07. 酸素を分け合って生きてきた
「ん?下地?のあとにベース?ん?なにこれ同じ物?CCクリームとBBクリームの違いってなに?BよりCの方が強いの?何と戦ってるの?紫外線?」
化粧品のCMでブランドの商品をたくさん貰った。
こんなに素敵な物を使わないのは勿体ない、ということで今日はメイクの練習をしようと張り切ってみたはいいものの、雑誌と化粧品を見比べても書いてあることがよくわからない。
ベースと下地って同じだと思っていいの?言語をひとつにしていただきたい。わたしにはまだ早かったのか?いや、学校じゃみんなメイクしてるしなぁ、わたしもそろそろパウダーとリップだけじゃ流石に華のJKとしてどうなのか。むしろJKってもう古い?アメリカじゃあみんなしてたもんな。
「逆にBカップの子はBBクリーム塗ってCカップの女の子はCCクリーム塗れってこと?まぁとりあえず塗ってみればわかるか」
鏡の自分に聞いてみるとゴーサインが出た気がしたからズラリと並ぶ中のひとつを手に取ってみる。ていうかこれ何回分入ってるの?何プッシュ?年の数?
「ジョーカーになる予感しかしねぇ」
「ハロウィンの予行練習のつもりでやります」
「貸して」
ソファで寛いでいた総悟がテーブルの椅子を近づけてわたしの前に座った。
「こんくらいな」
たぶん下地だと思う、キラキラの容器を取って中身を少し手の甲に出してわたしの顔にてんてんと置いて指で伸ばす。おお、この間メイクさんにしてもらったときみたい。そうそう、こんな感じ。
「すごい総悟、プロだ」
「いつもやって貰ってるからな」
「え、総悟もメイクしてるの?」
「男だってする時もあるぜ。髭生えるし寝不足だとクマできるし」
「あー、確かに爽やかな人ってみんなヒゲ目立たないよねぇ…」
「脱毛してる奴も多いぞ、髭」
「痛そうだなぁ…」
一緒に化粧品のパッケージを確認しながら、コントロールカラー、これがファンデと説明してくれる。それにしては詳しいな。
「名前は白いし肌綺麗だからいらねーけどな」
「日焼けするとすぐ赤くなるんだよねぇ…」
「ならしっかり日焼け止め塗れよ?365日毎日な」
「モデルってほんと大変だね、わたし無理」
チークの色どれがいい?と聞いてくれて色を見る。さすが人気のブランド、可愛いなぁ。あんまり明るいピンクは似合わないかな。何色かティッシュに出してみる。
「これ可愛い」
「俺もこれ押し」
なんか女の子同士のままごと遊びみたい。総悟が女の子のものにこんなに興味を持ってるのは意外。
「これパウダーな」
「これは使ってるからわかるよ」
薄くはたいてみると控えめにラメが入っているみたいでパッと顔が明るくなった。すごい。雰囲気がガラリと変わる。メイクって魔法みたい。鏡から目を逸らして総悟に顔を向けるといつになくニコニコしてる。
「楽しい?」
「俺の手で名前が可愛くなるのがすげぇ楽しい」
おもちゃ扱いだけど可愛いと言ってもらえたからまぁ良しとしよう。それから雑誌を見つつアイブロウとアイメイクもしてみました。最後にリップを塗って、完成!
「すごーい!かわいい?ねぇかわいい?」
「めっちゃ可愛い」
「総悟ありがとう!」
これ、自分でもできるようになりたいな。気持ちも明るくなるし、ちょっと大袈裟だけど生まれ変わった気分。だからみんなメイクをするんだ。楽しいね。
「写真撮ろ!」
スマホでカメラを起動して顔をくっつけて何枚か撮った。2人とも笑ってる。こうして客観的に見るとニコニコしてるわたしたちって似てる。笑い方が。少し目を細めて口元が上がった角度とか。前に学校の友達が笑うと雰囲気似てるって言ったのはあながち間違いじゃなかったんだ。
「笑ってる総悟かわいい」
そういえばわたしと一緒にいるときの総悟は笑うと年相応に見える。王子様の沖田総悟は落ち着いていて大人っぽいんだよね。一枚ガラスの膜が張ってるみたいな感じ。どっちの総悟も好きだけど、ずっと見てきたこのかわいい総悟の笑顔が一番好きだな。
「送って」
「うん」
総悟のスマホにも写真を送ると嬉しそうにそれを見ていた。
待ち受けにしたいけど誰かに見られたら困るな。
「あ、仕事の時間だね」
「来る?」
「ううん、今日はママに早く帰って来いって言われてる」
「ふーん」
仕事に行く総悟とバイバイして街を歩いていると駅の辺りで何人かのお兄さんにスカウトされた。モデル興味ない?すごく美人だね、って。これまで何度かされたことがあってその度に『わたし絡まれやすい雰囲気出てるのかな?』っていい気持ちしなかったけど、今日は総悟が可愛くしてくれたから声をかけられて逆に嬉しかった。そうでしょう、とっても格好良い双子の兄がメイクしてくれたの。と自慢したかった。わたしが褒められるたびに総悟が褒められてる気分になった。いつもは受け取らない名刺も受け取ったりして。浮かれてるなぁ。
家に着いたらママがもう家にいた。まだお昼過ぎなのに。
リビングにスーツケースが出てる。あ、この展開は。
「お帰り、名前。話があるの」
「ただいまー、だいたいわかるよ。出張?」
「そうなの!急に新しいプロジェクトの指導に入ることになってもうバタバタよ!名前どうする?一緒に来る?」
「ううん、学校あるしこっちで待ってるね。総悟も忙しくて心配だし」
「わかったわ。ひとりにさせるの心配だけど…パパと総悟に頼ってね」
「総悟のマンションに押しかけようかなぁ」
「あらいいじゃない。それより名前、今日メイクしてるの?綺麗じゃない!若い頃のママにそっくりだわ」
「でしょー?わたしもお年頃だからね」
「男遊びは捕まらない程度にね。お酒はダメよ」
「はあーい」
うちのママはサバサバしてて仕事もできてカッコいい。さすがに双子を育てながら仕事と両立してきただけある。
総悟、しばらくマンションにいてもいいよって言ってくれるかなぁ。スマホでさっき一緒に撮った写真を見ると、総悟がすぐ近くにいる時みたいに胸が暖かくなった。
その日の夜、総悟の仕事が終わるのを待って早速電話した。
「総悟、お疲れさま」
『おー』
「あのね、」
電話の声ってなんかいつもと違ってドキドキする。耳元で囁かれてるみたい。この間泊まったときに耳元にキスされたことを思い出した。アメリカにいたときは毎日のように電話してたけどそんなこと思わなかったな。
「ママが出張でしばらく家にひとりになるの。その間そっち行ってもいい?」
『あー』
少し迷ってるみたいだった。てっきり即答してくれると思ってたから胸がざわつく。迷惑だったかな。
『いいよ』
「仕事の邪魔になる?無理にじゃなくていいよ」
『いや、大丈夫』
「ほんと?」
『ほんと』
「やったー」
じゃあ予定決めたら言うね、と約束して電話を切った。邪魔になるようなら帰ってくればいっか。リュックに荷物を詰めているとスマホが鳴った。総悟から『おやすみ』とメッセージ。今頃お風呂に入ってベッドに転がってるんだろうな。雨の音を聞きながら。離れてても何してるかわかる。『おやすみ』って書いてくまのスタンプを送った。二匹のくまが雲の上で寄り添って寝てるやつ。わたしたちみたい。
title by スピリタス