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09.望まれたかった

「…そろそろ墓参りの頃合いか」

カレンダーを眺めていた万斉の目線を追う。

「もうそんな時期か」

「墓には骨なんてひと欠片しか入っていないが…京次郎殿も喜ぶだろう」

「…名前に花束でも作らせるか」

俺には唯一、友と呼べる男がいた。
中村組の若頭、中村京次郎という男。親父の代に同盟を組んでいて顔を合わせることが度々あり歳上だったが若頭という同じ立場で気が合ったのはアイツだけだった。
だがその頃の中村組は過激派の人間が多く、中村組の頭が病死したタイミングで次代の内部抗争を始めた。最終的に京次郎は事故に見立てた倉庫の爆発に巻き込まれて死んだ。駆けつけた時にはもうソイツだったただのひと欠片の骨しか拾えなかった。俺はその場にいた奴等に報復を与えた。そのため結果的に中村組を終わらせたのは高杉組ということになっている。京次郎を殺したのも。

「晋助。耳に入れておきたい事がある。中村組の例の件で生き残った残党が仲間を集めこの辺りを嗅ぎ回っているらしい。ただの小物の集まりだが」

「泳がせておけ。どうせ待っていれば来るだろ。恨みがあるのは俺だからな」

「わかった。念の為名前の周辺も守りを強化するように伝えておく」

「ああ」

恨みなんて何人、何百人から買っている。
今更騒ぐことでもない。ここじゃいつ誰が死んだっておかしくない。京次郎のように。そして……『あの男』のように。
だからこそ最後にこの手に触れるものが最も綺麗なものであればいいと思う。どんなに非道と呼ばれるような仕事をして帰って来ても屈託のない笑顔で駆け寄ってくる、名前というたったひとつの花であればいいと。









「鷹久さん、こんにちは」

「…名前さん…」

血液検査のために病院に来た帰りに鷹久さんの病室に寄った。眠っていたようで、ぼうっとしていた。

「済まない、さっき眠くなる薬を飲んでしまった。君が来ると知っていれば遅らせたのに」

「いいんですよ。兄の本棚から何冊か持ってきました。良かったら暇つぶしにしてください。気に入る物があると良いのですが」

置いておきますねと包みに入れた本をサイドテーブルに置いた。鷹久さんは力の入らない腕を動かしてそれを手に取ろうとしてできず、そっと包みを撫でた。

「ありがとう…、ひとりで来たのかい?」

「はい、検査があったので。また鴨太郎さんと伺います」

具合いが良くなさそうだから今日は早めに帰ろうと思い、個室を出ていこうとすると名前さん、と弱々しい声が引き留めた。

「アイツは…鴨太郎には……やりたいことがあるんだ。僕がこんな身体で生まれてきてしまったから…自分の好きなこともできずに組を継ぐしかない。申し訳ないと思っている」

「そんな、」

……そうか、鴨太郎さんと出会った時に感じた違和感はそれだったんだ。許嫁や結婚に気乗りしてなかったように感じたのはそのせいだったんだ。でもそれでも…鴨太郎さんが選んだ道。鷹久さんのせいじゃないと思う。

「鴨太郎さんは鷹久さんのせいだと思っていませんよ。だって、兄弟だから。困ったら助け合うのは当然のことでしょう?」

「…アイツには僕がいないほうが良かったのかもしれない。跡継ぎは一人でいい。ただこうして寝ているだけの人間なんて何の役にも立たない……いっそ産まれてこなければ」

「鷹久さん、だめです」

咄嗟にその細い腕を取ってぎゅっと握った。それ以上は言っちゃだめ。誰も救われない。鷹久さん自身を傷つけるだけの言葉だから。

「そんなこと言わないでください。あなたの気持ち、鴨太郎さんはきっと分かっています。産まれてこなければなんて……そんな悲しいこと、言っちゃだめです。わたしは鷹久さんとこうしてお話できて嬉しいから…。鴨太郎さんもそう思っているはずです」

「…名前さん……ありがとう」

鷹久さんはゆっくり目を閉じて眠りに落ちた。

「…また、伺います」









「先日は本当に申し訳なかった。この通りだ」

病院から戻ってきたら目の前に広がっていた光景に目眩がしてくる。あろうことか鴨太郎さんが土下座をしているのだ。極道でも何でもないわたしに。

「鴨太郎さん…あの、頭を上げてください。せめて部屋に行きましょう」

鴨太郎さんが屋敷に来てくれたのはキスをして以来だった。半月ほど姿を見せなかったから心配していたところだった。わたしの帰りを待っていたそうで、目が合った途端に勢いよくなんとも綺麗な土下座をした。そして全然頭を上げてくれないのである。どういうことか意味がわからない。

「もうわかったので!よくわからないけどわかったので…!」

「名前さん、俺を煮るやり焼くなり好きにしてくれ!貴女を汚したけじめをつけさせてくれ!」

「なにもしません!もう、なんなの…!」

こんなところでいい加減にして欲しい。ぐいぐい腕を引っ張ってみるけどてこでも動かない気みたい。男の人ってなんでこんなに人の話を聞かないのだろう。

「…名前、何だこれは」

「万斉さん、助けて。鴨太郎さんが石になっちゃった」

騒がしくしたことで玄関まで様子を見にきた万斉さんはこの状況を見て思いっきり呆れている。スマホをポケットに仕舞っているのを見て、もしかして廊下で電話してたのかなと想像してまた絶望した。相手の方に聞こえてたらどうしよう。そして廊下の奥では舎弟のみんながニコニコしながらこちらの様子を伺っている。うう、絶対面白がってるでしょ。

「喧嘩なら部屋でやってくれないか」

「いいえ!伊東組の名を背負う身でありながら、許嫁と言えど高杉組の大切なお嬢さんに不埒な行為に及んだことを謹んでお詫び申し上げます!」

「ふ、不埒…って」

ちょっと待って。一回キスしただけでしょう、そんなこと言ったら…………。

「名前…!まさか此奴ともう大人の階段を…!?」

案の定万斉さんが動揺しながら聞いてくる。全身わなわなと震えてる。そんな大袈裟な反応しないで…!

「違うの、万斉さん!そういうんじゃないの!」

「大変申し訳ございませんでした!名前さんの可憐な笑顔と美しさに耐えきれず、我を忘れてあんなことを」

「やだもう黙って…!」

泣きたくなる。何これ。キスしたことだって恥ずかしいのになんでみんなの前でこんな姿見せなきゃいけないんだろう。

「煩ぇな」

「晋助、」

ついに晋助まで出てきてしまった。
地獄絵図だ、もう。

「晋助さん!大変申し訳ございませんでした!」

万斉さんが一言二言耳打ちする。晋助は表情を変えずに鴨太郎さんを見下ろした。

「んなことでいちいち騒ぐな。それより半端な覚悟で手出すんじゃねぇ。殺すぞ」

「承知致しました!!」

鴨太郎さんは更に頭を地面に擦り付けた。とにかく上がってもらおうと大きく息を吸うと咳き込んでしまった。そういえばこんなに大きな声を出したのはいつぶりだろう。もしかしたら初めてかもしれない。

「名前さん」

「名前、大丈夫か」

万斉さんが背中を撫でてくれたおかげですぐにおさまった。落ち着いたらこの地獄絵図、なかなかシュールで面白くなってきた。

「…あはは、なんだか楽しかった」

「そうか。お前が楽しいならそれでいい」
 
「邪魔だ。上がれ」

晋助は早々に部屋に戻っていった。万斉さんにお礼を言って鴨太郎さんと部屋に行こうとすると呼び止められた。

「名前、明日の午後までに花束を作ってくれるか」

「明日……?…あ、京次郎さんの」

「ああ。道具は手配しておく」

「うん、わかった」

そんなやり取りをしてから鴨太郎さんを部屋に引き入れて、やっと落ち着いた。

「…名前さん、立ち入ったことを聞くが先の京次郎というのはもしかして中村組の若頭のことか」

「はい。兄の一番のお友達だったみたいで…何か事情があって中村組のお墓には入れなかったそうなので…うちが持っているお墓に眠っています」

晋助の友達は多分その人だけ。お屋敷に来るとよくわたしのお見舞いに部屋に寄ってくれた。顔は怖いけどとても優しかった。なぜ亡くなってしまったのかは聞かされていない。でも何となくわかる。あれ以来、中村組という名前は聞かなくなったから。

「…親父に聞いていたがやはり、晋助さんは……」

「なんですか?」

「いや、貴女の耳に入れていいような話ではない。だが屋敷に来るたびに驚かされるな。晋助さんは噂でこそ『極悪非道』と言われているが本質は違う。容赦がないのは目的があってこそだ。こんなことを言えば刺されるかも知れないが……、」

その言葉の先を予想して笑みが溢れた。仕事の話を聞いたことがないから鴨太郎さんが晋助を褒めてくれているのがわかってとても嬉しい。

「優しいですよね。すごく」

「貴女や組の人間……『大切なもの』にはね。そうか、だから高杉組はこんな大きくなったのか。ウチとは違うな…やはり若頭の手腕か」

少し考え込んだ後に、こんな話をして済まないと謝られた。

「いいえ。それよりお顔を拭かないと」

また子さんが濡れタオルを部屋に届けてくれたタイミングでこの話は終わった。

「じっとしててくださいね」

眼鏡を外させてもらって砂がついた額をタオルで拭くと、鷹久さんの穏やかな微笑みを思い出した。眼鏡を外した方が似てるんだなぁ。


「目を開けてみて下さい。わたしのこと見えますか?」

「…ぼんやりとなら」

なかなか視力が悪いみたい。もう少し近づいてみる。

「このくらいならどうですか?」

「…名前さん、誘ってるのか」

「えっ、そんなこと」

ありません、と言おうとしてかなり顔を近づけていたことに気づいた。そう思われても仕方ない距離だ。

「………」

少し間を置いて、わたしから一瞬だけ触れるだけのキスをした。

「キスだけなら…鴨太郎さんのしたい時にしてもいいですよ。だからもうあんなことするのはやめてください」

「…眼鏡をしていなかったのが心から悔やまれるよ」

わたしたちは順調だ。上手くいってる。手を握って、鴨太郎さんを受け入れる。このキスが幸せだと思うのにはあと幾度唇を合わせればいいのだろう。




title by さよならの惑星