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05.星いろのくちびる

「死にたい」

「生きろ」

「もう無理、こんなの……あれが全国放送でお茶の間に流れるの………嘘でしょ 」

控え室で頭を抱えてテーブルに伏しているわたしの横で総悟はフラペチーノを飲んでいる。

「溶けるぞ」

わたしの目の前にはホイップたっぷりのチョコレート色をした液体が置かれている。山崎くんがご褒美にって買ってきてくれた。ストローを吸うと甘くて冷たい液体が少しだけ心を落ち着かせた。

「おいしいー…」

ほら、と総悟の白い容器が差し出される。わたしのも総悟に渡して交換こした。ん、バニラも美味しい。口を離すとストローがうっすら赤くなっていた。

「あっ待って口紅ついちゃった」

「別にいい」

ティッシュで拭こうとするとカップを奪い取られた。気にしないんだ。逆にわたしの方が気になる。普段あんまりメイクしないから。
何気なく口紅のついたストローを目で追うと総悟の唇に収まった。あ、間接キス。いや間接キスなんてこれまでの人生で数えきれないほどしてきてるし。なんならママのお腹の中で裸で10ヶ月もくっついて来てるわけだし、お風呂だって何百回一緒に入ったか。…それはなんか違うか。
ほんの少しだけ口紅が薄くついた唇を、総悟の舌がぺろりと舐めた。口紅は綺麗に消えた。一連の動作が似合いすぎてて、思わず目を逸らす。

「総悟の唇なんて見飽きてるし」

「そう思うこと自体既に意識しまくってるって気付いてないだろ」

「……だって、何あれ。さっきのも…この間も」

「……名前は……」

総悟は、すっと目を細めてわたしに近づいた。

「ちょろいよなぁ」

むにっとほっぺを摘まれた。にやにや、完全にからかってる顔だ。

「なによちょろいって。…でも、お仕事の時は本当にプロなんだね。わたしの気持ちコントロールしてくれて、アドリブでリチャードさんが望むような映像とか写真も撮れたし。すごいと思ったよ 」

「名前のことは俺が一番よく知ってるからな」

「うん、わたしも総悟のこと一番知ってるよ 」

「お前も知らないことがある」

「え、なに?」

「教えねー」

「いいよ、わたしも総悟に言ってないことあるから 」

「ふーん?名前のくせに隠し事すんのか」

「別に大したことじゃないけど」

最近、総悟といるとたまにどきっとする時がある。
それだけ。

「今日の名前、可愛いよ」

「……急に王子になるのやめて」

着替えたりメイクを変えて何パターンか撮影をして、ポスター用の写真も撮影したりと一日が目まぐるしく過ぎていった。帰りにリチャードさんからプライベート用だという電話番号をもらった。一応登録しておいた。気が変わってやっぱわたしのところはカットするとかにならないかな。なるわけないか。



ひと月半後、テレビに流れたあの映像は、自分が言うのもなんだけどとっても素敵だった。わたしたちの演技と背景の加工と音楽がどれもうまく混ざり合ってまるで物語の中みたいに幻想的な雰囲気を表現していた。
そしてそれはわたしの想像を遥かに超えて多くのメディアに取り上げられた。テレビ、雑誌、ポスターに大々的に宣伝された。
新商品自体の売り上げも好調で特に10代後半から20代前半の女の子に大人気だそうだ。行き当たりばったりだったけどうまくいって良かった。……と安心したのも束の間。

しばらくすると「起用されたあの女性は誰なのか」という視点からも注目を集め始めた。ただでさえ人気モデルの総悟が女性のコスメブランドのCMに出演することで注目されていたのだ。そこへメインモデルとしてひょいと出てきたのは無名の女。
しかもいきなり大手ブランドに大抜擢され且つ沖田総悟とのキスシーン(のようなもの)をお茶の間に垂れ流している。そりゃあファンは『誰なのよこの女は!?』と思うだろう。わたしなら思う。

撮影にあたりリチャードさんには『明るい場所で真正面からは撮らないで欲しい』という条件を提示させてもらったけど化粧品のCMで顔を映すなという方が無理だ。
それでもアイシャドウを見せるシーンでうまく目を瞑ったり、正面で顔全体がはっきりと映らないように色々配慮してくれていた。そういう表現や加工も視聴者側からすればミステリアスな女性に映ったらしい。

事務所に所属しているわけではないので問い合わせがじゃんじゃん来る…なんてことはないが、まあ学校では薄ら『あのCMに出てるんじゃないか』と囁かれている。これだけ近くで見ればそうでしょうね。
むしろ大変なのは山崎くんだ。沖田総悟と共演したとなればその詳細を知っているであろうマネージャーの山崎くんにあれはどこの子なんだと紹介しろだの言われているらしい。こんな一般人にも他の仕事をさせてみようと思うくらいにあのCMの影響は大きかったらしい。すごいのはわたしじゃありません、周りのプロの方々です。

「あ、『花』だ」

帰ろうと廊下を歩いていると遠くで男子生徒の声がした。
花というのはこの学校の変な伝統で、毎年男子生徒の投票で決められるミスコンみたいなもので一位になった女の子につけられるあだ名らしい。
高嶺の花。知らないうちにそう呼ばれるようになった。正直どうでもいい。なんだか最近学校も居づらくなってきたなぁ。

スマホが断続的に震える。珍しい、山崎くんからの着信だ。
降りようと思っていた階段を駆け上がって屋上のドアを開けた。いくら放課後とはいえ誰かに聞かれていたら嫌だし。

「もしもし、山崎くん?」

『ああ名前ちゃん、急で悪いんだけど今日事務所に来れないかな?話したいことがあって』

「大丈夫だけど…総悟は今日撮影?」

『いるよ。もうすぐ終わるけど…変わる?』

「ううん、大丈夫。じゃあこれから事務所向かうね。総悟にも伝えておいて」

電話を切って屋上から出ようとすると、扉を背にした反対側に人がいた。うわ、気づかなかった!

「あー…悪ィ、聞くつもりなかったんだけど」

同じ学年の坂田銀時だ。銀髪と崩した制服が特徴的で喧嘩が強いと有名だ。よく大きなバイクに乗って登下校してるのを見る。1人フェンスに寄りかかって外を見ていた。

「ううん、わたしも人いるか見てなかったから」

「沖田くんと友達なの?」

う、やっぱり聞かれるよね…。

「………まぁ、」

「へえ、双子の妹って『高嶺の花』サンだったんだ。確かに雰囲気似てるかもな」

「、どうして双子って知ってるの?」

「よろしく伝えて」

坂田くんは答えずにゆるい足取りで階段を降りていった。
知り合い?総悟と?まるで結びつかない。総悟は双子の妹がいることは公にはしていない。知っているのは事務所の人たちだけだ。話しているならかなり親密な関係のはず。

人を寄せ付けない独特の雰囲気があると思っていたけれど実際話してみるとなぜかそんな風に思わなかった。放課後にこんなところでなにをしてたんだろう。不良な人ってとっくに帰ってるイメージがあるけど。

何気なく坂田くんがいた場所に立ってみると、中等部の校舎がよく見えた。この時間、部活をしている子や下校していく中学生たちが歩いている。わたしにはそれが特別な風景には見えなかった。




title by 白桃