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07.したたる純粋

「名前、外出れるか」

「お散歩?」

「だるけりゃいい」

「行く…ちょっと待って」

部屋で休んでいると髪をすく感覚がして目を覚ました。晋助だ。ストールを肩にかけて後をついて歩いた。

「晋助、お仕事は?」

「俺ひとりいなくなったところで変わりはしねぇさ」

「すごく変わると思う……」

鴨太郎さんと許嫁の仲になってからというもの、ここのところよくわたしの世話を焼いてくれる。ご飯を一緒に食べたり、時間がある時はこうして散歩に連れ出してくれたり。とっても嬉しいのだけどわたしの身体がついていけてない。元気だったら飛び跳ねるくらいはしゃぐところなのに。前を歩く背中に抱きつきたいのに。

「最近は花もできねぇか」

「集中できなくて…」

「お前が花で集中できないと言うまでになるとはな」

何時間でも部屋に篭ってたのになと言う晋助に、確かにそうだと思い出す。好きなことができなくなってることも忘れてた。

「そんなに結婚したくねぇか」

「………結婚は、するよ」

「お前の意思を聞いてんだ」

「お父様の意思はわたしの意思だよ」

「…その頑固さは誰に似たんだかな」

「お兄ちゃんじゃない?」

「俺はお前くらいの時はもうちょいと可愛げがあったぜ」

一歩先を歩く晋助は裏庭から外への勝手口に手をかけていた。そこは通ったことがない。

「外に行くの?怒られちゃう」

「誰にだ?」

お兄ちゃんに…と言おうとしてわたしを敷地の外に出そうとしているこの人こそが本人だと気づく。いつもなら絶対外に出るなっていうのに。しかも裏庭からコソコソと。GPS付きのスマホを肌身離すなとか、一人で歩くなとか、とにかく険しい顔でダメダメ言うのはいつも晋助と万斉さんだ。それなのに今日は晋助が先陣を切ってわたしに言いつけを破らせようとする。

「いいの?」

「万斉には言うなよ。名前を連れ回すと煩いからな」

手を引かれて勝手口を出た。この道は普段歩くことはない。あったとしても車で行き来する程度だった。

「少し行った先に公園がある」

「へえ、知らなかった」

「辛くなったら言えよ」

晋助にしては大分ゆっくりと歩いてくれている。
風が吹いて気持ちいい。

「もう秋だね」

「ああ」

公園は本当にすぐだった。こんな近くにあったんだ。
小さな川が流れてる。そんなに大きくないけど静かで落ち着いていて自然が豊かだ。その中にオレンジ色の花を見つける。

「金木犀だ」

ふわりと甘い香り。どこか懐かしいような気持ちになる。

「座るか」

ベンチに座ると川の流れる音と金木犀の香りが心を落ち着かせてくれる。こんなに清々しい気持ち、久しぶりかもしれない。

「すごく落ち着く」

「良かったな」

「…お兄ちゃん、は…わたしがお嫁に行ったらさみしい?」

「…そうだな」

晋助を見上げると流れる水を眺めていた。真昼間に晋助と外でこうして隣に座るなんて変な感じだ。

「嫁にいくことで名前が幸せになれるならそれでいいが同業だと思うと…奪い返したくなる」

呟いたその言葉の意味はわからなかった。妹が同じヤクザのお嫁さんになったら何かに差し支えるのだろうか。風に揺れた晋助の黒髪が綺麗だとぼんやりした頭で思った。

「鴨太郎さんと…伊東さんのおうちと仲悪いの?」

「良い悪いってモンじゃねぇんだよ、同盟ってのは」

「………晋助はこの家に生まれて後悔したことある?」

今まで避けていた言葉だった。だってこんなこと言ったところでどうしようもない。過去は変えられないから。

「ねぇよ。今更真っ当に生きるつもりもねぇ。だが……お前がこの家に生まれたことだけは、」

言葉は続かなかった。代わりに晋助の手が頬を撫でた。その、優しい指が触れる瞬間が好き。あと何度、この手がわたしに触れるのを許してくれるだろう。

「わたしも後悔した事なんてないよ」

晋助がここにいてくれるから。わたしを見てくれたから。それだけでもう充分だから。





「名前さん、体調はどうだい」

「鴨太郎さん…!ごめんなさい、こんな格好で」

「僕こそこの時間に急に来て済まない。近くに用があったんだ。少しでも顔を見たくて」

夕方、鴨太郎さんが屋敷に来てくれた。もう外に出ないからって部屋着でいたのを見られてしまって恥ずかしい。昼に散歩したときに使ったストールが手近にあったからさっと肩にかけて部屋に迎え入れた。髪もボサボサじゃないかな、とそわそわする。鴨太郎さんはいつもシワひとつないスーツを着ている。今日は薄くストライプ柄が入っていた。お洒落だし、細身の体によく似合う。

鴨太郎さんは土産だと言って小さな箱をくれた。開けてみると色とりどりの落雁と金平糖が入っていた。それは紅葉やどんぐりの形をしていて箱の中に秋の景色が詰まっているようだった。

「わぁ、きれい…ありがとうございます」

「甘いものなら口に入ると思ってね」

男性からの贈り物は初めてかもしれない。赤い紅葉の落雁をひとつ手にとって口に入れると、甘い塊が柔らかく形を失ってホロリと溶けた。優しい甘さだ。

「美味しい」

「良かった。いつも屋敷に上がる時に玄関に飾られていた花…貴女が生けていたと聞いたよ。早く元気になってまた見せて欲しい」

「はい、秋のお花を手に取るのが楽しみです」

「学校には行けているか?」

「最近少し休みがちなんです。次の検査でいい結果で出ればいいのですが」

「この間病院で会った時に制服を着ていたから改めて思ったが…まだ高校生なんだな、忘れそうになるが」

「制服を着ていなくても子どもっぽいってよく言われてますよ」

晋助と万斉さんに。ついでに武市さんにもよくからかわれる。いつも少し失敗しただけなのに大袈裟な反応をするのだ。寝癖だって最近はもう付けてない。

「いや、その逆だ。君は…あどけない表情の中にふと凛とした大人の女性を思わせる表情をする時がある。気付いていないかもしれないが」

「…そうでしょうか?成人されている鴨太郎さんに見合うようにと思ってるからなのかもしれません」

「…初めは、組同士のための結婚なんて愛情は生まれないと思っていたんだ。だが、困ったな。貴女と話すほど引き込まれるのは何故だろう」

「鴨太郎さん?」

「同じ空気を感じるんだ。貴女には全て曝け出したくなる…僕の…俺のこと全て」

そう呟いた鴨太郎さんがわたしの手の中の箱を取り、テーブルに置いた。そこから落雁をひとつ口に入れる。甘いな、と言ってわたしをじっと見るその瞳に鳥肌が立つ。男の人の、顔。

「…嫌なら突き飛ばしてくれ」

動けなかった。近づいてくる鴨太郎さんの姿が映画でも見ているかのように客観的に映った。なくなった距離の先に何があるか知っている。覚悟はできてる。目を閉じると、昼間に晋助と見た金木犀のオレンジ色が弾けた気がした。




title by さよならの惑星