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04. わすれさせないよ

「えっ何それ沖田くん。何それ」

「開けた」

「何それ何それ。なんで急に」

「そろそろいいかと思って」

「なに的に?なんの判断?いや似合ってるけどね?支障ないタイミングだけどね?」

「……山崎くんオッケーしたんじゃないの」

「聞いてませんけど」

「言った。心の中で」

「届いてねーよ」

今日は総悟の仕事の見学ではなくてちゃんと頼まれて撮影現場に来ていた。大きな化粧品ブランドの新しいCMで、デザイナーの方が来るからその通訳だ。
とっても綺麗で人気だけど高校生には気軽に手が出せないようなブランドだから少し緊張してる。その隣で総悟と山崎くんは普段通りのやり取りをして、総悟は衣装の準備に行ってしまった。わたしだけそわそわしてる。やっぱこういうの向いてない。

「名前ちゃん、急に頼んじゃってごめんね。急にデザイナーさんが来日することになって…思いついたのが帰国子女の君だったんだ。ちゃんとバイト代払うからね」

「うん。ドキドキするけどがんばるね」

「…あれ、名前ちゃん、それ」

山崎くんの目に留まったのは総悟と反対の耳にあるピアス。

「総悟が開けてくれたの。すっごく怖かったぁ」

「本当仲良いねぇ。…でもそうか、なんか雰囲気出るなぁ」

独り言のように言う山崎くんは今回売り出す化粧品を手に取った。テーブルの上にズラリと並ぶそれを見ただけで胸が高鳴る。どれもキラキラ光ってすごく綺麗だしデザインも可愛い。いつかこれが似合う女性になれるかな。

「似合うと思うよ、このブランド」

「わたしには大人っぽすぎるよ 」

山崎くんはいつもわたしのこと褒めてくれるから照れる。CMはモデルの女性がメインで、この商品で綺麗にメイクアップした女性と総悟が結ばれる感じのイメージらしい。シンデレラみたい。女の子が憧れるシチュエーションだ。素敵だなぁ。

「山崎さん、ちょっといいですか?」

スタッフさんが慌てたように走ってきた。何かあったのかな。「ちょっとごめんね、ゆっくりしてて」と残して山崎くんは行ってしまった。
ふう、なんか飲もうかな。広いスタジオを出てロビーの自販機で何にしようかな〜と悩んでいるとお財布を落としてしまう。拾おうとしゃがんだ時、わたしよりも先にそれを拾い上げた人がいた。同時に英語で話しかけられる。

『どうぞ、お嬢さん』

あ、この人………、もしかして。

『ありがとうございます、もしかしてリチャードさんですか?』

『そうだよ。君は?』

『名前です。初めまして。今日の撮影で通訳を任されています。よろしくお願いします』

握手しながら自己紹介する。通訳、というと意外そうな表情でわたしの全身を見た。う、すみませんこんな普通の高校生で。

『モデルの子かと思ったよ。随分若いね』

『経験はありませんが撮影がうまくいくように精いっぱい努めます』

『いや、君はむしろ………』

リチャードさんはわたしの顔をじっと見つめて何か言いかけたけれど、演出家の方が声をかけてきた。あ、これはわたしの仕事だ。気合いを入れてリチャードさんに紹介する。

「名前ちゃん、彼に伝えてくれないかな。実は沖田くんの相手の子が体調不良で来れなくなっちゃって、代わりの子を見つけるまで少し撮影時間が押すから待って欲しいって」

バタバタしてたのはそれでだったんだ。どうやら撮影の日が限られていて撮影日はずらせないらしい。リチャードさんに説明すると手を口に当ててしばらく考えて、わたしの肩に手を置いた。ん?

『名前、君に頼むよ。イメージが湧いてきた』

「えっ、」






「……何してんだ」

「わからない、わたしにも」

ブランドデザイナーのお言葉というものはとても大きな力を持っているらしい。あれよあれよという間にわたしは綺麗なワンピースを着せられてプロの方にあのキラキラした化粧品でメイクをされ髪もサラッサラに整えられた。
ピアスは差し替えられるようになっているタイプの物で穴を開けたからスタイリストさんがとっても綺麗なピアスを付けてくれた。値段は聞かないでおこう。プロの手にかかれば一般人でもそれなりになるもんだ。すごい。鏡の前にいるのは雑誌に載ってる人みたいにキラキラしてるわたしだ。ただし外見だけ。

カッコいいスーツを着て髪を整えた総悟はわたしを見て呆れていた。山崎さんはまさかの事態に絶句して目をひん剥いている。ごめんね、綺麗なモデルさんのお相手のはずだったのにね。
リチャードさんはわたしを見て大きく頷いた。『イメージ通り』らしい。どの辺が。せっかくのCMなのにぶち壊したらどうしよう。

『お言葉ですが…ターゲットの年齢層を下げるおつもりですか?』

『いや?うちのブランドは20代前半の女の子向けに作ってる。君は年齢より大人びているから違和感ないよ。相手役の総悟もね』

『………、』

『それにしても、君たちは雰囲気がかなり近いね。信頼しあってるのがわかる。プライベートでも仲が良いのかな』

『…まぁそれなりに…』

双子なので、と言おうと思ったけどやめた。やりにくくなる。わたしが。
カメラテストとリハーサルをして本番。リチャードさんに指示されて椅子に座ったわたしの前に総悟が立ちそれを横から撮られる形になる。メインはわたしの唇に塗られた口紅だ。

総悟が顎に手をかけて親指でわたしの唇を撫でて、誘われるようにキスを迫るような流れ。カメラが回ってるから目の前にいる彼は王子様モード。甘い眼差しに捕らえられる。うわ、なにこれ、恥ずかしい。無意識に肩が強張った。声がかかって一旦演技を止める。ちょっとこれ大丈夫かなぁ。

『名前、彼とキスしたいと思う?』

「え、」

キス?総悟と?いや、だって、わたしたちは、

『キスしたいと思ってみて。彼が欲しいと思ってごらん』

「なんて?」

「…総悟とキスしたいと思えって」

「ああ、したよなこの間」

一瞬思考が停止する。ピアスを開けた時のことだ。あれから何事もなく自然だったから忘れようと思ってたのに。
ん?待って、あれは安心させるためにしたんだよね?深く考えることじゃないよね?わたしを見下ろす総悟は真剣な顔してる。王子様じゃなくて、いつもの総悟だ。

「…随分と綺麗になっちまったな」

「、どうしたの」

「俺は、お前の唇が欲しいと思ってる。ずっと前から」

「……そ、」

「名前も、俺の唇欲しがって。そうすれば…全部あげるから」

囁くような声で言った総悟から目が離せなくなって、引き寄せられるように顔が近づく。顎に優しく手がかけられて、総悟の髪がわたしのおでこに触れた。おでこ同士がゆっくり触れ合って、次触れるのはきっと、唇。
頭の片隅であの暖かさを思い出した。じんと、全身が痺れる感覚。あの感触を、もう一度知りたい。近づく距離の中で夢に落ちるようにお互いの目が閉じていく。上唇が触れる瞬間、カット!と声がかかった。

「!」

びくっと肩が跳ねた。……う、わ、うわーーー!なに、わたし!何やってんの!人前で!総悟と!!ていうかカメラ回ってたの!?

『すごくいいよ!今のを使いたい』

『ち、ちょっと待ってください、いまのは我を忘れてたっていうかトリップしてたっていうかとにかくマズイです』

『名前の表情がすごく良かった。少女から大人の女性になっていく瞬間を瞳や空気で表現していて鳥肌が立ったよ!初めてとは思えない、すごい才能だ』

『違うんです…、』

興奮気味に話すリチャードさんにはもう何も聞いてもらえそうにもない。他のスタッフさんも、うんうんと頷いている。あの、意味わかってます?
褒められていると理解した総悟は声を出して笑いながらわたしの頭を撫でてセットから降りていった。くっそ……!!素人を弄んだな!?

「芸能界、こわすぎ……」

この勢いで次のシーンだ、と周りが忙しなく動く中でわたしは一人うな垂れていた。心臓がおかしくなりそう。



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