03.きらきら、ぱちん
ドキドキ。心臓が早鐘を打ちまくっている。
口が心臓から出そうというのはこういうことか。
広いベッドの上でクッションを抱きかかえて体操座りしているわたし。変な力を入れすぎて身体はガチガチに固まっている。明日は筋肉痛になってるかもしれない。
かちち、耳元で引手のバネがギリギリまで動く音がダイレクトに聞こえる。うう、来る。怖い怖い怖い怖い怖い。
「、待って!ちょっと休憩!」
「…何度目だよ」
耳元のそれが外されるとクッションに顔をぼすんと埋めて深く深く息を吐く。ああ、もう。さっきからこれを何度繰り返しているんだろう。総悟がため息つくのもわかる。顔を上げると呆れた顔でわたしを見下ろして頭を撫でた。
総悟の左耳にはさっき貫通したばかりのピアスがきらりと光っている。変なの。他は何も変わっていないのに急に別人に見える。
こうなった経緯はまず総悟が一言「ピアスの穴を開ける」宣言をしたことが始まりだった。
仕事の役作りとかそういう関係かと思えば別にそうでもないらしい。今はドラマとか映画の撮影はなくてちょうどいいタイミングなんだとか。気分だと軽く言った。山崎くんもオッケーしたらしい。割と自由なんだなぁ。うん、ピアスを付けた総悟、格好いいだろうな。見てみたいな。…ならわたしも。
「わたしもやる!」
と反射的に手をあげたのはいいけど、めちゃくちゃビビってる。ピアスには少なからず前から興味があった。友達も可愛いピアスをつけていて、いいなと思っていた。イヤリングだと知らないうちに落としてしまう。でも痛いのは怖いなぁ
。針が肉を貫通するんだよ?こんなの誰が考えたの?あり得なくない?怖くない?
手指と耳たぶの消毒をしてベッドに座ったわたしたち。総悟は通販で買ったピアッサーを取り出して手際よく鏡で位置を確認するとわたしの手を取った。
「えっ」
「ココ」
ずらすなよと念押しされるけど何これ。ピアッサーを握らされているではありませんか。わたしの手の中にあるものの先端に、太く尖った針がある。それは総悟の綺麗な耳たぶを真っ直ぐに狙っていた。理解して手が震える。
「やだ、むりむりむり」
わたしの手を総悟が上から包んで固定する。いちにーさん、いちにーさんと深呼吸を促されてそれに従う。うわ、本当に?そんないきなりちょっと、「名前、今日何曜日?」「え、と、すいよう」ばちん、という音と手に軽い衝撃。
瞬きの間に総悟の耳に針が突き刺さっていた。
「離していいよ」
ピアッサーを握った手をゆっくり開くと綺麗にピアスがついた総悟の横顔が現れた。
「痛かった?ねぇ痛い?」
「痛くねぇ」
「ほんと?」
「ほんと」
「良かったぁ……」
わたしのせいで痛かったらどうしようかと思った。安心していると今度は総悟が新しいピアッサーを手にわたしの髪をかきあげた。うっ、今度はわたしの番か。
「うう、や…総悟の耳たぶに針刺さるの見ちゃったから余計こわい……」
「そんな嫌ならやめとくか?」
「………やって……」
ここでやらなかったらたぶんもう一生無理な気がする。がんばれわたし。そして話は冒頭に戻るのだ。やってと待ってを3回ほど繰り返したわたしは体力的にも精神的にも疲弊していた。たかがピアスで。
「次は絶対やるからな。そんなうだうだやってるから余計に怖くなんだろ」
「……はあい」
涙目になりながら姿勢を正す。総悟の指が髪を掬う。右耳に冷たいものが当てられる。かち、あとはほんの少しだけ総悟が指に力を入れるだけ。視線がウロウロ、心臓バクバク。
「目閉じて」
いつもよりずっと優しい声がする。
言われるがままに行き場のなかった視線を暗闇の中に閉じ込めると怖さで首筋がほんの少しだけ震える。総悟が体勢を変えたような気配がした。
「名前、名前呼んで」
「、そうご」
一呼吸おいて総悟の名前を口にすると、暖かいものがわたしの唇を塞いだ。瞬間、ばちん!耳たぶに洗濯バサミを挟んで勢いよく引っ張ったような音と痛み、そして唇に触れたものの柔らかさ。今のって、
「いいよ」
ゆっくりと目を開けると鼻がくっつきそうなくらい近くに総悟の顔があった。真っ直ぐにわたしを見てる。吸い込まれそうな、色素の薄い瞳。わたしと同じ色。
総悟がわたしの頬に手を当てる。役目を終えてシーツの上に転がったピアッサーがカチャリと音を立てた。
「似合ってる」
囁いた声が低い。テレビで聞くような少し高い甘い声じゃなくて、ため息みたいに自然と呼吸の中から生まれたような、吐息が言葉になって溢れ出たような嘘みたいに優しい一言が、わたしの胸を貫いた。
男性の左耳のピアスは、守る人
女性の右耳のピアスは、守られる人
title by 星食