06. 王子さまのキスの呪い
「総悟、坂田銀時知ってる?」
「あー、中学の」
「よろしくって」
総悟は中等部までうちの学校に通っていた。中高一貫なら高校もスムーズに上がれると判断したらしかった。まぁあまり出席できてはいなかったようだけど。
授業の途中から教室に入りたくない時やサボりたい時は屋上で過ごしていたのだという。そんな時に同じくサボり常習犯だった坂田くんと知り合ったそう。そもそもお互い剣道を
やっていたこともあって割と気が合ったらしい。
仕事が本格的に忙しくなり総悟は高等部に上がらず通信の高校を選んだ。わたしはアメリカから帰国して入れ替わりで高等部を外部受験してここに来たのだ。だから学校で総悟と一緒になったことはない。
「最近道場に顔出してねーなぁ」
小さい頃から通っていた剣道は理解があって今は道場が休みの日にたまに開けてもらっているそう。坂田くんに相手になってもらってるんだとか。総悟にしては結構仲良しな友達がいるんだ。それもあの不良と言われる坂田くんだなんて。初耳だ。
「わたしのこと坂田くんに言ってたんだ」
「あー…、あの人も妹いるからその流れで」
「へぇ、妹さんいるんだ。なんか意外」
「ある種の仲間って感じ」
「珍しいね総悟がそこまで言うなんて」
「『気が合う』からな」
ふうん。外から見れば王子と狼みたいな組み合わせだけどそれはそれで良いかもしれない。
「どこで会った?」
「屋上だよ。ひとりで外見てた」
「…ああ、」
思い当たる節があるようで納得したような返事をした。坂田くんがなにを見ていたのか聞こうとすると山崎くんが部屋に入ってきた。
「名前ちゃん、お待たせ!ごめんね呼んでおいて遅くなって」
「ううん、忙しそうだね」
「いやーあちこちから電話来て参ったよ。えーとそれでね、名前ちゃんこれ」
一枚の紙を渡される。えーとなになに、
「えっ?なにこれ」
「この間のバイト代の明細だよ。振込先ここに書いて」
「ゼロがいっぱいなんですけど」
「通訳とコスメモデルのバイトね」
え、あれ一回でこの額?一般人には考えられない金額だ。実際、あんまり通訳出来てなかったんだけどなぁ。
「そっか、ちゃんとCMになったからお金貰えるんだ…そんなこと思ってなかった」
「結局あの日モデルさんが来れなくなっちゃったからね。先方も急に申し訳なかったって伝えてって言ってたよ。急遽正式に名前ちゃんの仕事にしたんだ。その関係で一時的にだけどうちの事務所の所属ってことにしたよ。事後報告でごめんね」
「はぁ、そうですか、よくわからないけど」
「それで、次のことなんだけど」
「つぎ?」
「沖田くんの写真集を請け負ってくれるカメラマンの方が、あのCM見てぜひ名前ちゃんにも撮影に参加して欲しいって言ってきてるんだ。沖田くんのこれまでにない一面が引き出せそうだって」
「あれはわたしの力とかじゃないよ。総悟の実力だよ」
「うん、だからこそ気負わずに考えて欲しいんだ。直接君が写真集に載るわけじゃないから。旅行だと思って来てくれないかな?」
「…うーん、ちょっと考えさせて欲しいです」
「大丈夫だよ。来週あたりに返事貰えればいいから。沖田くんはどう?」
「いいんじゃねーの」
「いいんだ…ええ、どうしよう」
あれっきりだと思ってたから気持ちがついていかない。またああいうことを求められても応えられる気がしない。だってわたしには実力も何もない。総悟とスタッフさんの仕事が素晴らしかったからなのに。
「総悟ってどんだけ稼いでるの?CMであんなにお金貰えるなんて知らなかった」
「言ってもいいけど」
「…いや、言わないで。感覚おかしくなりそう」
総悟のマンションで一緒に夕飯を食べる。今夜は簡単にナポリタン。もっと料理のレパートリー増やしたいなぁ。
「現場で『あの子誰?』ってよく聞かれる」
「なんて答えてるの?」
「CGで加工してるからよく見えるけど実際普通の女ですよって」
「酷くない?」
「嘘。『俺のお気に入り』」
「…ほんと?」
「途端に嬉しそうだなぁ」
「だって、自慢してくれるの嬉しい」
「本当はもう少し先にしようと思ってたのにな」
「なにを?」
「名前のお披露目」
「総悟もわたしにモデルになって欲しいの?」
「秘密」
「最近秘密多くない?そういうの無しだよ」
「わかった。じゃあ写真集の撮影は学校休めよな」
「えっ何日もかかるんだ…」
「あと今日泊まってけ」
「いいけど、どうして?」
「名前がいないと寒い」
「だから暖房もっとあったかくしなってば」
「乾燥するからやだ」
「加湿器買いなよ」
「名前がいれば済む話だろ」
「もーーーー、わかったよ」
総悟は暖房が好きじゃない。だから寒い日はよくくっついて同じ布団で寝る。まぁ総悟のマンションだからもともとベッドはひとつなんだけど。ママに総悟のところに泊まると連絡して食器を片付けた。
お風呂を上がって寝室に行くと総悟はベッドに横になって台本を読んでいた。
寝る支度をして広いベッドに上がると総悟はリモコンを操作して部屋の灯りをダウンライトだけにする。
「もういいの?」
「だいたい覚えた」
優しい雨の音が聞こえてくる。昔から総悟は雨の音が好きだった。寝るときにはいつもかけてる。毛布を被って総悟にぴったりくっつくと、ぎゅうと抱きしめられる。
「あー落ち着く」
「あったかーい」
お風呂あがりの、ほかほかの身体の温度を分け合う。同時に言って目を閉じた。少し身動ぎすると、耳にちくりと違和感。
「いた」
「ごめん」
「だいじょうぶー」
総悟の服がピアスにひっかかってしまった。うーん、慣れるまで難しいなぁ。
「耳見せて」
髪をかきあげて覗き込まれている感じがして、ピアスがある右耳に息がかかる。う、なんかぞわってする。
「、くすぐったい」
「大丈夫」
囁かれた瞬間びくっと肩が震えた。なにが大丈夫なんだ耳?それともくすぐったいって言ったことに対して?耳にちゅ、とリップ音と唇の感触がした。
「おやすみ」
「…おやすみ」
総悟の胸の中で赤くなった顔を冷ますのに必死だった。余計に体温が上がった今夜のわたしは総悟の湯たんぽ役にぴったりで、彼はさぞ快適に寝られたことだろう。
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