06.優しく包んで欲しいよ、
好きっていろんな意味がある。
わたしのこの気持ちはなんだろう。
ただ、お兄ちゃんがこれ以上離れていくのが耐えられなかった。ずっとふたりで支え合ってきたのに、お兄ちゃんの背が伸びていくたびに、心が離れて届かなくなっていくような気がして寂しかった。
もうお兄ちゃんは高校2年生だからひとりでも大丈夫なのかな。だからわたしから離れていくのかな。いつも手を繋いで並んで歩いてきたのに、背中を見ることが増えた。わたしを置いて高等部に向かうときの背中。夜、ヘルメットを持って家を出ていくときの背中。
料理は苦手だったけどたくさん練習してお弁当だって作れるようになった。朝早く起きるのも大変だけどひとりで起きられるようになった。夜、ひとりで眠れるようになった。でもそれは成長したからじゃない。お兄ちゃんがいないから。お兄ちゃんのためだから全部がんばれた。よくできたなって褒めてもらいたかった。側にいて、へらへら笑っていて欲しかった。それなのに、
「…さみしい。わたしのことどんなふうに好きでもいい。だから…離れないで」
「ごめん」
「お兄ちゃん、大好き」
「ごめんな」
いつものように俺も、とは言わなかった。
わたしたちの好きはいつの間にか違ってたみたい。
部屋に戻ったお兄ちゃんは誰かと電話してた。あーだこーだ言って、そういうことだから!じゃーな!と一方的に切ったようだった。わたしはお夕飯のメニューを考えながら冷蔵庫の中と睨めっこしていた。今日は何にしようかな。
「名前」
「なあに?」
お兄ちゃんがキッチンに顔を出した。開いている冷蔵庫からいちご牛乳を取って、わたしの頭に乗せた。
「つめたい」
「今日オムライスにして。ケチャップライスで」
「えっ」
いちご牛乳のパックにそのまま口つけてごくごく飲んだお兄ちゃんは、またわたしの頭にパックをバウンドさせてそれを冷蔵庫に戻した。
「あとスープ作って。アレアレ、じゃがいもとにんじんゴロゴロ入ってるやつ」
「ポトフのこと?いいけど、お出かけしないの?」
「しばらく家にいるわ。進級やべぇし」
「ほんと!?」
冷蔵庫がさっさと閉めろとピーピー鳴いてる。バタンと乱暴に閉めてお兄ちゃんに抱きついた。
「一緒にいられる?」
「ちょっとの間な」
「やったー!」
嬉しい。毎日お兄ちゃんと一緒にご飯を食べれる。家でひとりで寝なくて済む。何より、お兄ちゃんが今までみたいに笑ってわたしの目を見てくれるのが嬉しかった。
「俺野菜切るわ」
「うん」
2人並んでキッチンに立つのもいつぶりだろう。わたしはオムライス、お兄ちゃんはスープの下準備。
「…なぁ、さっきの…話だけど」
「うん」
「俺はもう名前にただの兄ちゃんのつもりで接することはできねぇと思う。周りから見たら最低で、クズみてぇな兄ちゃんだけど、それでも…一緒にいていいか」
「うん。どんなお兄ちゃんでも、わたしの大好きなお兄ちゃんだから。逃げないで、隠さないで言って欲しいよ。思ったこと全部」
「ありがとな」
「もうごめんって言わないでね」
謝るのはわたしの方だと思う。
お兄ちゃんがわたしに言った「好き」はきっと恋だとわかってる。でもわたしは恋の好きってまだよくわからない。
だから、受け入れることはできてもお兄ちゃんに同じものを返せないかもしれない。それがまたお兄ちゃんを傷つけるかもしれない。それでも、一緒にて欲しい。わがままで、甘えてる。子どもみたい。
でも、ちゃんと考えるから。だってわたしはお兄ちゃんといる世界しかいらないから。
「なんかぼーっとしてたらすげーちっちゃくなっちゃったんだけど」
お兄ちゃんの手のひらにはちっちゃいじゃがいも。火を通したら溶けて無くなっちゃいそう。
「あはは、皮剥きすぎ」
「じゃがいももう一個出していい?」
「いいよ」
「名前とこうすんの久しぶりだな」
「誰のせい?」
「お前のせい」
「わたしじゃないよ絶対」
「…名前が俺のこと好きにさせたせい」
そう言ってゆるく笑ったお兄ちゃんは、わたしの知らない顔だった。その顔を見てほんの少しだけ、心が波打った理由をこの時のわたしはまだ知らない。
title by ユリ柩