなぁ、顔がいけないのか、身長のせいか。

持ってきていた白いレースタンクトップに黒のスキニーを履いてクローゼットから拝借したチェック柄のデニムシャツを羽織る。メンズの服はシルエットが大きく見えるから好きだ。最近ダボっとした服が流行りだもんね。

「キャップ、白と黒どっちがいい?」

スマホから顔を上げた総悟は2、3回瞬きしてそれをベッドに放り投げた。

「黒」

黒ね。棚から黒いキャップを出して髪をポニーテールに括っていると総悟もクローゼットに入ってきた。

「名前のその足の長さがたまに羨ましい。つーかむかつく」

「身長そんなに変わらないじゃん。総悟の方がちょっと大きいくせに」

わたしは166cmで総悟は170cm。ヒールを履いて同じくらいだ。

「男の中じゃ小せぇ方だから」

「総悟スタイルいいよ。だから大丈夫。顔ちっちゃいしかわいいしまだ伸びるよきっと」

「別に落ち込んでるわけじゃねーけど」

何か選んで、というので今日のコーディネートを考える。どうせならシャツ合わせにしよう。白のTシャツに深い青の大きめなカラーシャツを手に取る。下は細身のデニム。カジュアルな革靴で締めればお兄さんぽいかな。うん、シンプルなのに総悟が着るとすっごくカッコいい。

「名前はメンズの服着るの上手いよな。服のセンスだけは俺よりあると思うわ」

白いキャップを被ってリンクコーデの完成。鏡で並ぶとカップルっぽい。いいね。

「服合わせるの好きだなぁ」

「スタイリストとか向いてるんじゃね」

「あー、スタイリスト…」

そうか、そういうことって仕事になったりするんだ。いやでもあの人たちはプロ。流行を取り入れつつ体格やタイプの違うモデルさんに合わせて服を選ぶのはすごいことだ。服は、その人のイメージを変える。魅力を引き出し雰囲気を作る。スタイリストさんだけじゃなくてヘアメイクさんの力も合わせるとまるで魔法にかかったみたいだった。

「すごいよねぇ。わたしには無理かな」

「…名前のそのフィルター叩き割ってやりてぇ。その気になればお前だってすぐにこっち側に来れるのに。このままじゃ宝の持ち腐れだ」

「フィルターって?」

「俺の妹なのになんでそんなに自信がねーんだって意味」

「自信?そんなのあるわけないじゃん。あなたたちはプロ、わたしはその辺のただのJK。差があって当然でしょ」

はぁ、とため息をついてクローゼットからサングラスを出してかけた。あ、それ可愛い。いつの間に買ったのかな。細いフレームがよく似合う。前髪の分け目も変えて変装モードだ。

「出かけるの?」

「古着屋」

「わたしも行きたい!」

「じゃあこっち」

リビングに連れてこられてソファに座らされる。あのコスメを入れた箱を持ってきて広げてわたしの顔にぺたぺたメイクをし始めた。そうか、わたしも総悟の隣を歩くならそれなりの格好をしないとね。

「日焼け止め毎日塗ってるか?」

「塗ってるよ、総悟がくれた高そうなやつ」

「偉い」

閉じた視界の向こうで笑った気がした。
手際良くメイクをしたあとはリップだけ。

「…カサついてんな」

「う、昨日リップ塗って寝るの忘れた」

「やっぱ加湿器買うか」

「必要だよ、ぜひ買って」

総悟は仕事用のバッグから色のないリップクリームを出して自分の唇に塗った。総悟の唇はいつもふわふわで綺麗だなぁ、と思っているとその顔が近づいてきてわたしの唇にくっついた。少し角度を変えて唇を全体に触れ合わせる。総悟の唇に乗ったリップクリームがふたつの体温であたためられてわたしの唇にも柔らかく馴染んだ。

唇を離した総悟はほんの一瞬だけ熱っぽくわたしの目を見て口紅を今さっきまで触れていた場所に塗った。鏡を見ると目鼻立ちがはっきりして大人っぽく変身したわたしがいた。

「可愛い」

そう囁いてサングラスをかけ直した総悟はメイク道具を戻して玄関に向かっていく。

「…いまの、なに」

唇に手が触れそうになったけど口紅が落ちちゃうからやめた。総悟は、魔法使いかもしれない。ヘアメイクさんでもないのにわたしを可愛く変身させる。そして、こんなにも胸をドキドキさせる。





「疲れたぁ……」

外に出たはいいけど古着屋に行くまでが大変だった。総悟と街を歩くのがこんなに目立つとは。ちょっと歩けば『あの人カッコよくない?』と女の子が振り向き美容師さんにカットモデルの声をかけられ雑誌のカップルスナップ撮影したいんだけど〜とついてきて最後には事務所のスカウトに声をかけられる。挙げ句の果てにはわざとぶつかってきてあ〜ごめんなさい〜てかめっちゃ格好いいですね〜と話しかけてくるギャル。こわ。こわすぎ。わたしのこと絶対見えてない。彼女だったらこれ拗ねるやつだぞ。総悟曰くこういう時は上手く去なす方法があるらしい。

「とりあえずそいつが知らなそうな言語で返すのがいい。日本語喋れませーん観光客デースってな」

「あーなるほど」

「名前がいると助かる。女連れだと話しかけられる頻度減るしお前英語話せるし」

「いや今日めっちゃ話しかけられてますけど。ていうか総悟だって実は結構英語話せるでしょ」

「リスニング苦手」

古着屋を2軒回って可愛いジャケットやパンツを買った。疲れたからカフェでちょっと休憩。サングラスをかけてるからちょっと違う人とデートしてるみたいでほんの少しドキドキする。

「あ、外ではあだ名で呼ぼうかな。次郎くんとかどう?」

「ダサい」

「くま太郎」

「サムい」

「んんー」

思いつかないなー、だって総悟は総悟だし。

「名前と歩くと男が見てるのがむかつく」

「え?」

「さっき店員から連絡先貰ってただろ」

ふらりと寄ったショップでうちでバイトしない?と言ってきたお兄さんのことを思い出した。スタイルいいね、服のセンスいいね、気が向いたら連絡してーって貰った手書きの電話番号とLINEのアドレス。

「ただの勧誘だよ。いろんな子に渡してるでしょこんなの」

「出せ」

「はいはい」

ポケットから取り出して渡すとその紙を見ることなく握り潰して空になったカップに投げ入れた。

「今日の名前、可愛くしすぎた」

「ほんと?可愛い?」

「アホみたいにな」

「アホ、って褒めてんの貶してんの。ていうかわたしメイクしたらちょっとだけハーフっぽくない?」

「あー……母さんの方のじいちゃんかばあちゃんのどっちかがどっかの国の人じゃなかったっけ」

「クオーターってやつ?えーそうだっけ…すごいぼんやりしてるなぁ」

そろそろ出ようと行ってカフェを出ると日が傾き始めていた。いつもならママの帰りに合わせて夕飯でも作るかー、って思うタイミングだ。でも今は総悟のマンションに居候中。まだまだゆっくりしていられる。楽しいなぁ。

「総悟とデート楽しい」

「俺も」

ん、と腕を出されたからそれに自分の腕を絡ませた。

「おー!カップルみたい!」

「もっとくっついて」

暗くなってきたのをいいことにぎゅうぎゅうくっついてふざけながら帰った。






…あと5分。
今夜はとことん夜更かししようって2人で決めてた。明日は奇跡的に総悟の仕事が夕方からで、日曜日だからわたしも学校が休み。

街でデートっぽいことして帰ってからは映画を見たり好きな音楽の話をしたりしてのんびり過ごしている。でもさっきから時計が気になって仕方ない。なぜかというと日付を越えたらわたしたちの誕生日だ。プレゼントは前もって買ってある。帰りにケーキ屋さんに寄ってチョコの小さなホールケーキを買った。
総悟はソファにもたれかかって本日2本目の映画を観てる。俳優の仕事も増えてきてるからただ観てるだけじゃなくて勉強する部分も多いんだろうな。一方でわたしは全然画面に集中できていなかった。こういうのって、なんかそわそわして苦手なんだよね、昔から。あー、時計の針がもうすぐくっつく。

「名前」

「んっ?なに?」

「去年は2人で過ごせなかったな、誕生日」

「…あ、そうだね。総悟仕事あったし平日だったから」

「今年は一緒で嬉しい」

映画を観ていたからか王子様になってる。全国の視聴者を代表してきゅんと胸が高鳴る。今日も一日格好良かったですありがとうございます。

「わたしも総悟と一緒で嬉しい」

「誕生日おめでとう」

ハッとして時計を見ると0時になっていた。格好良くて見惚れてた!

「先越されたぁ〜今年はわたしの方が早く言いたかったのに。総悟、誕生日おめでとう」

「サンキュー」

「ケーキ食べよ」

「お前…この時間にケーキやばくね」

「やばいよね〜最高だよね〜」

「そのやばいじゃねェ」

コンビニで買ったライターでろうそくに火をつけて、歌を歌ってせーので一緒に吹き消した。わたしの好きなチョコのケーキ。切ろうとするといいよって言ってホールのままフォークで崩して口に入れた。甘くて美味しかった。

「プレゼント…趣味じゃなかったら雑誌の読者プレゼントに出して」

「出すわけねーだろ」

白い箱の中身はファッションリングと片耳用のピアスのセット。同じデザインのそれは細く繊細なエッジがかかっていて一目で気に入った物だ。男性のブランドはよくわからないから総悟の好みに合うか不安。この間のバイト代でちょっと奮発して買った。リングはどこかの指に入るだろう、と感覚的にサイズを選んだけどそれは総悟の人差し指にちょうど収まった。

「やっぱりすごく似合う!シンプルだから服の系統も邪魔しないね」

「気に入った」って笑ってくれたからほっとした。総悟からはこの間キーリングを貰ってるからちゃんとお返しができて良かった。あれ、友達に見せたらめっちゃ高いブランドだった。誰に貰ったのって大騒ぎになったんだぞ。

「やっぱ双子だよな」

「…これ、」

総悟が笑いながらわたしの手を取って小指に細いリングを通した。ピンクゴールドに光るそれはサイズぴったりで初めからこの指にあったみたいだった。

「キーケースはおまけ。本当はこっち」

「え、うそ、……ありがとう…」

こんなの、だめだ、今日はもう胸がしんどい。
嬉しいの最上級ってなんていうんだっけ。とにかく嬉しくてハグする。ぎゅうって抱きしめると頭を撫でてくれた。こういう時にああ総悟ってお兄ちゃんなんだよなと思う。でも今日はそれだけじゃない。昼間のリップクリームを分けたキスから胸がおかしいの。ううん。あの日ピアスを開けた瞬間からずっと。ねぇ総悟。この感情に流されてもいいかな。
身体を引くと頭を撫でてくれた手を離してくれた。多分もうそれで終わりだと思ったとおもう。でも、

「…プレゼント、もうひとつちょうだい」

総悟が息を飲んだのがわかるくらい近くにその呼吸があった。わたしから2人の距離をゼロにして目を閉じるのと同時に触れたそれは、優しくわたしの唇を受け入れた。



title by 誰花